14 幻影4
人をさらっての行動だ。
そう遠くへは行っていないハズだ。
僕は焦っていた。
先日宍井が言った言葉が幾度となく脳裏をよぎる。
――俺は全力で仕掛けていく。
その言葉の裏に、正々堂々という意味まで含んで解釈していた僕がいた。そんな甘い奴ではないことは、重々に心に刻んでおいたつもりだった。
だが――
不覚にも、僕の右手は真っ赤に燃えてくれない。
人質を取る卑怯な輩に対して、僕は怒り切れていない……
宍井の過去を知ってしまったから……だろうか。
彼は裏切られ、大切な人を失い、心がへし折られ、この世界へやってきた。
だから……なのだろうか。
この甘い性格のせいで、聖華さんをさらわれてしまったというのに。
足音を追い、暗い路地裏を走った。
この角を曲がったところに、異質な気配を感じている。
「逃がさないぞ! 宍井!」
そう叫び、袋小路に足を踏み込んだ。
聖華さんの姿があった。彼女は気を失っている。
聖華さんを肩に担いだ宍井。
その横には……
「……お、お前。有紗……。どうして?」
鋭い目で僕を睨んで、クスリと微笑を浮かべた。
「……有紗
やはりお前は、僕を恨んでいるのか?」
「そんな昔の話なんて、もうどうだっていいよ。ただ、今は自由を手に入れた。ただそれだけ」
「自由? そのような悪党についていくことが、お前にとっての自由なのか?」
「ふふ。あはははは。相変わらず兄さんは、不自由な生き方をしているんだね」
冷たくそうつぶやくと、手の平に粒子を集めてきた。
氷結魔法か!?
後方に身をひるがえした。
数発、受けてしまった。
ズボンの裾が氷、霧状に散らばっていく。
こんな状況下だというのに、この右手は輝こうとしない。
有紗の魔法は続く。
今度は火炎か。
横にジャンプしてなんとかかわした。
だが。
そこには宍井がいた。
奴の右手は、バチバチと雷撃を帯びている。
その手のひらは僕へと真っ直ぐ向いている。
至近距離からの、電撃攻撃。
回避不能。
そう思えた射程ゼロからの攻撃を、今、繰り出されようとしている。
なのに宍井はニヤリと笑うだけで、次の手を打ってこようとしない。
僕は素早く身をひるがえすと、拳を構え、宍井をにらんだ。
「どういうつもりだ! 宍井ぃ! 手のこったことまでしやがって! お前の狙いは何だ! 聖華さんを返せ!」
「ふふ、この子は返すよ。君は俺の調査通りの人間だった。それを確認しにきただけさ」
僕の特記事項の精度の確認、奴の狙いはそこなのか……
もしそうなら、僕はまんまと弱点を見せてしまったことになる。
「君は悪に対して限りなく強くなれる、そうギルドの連中は言っていた。だけど、なんだ、このザマは。俺も有紗も、お前にとって悪に属する者」
「どうしてお前は、有紗のことを知っている!?」
「言っただろう。お前を潰すために全力で仕掛けている、と。
お前のことはあらかた調べたつもりだ。
俺の特記事項、『この世界のルール』によって」
確かに僕には必死に探していた恩人がいた。
だから宍井は、特記事項の力を使って、Y氏を見つけることができた。
……そう言っているのだろうか。
『ルール』には、そこまでの力があるというのか……!?
きっと奴は僕の能力に探りを入れているのだけは確かだ。だから下手なことは言えない。
だけど、どうして有紗が、ここにいるのだ!?
有紗は……妹は……
「なるほど。
誠司、お前は少しばかりの情ってのが心に宿ると、限りなく弱くなる。
ククク。
素晴らしい情報を手に入れることができたよ。
これで互いにすべてのパーツを手に入れたって訳だな。
では、夏の合宿イベント、楽しみにしている」
聖華さんを地面におろすと、宍井と有紗は薄気味悪い微笑を浮かべ、転移魔法で姿を消した。




