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13 幻影3

 ネオン街の明け方。

 パチッパチッと、消えかかった外灯が名残惜しそうに点滅し、その付近に蝶たちが集まっている。

 普段なら、祭りの後のような静けさとどことない寂しさが漂う薄い霧に包まれた静かな場所なのだろうが、僕の耳には赤いサイレン音がうるさく鳴り響き、血まみれの女性が運ばれていった。


 彼女と視線が合った時、どういう訳か、物凄い形相で睨まれた。


「てめぇ! あいつを知っているか? あのブ男の剥げたデブと、レイとかいう男」



 それは僕に言っているのだろうか。

 もしかしてこの女性を刺した犯人のことなのだろうか

 しかしそのようなキーワードだけで、特定することなどできやしない。



「……分からない」



 だから咄嗟にそう答えるしかなかった。



「ブ男の剥げたデブ……私が撃沈させた6匹目。アハハ、撃沈マーク6号。ブ男に人権なんてねぇんだよ。撃沈させた野郎のことなんていちいち覚えてねぇけど、あいつは今でもハッキリ覚えている。ブ男のクセに活き活きと輝いている目をしているから、なんかムカついた。ブ男ってのは、死んだ魚の目をしてなきゃならないってのに、どうしてあいつは楽しそうな目をしているんだ!」


 ……。

 

「アハハ。だけど、あいつバカなんだぜ? だってよ、勝手に罪を認めて示談を言ってきたんだ。所詮、ブ男はバカだ……

 だけど数日前、変な女がやってきて……

 あのハーフっぽい女、きっとあのブ男に惚れちまって脳みそがいかれたバカ女なんだろ。目を見りゃ分かる。なんか必死に色々説教染みたことを上から偉そうに垂れてやがったし」



 これは僕に言っているのだろうか。

 救急車の戸がしまるまで、彼女は叫び続けた。



 白衣を着た男性に「いい加減にしないか。君は重症なんだよ」となだめられているが、彼女は首を左右に振りながら猛烈に叫び続けた。



「ちくしょー! 何が彼に謝ってくださいだ! 誰が謝るかっ! ブ男には人権なんてねぇんだよ! だからこれはあの女、もしくはあのブ男の差し金だ!

 ……あいつの名前は、……吉岡しげる……」





 ――Y氏……





「キャー!」



 その声で、僕は現実の世界へ意識が呼び戻された。現実といっても、ここはヴァーチャルの中なのだが。


 それよりか、この声は聖華さん……

 そしてこの叫び方は、尋常ではない。


 部屋を飛び出して、急いで声のする方へ走った。


 彼女の部屋は空いており、中はもぬけの殻だった。

 伶亜さんが肩に手をあてている。そこからは血が流れている。起き上がろうとしているのだろうが、かなりのダメージを受けたのだろうか、床に突っ伏したまま身動きが取れないようだ。窓の外を睨め付けている。


「どうした? 大丈夫か?」

「あたいは何ともない」


「何ともないものか!」


 僕は急いで駆け寄ると、肩を貸した。


「誠司さん。すまない。聖華がさらわれた」


「……だ、誰に? もしかして宍井か?」

「分からない……。……一瞬だった。黒い影がほんの一瞬、見えただけだった……」



 きっと宍井和也だ。

 僕の拳は、無意識のうちに強く握られていた。


 聖華さんは、今日の出来事で落ち込んでいた。

 おそらくY氏と何らかの関係があったのだと思う。

 それが今日の出来事で、完膚なきまでに心が打ちのめされた。


 聖華さんは泣いていた。

 何があったのか想像すらできないが、しばらくそっとしておくことがベストと思った。

 だけど敵が狙うなら、僕がもし宍井なら叩くのは、みんなの心が空虚になったこの場面だ。


 だから奴はセオリー通り仕掛けてきた。

 くそったれ。

 完全に後手に回ってしまった。


 僕はもう一度、伶亜さんの方へ振り返った。

 彼女をこのままにしていくわけには行かない。

 服の袖を破り、止血をするために腕に巻こうとした。すると伶亜さんは鋭く僕を睨みつけた。


「見くびらないでくれる。こんなことをしている時間なんてないんだよ」


「しかし……」


「これくらいなんともないから。今、動けるのは誠司さんしかいない」


 そこで伶亜さんは一度目を細めた。


「たった一瞬であたいにこれだけの傷をつけられる腕を持ちながら、トドメは刺さなかった。ってことは、敵はあたいの命に興味がないってことだよ。優先事項は聖華を連れ去ること。だから誠司さんが来る前に消える必要があったのさ。ホントにあたいは大丈夫だから。ヤンキー部隊と合流して、応援に行くから。だから早く」


 彼女の強い意思をくみ取るしかない。そうしなければ、聖華さんは手遅れになってしまうかもしれないのだから。僕に迷っている時間などない。敵は手段なんて選んでいないのだ。如何なる手を使っても勝つつもりで、駒を進めているのだから。


 僕は目で頷き、割れた窓から外へ飛び出した。

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