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12 幻影2

 菊名さんはY氏を知っている。話を合わせているだけではない。赤く染まる彼女の目を見ると、僕はそう思わざるを得なかった。

 菊名さんは「あ、ごめんなさい」と小さく漏らし、一度目を細めると、ハンカチで僕のグラスを拭いてテーブルに戻した。


 僕は氷だけで割ったロックのウィスキーに手を付けることなく、黙って彼女の次の言葉を待った。

 

 そこで蝶ネクタイをした男性がやってきた。


「お客様。お時間ですが延長なさいますか?」


 もうそんなに時間が経ったのか。

 僕は慌てて財布を取り出した。

 だがあるのは小銭だけだった。


「カードでのお支払いも可能ですよ」とにっこり笑って引き延ばそうとする店員。


 カードなんて使える身分ではない。かつてはブラックカードなんてのも持っていたが、今はただの破産者ブラックとして登録されているだけだ。


 それにしてもなるほど、さすがナンバーワンホステス。

 迫真の演技にうまくやられた気分だ。

 何にしても、これ以上滞在できるだけの金があるわけでもなくなく、この時点で僕の選択肢はもう決まっていた。


「ありがとう。帰るよ」


「……あ、あの……」


「なんでしょうか?」


「あの……元気をなくした嘘つきな魔法使いさんに会ったら、言ってあげてください」



 ――嘘つきな魔法使い?



「あたくしがあなたの仇を取ります。あたくしがあなたの過去を清算しますから……だから……」


 そこで一度話すのをやめ、下唇をギュッと噛んだ。肩はガクガクと震えている。言葉にできないのだろうか。そのままずっとぶるぶると震えていた。その様子に店員はびっくりした様子で僕に問いただしてくる。


「菊名さん、どうしたのですか? お客様、あなた、菊名さんに何をしたのですか?」


 それはこちらが聞きたいくらいだ。何か言いたいことがあるのなら何時間でも待つつもりだった。だから僕はじっと菊名さん見つめていた。



 菊名さんは「い、いえ。ちょっとコンタクトが外れただけです」と言って奥へと消えた。


 彼女の様子が気になりはしたが、気まずい空気をぬぐいきることもできず、結局これ以上店にいる訳にもいかず外へ出ることにした。

 

 弱い光をパチパチと点灯させている外灯が照らす薄暗い夜道。

 僕は何度も彼女の言葉を頭で繰り返していていた。



 ――元気をなくした嘘つきな魔法使い。



 菊名さんはその魔法使いの仇を取ると言っていた。そしてその人の過去は、菊名さんが清算すると続けた。

 それはどういう意味なのだろうか。

 



 それがY氏のことなら、彼はもしかして何か大きな事件にでも巻き込まれたのではないのだろうか。彼は恩人だ。もし彼の身に何かあったのなら、僕は絶対に彼を救い出す。だから僕は足を止め、きびすを返して、さっきいた店へと歩を向けた。再びネオン街に入ると、店からちょっと離れた場所で菊名さんが店から出てくるのを待った。


 

 だけどいくら待てども、同伴の者や、酔っぱらった客が時折出入りするだけ。

 僕の酔いは完全に覚め、火照っていたからだは、ぶるりと身ぶるいした。夜風が体を冷やす。もしかして、僕が店から離れた一瞬の間に退店したのかな? そう思いもしたが、彼女は売れっ子ホステスだ。ラストまで予約とかでいっぱいなはずだ。だからまだ頑張っているに違いない。そんな適当な根拠を並べて、とにかく彼女を待った。



 しかし朝方まで待っても、どういう訳か彼女は店から出てこなかった。



 しばらくすると一台の救急車が、赤いサイレンを鳴らしたまま僕の前を通り過ぎていった。すぐ傍のマンションの前で止まったかと思うと、一人の女性が担架に乗せられて担ぎ出されてきた。毛布がかけられてあったが、彼女は無事のようである。長い金髪をした女性で、目は半開きではあるが、その目は恐ろしいほどに鋭く吊り上っていた。表情は憎悪に満ちていて、まるで何者かを憎むかのようにどこか一点を強烈に睨めつけている。そして猛烈に叫んでいる。



「……くそったれ! 私が何をしたんだってんだ……。みっともなくひでぇめに合うのはブ男の役目だろーが……。刺すならブ男を刺せよ! あいつを捕まえてくれ。早くあの野郎を捕まえろ。奴の名前はレイ。それは偽名かもしれんが、青い目をしたイカれたサイコ野郎だ!」



「君は重症なんだよ。黙っていななさい」



「黙るかよ。あいつを捕まえろよ。あいつがどこかへ逃げちまうだろ。この役立たず!」

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