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11 幻影1

 Y氏と有紗。

 この二人は宍井和也の味方として姿を見せた。

 そして有紗は、聖華さんの頬をぶった。


 聖華さんはその場に座り込んだまま、手を頬にあてている。

 彼女の目からは、とめどなく涙が流れている。

 

 聖華さんが最初にY氏を目にした時に見せた、あの満面の笑み。それだけで僕は分かったつもりだ。

 聖華さんは、本当に嬉しそうに輝いていた。

 僕と同じ心境だったのだろう。

 僕はどうしてもY氏に会いたかった。

 会ってお礼が言いたかった。

 きっと聖華さんも、前の世界ではY氏と縁をなして元気をもらったに違いない。僕と同じだ。それだけで僕は嬉しくなった。僕の尊敬するY氏が、聖華さんとも出会い、そして彼女にも元気を与えた……。そう考えると、なんだか胸の奥から熱いものを感じてしまうのだ。



 そんなY氏――

 彼は僕たちを蔑む目で見て、そして妹が彼を代弁するかのように僕たちを一蹴した。



 ――Y氏は女が嫌いだ。そして女を憎んでいる。



 有紗は、そう言い放った。


 その言葉は、明らかに僕たちに向けられていた。Y氏は僕たちが嫌い――そのようにすら聞こえた。一瞬にしてハートがバラバラに壊された心境だった。


 これが、午後の授業という短いターンで起きた一連の事件だった。

 ただこれだけで、僕は完全に思考回路が遮断してしまった。



 授業の終わりと告げるチャイムと共に、宙にルーレットが現れた。

 宍井和也はとうに姿をくらましているというのに、ルーレットを回そうにも手が震えてしまうのだ。


 このまま何もしなければ、僕たちのターンが飛ばされてしまう。

 だけど、何をどうしたら良いのかまったく分からなくなってしまった。


 沈黙こそ、卑怯な決断ということは分かっている。

 だけど……

 

 伶亜さんが僕の手をとって強引にルーレットを回した。


「あの二人、あんたらの大切な誰かなんだろうけど、このままだんまりをしていたら、1ターン無駄になっちまうからね。なんでもいいから動こう。あたいでは力不足かもしれないけど、客観的な意見を言うことくらいはできるからさ」


「あ……ゴメン……」


「誠司さん。余計なこととは思ったけど……困った時はあたいを活用すればいいんだよ」


「……助かったよ」



 伶亜さんに助けられる形で、何とかこのターンを終えることができた。

 判断能力を失った僕とショックで物が言えない状態の聖華さんに代わって、伶亜さんが合宿へ向けてのキャラ育成を進めてくれた。

 

 

 

 夜。

 自室に入ると僕はベッドに背中を預け、無機質な天井を見つめていた。

 

 

 

 宍井は完全に僕たちの上を行っていた。

 

 

 これは偶然なのか必然なのか分からない。

 できることなら偶然だと考えたい。



 まさかY氏がこの世界に転生していたなんて……

 吉岡さんは僕にとって命の恩人とも言える人だ。

 その人がまさか敵陣営にいるなんて信じられない。信じたくない。




 ただ偶然にしても必然しても、これは紛れもない真実であることだけは変わることはない。





 どうして……?

 

 

 

 ただ心当たりがないこと言えば嘘になる。

 僕は彼にお礼が言いたくて、必死に探した。でもどうしても見つけることが出来なかった。

 まさかこの世界に転生したいたなんて……

 

 

 突如、僕の中から何とも言えない失笑が込み上がってきた。

 

 あはは。

 あれだけ探しても見つからないわけだ。

 

 

 僕はY氏探索の懐かしい想いでなんてのを、ぽつりぽつりと思い出していた。

 

 

 ――あれほどのスーパー営業だ。絶対にどこかで活躍しているに違いない。

 だから僕は、取引先はもちろん、クライアントにも聞きまくった。Y氏と取引があった人達は、みんな彼が急に姿を見せなくなったことに首を傾げていた。心配している者も多かった。聞き込みをして少しだけうれしくなったことがある。彼から商品を購入すると成功するというジンクスができていたからだ。

 彼はどんな人に対しても一貫して『あなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません』を貫き通していた。

 

 購入した社長や、専務、総務の責任者は、僕が問うと、みんなそれぞれの体験談を語ってくれた。コントのようなおもしろい話もたくさんあったが、涙なしには聞けない秘話も多かった。

 

 だから、もしかしたら日本だけでは飽き足らず、海外へ挑戦しているのかもしれないね、そんなことを言う者も少なくなった。

 

 

 僕はどうしても吉岡さんにお礼が言いたかった。

 

 

 だから探索の範囲を広げた。

 

 夜の店はあまり好きではなかったが、とにかく些細な情報でもいいからそれが手に入れたくて、藁にもすがる思いで何件もバーをはしごして聞き込みをした。

 

 

 お礼が言いたかったから?

 いや、本音を言うと違う。

 その時の僕は、路頭に迷っていた。

 会社は倒産して、社員、取引先、その家族にまで迷惑をかけた。

 

 金なんてない。

 

 破産申告後、日雇いの仕事で手にしたお金を握りしめると、吉岡さんの幻影を探しながら、さまよえる亡者のように夜の街をさまよっていただけだった。

 

 吉岡さんの情報をなんとしても手に入れたい。

 ただそれだけで。

 

 彼にお礼が言いたかった?

 もちろん当初はそうだった。

 だけど本音は助けてもらいたかった。

 彼にもういちど熱い心を注入してもらいたかった。

 どこまでも熱くて真っ直ぐなあのガチ営業マンに会えば、僕は再び戦える。

 勝手にそう信じて、僕はY氏を探し続けた。

 

 

 そんな中、とても不思議で興味深い話を聞くことが出来た。

 それは夜の店だった。

 その話をしてくれたホステスは、魔女風のコスプレをしていた。

 なんでも運命を変える天才占い師だそうだ。

 名前は今でもしっかり記憶している。

 菊名さん。

 日本人とロシア人のハーフだそうだ。

 彼女は碧い眼をしていた。

 

 

 そう言えば、今、わが社で働いてくれているリアさんに似ている。まぁ明らかに他人の空似ってやつだ。性格はまったくの正反対だから。リアさんは典型的なギャルで、まったく頑張ってくれない。

 

 菊名さんは、なんとも穏やかで気品のある素敵な人だった。こう言った店が苦手な僕が彼女に好意を覚えたのは、彼女がどこまでも相手の為に何かしようと一生懸命だったからだ。

 その雰囲気が全身からにじみ出ていた。

 それは少し話して分かった。

 口にこそしなかったが、そうとう苦労していきたのだろう。

 彼女は言っていた。

「私はあなたを幸せにします。お約束しますと」と。

 僕もそれなりに社会経験している。夜の店で働いている子の、その夜限りのたわごとにいちいち付き合う甲斐性まで持ちえていない。だけど彼女は本気でそう言っているのは、すぐに分かった。

 

 

 タロット、水晶、姓名占い、どれも良く当たると噂されている。僕はどれが一番得意かと聞くと、手相とにっこり笑って言ってくれた。



 僕の手をとってじっくりと見ると、目を細めてニッコリと笑う。



「……誠司さん。あなたは誰も裏切らない……。そんな宿命を背負っていますね」



 僕は何も答えられなかった。

 僕は大勢の人を裏切ってきたのだから。

 



「もう一度生まれ変わることができたなら、僕は絶対に誰も裏切りません。如何なる逆境の波が押し寄せてこようとも乗り越えてみせます。今度こそ、絶対にY氏との誓いは裏切りません。そう誓いたい。今度こそ、僕は……。しかし、僕にはその気力がもはやないのです……。僕はすべて失いました。僕は負けたのです」



「人はいくら負けてもいいのです。負け続けても何度でも立ち上がり、いずれ勝てば。勝つまで戦えばいいのです」



「菊菜さんはすごいですね。僕にはその言葉は重すぎます」



「……ごめんなさい。私にだって重すぎます。でも、これはあの人がくださった言葉だから……。あの人はそんなこと直接口にしません。ただ、タロット占いの本をくださっただけ。そしてあたくしに素敵な笑顔をくださった。あの人は身をもって教えてくださった。でも今、あの人は……。だからあたくしは……」



 ――あの人?



 このお店を訪ねた理由は、AKUTOKU商事の営業マンがここに良く来ていたという噂を聞いたからだった。だからこの店のナンバーワンホステスさんに聞けば、その情報を得られるだろうと踏んで、こうしてなけなしの金を使ってやってきた。

 まぁどちらに転んでも真っ直ぐな目をした菊菜さんの笑顔に癒されたのは紛れもない事実なのだから、無駄足ではなかったが。




 でも少しでも情報が欲しくて僕は聞いた。




「あの人? それはもしかして吉岡しげるさんではないのでしょうか? 僕は吉岡さんを探しています。あの人にもう一度会いたいと思っております。吉岡しげるさんという方を、ご存じではないでしょうか?」




 どうしたのだろうか。

 さっきまで明るかった菊菜さんの目は、真っ赤に染まっていった。

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