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10 Y氏

 宍井は虎視眈々(こしたんたん)と、殺人合宿に向けて準備をしていた。

 僕は奴を手の平の上で躍らしているつもりだったが、逆に踊らされていたのかもしれない。

 

 

 奴は言った。

 ――デスゲームに向けて、全力で仕掛けていく、と。



 聖華さんのおかげで、宍井和也の本心が聞けた。

 彼もまた、辛い過去を背負った人間だった。




 果たして僕はどうすれば……

 宍井を思うと、そのような思考が脳裏をよぎる。



 しかし情に流されるわけにはいかない。




 特記事項は改変できない。

 特記事項により生み出されているこの世界の『ルール』も同様。

 もはや引き返すことはできないのだ。




 だが。


 ――できることなら……




 暗い自室――

 ベッドに背を預け、天井を見つめながらそのような事を考えていた。


 交錯は疑問へと、疑問は疑惑へと――

 ぼんやりとした思考は、眠気を吹き飛ばしていくほどの物へと変わっていった。

 そしてふつふつとわき出た疑惑が、僕の前頭葉を支配していった。



 そう――

 いつからか僕の前に現れ、力を貸してくれるようになった『神』と呼ばれる存在。

 そのなんとも不思議な影に、『Y氏』のような感覚を覚えていた。



 そして、それはしげるさんの中からも。



 しげるさん。

 最初出会った時は、暗い顔をしていた。

 いくらみんなの輪に誘っても、苦笑いを浮かべるだけだった。

 そりゃそうだろう。

 第一の人生に見切りをつけてこちらに来たのだ。

 きっと辛い壁にぶち当たって、心が折れているに違いないだろう。

 そう思い、声をかけた。



 だが次第に彼の中から、何か熱いものを感じるようになっていった。



 そして――

 もしかしたら……


 

 だけどそれだけが、しげるさんをY氏……つまり神と断定できるものではなかった。




 僕にそう思わせる決定打は、しげるさんを呼び戻してほしいと言ったのに対し、神は頑なに断ったときだ。



 神はこのように言った。



 遠いから。

 重いから。

 それは言い訳にしか聞こえなかった。



 もちろん、これは都合いい解釈なのかもしれない。




 本人が言いたくないのなら別にいい。

 ただの思い過ごしかもしれないし、悟られたくない理由があるのかもしれない。




 だけど知っておきたい。


 果たして神がY氏なのか。そしてしげるさんと関係があるのかないのか。


 だから、今夜、神が声をかけてきたら、こっそりとさぐりを入れるつもりだった。




 一言。

「ありがとう、しげるさん」と。



 それ以上言及しない。

 その言葉を受けて神がどう反応するかで、僕は理解するつもりだ。

 神の存在を。そして器を。





 だけどこの日、神からの音信はなかった。




 *




 殺人合宿まで、あと一週間になった。

 期末試験での成績は、僅差ではあったが勝てた。

 バスの座席を選ぶ権利は手に入れた。もちろん指示しておいたとおり最後列を指定した。

 これですべてが優位にたてるはずだ。



 いつものホームルームが始まる。

 ようやく殺人合宿のルールが開示された。

 3人で一つの班を組み、大自然の中で二日間を過ごすらしい。

 先生よりその話を聞いた瞬間、聖華さんはうれしそうに手をぱたぱたさせていたが、次の言葉で青い顔になった。


 先生は淡々と告げる。



「爆龍中学の諸君。

 我々教師は、君たちのような愚かな生徒を教えるのに少しばかり疲れた。

 授業態度は極めて悪いし、生徒諸君は誰も教師を尊敬しない。そんでもってお前たちの親はモンスターペアレンツばかりだ。我々教師は、日々恐怖しながら、腫物に触る思いで君たちに接しているのだ。

 それなのに――

 愚かな親は増え続け、心身共に厳しい境遇に追いやられ、真面目な教師は減る一方だ。

 もはや教師に道徳など不要。

 国の連中は、少しばかり愚か者の人数を減らして欲しいと思っている。

 さてここからは提案だ。

 どうだろう?

 ちょっとばかり殺し合いをして、愚か者の人数を減らして、我々を楽させてくれないか?」



 教室内に冷たい空気が流れるかと思いきや、僕達以外は「ヒャッハー! 待ってました!」とばかりに盛り上がっている。



 めちゃくちゃな大義名分だが、最初の手帳で見たとおり、第一の関門がやってきたということだ。この教師も、中身はモンスターである。宍井のシナリオを忠実に進めてくれるNPC的存在だ。

 つまりこれはイベント発生。

 チーム対抗サバイバルデスマッチが強行された。

 


 もちろんこうなることは知っていた。

 聖華さんが絆を構築してくれたおかげで、ぼくたちのバックには全国最強の不良集団がいる。

 さすがに表向きには合流できない。

 別行動で同行して、戦いに参加してくれるように促している。

 その数、約5000。



 気をつけなければならない危険な場所は、彼らと同行できない場所。

 そのひとつが、行き返りのバスの中。

 

 

 クラスメートの連中は、席を立ち、班を編成している。

 

 

 宍井の方へ視線をやる。

 彼は机に一人、ぽつんと座っているだけだった

 どういう訳か、孤立を貫いていた。



 

 

 聖華さんが心配そうに見つめている。

 だが宍井は涼しい顔で、微笑で返してきた。

 まるで自分の心配をしておけと言っているかのようだった。

 



 先生がしばらくして宍井に気づき、

「おい、宍井、お前、友達はいないのか?」


「はい。そうです。

 この学園には友人はできませんでした。だけどそんな俺にも友はできました。他校ですが」



 奴も僕達同様、バックに大きな組織をつけたのか?

 だがバス内は僕たち同様、仲間を連れ込めない。

 宍井はたった一人でバスの時間を耐えなければならない。

 

 そして一番安全な最後列。

 そこはぼく達が抑えている。

 

 なのに、何故ここまで余裕なのだろうか。



 宍井はニヤリと笑う。


「だから本日転校してもらうように告げました。先生、まだ聞かれていないのですか?」



 教室の戸が開かれた。

 他校の学生服を着た、二人の人影が視界に入る。

 その姿を見た瞬間、言葉を失った。




 聖華さんの顔から満開の笑みが咲いた。飛び上がるように席を立ち、彼らの方へ走って行った。


「あ、あ……

 あなたは……

 もしかして風の旅人さんですか!?

 私、一日たりともあなたを忘れたことがありません。あなたから頂いたお言葉は、私にとって……」



 聖華さんが、風の旅人と呼んだ男性。

 かなり若くなっているが、見間違えるはずはない。

 大柄なその体躯。

 見る者を安心させる穏やかな丸い顔つき。




 その人は、紛れもなく『Y氏』だった。




 走りよる聖華さんの前に、Y氏の横にいた小柄な女性が立ちはだかる。

「気安く近づかないでくれる。彼は女が嫌いなの」



 そう言い、聖華さんの頬をぶった。

 ピシャリという音と共に聖華さんの体は宙へ浮かび、床に転がった。



「聖華!」



 伶亜さんが、急いで走り寄り、肩に手をかける。

 そして女に向かって怒鳴った。



「殴ることはないだろ!」



「彼は女が嫌いです。心から憎んでいます。ですから気安く近づく女を床に沈めてやりました」



 伶亜さんは目尻をとがらせて反論する。


「あんたも女じゃねぇか!」



「いいえ、違います。あたしは彼を守護する者です」



 僕は知っている。

 聖華さんをぶった少女。

 華奢な体。どこか影のある白い肌。それでいて常に誰かを憎み続けているような獣染みた眼光。



 彼女の名は有紗ありさ





 僕の妹だ。





 どうしてここにいるのだ?

 だって、有紗は……



 僕は思い切り立ち上がり、宍井に鋭く言い放った。



「宍井! お前……

 これはどういうことだ! まだルールを隠していたのか!」



 宍井は低い声で答える。



「――俺は言ったはずだ。誠司。俺は全力で仕掛けていくと」

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