1.勇者アルディーンの戦い1
何卒よろしくお願いいたします。<(_ _)>
もし第二の人生があるのなら――
もしそんな世界に迷い込んだら――
人はいったいどのように感じ、どんなことを期待し、どう行動するのだろう?
今までの失敗を糧に、幸せを掴みたいはずだ。
そのような人が交錯する、剣と魔法の世界。
この世界はあまりにも腹黒かった。
弱い者は、容赦なく食い殺される。
特記事項で失敗した人は、この世界では路頭に迷ってしまう。
それを何とかしたかった。
だから僕はこの会社を立ち上げた。
事業も軌道に乗り、今では多くの人たちがその才能を活かし、さまざまな職場で活躍している。みなの笑顔に僕は日々励まされている。
この背景には、しげるさんの協力があった。
しげるさんが裏方で目を光らせていてくれたおかげで、社は順調に成長できた。
そんなしげるさんは、当初反対していた。
なぜかと問うと、僕の夢はあまりにも小さいと言う。
彼は、僕に王を目指せと言った。
その台詞に度肝を抜かれた。
僕に建国しろと?
過大評価しすぎている。
あまりの発言。
もちろん僕は、冗談としてしかとらえていない。だけどしげるさんの目は、真剣そのものだった。
「どうしてそこまで……僕に……?」
「あなたは俺をみんなの輪に誘ってくれた。俺の心を救おうとした。そして俺をブ男だと言わなかった。それが何よりも嬉しかった。
あなたに出会ってなかったら、俺、ソロで行っていたと思う。好き勝手できるだろうけど、それは寂しい毎日だったと思う。
俺は、そんな心を無くした女の子を見たことがある。きっとやりがいを見失っているのだと思う。みんなと頑張るのはこんなに楽しいというのに、一人でいると、それが分からなくなっちまう。
俺は誠司さんのおかげで、仲間の大切さが分かりました。
あなたのおかげで、毎日がワクワクします。こういう理由では駄目ですか?」
それはまるでY氏に諭されているような気分だった。
ふとそんな昔話を思い出し、僕は頬を柔らかく崩していた。
今日は正義の人材派遣会社『ヴィスブリッジ』創立一周年の祝賀式典。
ホテルの会場を借り切って、関係者全員を招き、華やかな立食パーティーを行っている。
一番の功労者、しげるさんは、こういう場は苦手だからと、いくらお願いしても今日の出席に首を縦に振ってくれなかった。
少々寂しさを覚えたが、彼には別の形でお礼するしかないな。
次は僕のスピーチだ。
ネクタイを締め直し、演壇を目指した。
マイクを握り、皆に視線を投げかけた。
皆は飲み物をテーブルに置き、僕に集中する。
皆の目はキラキラしていた。
いつの間にか、目の前に花束を持った20代半ばくらいの男性がいた。縦のストライプの入った派手な白いスーツに、白いハット。
「一周年記念、おめでとうございます」
さっきまで、このような人はいただろうか?
いったい誰だろう?
前職の経験より、一回見た顔は大抵記憶しているのだが、どうも見覚えのない顔だ。
振り返ると、今日いないはずのしげるさんが立っている。
普段は温厚な彼の目つきが、鋭くとがっている。
そしてその後ろには、リーズ。
この構図。
以前もどこかで見た記憶がある。
この後、よくない事が起こった。
どこで見た?
刹那。
周りにいたすべての人間が消えた。
僕と……目の前にいるストライプスーツの男以外は消滅している。
男は舌打ちをする。
「チィ! 一匹だけ逃したか。ククク、まぁ、一番恐ろしい凶悪な豚を始末できたのは幸いだった」
――凶悪な豚だと? こいつは何を言っているのだ?
「お前の仲間は、1日もすれば溶けはじめ、それから30分後には骨すら残らん。どうせ、お前一人では何もできまい。あばよ!」
「ま、待て!」
室内だと言うのに一陣の風が吹き、手に持っていた薔薇の花束は螺旋状に舞い散る。
赤い花びらがパンと四散し、同時に男が消えた。
「おい、どこだ! どこへ逃げた!? 出てこい! みんなを返せ!」
走り出そうとしたその時、
「誠司さん、これは一体……」
呼びかけるその声で振り返った。
それは目元に刀傷のある少女だった。
赤い肩までの髪に、さっきまで旅をしていたのだろうか、少しくたびれた軽装なレザーアーマーを纏っている。
瞳は閉じたまま、白い杖を握り僕の方を向いている。
それは特記事項に呪いをかけてしまい苦悩していた、あの人だ。
「伶亜さん? どうしてここに?」
「先日、聖華があたいを訪ねてきたんだ。山奥にひっそりと小屋を作って住んでいたのに、どういう訳かあっさりと見つかってな。
聖華は、パーティーがあるから遊びにおいでよと言ってくれた。
さすがにあたいのようなグレた女が行けるものかと断っていたんだが。
あんまりしつこかったので、せめて晴れ舞台だけでも拝んでやろうと、こっそりと隠れて様子をうかがっていたんだ。
まぁ、見えねぇからホールの外から雰囲気だけをな。
だが、妙な男の気配を感じた途端……みんな消えちまった。
いったい何がどうなってやがるんだ!?
そうだ。
みんなが消えた跡に、こんなものが落ちていた。どうやら手紙のようだが、あたいには読めない」
伶亜さんから、紙切れを受け取った。
それに目を通す。
『奴の名は宍井和也。
レベル282の魔道士タイプ。
おそらく闇組織『オルドヌング・スピア』の刺客。
有効特記事項――
人はどうせ裏切る。その前に動きを止めて闇に消し去り、じっくりと溶かしてやる。
この世界のルールは俺だ!
アルディーン、すまない。気づくのが一歩遅かった』
この手紙……
いったい誰が……
奴の特記事項は『人は裏切る、闇に消し去る』
もしかして僕の特記事項『裏切らない』と反発して、僕だけが奴の異能を防げたのか!?
敵の名は和也。
『オルドヌング・スピア』とはいったい!?
だが、奴は言った。
みんなが溶けてしまうまで1日。
つまり、24時間の猶予があるということか。
それまでに、絶対に僕が!
手にした紙をグッと強く握りしめた。
「誠司さん、あたいも何かできないか?」
盲目のかつての女盗賊は、腰にあるシミターの柄をジャリッと鳴らした。