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おだやかな昼下がり  作者: 克辺 篤姫
1/2

その1

楽しんでもらえるとうれしいです。

「あのひとたちって何のために生きてるんだろうね。」

窓の外を眺めながら、彼女がつぶやいた。

「あのひとたちって誰のこと?」

僕はコーヒーをすすりながら答える。

「べつに特定の誰かのことをいってるわけじゃないわ。たとえば、ほら、いまそこを通り過ぎて行った冴えないサラリーマンでも、あそこで暑そうにしてる交通整理の人でも、要するにだれだっていいのよ。生きててつまらなそうなひとっているじゃない?そういう人って生きている意味があるのかな、って思って。」

「君、そんなことは言うもんじゃないぜ。ひとの人生のことなんてそのひとになってみないとわからないだろ。僕たちにはとやかく口出しする権利なんてないのさ。」

僕はコーヒーカップをそっとおいて彼女をたしなめる。

 

水曜日の昼下がり。

強い日差しとうだるような暑さから避難するかのように入った喫茶店で僕たち二人は、しばし涼みながら談笑していた。

店内にほかの客は見当たらず、コーヒーのいい香りとともにゆったりと時間が流れていた。


「でもあなただって小さいころに、一度くらい『なんでアリは文句も言わずに働き続けて死んでいくんだろう。なんで植物は動くこともできずただ枯れていくんだろう。』って思ったことあるでしょう?それと同じよ。」

確かに彼女の言うとおり、僕自身そんなことを思ったことはある。だが、

「それとこれとは別だろう。人間と動植物の生の価値についていっしょくたにして論ずるなんて、それこそナンセンスだぜ。」と僕は言った。

すると、彼女は怒ったような顔になり、カフェオレを口で転がしながら沈黙した。

僕は少し大人げなかったなと先刻の自分を反省し、彼女にたわいもない話題をふろうと思って口を開こうとした。その瞬間、

「人間なんて所詮少し頭のいいだけのサルでしょ。大差ないわよ。」

と彼女が語気を強めて言った。

「おいおい、どうしたんだい、そんなにむきになって。怒ったのなら謝るよ。」

僕はあわてて彼女をなだめようとした。

 だが、彼女はしばらくこわばった顔をしていたが、そののちにふっと脱力してさみしそうな顔になった。

「わたし、ときどき考えちゃうの。もし、自分がこの世にいようがいまいが世界に何の変わりもないのなら、私はなんで生きてるんだろう、って。それで自分の存在がどんどん希薄になっていって、最後には消えていってしまうような気がするの。こわいの。」

そういう彼女の声はとても小さく消え入りそうだった。

 僕はしばらく考えてこう切り出すことにした。

「種の保存のため、というふうに考えるのはどうかな。どんな動物も植物も、生物はみな自らのDNAを次の世代に引き継ぐために生きている。そう考えたら、どんなひとにも生きていく意味があると思えるんじゃないかな?」

僕はなるべくゆっくりと優しく彼女に語りかけた。

「それでも、ただ自分の子孫にバトンをつなぐためだけに生きるなんてむなしくない?そんなの生きる意味とは言えないわ。だって自分が死んでしまった後の世界には、自分はもういないのよ。もう関係ない世界なのよ。」

そういって彼女は目頭に涙をためた。

 僕は途方に暮れてしまって、とりあえずコーヒーを一口飲んだ。

いつの間にか漂っていた湯気も消えてしまっており、インクを煮詰めたような苦い味がした。


続きも読んでもらえたらうれしいです。

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