第七話 発端と疑念
静寂は必ず破られるものである。しかしこの場合はまるで歓迎されることの無い出来事であった。
前触れは何もなく所属不明の照明弾が化学物質による一時の光源の登場に素早く反応したのはビクトリアだった、俺より先なのがなんとも情けないが…
「各員準戦闘配置、対地戦闘用意各班状況を報告!
隊長交戦許可は出ませんでしょうから夜間基地で駐留している当直を誰かに叩き起こさせましょう」
的確かつ素早い判断いたみあるぜビクトリア!
俺も何か言ってやらんといかんなと思い無線を手に取る
「総員に告ぐ、これは決して演習に非ず繰り返す、これは決して演習に非ず!心して取り掛かれまだ戦争すら始まっていない状況で事故死扱いされたくないならいいから先手を打つぞ、対処する側に回ったらまずいことは分かるよな!?各班交代しつつ小隊を組むんだ、照明弾が上がっているとはいえ視界は悪いしこんな状況だと同士討ちもあり得るからなこーいう場面でこそ真価を発揮しろいいか?」
実弾が入った薬莢に手を伸ばしてこれ一つで死を運ぶのだと意識せずに装填する。
俺は忍び寄る敵意に銃口を向け闇夜に目を凝らす、突然パニックにならなくてよかった反面、正体が分からないので下手に攻撃できない。
圧倒的にこちらが不利な事を承知の上でこれから事を構えなくてはならないのだから理不尽だよなぁ…
「隊長から各員へ通達、敵の所在所属が不明な為発砲しても制圧射撃に止めるように各自留意せよ」
「お言葉ですがね隊長、お前さんこの中の誰かが脳漿ぶちまけられなきゃ現実が見えないようなあほんだらだとは思いたくないけどな!!」
そんなに声をあらげるなってターラー、俺だってそんな展開はまるで望んでないぜ?
「隊長、後退しつつ合流後小隊規模での戦闘をするとおっしゃいましたが敵の出方も敵の正体も未だに分かりません…我々は基地まで辿り着き救援を呼んだ方が良いのではありませんか?」
たしかに率直で分かりやすいがそれはダメだ。
国境手前の軍事基地が備えていない姿は仮想敵国に教えてはならない。 あくまでも防備は整えてられているのだと思わせなくては…最悪このまま蹂躙される恐れも出てくる、それはやってはいけない、奴らをただでは通さない…!
「…分かりました微力ながら協力します、前方に注意を向けつつ側面にも意識を向けなければ」
俄然やる気になんかこれっぽっちも湧かないが理由づけしなければ動かないほど子供でもないからな、やってやる。
「互いに左右を確認しながら後退、木々の影を利用しながら進むぞ」
そんな訓練は一度として受けたことも聞いたこともないが状況はさておきとっとと分散した兵力を集めないと各個撃破される危険しかない!
戦いにおいて後手に回るのは良くない、相手の放った手を受けなければならないからだ。
にしても疑問だな、ここから国境まで警備部隊がいない訳無いし町だってある、それを敵はどうやって突破したんだ?この森に来るまでまさかハイキングがてら来たなんて冗談が通る訳ないだろう…?
「少数精鋭なのか多勢に無勢なのかは後に考えるべきだな…よし急ぐぞ」
ルイーズは押し黙って俺の顔色を伺っている、状況を打開するか押し流されるかは俺の肩にかかっており、果たせるかどうか秤に掛けているのかもしれない。
見つかれば鉛弾をプレゼントされる危ない妖精達、
まあ言うだけ無駄だろうがうちの軍無線と連邦の無線の周波数で呼びかけてみるか…
「こちら大公国陸軍湖基地所属第十一中隊貴方方は我々の警戒区域を侵犯している。所属部隊と通行許可をこちらへ打診されたし、なお応答が無い場合にはこちらへの敵対行為とみなし、対処する構えでこちらはいると宣言させて頂きます」
この距離まで侵攻している時点で敵対姿勢を取るのは俺達としては当たり前だが俺はこの後大きな間違いをしていたと後悔することになる…
「こちらターラー、ビクトリア達と北側で合流したが臨時で小隊を組んで行動する、いいか中隊長?」
「ターラーちょっと待て、無線の周波数を少し弄ってみる」
「はぁ!?お前この期に及んでなにするつもりだ?!」
「まぁ、焦るなよ戦友。定説だけで歴史を語っちゃいけないんだぜ? 常に新しい発見や見方があるんだ。目の前を明るくしてくれちゃった正体不明の何者かが果たしてあの仮想敵国だったりすると思うかい?」
「それはなんだい隊長、あの照明弾を上げたのが森のトロル達だとでも?」
「いや…それはないだろ」「はいはい、冷静な突っ込みをどうも」
土地勘のない連中がここに迷い込むと中々帰ってこれない、湖周辺にはまだ人間による開発の手もほとんど入っていない為自分の身など簡単に隠せる木の洞が数多く存在する、注意しなけばならないのはその分根が彼方此方から顔を出してとても歩きづらい。
体力の消耗と狼をはじめとする野生動物の縄張りに触れれば並の人間の生存率は絞られてくる、そんな立地なのだ。
「どうだルイーズ上等兵、相手の無線拾えるか?」
「走りながら器用な作業を強いる中隊長に遺憾の意を表明したいところです…がしかし、上官の命令とあればやってみせましたよ。 回線開いてますので一度あの木の洞で落ち着いて聞きましょう」
なんでもルイーズ上等兵無線の免許を持っており、その手の事にはかなり詳しいのだとか…何故に君工兵とか志願しなかった…
「よし、一旦ここで聞くから周波数教えてくれ」「中隊長、こちらので聞いた方が手っ取り早い」
とのやり取りがあってやむなく…やむなく暗がりで女性と密着して敵の無線を傍受するという結果にたどり着いた。
状況からするとこちとら嬉しくもなんとも無い事は先に言っておく、大きな音を出す訳にも行かずただじっと砂嵐の中に砂金が混ざっているのかと思いながら
緊張の糸を張り巡らせる。
「…….これより我々は、特権階級や大公一家を保護する国軍へ向けて平和的抗議を敢行す、これはあくまでも平和的活動である。 深夜これを行うのは真に同胞の目を覚ませるからに他ならない!! 尚も我々の活動を抑止し阻む輩があれば平和的処置により退場して頂く。 我が祖国もまた潔白な魂でもってこの白い大地を踏みしめると大国間が迫り来る災禍を鋼の結束を持って打破する一歩とそれでは同志諸君、行動を開始したまえ!!」「おーー!」
話が全く前見えてこないがどうやら照明弾を打ち上げた連中はやる気らしい。
一体何がしたいのかまでは分からないが軍隊に向けて喧嘩を売りに来るって事は銃火器の類いは勿論もっているって考えた方がいいか…
「隊長から中隊各員へ、無線を逆探知した結果彼方からは俺たちをまだ発見されていない。敵の規模は未だ不明だが内容から察するに恐らく反貴族・大公派の様だ、奴等の使用する周波数が判明した為そこに喧嘩をふっかけてやろうと思うのだがどう思うかな?」
ターラーとアスラと俺は公国籍でこの国の行く末を多少なりとも案じているが隣の国みたいには正直なって欲しくない…あれは端的に地獄絵図だった。
「そんな事をして後でどやされても知らないからな? 」
「一体どんな事が起こるのやら…わたくしは戦闘配備中ですのでこれより無線封鎖しますわ」
とまぁこんな具合なので他言無用してくれるだろうとふんで相手へ交渉を迫った結果…
「まぁ、こうなるよなぁ…」
罵声と銃火器のが巻き起こったのは言うまでもない。ちょっと待てあいつらこっちの話聞かなすぎちゃうん?
「中隊長、一体火花すら無かった場所からどうして炎上させてしまうのですかぁぁぁぁぁぁ!?」
すまんアスラ伍長反省はしているだが…後悔はしていないんだ
「お相手さんは端からそんなつもりだったろうし仕方ないんじゃないかなー?」
フェリペからのフォローが入る、珍しいこともあるもんだから彼には最前線で壁にでもなってもらうとしよう、 日頃の感謝込めてね。
「でも本当に政府の犬めーなんて言ってくると思わなかったからびっくりした」
木の洞から脱出して大木の陰で様子を伺うと既にルイーズ上等兵が待機していて非難する目で俺を見る。
「何か焚きつけた覚えは全くないんだけど勝手に相手の頭が茹で上がっちゃって…」
「やり取りを聴いていたので分かりましたがどうやって収拾をつけるつもりなのか隊長のシュリーフェンプランを見せていただきましょう」
「んー? 取り敢えず頭を潰せばなんとかなるだろ?」
「何ですかこの脳筋、作戦のさの字から教えた方がいいんじゃないですか?」「冗談だってば冗談」 「冗談言ってる余裕なんてないこと位わかりますよね隊長。 相手は少なくても三個中隊規模の歩兵です。いくら装備が民兵もしくは旧式のそれだとしても数と士気は侮れませんよ」
敵の当初の目的は夜間の奇襲による無血開城と占領だったがそれは既に頓挫した。
相手の練度は低く銃弾が明後日の方向へ飛んでいくのを見ると半分以上は民間人なのだろう、森に仕掛けた罠の数々に引っかかり放置すれば勝手に瓦解しそうなものたが…さてどうする?
「サルライネン軍曹、敵の予想位置はG30付近なのだが狙撃位置につけたら教えてくれ、まぁ無理にとは言わないが…」「任せて」
…うん?サルライネン軍曹、返事が早すぎません?
「隊長、ビクトリアです。 わたくし達はこのまま逃亡を続けて良いのですか?相手は実弾を湯水の様に使っている…迫り来る火の粉をここで払わなければ!!」
「あぁ、分かってはいる。 誰かが倒れたからそれを使うのではまるで誠意がない話で解決しない以上はな…やむ終えない。中隊各員へ通達空砲と威嚇射撃を許可する。敵性勢力へは鉄の意志を感じてもらうしかあるまい俺単独で敵の支配域で策を講じるからよろしく、ルイーズは他の分隊と合流な」「サー」
それじゃあこちらも平和的解決といきましょう…
対話出来ない相手の納得させる事なんて案外簡単だったりするんだ、上手くいくかは博打だけれどやったろーじゃないか、相手が何だったとしても俺達の秩序を破壊されてなるものか。