甘い香りの少年
ようやく会えたのは子供だった。
道なりに歩いてると川を見つけた。
遭難した時には、水を確保するのが大事ってお婆ちゃんが言ってた。ペットボトルの中身は少なめ。是非とも汲んでおきたかった。
川の水は透き通っていて、とっても綺麗だ。食中毒は怖いが、これなら問題ないだろうと手で掬って飲もうとすると誰かの足音。ガサガサと音を立てて、こちらに走ってくる音がする。
逃げる間もなく現れたのは、灰色のツナギを着た少年だった。
「えっ、あ、あ、」
突然の事にあたふたしてると彼は、私の腕を掴み、怒鳴った。
「この川の水を飲んだのか!!」
「飲んでいません!飲む前に君が来たから飲んでないよ!!」
私は必死に弁解した。
少年は幼い感じがしたが、背が高く険しい顔をしていてとても怖かったのだ。
「本当か!? 本当に飲んでいないか!!」
「本当に飲んでない!!」
「本当に本当か!!」
「本当に本当です!!」
ジッとこちらを見てくる目を逸らしたら負けだと見返す。
「本当に飲んでねーみたいだな。お前、どこから来た?」
「えっ?」
困った、むしろこっちが聞きたい。
「あの、ここはどこ? 迷子みたいで、困ってるの。あと腕痛いから離して欲しいんだけど」
「あ?迷子だ?迷子でこんなとこ来るかよ。怪しいヤツめ!こっち来い!!」
手を引かれ、咄嗟に踏ん張った。が引きずられる。
「ちょっ、待って!本当なの!本当にどこだか分かんないし、私は帰りたいのよ!!」
「お願い、助けて!!」
助けて、どれだけ言っても誰も来なかった。だから、行動したのに。このまま連れてかれて、殺されるかもしれない。そんな考えから恐怖で涙が溢れた。
「はっ?まっ、待て!泣くな、泣き落としなんてずるいぞ!」
「うるさいな!勝手に溢れてくんのよ!私が何したっていうのさ、ただ、水を少し飲もうとしてただけでしょ!?」
叫び、手を振りほどいた。反動で尻餅をついた。お尻が痛い。
「あそこの川は、マキューナ川だぞ?魔力中毒を起こすから子供は飲んだらいけない決まりだろうが!そんな事も知らないとか、親に教えてもらってないのか?」
「マキューナ川? そんなの知らないし……。」
まりょく…、魔力ってなに? えっ、ファンダジー過ぎるでしょ??
少年は可哀想なものを見る目でこっちを見てる。
屈んで、しゃがみ込んだ私の頭を撫でる。目を合わせて、言った。
「なぁ、迷子なら俺が送ってやるから一回落ち着けよ。親と逸れて不安なのは分かったから。俺の親父は食堂をやってる料理人だから、お前の親もすぐ見つかるし、飲み物ぐらい出してやるから。」
「助けて、くれるの??」
「まあ、見つけたの俺だし、手も悪かったな。治療してやるよ。」
そう言って少年は優しく手を握った。
「そこの荷物もお前のか?」
指差した方向には倒れてるツールケースと降ろしたリュック。
「うん、私の荷物。」
「んじゃ、そっちのケースを持ってやるからこっちのリュックはお前が持て。街まで20分ぐらいだけど大丈夫か?」
「うん、ありがとう。」
親なんか一緒にきてないし、世界レベルで迷子かもしれないから帰れない可能性だってある。でも、このまま置いてかれた方が絶対にやばい。
きっと年下であろう少年は赤い髪に赤い目、日焼けした肌。明らかに日本人じゃないけど、言葉は通じる。
なら、誤解してようが利用するまで。私は自分が可愛い、生きて帰りたい。泣き虫は最初は有効でも、後々不利になる。涙を引っ込めた。
大きく深呼吸を3回。
「泣き止んだな、行くぞ!」
「待って、私の名前はハッシー、貴方は?」
もちろん、本当の名前ではない。あだ名だ。高橋だからハッシー。ファンダジーで本名が力ある大事なものだと言うのは定番だ。出来る限り、隠しておこう。
「ハッシーな、わかった。俺はヴァニラ、ヴァニラ・プラニフォリア。よろしくな!」
私の腹黒い考えなんて知らずに少年は笑った。
何とも、甘そうな香りの名前だと私も笑った。
2人仲良く、手を繋ぎ街を目指した。
ヴァニラ・プラニフォリア
バニラ(vanilla)の学名。
アイスクリームやカスタード、プリンなどの香りづけに欠かせない香味料。