美味しい世界の始まり
生命溢れる世界の話
母なる海、父なる大地、降り注ぐ雨、輝く太陽。
その世界に生命が誕生したのは当然の事だった。
ある日、世界に異なる世界の種が落ちた。芽を出し、花が咲き、実がなり、種を落とす。その地に根を張り、実りをもたらす木。後に世界樹と呼ばれる存在は増える事はなかったが、その実を食べた生命に新たなる力を与えた。
様々な種族が独自の進化を遂げ、次第に数を増やしていった。その事に世界は満足していた。生命が増えるという事はそれだけ世界の質を高めたからだ。
しかし、増え続ける生命に世界が対応しきれなくなった。少しずつ緑が減っていく。それは緩やかな変化だったが、平和な世界の争いの種となっていった。
無くなっていく食料にそれぞれの長は他から奪えばいいと考えた。彼らは自然に依存していた為、自然を増やす事を知らなかったのだ。
そして、遂に争いが始まった。
世界はどんどん血に染まった。
様々な種族も自然も減り続け、植え付けられた飢餓はなくならず、身体が満たされてもなお追い求め、争いが絶える事はなかった。
世界の質は堕ちていき、崩壊が始まる。
「ああ、お腹が減った。」
生命の悲鳴が世界に響く。
最高の料理人の話
地球という星の日本という国で育った男は食べる事が大好きだった。そんな彼は当然のように料理人になった。料理を作る事だけではなく、食材にも気を使い、いつしか畜産や農産にも精通していった。日本だけではなく世界各国で料理を学び、最高の料理人とまで呼ばれるようになった。
ホテルでの講習会の帰り、寒い冬の日の事だった。
突然、身体が吹っ飛んだ。トラックに轢かれ、強い衝撃が彼を襲った。
そんな彼は弾き飛ばされ落ちた。
世界から落ちた。
「ああ、まだ料理を作りたい!!」
彼の思いが溢れた。
堕ちた世界と落ちた料理人の話
世界にとって、落ちてきた存在は異物である。よって、落ちてくるモノは世界に弾き飛ばされる。しかし、男は弾かれず世界に落ちた。世界は崩壊を止める為に必死で、弾き飛ばす力がなかったのだ。
堕ちた世界にとって、落ちた男は異物で馴染みがない。違和感の塊でしかない。だからこそ、小さな存在の意思が伝わった。
落ちた男にとって、堕ちた世界は異物で馴染みがない。違和感の塊でしかない。だからこそ、大いなる世界の意思が伝わった。
堕ちた世界の望みはただ一つ。
『飢餓から生命を救う事』
落ちた男の望みはただ一つ。
『料理を作る事』
二つの望みは重なり、混ざり合う。
世界は男を、男は世界を受け入れた。
男が世界に渡した対価は世界を救うまでの時間と労力。
世界が料理人に渡した対価は世界を救うまでの寿命と健康、意思の疎通、大事な道具、正しい自然の知識、魅了する力。
美味しい世界の話
男が降り立つ地で始めに見たのは、痩せ細る子供、枯れた大地、争う人々。彼は必死に料理を作った。飢えて苦しむ生命を満たす為に、笑顔が溢れる世界にする為に。
彼はどの種族も見捨てず、それぞれの特性に見合った食材で、それぞれの味覚に合うように、沢山の料理を作った。また、生きる為に必要な作物や動物を満遍なく広めた。これ以上、争いが起きないように。
過去の争いは消えない。それでも手を取り合って笑えるように。どの種族が欠けても作れない料理を、レシピを広めた。
彼はまた、最高の料理人と呼ばれるようになった。
世界は救われた。また、緑豊かな自然溢れる世界に戻った。しかし、数が多くなると同じ事が起こる。世界は困った。そして、それは料理人に伝わった。
「自然災害とかはないのか?」
と料理人は聞いた。
世界にとって、生命は大切にするものである。危害を加える発想がなかった。
「自然が危害を加えればいい、程々なら大丈夫。俺らは案外丈夫に出来てる。」
と料理人は言った。
世界は自然災害を年に3回起こすことにした。
それ以外は平和な世界となった。
作り続けた料理人は、世界を救った証として寿命を受け取った。長い時間を費やした、それでも作り足りない人生だと男は思う。
彼は料理人。
最後の時まで、美味しい料理で人々を満たした。
世界に名はない、神もいない。
しかし、意思はある。
意思は『美味しい』を最高の料理人に教わった。
よって、世界を『美味しい』にしたいと思った。
だから、美味しい世界。
世界の呼び名は美味しい世界でいいのだ。
今日も最高の料理人の意思を受け継ぐ者たちが、美味しい料理を作る。