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6 お役所潜入大作戦

 黒ずくめの怪集団・スケベ忍軍の一同は、かつてない一体感の中にあった。

 十日前、廃寺に参集したときから各々覆面黒ずくめ。だから互いの氏素性はまったく知らない。

 しかし、顔も名前も知らぬ見知らぬ他人が、スケベを働きたい一心でともにある。ともに街に跋扈して、迷惑行為だろうが何だろうが、思う存分はばかりなく暴れまわっている。

 諸童貞、こんなに胸のすくことはない。

 徒党を組むまでの彼らは、劣等感の虜だった。女人に見向きもされず、性欲をもてあまし、日々を鬱々と過ごしていた。

 

「おいら、人生でこんな楽しいことがあるなんて、思ってもみなかった……!」


 たまたま子堅の隣で棒手裏剣を放っていた農家の五男坊が、しみじみとつぶやいた。口調には熱い感慨が込められている。

 女人の服を剥ぎ、己が目を愉しませることはもちろんのことだが。

 

「みんなで集まって、修行して。そんでこんなに大暴れだ! おいら今、すっげえ楽しい!」


 黒い一体感の最中で、五男坊は心底楽しそうだ。それは傍らにある子堅も同じで。

 

「きゃああああ!」

「いたぞ、今度はこっちに黒ずくめどもだ!」

「ひゃああ、都頭(とどう)! あそこに爆乳女子が!」

「ええい見てる場合か者ども! すごい乳だな!」

「やっべ、警吏だ! 逃げろ!」


 臥薪嘗胆、苦難の修行を耐え抜いて。神出鬼没に参上し、暗器を投げて服を裂き、肌の露出を堪能し。機を見計らい脱兎の遁走。

 痛快無比なるスケベの所業。

 顔も名前も知らないが、こんなにも仲間がいる。覆面で素性を隠しながらも、たった一つの目的・破廉恥三昧のそのために。

 匿名性を獲得した童貞たち、どこの誰とも知らぬ仲間たちと力を合わせ、ただひたすらに服を裂く。

 すべては裸を見たいがために。

 

「おーっし、みんなー! もういっちょ行くぞーっ!」

「オッス!! 頭領!!」


 頭領・巽の、導くままに。

 

 

 

 さて、そんなことをしているうちに。

 当然女人達、それぞれ住まいへ慌てて逃げ帰る。ある者は必死で服をかき集め大事な部分をひた隠しつつ、ある者は他の女人に服を貸してもらいつつ。

 やがて街からは女性の姿が消え去った。

 家々の戸口は固く閉められ、窓はぴっちり塞がれている。

 果たして後に残されたのは、男ばかりのむさ苦しい亮州城。

 物陰からその様子を伺いつつ、子堅たちは呆然の面持ちだ。標的たる女人たちがいなくなってしまったのだから。

 とはいっても自業自得。

 

「……さすがにちょっとやりすぎたか?」

「かもしれない……」


 男ばかりの往来に絶望感を覚えつつ、スケベ忍軍はため息を吐いた。楽しい楽しい乱痴気騒ぎも、これにて仕舞いか。

 そんな消沈の中、黒ずくめ達はふとあることに気付く。頭領がいない。

 

「そういや頭領は?」

「頭領いずこ?」

「ここにいるぞ!」


 しばし不在にしていたかと思えば、巽、一同の死角から不意に現れた。

 

「ふっ、悪いな。小便だ!」

「頭領さっきからちょくちょくいなくなるね!」

「頻尿?」

「いや、ちょっと待てクソニンジャ、まさかお前……」

「さて諸君!」


 何か言おうとした子堅を黙らせるように、巽は一同へ声を張り上げる。といっても、捕り手役人に聞こえぬよう、加減して。

 

「諸君らの働き、まこと素晴らしいものだった! この俺も、こんなに大勢の女の肌やらアレやらソレを見たのは、生まれて初めてだ!」

「頭領……!」

「でもさ……なんつーか、やりすぎちまったな。見よ、この有り様を!」


 巽が指し示す先。ガキとおっさんとジジイの行き交う、侘しい往来。

 

「ほれ、見ての通りのむさ苦しさ。女の子は皆家に帰っちまった」

「…………」


 スケベ忍軍、一同頭を垂れる。

 そんなしょぼくれる黒ずくめ達だが、その中にあってただ一人、巽の目には未だに希望が宿っていた。

 

「そうガッカリするな諸君。こうなることは、スケベ忍軍発足時からおり込み済みだ」

「へ?」


 童貞たちは顔を上げた。見上げる頭領の顔には、自信の色。

 

「頭領……まさか、この事態を見越していたのかい!?」

「あたぼうよ! いいか諸君、女人が家に引っ込んだからといって、破廉恥を働けぬわけではない。次なる破廉恥は覗きだ諸君!」

「覗き!」


 覗き。その一言に、一同の胸中へ光明が差す。

 そう、なにも大っぴらに服を裂いて回るだけがスケベ忍軍ではない。

 

「考えてもみろ。諸君らは寝る前、寝間着に着替えるだろう? たまには湯浴みもするだろう? それは女どもとて同じこと、その機会を見計らい覗きを働けば!」

「裸体が見れる!」

「そうだ! 諦めるなスケベ忍軍、俺たちの戦いはまだこれからだっ!」


 かくして気勢を盛り返したスケベ忍軍。

 警吏にバレぬよう物音立てず、ひっそり決意を新たにする黒ずくめ達だが。

 

「しかしここで一つ問題がある。それを成すために、俺たちは確実に女がいる家を狙わねばならん」


 巽は眉間を険しくしながら続ける。

 

「もし男しかいない家を覗き見てしまったら、俺たちの心的被害は計り知れない」

「確かに……」


 童貞ども、男の尻は見たくもない。

 

「だからあらかじめ、女が住んでいる家を知っておかなきゃならんわけだ、なあ関節?」

「な、なぜ私に振る?」


 突然巽に見据えられ、子堅は不快そうに眉を歪めた。そんな彼に構わず巽。

 

「さあここがスケベ忍軍、正念場。一同、今夜は役所に忍び込むぞ!」

「や、役所!?」


 気楽に放たれる突飛な宣言。子堅だけでなく、その場にいた黒ずくめ達からは素っ頓狂な声が漏れた。

 動揺する皆々へ、頭領はやっぱり気楽に言う。

 

「おう、なんでかってーとさ! 役所にはアレがあるじゃん、アレ。戸籍!」

「戸籍……?」


 巽の発言に、子堅は訝しげな表情をしてみせた。しかしながら、巽の真意も理解できる。なにせ戸籍には。

 

「そう、戸籍にはこの亮州に住む、ほぼ全ての人間の住所が書いてあるわけだ! それを利用しない手はないっ!」


 つまり、戸籍を使って女人の家を割り出そうということだ。とは言っても。

 

「バ、バカも休み休み言え、この年中無休バカ!」


 子堅は思わず食って掛かる。

 

「戸籍なんて大事なもの、盗みに入ったらそれこそ大罪人だぞ!」

「いまさらそういうこと言う?」

「まあ確かにいまさらだけど!」


 スケベ忍軍、すでに猥褻三昧の犯罪集団。いまさら何を恐れるものか。

 しかしながら、巽もさすがに重要書類の窃盗はまずいと思ったようで。

 

「ま、でも確かに盗むのはまずいよな。俺も忍びとして、侵入したことがすぐに発覚するような真似はしたかねぇ」

「そうだろう。だから役所に忍び込むなんてことは……」

「じゃあさ! 忍び込んで戸籍の内容を丸暗記して帰ればいいんじゃね! うっわー、俺超天才!」

「バカ! そんなことできるかバカ!」


 頭領は超気楽で、たしなめ役の子堅はカンカンである。大体戸籍という書類は。

 

「いいかバカ! 戸籍っていうのはな、何千何万という人間の情報を管理する書類なんだ! わざわざ役所の中に、戸籍関係の書類を保管するためだけの部屋を作っているくらい、膨大な情報量なんだぞ! それを暗記するなんてお前、そんなことできたら科挙なんて楽に及第できるわ!」

「でも俺、女の名前と住所なら暗記できる気がする」

「アホか!」


 馬鹿らしいとばかりに、子堅は一蹴するが。

 

「できるよ……!」

「頭領ならきっとできる……!」

「そう、俺たちの頭領じゃないかっ!」

「みんな……!」


 スケベ忍軍、頭領である巽に絶対の信頼を置いている。そう、文武両道、持てる体力・技術・叡智のすべてを破廉恥へ注ぎ込む、童貞の王へ。

 そうして子堅以外の支持を集め、巽は。

 

「んじゃ決まりだな。今日はこれにていったん解散! 幸い今夜は新月、侵入には持ってこいだ! そんじゃ、日が暮れたらまたここで落ち合おう!」

「オッス、頭領!」

 

 さっさと段取りを決めて、黒ずくめ達を解散させるのだった。

 スケベ忍軍、蜘蛛の子を散らすように散開していく。黒装束で日陰を駆け抜け、人々の目の届かぬところで早着替え、それぞれ元の生活へ戻っていった。

 さて、成り行きを間近で見ていた子堅。役所へ潜入するなどと言い出したクソニンジャに、ギリ、と咎めたてるような視線を送る。

 

「おい……おいクソニンジャ! いくらなんでも、役所はまずいんじゃないか? 街中と違って、警備が厳重過ぎる!」


 子堅はさすがに知府の息子。普段引きこもっているとはいえ、役所の事情にはそこそこ詳しい。

 そんな彼へ、巽はにやりと三白眼へ不敵な笑みを浮かべ。

 

「ふふーん。なあ関節、そこをお前がなんとかすんだよ!」

「わ、私が!?」

「おうともさ。あんたやっぱり役所にゃ詳しそうだ。ちょいと聞くが、行ったことあるんだろ?」

「あ、ああ。そうだが……」


 巽の見立て通りである。子堅は官僚志望の書生。将来の夢は王城の中で働くことだが、知府である父の仕事にも少なからず興味を持っている。ここ数年は月に一度くらいの頻度で、役所へ見学に赴いていた。

 

「そんなら話は簡単だ。役所の間取りを俺に教えてくれ。間取りさえ分かりゃ割となんとかなる。ま、一番いいのは警備が手薄な場所を教えてくれることだけどさ」

「…………」


 子堅、怪訝な視線。じっと巽を睨みながら思うことは。

 

(こいつ……まさかこのために私を勧誘したのか?)


 最初こそ、自身の秀才ぶりを評価されてのことだと自惚(うぬぼ)れていたが。巽は最初から、役所へ侵入する算段を計算していたのかもしれない。いや、きっとそれゆえに子堅へ協力を求めたのだ。

 子堅は改めて、目の前の覆面変態黒ずくめをじっと見た。覆面の中の三白眼は、スケベへの期待に爛々と輝いている。

 

「……まったく。お前は本当、知恵が回るくせに、バカでスケベなやつだな」


 呆れ半分で言ったが、もう半分はほとんど感心に近い感情だった。知恵を弄してまでスケベに入れ込むこのクソニンジャが、なぜだかまぶしい。

 

「仕方がない。お前のその熱意に免じて、役所の間取りやら裏口やら、洗いざらい教えてやる。ありがたく思えよ」

「お、お前……!」


 子堅の返答に、巽は感じ入ったように声を震わせる。

 

「関節大納言……!」

「だからその呼び名やめろ!」


 このやりとりも、もはやお約束。

 

-----------------------------------------------


 さて、場面は清流堂。

 スケベ忍軍が役所潜入に向け、いったんなりを潜めて英気を養っている最中のことである。

 

「ちょっと! ちょっと誰か! 責任者!」

「出てきなさいよー! 責任取りなさいよー!」


 門前には人だかり。そのほとんどが女性で。

 清流堂にスケベニンジャが巣食っていることは、すでに近隣には周知されている。ゆえに今回の騒動、首謀者が件のクソニンジャであろうことは、みな容易に行き着く考えで。

 スケベ忍軍の活動が静まるやいなや、街の女性は大挙して清流堂へ押し寄せた。

 衣服を替え、憤怒の表情の(パン)ちゃんが門前の最前線で叫ぶ。

 

「誰か出てきなさいよ! あのクソ覆面どもの責任を取らせてやるわ! うおおおお!」


 野太い叫びに、堂内にいる黄雲は。

 

(……クソッ! あのクソニンジャのせいでとんでもないことに!)


 母屋の戸口でうずくまり、頭を抱えていた。

 責任者と言われても、堂の主である清流道人は現在、知府邸北の燕山に赴いて、崔秀蓮捕獲任務に就いている。というわけでこの場にはいない。

 師匠である彼女がいないとなれば、清流堂の次席は黄雲だ。責任者と言うなら現状彼のことではあるが、門前の女性達は非常に殺気立っている。正直出たくない。

 そんな黄雲の傍らにしゃがみ込み、雪蓮は眉をひそめながら空気を読まず、小声でそっとつぶやく。

 

「いいの黄雲くん? みなさん、門の前で待っておいでだわ」

「だから門を開けて迎え入れろって? 冗談じゃない! 開門早々即血祭りに上げられる!」


 くわっ! と目を見開きながら黄雲は言い返した。いましも門の向こうからは、ドン、ドン、と鈍い音が響いている。分厚い門を破ろうと(パン)ちゃんが、攻城兵器さながらの勢いで体当たりを試みているのだ。

 さて、黄雲は先ほどから懊悩している。

 師匠からは金をエサにスケベ忍軍退治を命じられた。ただでさえハレンチ沙汰を繰り返す彼ら、立ち向かうのに思春期道士は目のやり場が無い。あちこちに肌色の華が咲く街の惨状は、とてもじゃないが黄雲、正視に堪えなかった。

 その上、今現在のこの状況。街中の女子から敵視され、のっぴきならなさ倍増しである。

 どうしていいかまったく分からない。隣にいるお嬢さんは「みんな待ってるのに……」と能天気極まりないし。

 そんなところへ、救いの手が。

 

「どうした、黄雲少年に雪蓮殿」

「なんだなんだ、あの騒ぎは?」


 二郎真君と那吒の神将二人組である。騒動が起こる前に外出を終えて帰ってきていた彼ら、本堂でしばし休んでいたのだが、門前の騒ぎが気になったのか。二人してこちらへ歩み寄ってくるところ。

 

「お二方……実は……」

「かくかくしかじかなんです!」


 黄雲と雪蓮は経緯を語った。わけを知った神将達。

 

「ま、またあんのクソニンジャは……ろくでもねえな!」


 わなわなと羞恥と怒りに震える那吒はさておいて。

 

「ふぅむ、それで門前に集まっている女性達はお怒りなのか」


 二郎真君は納得の顔だ。ちなみに黄雲が「そういやあの土地神(クソジジイ)は?」と二人に問えば、那吒から「麻雀」と素っ気ない返答。

 困り顔の黄雲と雪蓮に、二郎真君は不意にわずかな微笑を浮かべて見せた。

 

(あい)分かった。門前の女性たちは、私が怒りを鎮めて見せよう」

「じ、二郎殿……!」

「されば黄雲少年。きみには使命があるのだろう? そちらを優先しなさい」


 美丈夫踵を返し、さくさくと門へ向かい、(かんぬき)を外し、門を開け。

 

「うおおおおおお!!」


 勢いあまって突っ込んできた(パン)ちゃんをふんわりと抱き止めた。

 

「あっ……貴方はいつぞやの拉麺の君……!」

「そういう貴女はぽっちゃりの君」

「美丈夫!」

「美丈夫だわ!」

「眼福!」


 突如現れた美丈夫に、色めき立つ女性達。

 そんな彼女らへ、二郎真君はほんのり微笑む。そこへわずかばかり憂いの色を混ぜれば、三千世界の乙女を殺す微笑の完成だ。

 

「皆々様。この度は我が清流堂の一員がご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ない。私が代わってお詫びしよう」


 (パン)ちゃんをそっと離し、二郎真君は真摯に頭を下げた。そんな彼へ「あなたが悪いんじゃないだし!」「そうよそうよ!」「頭をお上げになって!」と女性達、老いも若きもこぞって二郎真君をなだめにかかる。

 そんな中、(パン)ちゃんも。

 

「あ、あの……私! 先ほどは貴方さまへとんでもない乱暴を……!」


 お怪我は!? と息せき切って問うぽっちゃり女子へ、二郎神。

 

「ご心配には及ばず。貴女こそお怪我は?」


 問い返されて(パン)ちゃん。

 

「怪我は……怪我はないけれど……!」


 厚みのある胸の内が、とくんと高鳴る。

──あなたの顔を見ると、胸が苦しい。

 

「これって恋……──?」


 乙女。乙女である。まごうことなき乙女である。

 さて、門前に飛び交う怒号が黄色い声援に変わったところで。

 

「さーて、二郎殿が一肌脱いでくださったわけだし、僕もクソニンジャ退治を真剣に考えないと……」


 ひとまず懸案事項が一つ片付いて、黄雲は少しばかりほっとした心地で考え込む。

 少年がぶつくさ考え事をしていると。

 

「あの、あの……もし」

「お願いがあるの……」

「あなた達は……」


 門前の喧騒の間隙を縫い。こちらへ歩み寄ってきたのは、青年と童子の二人連れ……かと思えば。

 そちらへ駆け寄った雪蓮は、戸惑ったような顔色を浮かべた。

 

「えーと、いつぞやの依頼人の……ご姉妹、ですよね?」

「そうなの!」

「あの、街があの状態ですし……用心のため、恥ずかしながら男装して参りました」


 そう、男の衣服に身を包んでいるが、この二人、白虎娘娘(びゃっこにゃんにゃん)のお得意さま姉妹だ。どうやら兄や弟の衣服を借りてきたらしいが。

 

「あのね! 黒ずくめの悪い奴らを、白虎娘娘さまに追い払ってほしいの!」

「お願いします! このままじゃ私たち、街へ出られないわ……!」


 切羽詰まった表情で懇願するは、騒動の鎮圧依頼。それも白虎娘娘宛てだ。

 当然この依頼に雪蓮、正義の炎を燃やさないわけにはいかない。

「分かりました!」と元気に返事をしようとした、その時。


「ほう、男装ですか」


 考え事をいったんやめ、黄雲が会話に割って入ってきた。雪蓮の口にペタリと『箝口符(かんこうふ)』を貼りつつ。

 

「ふーむ」


 口を閉ざされた雪蓮の前で、男装の姉妹へちらりと視線を巡らせる。そして。

 

「ご安心めされよお二方。此度の騒動、白虎娘娘には当然ご出陣頂きます」

「わあ……!」

「この度は身内が迷惑をかけて申し訳ないが、我ら清流堂の威信にかけて、かのクソニンジャどもを駆逐掃討、絶滅してご覧にいれましょう!」

「わあ!」

「されば早速報酬のお話を!」


 調子に乗る黄雲だが。彼は後ろで何が起きているか、まったく気に留めていなかった。まさか雪蓮が那吒に、口元の札を剥がしてもらっているなんて。

 そして守銭奴の後方から放たれる一声。

 

「今回は報酬は要りません!」

「えっ、無料なの!?」

「げっ、お嬢さん!」


 突然介入してきた雪蓮と彼女の台詞に、守銭奴はぎょっと顔を強張らせる。

 報酬はいらない、すなわち無償奉仕。頭がくらりとするクソ道士だが、そんな彼に構わず雪蓮。

 

「街の婦女子のみなさまに迷惑を駆けるすけべ忍軍! きっとわた……じゃない、白虎娘娘が退治してみせましょう! そう無料で!」

「まあっ! 白虎娘娘さまが……無料で……!」

「お得なの! お得なの!」


 胸を張って堂々宣言するし、依頼人姉妹ももちろん既にその気である。やんぬるかな、後の祭り。

 姉妹はほくほくで清流堂を後にする。門前でキャイキャイ騒いでいる一団を、器用に避けて。

 残された守銭奴は、さっそく恨み節を二人へぶつけた。


「ったく! どうして報酬の話をさせてくれなかったんです!? あと那吒殿! お嬢さんの箝口符を取ったの、あなたでしょう!?」

「なんとなくノリで無料にしようと思いました!」

「なんとなくノリで剥がしてやろうと思った!」

「なんとなくで何てことしてくれてんだ!」


 と、お気楽箱入り娘と神将の悪行をひとしきり詰った後。


「まったく! 師匠から銭が出る以上最善を尽くすつもりではありますが、あの姉妹からさらなる報酬があれば僕のやる気もうなぎ登りだったものを……!」

「それよか黄雲。結局お前、なにか考えはあるのかよ? あのクソニンジャ集団を退治する」


 ふと挟まれた那吒の疑問に、黄雲は師匠譲りのしたり顔を浮かべて見せた。

 

「心配ご無用、策ならありますよ。先ほどの姉妹のお陰で思いつきました」

「さっきのご姉妹のお陰?」

「はぁ?」


 不思議そうな雪蓮、そして訝しる那吒の顔を順に見つつ、黄雲はまだ少し案を練っている様子。ぶつぶつと独り言のように続ける。

 

「ふーむ、やはり二人ではこの策は難しいか……お嬢さんも那吒殿も、巽のやつに顔が割れている。お嬢さんには白虎娘娘に徹してもらうとして、やはり僕が行くしかないか……」

「なんだよ……策ってなんだよ、気になるじゃねえか」

「まあまあ、そう急かしなさんな那吒殿」


 興味津々の神将に、黄雲はこほんと咳払い。すると黄雲は近くの茂みへ「三尾(さんび)!」と一声放った。

 ぴょこん。

 茂みから飛び出したのは、黄色い毛並みに三つの尾が特徴の、子狐・三尾。

 

「お前は巽たちの様子を探ってくれるか? 小さな獣のお前なら、それほど怪しまれずに偵察できるだろう」

「ふきゅう!」


 三尾は黄雲の言葉に頷く風の仕草を見せて、たったか塀を登って走り去ってしまった。

 

「さて、斥候は放ちました。後は策の準備をして、機を待ち奴らを一網打尽にするだけです」

「ねえ黄雲くん。だから策って……」

「お嬢さん」


 黄雲、いずまいを正して雪蓮へ向き直る。

 その様子を眺める那吒には分かる。黄雲が養生の術の出力を、相当に高めていることが。

 そして次に彼の放つ一言が、雪蓮、そして那吒をして、ぎょっと瞠目させるのであった。

 

「あなたの服を貸して頂きたい……!」


-------------------------------------------------


 夜がきた。

 スケベ忍軍は果たして、人気の無い官庁街に息を潜めて集合している。

 あたりはしんと静まり返っているが、その場所だけは少しばかり雰囲気が違っていた。

 

 役所。亮州のあらゆる物事を取り決める、街の要のような場所だ。

 当然重要施設である。深夜とはいえ、周囲には篝火が焚かれ、屈強な見張りが何人も建物を取り囲み、あたりは尋常ならざる物々しさに包まれていた。

 そんな場所へ忍び込むのだ。役所を遠巻きに眺めながら、童貞たちはさすがに怖気づいていた。

 昼間に相対したのは、あくまでか弱い乙女たち。一部例外もいたが、基本的には自分たちより力の弱い存在である。それが今回はと言うと。

 

「うわぁ……」

「強そう……」

「殺されそう……」


 腕回りも腰回りも太い警吏が朴刀(ぼくとう)を腰に提げ、周囲を巡回する姿はいかにも屈強で。

 スケベ忍軍はすっかり恐れをなしていた。

 そんな中。子堅も見慣れた役所の夜の様相を、不安げに眺めていた。

 一同がびくついていると。

 

「おいおい、なに臆病風に吹かれてやがるんだ? 大丈夫大丈夫、きっとうまく行くって!」

「頭領……!」


 皆を励ますように、巽は明るい声で語り掛けた。

 

「そう戦々恐々とする必要はないさ……つっても、人間恐怖心を抑えるのはなかなか難しいか」


 巽はなにやら一人で納得すると、「ほれ」と夜の闇の中、何かして見せる。

 あたりは真っ暗だが、スケベ忍軍には彼が何をしているのか、手に取るようによく分かる。夜目を効かせるための修行も受けていたからだ。

 巽が一同へ示して見せたのは、九字。

 (りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)

 九つの印を結んで見せて、「やってみそ」と真似をさせる。器用な者はすぐにこなし、不器用なものは不器用なりに頭領に(なら)う。

 

「こいつは忍びの間に伝わる呪いでな。印を結びつつ、呪文を小さく唱えながらやってみな。心が落ち着かないか?」

「お、おう……」


 巽直伝の九字を切り、スケベ忍軍、なんとなく浮足立つ気持ちが落ち着いた。それを見計らい、巽。

 

「よし、落ち着いたんなら何よりだ。それじゃあ後は、先ほど打ち合わせたとおりだ。総員配置につけ!」

「オッス、頭領!」


 声を潜めてやりとりを交わし、黒ずくめ達は足音立てず風のようにあたりへ散っていく。

 

「おっし、関節! 俺たちもやってやんぞ!」

「だからその呼び方……!」


 役所へ向けて移動を始めるクソニンジャの背を追い、子堅はまだ呼び方に関してぐずぐず言っていた。しかしその手元は九字を繰り返している。そんな彼を背後に、巽。

 

「九字か……」


 なんとなくぽんやり考える。

 

(そういや、この間もせっちゃんに教えてあげたっけ)


 巽自身はこの呪い、あまり世話になったことはない。齢十一の時に初めて敵城へ潜入したときに使って以来、特段必要としてこなかったのだ。生来の図太さのせいである。

 だから自身の心を落ち着けることよりも、他人へ伝授することの方が多いのかもしれない。そんな感慨に浸っていると、巽は雪蓮へ九字を授けるより以前のことを、なんとなく思い出した。

 

(『あいつ』にも教えてやったっけなぁ……)


 そうこうしているうちに役所は目前。巽は心中の雑念をかき消して、後ろの子堅に小声でささやいた。

 

「さあ、行こうぜ! スケベな明日が待っている!」

「お、おう……!」




 そんな二人の遥か背後。

 じっと見つめる小さな影が一匹分。

 三つの尾を持つその獣は、一部始終を見届けて、くるりと後ろを向き、音もなく走り出すのであった。

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