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5 乱痴気騒ぎ!

「あいやぁ……」


 清流道人は嘆息した。

 新たな魔除けを施すためにたどり着いた崔知府の邸宅は、上を下への大騒ぎ。下男下女がドタバタと走り回る中を案内され、通されたのは北側の庭園で。

 

「旦那様、お客人がお見えです」

「おお、清流殿!」


 庭園を囲う塀の前で燕山を見上げていた知府は、憔悴の面持ちでこちらを振り返った。


「どうなされました、伯世殿。お顔色がすぐれぬようだが……」

「ああ、それがだな……」


 崔知府、ため息。彼の側には細君もいて、うずくまってシクシクと泣いている。

 とっ散らかったこの状況。知府は説明しようと口を開いた。

 

「秀蓮が十日前から山籠もりに」

「なるほど、よくよく分かり申した」


 清流道人はその先を制した。その一言で、大体のいきさつは想像できる。

 さて、そんな時に。山の方からガサガサと人の気配、それも数人分。

 

「だんなさまぁ!」

「いま戻りました!」

「おぉ、お前たち!」


 山から下りてきたのは、崔家で働く下男たちだ。五人連れの彼ら、疲労困憊の上、あちこち生傷だらけの満身創痍。

 どうやらこの下男たち、十日前から山に籠った秀蓮を説得するために山へ派遣されたようであるが、肝心の秀蓮の姿は無い。

 彼らを労わりながら、知府が問う。

 

「して、首尾はどうだ。秀蓮は?」

「それが、見つけて声をかけてはみたんですが」

「『ええい邪魔をするでないわ(とつ)!』とお怒りになられまして」

「我らをボコボコに……」

「そうか……娘がすまない……」


 知府は心底申し訳なさそうに頭を垂れる。

 報告を聞き、そばで夫人が「うぅっ」と声を湿らせた。

 

「そんな……そんな秀蓮……! あの子に、あの子に何かあったら……!」

「ご安心くだされご夫人、元気な証拠ですぞ」


 打ち身だらけの下男たちの傷を看ながら、清流は夫人へ冷静な言葉を送った。大の男を五人もボコボコ、元気爆発の証左である。


「ともかくこれで、第二十五次捜索隊も失敗か……」


 十日前。秀蓮が『燕山で修行してくるわっ!』という熱い書置きを残し、失踪してから。

 いくらおてんばじゃじゃうま汗血馬娘といえど、いまは身重。万が一があってはならぬと崔知府、下男たちを幾度も捜索へ向かわせていた。

 しかし捜索隊の努力虚しく。秀蓮は山と同化して帰ってこない。

 

「道士さま! 道士さまお願いしますっ!!」

「おっと」


 やにわに知府夫人、清流の腰へ取り付いた。そして憂いの顔で懇願して言う。

 

「お願いします……! どうか秀蓮を連れ戻してください……!」

「ご夫人……」

「燕山には毒蛇や毒虫はもとより、先日のような大猪や人食い虎が出るとの噂……! ああっ、秀蓮の身に、お腹の子どもに何かあったら私……!」


 わなわなと手と唇を震わせながらそう言つつ、自分の発言に恐慌をきたしたのだろうか。

 

「ああっ……」

「奥さま!」


 夫人、気を失ってしまった。そんな夫人を見ながら、第二十五次捜索隊の下男たち。

 

「秀蓮さま、虎の毛皮着てなかったっけ?」

「狩ったな、人食い虎」

「ああ、絶対狩ってる」


 さてそれはともかく。

 清流は夫人の身を下女に預けながら、崔知府を見た。

 

「いかがいたしましょう、伯世殿。秀蓮殿の御身おそらくは元気爆発なれども、このままではご夫人の方が参ってしまう」

「うーむ、そうだな。魔除けに来て頂いてなんだが、清流殿、娘のことをお頼みして……」


 知府が言いかけた時だった。

 

「知府ーっ! 崔知府ーっ! 注進注進、ごちゅうしーん!」


 バタバタと屋敷の方から駆けてくる足音。

 兵装の男が一人、慌てた様子でこちらへ走り寄ってきた。そして知府の前で跪くと。

 

「事件です! 事件であります! 街で黒ずくめの痴漢が大乱舞! 大事件でありますっ!」

「くっ、黒ずくめ……!?」


 兵の報告に、清流と知府は思わず顔を見合わせた。


「ええ、黒ずくめであります! 黒ずくめの男たちが街の女性という女性の服を飛刀(ひとう)のようなもので切り裂き、その、はっ、裸に……!!」


 兵、報告しながらだらしない表情である。

 

「巽か」


 清流、確信する。だがしかし。

 道人はふと疑問を抱いた。かのクソニンジャ巽には、雷公の鞭が下される戒めを施していた筈。女人に狼藉を働いたのは今しがたのようだが、街に雷が落ちた気配はない。

 しばし考えつつ、先の兵の言葉を反芻して謎は解けた。


「貴君……さきほど、黒ずくめの男『たち』と言ったか?」

「ええ、黒ずくめの連中が、街の女の子に寄ってたかってすっぱだかに!」


 つまり。此度の騒動は巽の単独犯ではない。どういう募集をかけたのやら、協力者が数多いるようだ。しかもどうやら、その全員が巽と同じ覆面装束を纏っているらしい。

 

「なるほど、その手できたか……」

「感心してる場合ですか、清流殿!」


 納得の清流を、知府は渋い表情でたしなめる。

 彼の言いたいことを察して、清流はバツの悪い顔で「あいやぁ」と後ろ髪を掻いた。

 

「これは相すまぬ、伯世殿。元々勝手に棲み付いたとはいえ、巽は我が清流堂の一員。この始末は私が直々に……」

「お、お待ちください道士さま!」


 踵を返しかける清流の腰に、勢い付けてドンとぶつかる者がひとり。いつの間にか目を覚ました知府夫人だ。

 

「あなたが秀蓮を探さなくて、誰が探すというのです! 街のことは夫に任せておけばいいわっ!」

「お、お前、ちょっと……!」

「お願い道士さま! 何卒、何卒秀蓮を……!」

「あいやぁ……」


 板挟み。片や夫人は泣きついて、片や知府は苦み走った表情で。

 困りあぐねた清流は、ふと解決策を思いついた。

 

「ならば、巽の始末は弟子に任せましょう」

「弟子殿に?」

「ええ。なに、伯世殿もご存知の通り、金さえ与えれば何でもやる奴です」


 言いながら清流は街の方を見た。

 今日の亮州城には一発の雷鳴もなく、遠目には平和であるが、しかし……。

 

---------------------------------


「きゃああああああ!!」


 清流堂に、甲高い、まだ幼い悲鳴が響く。

 

「きゃあああ! やめてやめて来ないでーっ!」

「幼女幼女幼女ーっ! オレ幼女が好きなんだわ幼女!」


 中庭を必死で走る遊。追うは変態覆面黒ずくめ。一見すると巽だが。

 背丈が若干異なるのでおそらくは別人。声の調子も違う。

 しかしそんなことはこの状況下、あまりにも些細な事。幼女が追われている、それだけで緊急事態だ。

 しかしその緊急事態に。

 

「お色気大根巨乳隊、しゅつげーき」

「ぐわーっ、貧乳一個師団、壊滅!」

「くかー……」


 逍と遥は大根で遊んでいて、火眼は眠っている。遊が黒ずくめに追われていること以外はいつもの日常だ。

 

「たすけろーっ! たすけんかコラーっ!」

「いま忙しいー」

「あとでねー」

「すぴー」


 男どもはあてにならない。そう悟った幼い遊は、決心した。

 立ち向かわねばならない。この黒ずくめのクソ野郎に。

 遊は逃げるのをやめ振り返る。それを好機と見た黒ずくめ。懐から暗器をぞろりと取り(いだ)し。

 

「よっしゃ、受けてみろ! 頭領直伝の棒手裏剣!」


 幼い柔肌を白日のもとへ晒さんがために、投げつける棒手裏剣。しかし。

 

「見切ったわ!」

「なんだと!?」


 幼女、暗器をかわし懐に入り。

 

「金的金的さらに金的からの金的、もいっちょ金的とどめの金的!」

「ご褒美っ!」


 急所へ叩き込む連続攻撃。繰り出される手刀と蹴りは、五歳が放つとは思えぬ威力。雪蓮直伝の白打が唸る。

 

「あっふん!」

 

 黒ずくめの小児性愛者は、もんどりうって後ろざまにごろりと一回転して倒れこむが、即座に起き上がり。

 

「やるな幼女! 次に会った時、再び雌雄を決しようぞ!」


 股間を抑えながら律義に門から出て行った。

 そんな痴漢を見送って。遊の怒りの矛先は、彼女の貞操の危機を黙って見過ごした男どもへ向かう。

 

「ちょっと! みんなしてあたしの危機を無視して!」

「やっべ、遊が怒った!」

「にっげろーっ!」


 慌てて逃げだす逍と遥。そして後に残されるのは。

 

「ぐぅー……ぐぅー……」


 安らかに眠る火眼金睛。安穏な寝息は、童女の神経をこれでもかとばかりに逆なでした。

 

「こんの寝坊助は……! 許すまじ! 許すまじ!」

「うぐっ、ぐふっ」


 遊、腹いせとばかりに、火眼の大事な場所の上でぴょんこらぴょんこら。股間部への攻撃に才能を発揮しつつある童女である。

 ひとしきり鬱憤を晴らし。遊はむかっ腹のまま天に向かって大声で叫ぶ。

 

「あれもこれもそれも! ぜーーったい! あのクソニンジャの仕業ねっ!」


 許すまじ!

 

 怒り。怒髪天を衝く。

 

-----------------------------------


 性欲。

 それはヒトの根源的な欲求。

 ヒトがけものであったころから、食べること、寝ること、そして()えることは、生命の維持、種の維持に関わるあまりにも当然の欲望であった。

 ヒトが智を得て、文明を築き上げた後もこの三つの欲望は衰えず、それどころか。文化、社会、道徳という人類独自の枠組みの中、それぞれの欲求は屈折を極め、発露への道程は複雑化していった。

 寝ることへ向かう欲は、より良い寝具、安全な住まいを求める願望へと発展し。

 また食欲。食事を取るとき、ヒトはより美味なるものを追い求めた。火を使い調理を行い味付けし、焼き加減、五味の配分、珍味の追及と、欲求に端を発した食文化はとめどなく発展を遂げる。

 生命の維持、種の維持に関わる欲求は以上のように、けものであったときから複雑化して、ヒトの中で雑多な彩りに染められていった。

 では、性欲はどうか。

 太華の地には、『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉が古来から伝わっている。七歳にもなれば男女ともに性差を意識し、食事の席も別とし、必要以上の交際を避けよという教えだ。つまり、ヒトは道徳によって男女の性的な関わりを抑圧、抑制してきたのだ。

 なぜか。文明を守るためである。文明の発展とはすなわち、己が内の野生を抑えること。万民が万民おのが欲望に正直であったなら、今日(こんにち)までの発展はあり得なかったのかもしれない。

 とはいえ、完全に抑制していては繁殖できない。

 人々は性の衝動に多少なりとも背徳的な感情を抱きつつ、基本的には道徳規範に則って、連綿と生命を紡ぎながら文明史を歩んできた。

 他方。性は主に芸術の世界で憧憬の的となる。西の異邦では裸婦画がこぞって描かれ、東の国々では好色な文学が名を馳せた。

 背徳。しかしながらの憧れ。

 性欲、それはヒトの根源的な欲求。

 木ノ枝巽の原動力はまさにこれであった。その凄まじさたるや、性への憧れが妄執と化し、自身の体質すら変容させてしまうほど。

 ただしこの職業クソニンジャ、人類の歴史だの道徳だの背徳だの、そんな小難しいことは一切考えちゃいない。

 

 おっぱいもみたい!

 しりにさわりたい!

 とにかく裸にひんむきたい!

 

 とはいえ巽、女人に触れれば最悪死ぬ体質。というわけで、できることと言えば裸にひんむくこと。

 そんな彼が、性衝動のままに行動を起こした。数多の童貞がそれに賛同した。

 人類史が文明の発展とともに、置き捨ててきたもの。本来けものだったヒトの中で、発熱するはずだったもの。

 彼らの中にはその熱量が渦巻いている。

 かくてスケベ忍軍などと名乗る彼ら、黒い熱風と化して野生のままに、とにかく女という女をひん剥くため。亮州の街へ跳梁跋扈を果たすのであった──。

 

「きゃあああああ!!」


 いましも亮州城内、西丁路へ響く艶めいた悲鳴。

 逃げ惑う彼女を、黒ずくめの一団が素早く包囲、そして。

 

「受けて見よ! 我らの棒手裏剣!」


 四方八方から投げつけられる棒手裏剣。

 

「きゃあああっ、服が! いやあああ!」


 服を裂かれた彼女、大事な部分を隠しながらうずくまった。覆面軍団、恥じらうさまをしばし鑑賞し。

 

「ふっふっふ! いいもの見せてもらったぜ! さらばっ!」

「もうちょっと痩せた方がいいぜ! さらばっ!」


 脱兎のごとく退散した。

 後に残された彼女──ぽっちゃり系の(パン)ちゃんは。

 

「ゆ……許さないわ……!」


 憤怒の表情で、天に吠える。

 

「絶対に許さないわ虫けらどもーー!!」


 そんな彼女の絶叫がこだまする中。

 

「いやああああ!」

「きゃああああ!」


 街には女性の悲鳴が飛び交った。あちこちに黒ずくめの覆面達が出現し。

 

「棒手裏剣!」

「いやらし拳!」


 飛び道具に徒手空拳、あの手この手で道行く女性に襲い掛かる。

 あっという間に、街にはあられもない姿の女性がてんこもり。無関係の男性諸君はとりあえずの眼福に鼻の下を伸ばしている。

 しかしこの一大狼藉に、街の警吏が黙っているはずもなく。

 

「いたぞーっ!」

「黒ずくめの奴らだ!」


 都頭(とどう)が小物役人を引き連れ、駆け付けてきた。それぞれ武器を手に参集した役人数十名に、黒ずくめたち。

 

「都頭が来たか!」

「我らの棒手裏剣といやらし拳では対処できない!」

「ならば頭領のお教え通り、逃げるまでよ!」


 未練なくさっさと踵を返し、その場を後にする。しかし都頭たち警吏もただでは逃がさない。

 

「逃がすな! 追えー!」


 かくして始まる大捕り物。

 しかし。本場八洲(やしま)仕込みの忍術を身に着けた童貞たちは、警吏の想像を遥かに上回る逃げ上手だった。

 黒装束、跳躍し塀を越え。

 警吏に後ろを追われれば、街路をつづら折りの軌道で走りつつ、時に速度を上げ、かと思えば落とし追い手を翻弄し。警吏の視界からフッと消えたかと見るやいなや、予想だにしない逃走経路で逃げおおせる始末。げに侮れぬ忍びの遁走術。

 さらに逃げた先でも油断はない。スケベ忍軍は警吏の追走から逃れると、物陰に隠れ早着替えにて覆面黒装束を脱ぎ、隠し、一般市民に溶け込んで事なきを得るのだった。覆面をしていたお陰で顔が割れることもない。

 街を混乱に陥れるスケベ忍軍。警吏も歯が立たず(ほぞ)を噛む始末。


「はっはっはー! 愉快痛快!」


 亮州有数の高楼の屋根に登り、巽は上機嫌である。

 眼下を見下ろせば、そこかしこで肌色の華が咲いている。彼の隣には子堅もいて、高所が怖い反面、女人の裸が見たい一心でこわごわドキドキ同じく下を見下ろしていた。

 

「おい見てみろよ関節!」

「なんだなんだ!」

「あの子めっちゃ巨乳!」

「巨乳!」


 大興奮。子堅、普段抑え込んでいるものを全開にして、この青春を愉しんでいた。不名誉な渾名もどこ吹く風である。

 しばし遠目の女体を堪能し。「さてと」と巽は腰を上げた。


「んじゃそろそろ休憩終わりにすっか!」

「あ、ああ、そうか」

「じゃ、俺先行ってっから! あとでなー!」

「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 クソニンジャ、子堅を置いてさっさと地面へ跳び下りていく。

 しかし子堅は冗談じゃない。棒手裏剣の腕に覚えはあっても、跳躍力はスケベ忍軍最底辺なのだ。

 

「うわーん! こんな高いところからひとりで下りられるかーっ!」

「……ったく、しゃーねえなぁ」


 喚く子堅にやれやれと肩を竦めて。巽は再び高楼と隣の建物との壁と壁の間を三角跳び。

 

「ほれ、行くぞ!」

「ぐえっ!」

 

 屋根までたどりつくと、子堅の首根っこを引っ掴み、地面へ跳び下りた。

 そして二人もまた、黒装束の中に溶け込み。

 

「よーっし! いっちょ脱がせまくるかーっ!」

「いざ目指せ巨乳!」

 

 己が欲を満たすため、愉快に元気に乱痴気騒ぎに加わるのであった。

 

-------------------------------------


「目の! やり場が! ない!」


 黄雲はいまだに地面に埋まっている。地面から生えた黄雲の足に、雪蓮はげんなりとため息を吐いた。

 しかし。

 

「おっと、よそ見している場合かな!」

「! くっ……!」


 突如死角から突き入れられる手刀。即座にかわしつつ、雪蓮は周囲の惨状に改めて心が痛んだ。

 

 服を裂かれ、怒っている女性たち。泣いている乙女たち。黄雲の足。

 

「なんて……なんてことを……!」


 雪蓮は正義の拳を黒ずくめへ繰り出した。しかし対面の男はするりと回避。その身のこなしは、かのクソニンジャそっくりで。

 

(巽さん……なんで! どうして!)


 雪蓮は心中、この場にいない巽へ行き場のない問いを投げかける。

 なんでもどうしてもない。かのクソニンジャの所業としては、至極納得の展開である。

 さて雪蓮と拳を交わしあう黒ずくめ。劣勢と見るやいなやさっさと身を翻し。

 

「やるなお嬢さん! ひとまず諦めよう、それに私は巨乳派なのだ!」


 はっはっは、と高笑いを残し、言外に雪蓮へ貧乳の烙印を押して去って行った。


 さきほど、路地で巽たちに襲われていた女性を助けてから。

 黄雲と雪蓮は清流堂への帰り道、幾度となく黒ずくめたちの奇襲を受けた。なにぶん人通りの多い道で、女性の姿も数多くあった。

 それが仇となり、スケベ忍軍に衣類を裂かれた女性を視界に入れぬため、黄雲は先ほどから土に潜りっぱなし。というわけで痴漢撃退は、もっぱら雪蓮の役割となりつつあった。

 

(……さすがに疲れちゃった)


 雪蓮、肩で息をしている。最初に巽に遭遇してから、いったい何人撃退しただろう。黄雲は役に立たないし。

 周囲の女性たちが余った布で肌を隠しつつ、その場から退避したところで。

 雪蓮は黄雲へ声を掛けようと振り返った。そしてふと「あっ」と声が漏れる。

 

「おい、黄雲」


 不意に現れて、黄雲の足を引っ掴み地面から引っこ抜いたのは……清流道人。

 大根の収穫さながらの趣きで、黄雲が地中から出土する。

 

「清流先生!」

「やあ雪蓮。大変だな、巽のせいで街が大混乱だ」


 いつものしたり顔で雪蓮に声をかけると、清流の視線は宙づりの弟子へ。

 

「黄雲。いつまで顔を隠しているんだ」

「……もういません? 服を裂かれた女人は……」


 両手で顔を覆っていた黄雲。おそるおそる手を外し、周囲を見た。

 あたりにいるのは、ちゃんと服を着た雪蓮と清流だけで。

 

「はぁ……」

「黄雲、頼みがある」


 安心したのもつかの間、師匠から弟子へ使命が伝えられる。

 

「巽のバカが起こしたこの顛末。お前に解決を頼みたい。私は知府夫人より、別命を帯びてしまっていてな……」

「はぁ? いやですよめんどくさい、なんか適当に師匠がやってくださ……」

「金」

「どんとこいやぁーっ!」


 相変わらずちょろい弟子である。ちなみに黄雲への報奨金は、当然清流の懐から捻出される。

 ひとまず弟子の返答を聞き、清流はにっと顔をほころばせた。まだ黄雲を宙づりにしたままで。

 

「よしよし、色よい返事で何よりだ、黄雲。それでは──」

「巨乳っ!」


 突如会話に混ざる、「巨乳」という叫び。そしてどこからか飛んでくる棒手裏剣、再びかっ切られる清流の帯紐。

 かくして本日二度目の御開帳。

 

「っきゃああああああ!!」


 雪蓮は当然として。

 黄雲までもが乙女のような悲鳴。

 前途多難である。

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