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2 勧誘

九天応元雷声普化天尊きゅうてんおうげんらいせいふかてんそんより言伝(ことづて)だ」


 清流堂の中庭。

 舌を噛みそうなその名前をさらっと口にして、二郎真君は本題に入る。


「黒ずくめ殿が過度な破廉恥沙汰を起こさぬよう、以前清流殿が彼に課した雷公の戒めだが」

「うむ」

「現在、天界の雷神全体の業務に対し、甚大な負荷となっている」


 涼しい顔で真君は続けた。


「黒ずくめ殿の戒めを請け負っているのは雷帝配下の雷部二十四将だが、このところあまりに彼が破廉恥沙汰を起こし続けるので、手に負えなくなってきている」

「はぁ、あのスケベニンジャ、よもやそこまで……」

「二十四将以外に下請けを雇わざるを得ない状況だ」

「下請け」


 天界の神秘的な雰囲気をぶち壊す、下請けなる単語。まあともかく、雷神達が巽の対応に苦慮しているということだ。


「そこで私を通じ、雷帝から清流殿へ苦情の申し入れというわけだ。天界の雷神ばかりを頼らずに、もう少し自分たちでかの破廉恥ニンジャ殿を制御してほしいと」

「あいやぁ……」


 雷帝の言伝とは、つまり清流に対する苦言だ。神の手にもあまる破廉恥スケベを手懐けろと、そういうことだが。


「そんなのどだい無理ですよ」


 門の方からてくてくと、歩み寄りつつ割り込む声。一同がそちらを振り返ると、こちらへやって来るは茶色い髪に生意気顔の銭ゲバ道士。

 商売帰りの黄雲は二郎真君らの輪に入ると、肩をすくめながら呆れた調子で言う。


「だってあいつ、脳みそが海綿体でできてるようなもんですよ?」

「どういう意味だ、那吒。脳に海綿体は含まれないはずだが……まさか狂牛病」

「冗談通じねえなあオイ兄い」


 意味不明な黄雲の言はともかくとして。

 太陽さんさん、陽光うららかなこの昼下がり。

 そこへ突然の雷鳴。


 どんがらがっしゃん!


「おっと、言ってるそばから」


 雷は街の西側から響いてきた。黄雲はその方面より遠く木氣を感じながら、呆れのため息を吐く。


「……あいつ大人しくさせるにゃ、去勢しかないんじゃないですか?」


--------------------------------------------


 さて、数日後。ここは亮州知府、崔伯世の邸宅。


「……惻隠の心は仁の端なり。羞悪の心は義の端なり。辞譲の心は礼の端なり。是非の心は智の端なり。人の是の四端有る、猶お其の四体有るがごときなり」

「ふむ、よくできましたご子息」

「ふぅ……」


 崔家長男、子堅(しけん)の部屋では科挙へ向けた講義が行われていた。

 父の雇った教師に必修の書の暗誦を命じられ、子堅は長い文言をつつがなく諳んじ終えた。一字一句、間違いなく。

 書生の身なりをした教師は満足そうに髯をひねくると、持っていた書物を閉じる。


「では、今日はこの辺にいたしましょうか」

「ご指南ありがとうございます、先生」


 帰り支度を整え、ゆったりとその場を辞す教師。

 子堅はいったん屋敷の門前まで師を見送りに出ると、いそいそと自室へ舞い戻った。

 そして用心深く、扉を厳重に閉めると。

 

 ささっ。さささっ。

 

 素早い動作ながらも注意深く、窓を閉め(すだれ)を降ろし、自室の周囲に人がいないことを確認して。

 

「…………」


 そろそろと、寝台の下から何かを取り出した。

 何の変哲もない、一冊の書物である。

 

「へへ……」


 子堅はゆるみきった顔で書をひもといた。

 この書物、知識人階級の間でも典雅な作風と名高きとある一編の物語である。さる青年が絶世の美女を求め、色んな女性とくんずほぐれつ夜の大冒険、とまあそういう類の物語であった。男女の情交を微に入り細に入り、丹念に艶めかしく生々しく描いた純文学作品である。

 さて、妄想たくましく密かな愉しみに興じる書生だが。

 

「ふーん、なかなかいい趣味してんな色白モヤシ」

「!?」


 愉悦のひとときは背後からの声によって妨げられた。

 ガバリと振り返った子堅の視線の先には、誰あろう。

 

「ちーっす、お邪魔してまーす!」


 まったく悪びれぬ様子で、後ろから本を覗き込んでいる巽である。

 突然の侵入者に、当然部屋の主たるモヤシはおかんむりだ。

 

「きっ、きさまっ、いつぞやのド変態! なぜここに! どっから入った!」

「天井裏から易々と」

「ええいケロリとしやがって、この厚顔無恥め!」


 ひとしきりぷんすか立腹ぶりを披露した子堅は、目の前の変態黒ずくめへ指を突き付けた。

 

「いいか! 今から人を呼ぶ! 父上にとっ捕まえてもらうからなこの不審者め!」

「ほほう?」


 崔家の貴公子の脅し文句に、巽、三白眼を光らせる。

 不法侵入で今にも捕り手を呼ばれそうな状況にしては、このニンジャ余裕綽々である。それもそのはず。

 

「いいのかな書生さんよ。ほらこれ見てみそ」

「ああっ! それは!」


 いつの間にくすねたのやら。黒ずくめの手に握られているのは、件の純文学。

 

「人呼んでもいいんだけどさー、あんちゃんがこのスケベ本読んでたの、家の人にバレちゃうなー」

「なっ、なななな……!」


 子堅焦燥。それは困る。非常に困る。

 家庭内では勉学に励む一流書生で通しているこの青年、まさか自室でスケベ本を愛読しているなんて知られたら、もはや羞恥のあまり死ぬしかない。

 しかし打開策はすぐに思いついた。

 

「ば、ばかめ! その本が私の持ち物なんて証拠ないじゃないか!」


 ところがどっこい。


「いやここにしっかり名前書いてあるんすけど」

「しまったー!」


 打開策、いきなり破綻。どうでもいい所で几帳面な子堅なので、裏表紙にしっかりきっちり「崔子堅」と自身の名前を書き入れていたのだ。しかもそれを今の今まで忘れていたという間抜けぶり。筆跡もしっかり彼のものなので、もはや言い逃れはできない。

 

「…………くぬぅ!」


 好色書生は観念した。人を呼ぶのを諦めて、致し方なしに巽へ向き直る。

 

「で! いったい何の用だ、八洲(やしま)の野蛮人!」

「よっし、よくぞ聞いてくれました!」


 巽は子堅のツンケンした態度などものともせず、自信満々に喋りだした。

 

「俺、(しのび)の軍団を作ろうと思ってさあ!」

「シ、シノビ?」

「おう、街中のお嬢さんお姉さんおばさま方への破廉恥行為専門の、その名も……」


 ひとつ! 人妻だろうがすっぽんぽん!

 ふたつ! ふしだらおっぱいてんこもり!

 みっつ! みだれろ貞操観念!

 

「むっつり上等、破廉恥御免! 天下無双のスケベ忍軍だっ!」


 ニンジャ、大見得を切った。

 突然の軍団設立宣言に、子堅。

 

「へぇ……」


 反応が薄い。

 一瞬、場がしんと静まり返った。

 

「で」


 子堅が口を開く。眼差しは心の底から呆れた色を湛えている。

 

「スケベ忍軍か。ほうなるほど、野蛮人らしいバカで残念な発想だ。まったくバカも休み休み言え、年中無休でバカ営業中かバカタレ」

「バカ言い過ぎじゃね?」


 ともかくとして、子堅としてはこのバカに関わりたくない。できることならとっととお引き取り願いたいところだが。

 

「いいか色白モヤシのあんちゃんよ! このスケベ忍軍はだな、亮州の悩める青少年やおっさんを勧誘し、忍術に長けた色情狂として熱烈養成! そしてみんなで性欲を開放し、街を跋扈蹂躙するのだ! 我ながら夢と希望に満ち溢れた素晴らしい計画っ!」

 

 巽は嬉々として話を続ける。そして続く言葉は爆弾発言。

 

「でさ! 今日ここに来たのは他でもない、あんたをスケベ忍軍構成員第一号として勧誘するためなのさ!」

「は、はぁっ!?」


 爆弾食らって崔子堅、目をむいて仰天した。

 驚愕も当然だ。この青年、今まで真面目に正直に、勉学に励みつつ生きてきた。時々こっそり好色文学なぞを嗜んではいたが、その生涯は概ね善良であった。だから。

 

「ふ、ふざけるな!」


 スケベ忍軍などといういかがわしい組織へ身を投じるなど、亮州知府が長子・崔子堅、官僚志望の彼にできるはずなどない。


「そんなアホみたいな集まりに誰が入るかクソ覆面! だいたいその組織は何をする集まりなんだ!」

「その辺の女人を素っ裸にする集まり」

「犯罪集団じゃないか!」


 厚顔無恥のクソニンジャに、子堅激高。将来有望の書生の彼に、そんな猥褻集団へ加入する意思など無論微塵もない。

……無かったのだが。


「ふーん……見たくないの? 女の人のはだか」

「うっ」


 巽の素朴な問いかけに、子堅はつい押し黙る。

 正直見たい。見たくてたまらない。それがこの優等生気取りの青びょうたんの、切実なる本心であった。物心ついてから今まで、女人の裸なんて見たことない。

 そんな書生の懊悩を見透かしたかクソニンジャ、うんうんと分かったように二、三度頷いて。

 

「分かるよ。見たいよな。あんちゃんも男なんだから」

「バ、バカ言うな! そんな犯罪おかしてまで見たいわけないだろ!」

「ふぅ~ん……」


 なおも抗弁する子堅を、覆面の内の三白眼は観察するようにしばし眺め、やがて諦めたようにふっと視線を外した。

 

「……ま、いいや。無理に誘おうだなんて思ってねえし。悪かったな、あつかましく上がり込んで勧誘してよ」


 意外にも、巽はあっさり勧誘を諦めた。

 そんな彼に子堅は少々肩透かしを食らった気分だが、これで厄介事から解放されるというもの。「わ、分かればいいんだ分かれば!」とぷいとそっぽを向く。なんだか心残りがあるような気分だが、きっと気のせいだ。

 そんな書生の脇で、巽はわざと聞こえるような独り言。

 

「あーあ、残念だなー。いまなら加入特典で清流先生の素っ裸を見せてあげられたのになー」

「!!」


 どっくん!

 

 青びょうたんの心臓が高鳴った。興奮のあまり、心音は可聴域に達し部屋中に響く。

 

「あーあー、残念残念。俺ひとりで堪能してくっとすっかー」


 どっくんどっくん!

 

 巽の独り言に子堅の心の臓は限界寸前。とたんに顔は朱に染まり、脳裏を埋め尽くすは桃色肌色のあらぬ妄想。あの豊満な肢体を包む黒衣を引きはがしたなら、うれしはずかしあっはんうっふん以下省略。

 

「じゃあな、あんちゃん。童貞生活頑張ってな」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てぇい!」


 去りかける巽の衣服をわっしと掴み、子堅はクソニンジャを引き留めた。

 そしてゆっくりこちらを振り返る三白眼。にやにやといやらしい笑みが浮かべている。

 

「ふふーん、やっぱり参加したくなったと見えるな! ようこそ男の世界へ!」

「ま、待て待て! 早々に決めつけるな!」


 さっそく団員として扱おうとする巽を制して、子堅。

 

「ま、まあその、あれだ。参加するかはともかく、話は聞いてやらんこともない。ちょっとお前の計画を詳しく教えてくれ」


-------------------------------------------------------


 さて、巽はスケベ忍軍設立への動機を子堅へ語った。

 

「俺さー、清流先生に呪いかけられてんの。女の子にちょっかい出そうとしたら雷落ちてくる呪い」

「最近やたら雷が多いのはお前のせいか!」

「でさー、前みたいに元気に楽しく破廉恥行為に勤しめねえわけよ! 分かる、この悲しみ?」

「全然分からん」


 巽、もともと女人にさわりたくともさわれない体質。さわったら良くて吐血喀血、悪くて即死。今までよく生きていたものである。

 しかしそんな体質の上にさらに、雷公の戒め。さすがの万年発情期もこれにはいささか、欲求不満を禁じ得ないのであった。

 

「そこでだ! 要は俺が直接手を出さなければいいだけの話! というわけでスケベ忍軍」


 そう、スケベ忍軍とはすなわち、巽の欲求を満たすためだけに考え出されたもの。雷の呪いに苛まれる巽に代わり破廉恥を働く、まあ要するに。

 

「要するにお前のパシリじゃないか!」


 そうパシリ。得をするのは巽一人だけ。子堅はバカバカしさに呆れかえるが、巽は。

 

「まあよく考えてみろって。あれだ、スケベ忍軍で女の子取り囲むじゃん? 暗器で服脱がすじゃん? みんな裸見れるじゃん?」

「!!」


 その発想、まさに天啓。子堅、心を打たれる。

 

「スケベ忍軍ってのはな、まあ俺のためでもあるんだが……世の中の報われない童貞のみんなで、ハレンチスケベを共有したい。そういう信念のもとに、俺は忍の軍団を作りたいんだ……!」

「お、お前……!」


 なんという聖人君子。なんという童貞の中の童貞。全ての報われない男へ救いの手を。

 目の前の黒ずくめの変態が、今日はなんと神々しいことか。子堅、このクソニンジャを拝みそうに……はさすがにならなかった。

 

「べ、べつに感動なんかしてないからな! お前滅茶苦茶なこと言ってるからな! 頭おかしいんじゃねえのほんと!」

「うん知ってる」


 ともかくである。巽はスケベ忍軍に関する事の次第を、子堅へ詳細に語り終えた。

 

「で、どうすんの、色白モヤシのあんちゃん。やるの、やんないの?」

「ま、待て! 一つ聞きたい! どうして私を最初の人員に選んだ?」


 返答を急かす巽を制して、子堅は疑問を投げかける。

 顛末を聞いていて気になったのだ。なぜ巽が、ほとんど付き合いも無いような自分の元を訪れたのか。

 疑問に思いつつも、子堅、心当たりは一つある。

 

「ふふ、まあ分かっているさ。この頭脳明晰、才気煥発たる崔子堅に、軍師役として助力を求めただろうことはなっ!」

「うんにゃ、単に童貞くさいからかな!」

「ちくしょう! ちくしょうお前ちくしょう!」


 巽の返答はあまりにも惨い。

 バシバシと文机を悔し気に叩き、子堅はがっくり肩を落としながらさらに尋ねた。

 

「……なんだ、お前の選定基準って童貞かどうかなのか?」

(しか)り」

「じゃあさ、あいつを誘えばよかったんじゃないか?」

「あいつ?」


 怪訝にこちらを見返す三白眼へ、子堅は続ける。

 

「ほれ、あのクソ道士。黄雲とかいう……あいつも童貞だろうそうだろう」

「あいつねぇ……」


 問われて巽、肩をすくめて見せた。確かにかの守銭奴も、おそらくは対女性経験希薄な希代の童貞。しかし。

 

「あいつは銭が絡まねえと動かねえからなぁ。俺いま金持ってねえし」

「そういえばそうだな……」


 納得の理由。色欲よりも銭銭銭! なクソ野郎である。確かにこのスケベ一辺倒な計画には乗ってこないだろう。

 そんな守銭奴の話題に、巽はぶつくさと不機嫌な様子でこう付け加えた。


「それにあいつさぁ、なんてーの? 女の子から好意を寄せられても全然素っ気ねえんだぜ、信じらんねえ! だからムカつくし声かけてやんねー」

「あいつに懸想するおなごがいるのか! なんと悪趣味な……」


 ともかく。黄雲は本人のあずかり知らぬところで、スケベ忍軍から除外された。女子から好意を寄せられている時点で敵である。

 さて、あらかたくっちゃべったところで決断の時である。

 

「で、どうする。一世一代の破廉恥を働くか! それとも今まで通りのクソ童貞に甘んじるか! さあどっち!?」

「う、うぅむ……」


 子堅は選択を迫られた。最初こそ、何をふざけたことをと思っていたが、それが今や。

 

(清流殿の裸体……清流殿の裸体……!)


 大変残念な彼の内面は、そのことしか考えていなかった。そして力強く顔を上げ、崔家長男・(おとこ)子堅、意を決して宣言する。

 

「いいだろう! この崔子堅、貴様の軍へ馳せ参じてやろう!」

「よーし、決まりだな!」


 その意気やよし。巽も三白眼に満足げな色を浮かべ、拳をパシンと打ち合わせた。

 かくて始動、スケベ忍軍。

 はてさて巽、話が決まるやいなや。

 

「んじゃ、さっそく作戦会議と行こうぜ! ……っつっても、ここじゃ人に聞かれるとまずいな」


 きょろきょろと子堅の部屋を見回して、「うむ!」とひとり頷くと突然ぴょんこら飛び上がった。クソニンジャ、一瞬にして天井板を外し屋根裏へ。


「おい、色白モヤシ! お前もこっちに上がってこい! 屋敷の外に出るぞ!」

「は、はぁ!?」


 モヤシはニンジャの突然の行動に瞠目していたが、巽の指示によりいっそう目を見開いた。

 子堅は視線を床に落とし、徐々に上を見上げていく。床から天井まで、己の身長の二倍以上はある。この運動音痴に天井まで飛び上がる跳躍力なんて、無い。

 

「む、無理に決まってんだろ!」

「ったく、しゃーねえなぁ……」


 軟弱長男を見下ろしてため息ひとつ、巽はあきれ顔で後ろを向き、何やらゴソゴソと荷物をまさぐった。そしてややあって、天井から縄梯子が落とされる。用意周到なものである。

 

「ほら、早く上がってこいや」

「くっそ、なんだって天井裏から……普通に扉から出入りすりゃいいのに……」

「バーカ、いい男は扉なんざで出入りしねえんだよ! ……あ、あとこの本借りてもいい?」

「いいけど汚すなよ」


 わいわいガヤガヤ。

 二人は天井裏へ上り、屋敷の梁を伝ってどこかへ去って行った。

 そしてしんと静まり返った部屋に。

 

「子堅さん、入るわよ!」


 バン! と扉を勢いよく開いて入り込む者が一人。扉は蝶番を壊されて、無残にも以後使用不可。

 

「あらっ、留守かしら。珍しい」


 部屋へ立ち入ったのは、熱血姉上・崔秀蓮で。秀蓮は子堅が不在と知ると、残念そうにつぶやいた。

 

「せっかく山籠もりで鍛えて差し上げようと思ったのに……仕方ないわね」


 秀蓮、気を取り直し、ぐっと拳を握り。

 

「なら、私ひとりで山籠もりねっ! うふふ、久しぶりの燕山(えんざん)、素手で虎狼を仕留めるのが楽しみだわっ!」


 まるで街へ反物を買いに行くかのようなウキウキした様子で、秀蓮は踵を返した。残念なことに今の時間、子堅の部屋近辺に人影はなく。誰もこの妊婦の暴走を止める者がいない。

 

「さあ、お腹の我が子! たーんと山の獣の肉を食べさせてあげるからね! うふふっ!」


 そんなこんなで、秀蓮はこの後しばらく山へ籠もることとなる。崔家の一同は行方をくらました彼女に振り回されることとなるのだが、それはさておき。

 

 亮州へ黒い嵐が吹き荒れるまで、あと十日。

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