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6 夢みる青ヒゲ

 黄雲が七つの時だった。

 この頃、黄雲はすでに拝金主義思想へ傾倒していて、七歳の子どもとは思えぬほどこまっしゃくれていた。亮州の店の主人達からは煙たがられていた。

 そんな黄雲少年が中央市場の青ヒゲの店を訪れたのは、功名心からであった。

 街の人間が口を揃えて言うに、このオカマ、滅多なことでは値を下げないらしい。当時、いかに銭をうまく得て、かつ無駄なく遣うかに全神経を傾けていた黄雲少年にとって、最上の好敵手となりうる人物だった。このオカマを倒せば、黄雲は守銭奴として、より高みへ上ることができる。この残念な少年は、本気でそう思っていた。

 自身と同じく守銭奴の烙印を押された謎のオカマと相見(あいまみ)え、舌戦を交わし、原価スレスレの格安値で商品をぶんどってやる。

 七つの少年は自信満々に屋台へ乗り込んだ。

 果たして。客を待っていた気だるげな青ヒゲのオカマは、黄雲の姿を一瞥するなりこう吐き捨てるのだった──。

 

「不合格。おととい来やがりなさい!」


---------------------------


「それで、結局どうなったの?」


 雪蓮は黄雲に先を促した。物陰で二人は、火眼達に見つからぬようコソコソひそひそ話している。

 黄雲は生意気げな眉をしかめ、少し悔しそうだ。そんな表情のまま、七つの時分の顛末を語る。

 

「どうもこうも、一銭も値切れなかったんですよ! この僕が!」

「まあ……!」


 それはなんとも由々しきことである。雪蓮も目を丸くした。

 七年前、鋼の屋台での攻防。黄雲少年は目当ての商品を指差しつつ、原価を見極め舌鋒を鋭くし、あれやこれやの口八丁で値切りにかかったのだが。

 

『だからおとといきなさいっつの、不合格だっつってんでしょこのクソガキが! みみっちいケツの穴しやがって、かっ広げんぞ!』


 青ヒゲが上腕二頭筋に青筋を浮かび上がらせつつ声を荒げるので、当時の黄雲は恐れをなし、慌てて退散したのだった。ケツの穴を拡張されたんじゃたまらない。

 

「ケツの穴……」


 下町の下品なドタバタ劇は、お嬢さま育ちには少々刺激が強かったようだ。雪蓮、生まれてはじめて「ケツの穴」などと口にした。


「そうです、ケツの穴のために退散せざるを得なかったわけですよ僕は。あのオカマ、マジでやりかねない剣幕でしたし」


 ともかくも黄雲少年、件のオカマからは一銭たりとも値切ることができず、屈辱的な敗北を喫するのであった。

 

「さて、当時七つとはいえ、僕ですらこの始末です。果たして火眼達(あいつら)に太刀打ちできたものか……」


 黄雲はため息を吐く。そして二人分の視線が見つめる先は、屋台の前に並ぶ火眼達四人ご一行。

 はてさて、おつかいも佳境。火眼は無事に鞠を買えるのだろうか──。

 

 

 

「……不合格ね」

「は?」


 鞠を差し出す火眼へ、青ヒゲはため息を吐きながら「やれやれ」と(かぶり)を振った。当然火眼はわけがわからない。

 

「不合格とはどういうことだ。この鞠はおれにうれない、ということか?」

「うーん、残念だけどそういうことねぇ……」


 おとといきやがってぇ〜、とオカマは気だるげに再び頬杖をついた。しかし火眼は納得できない。

 

「店主。不合格とは、いったいどういう基準だ。どうしたら合格できる。おれはこの鞠をかわねばならん」

「あらやだ、意外としつこいのねあんた!」


 なおも食い下がる火眼に、オカマはうんざりした様子だ。

 

「残念だけど、あんたが合格できる見込みは無いわ。他をあたってちょうだい」

「むぅ……」

「待てよオカマ!」

「勝手に決めつけんなよー! 合格だの不合格だのどうやって決めてんのか、こっちは全然わかんねえんだよーっ!」

「そうよそうよー!」


 すげなく追い返そうとする青ヒゲに、火眼のわきから子ども達も声を上げた。

 逍も遥も遊も、市場でよく買い物はするが、青ヒゲの店を訪れたのは今回が初めて。今まで訪れなかったのは、近隣での悪評もさることながら、黄雲から「ここで買い物はするな」と言い含められていたことが大きい。初めて訪れたわけだし、当然青ヒゲの合否の判断基準なんて知るはずもなかった。

 やんややんやと責めたてられて、青ヒゲはひときわ大きなため息を吐く。

 

「はーっ、子どもってほんっとうるっさいわねー。いいわ、教えてあげる。アタシの合否基準!」


 青ヒゲは言い終わると、ぐわっと立ち上がった。身の丈六尺五寸はあろうか、かなり大柄な体格だ。

 

「言うなればそうね……将来性よ!」

「将来性?」

「そう、私が見極めているのは! 将来、筋骨たくましく、かつ体毛に恵まれるかどうかってことよ!」


 筋肉! 体毛!

 つまりこのオカマが求めているのは、将来、ゴツい体格に胸毛や腕毛その他諸々毛を備え、男らしさを凝縮したような(おとこ)に成長する可能性、ということだ。

 

「アタシね、その辺の目利きは自信あるの。長年ここで店を構えてんだけどさ、『この子将来絶対イケてる!』って子は必ず分かるし、実際ゴリゴリの好漢に育つのよね!」

「なるほど、ぜんぜんわからん」


 理解する気のない火眼はともかくとして。

 青ヒゲの合否基準はすなわち、『将来自分好みの偉丈夫に育つかどうか』。合格なら店での買い物を許し、不合格ならおとといきやがれ。そういうこと。

 

「アタシがこの店を長い間切り盛りしてるのはね! ひとえに将来見込みのあるお坊っちゃんを品定めして、おもちゃで気を引いて警戒心を解き、子どものうちからツバつけとくためよ! おわかり!?」

「さっぱりわからん」


 青ヒゲ、玩具屋台を営むは子どものためにあらず。己が野心と性欲のためだ。ちなみにこの屋台の開店以来、青ヒゲが目をつけた少年のうち、彼のもとへ帰ってきたものは皆無である。

 ともかくとして、火眼は青ヒゲの好みではない。オカマはこの、どちらかというと線の細い美少年をじとりと睨んだ。

 

「あんたはね、確かにカワイイ顔してるわよ。でも見た感じ、成長期終わりかけちゃってるみたいだし? 腕とか胸元から発毛する気配なんて(ごう)ほども感じないし? 悪いけどアタシの好みからは外れてんのよね〜。そんなわけで、さっさとお帰り!」


 オカマ、にべもない。

 火眼は思わず子ども達を見下ろした。困り顔を向けてきた彼を、子どもたちも困惑の表情で見上げるしかない。

 火眼は青ヒゲへ視線を戻し、ダメ元で聞いてみる。

 

「……不合格だと、かいものをすることもできないのか?」

「なーにー? しつっこいわねぇ〜」


 引き下がらない火眼に、青ヒゲは機嫌悪く語尾を伸ばす。頑ななオカマ……かと思いきや。

 

「いいわよ、そんなに言うなら売ってあげる」

「ほんとうか!」


 奇跡は起きた。オカマが折れたのだ。

 ところがどっこい。

 

「はい、この鞠ね。お代は金一千両よ」

「一千両……」


 屋台の前で、一行は固まった。

 普段銅銭での買い物しかしない子ども達にとって、『両』は滅多に耳にすることのない通貨単位である。

 この『両』という単位、栄の国では金貨・銀貨に対して用いられている。庶民にはおおよそ縁のない単位だ。それが金、一千。火眼、逍へ問う。

 

「ガキそのいち、一千両とはたかいのか?」

「高いもなにも、都の王城のお隣に屋敷が建てられるよ」

「法外な……」


 つまりとんでもなく滅茶苦茶な金額ということだ。要するに売る気がない。

 

「さあどうすんのよ。一千両あんの?」

「むむぅ……」


 火眼はずっと握りしめていた右手を開いた。

 先ほど拾ったのは、銅銭ばかり。とてもじゃないが足りないことは、火眼にだってよく分かる。

 子ども達と視線を交わして、火眼は素朴な疑問を述べた。


「なあ。この鞠が一千両もするとは、とうていおもえない。ほんとうにそれは適正な価格か?」

「なによ! アタシの値段設定に文句あんの!?」

「ああ、さすがにこれはない」

「フンッ、なんとでも言うがいいわっ! アタシはねえ! 好みの男のコがこの鞠を買ってくれるってんなら、そりゃ安く売るわよ! でもあんたはそーじゃないの! モヤシなの! モヤシには法外な値段で売りつけるわよアタシは!!」

「…………」


 一気呵成、まさに怒涛の開き直り。

 口角泡を飛ばし、青ヒゲは頑固一徹、己を曲げない。

 鞠に一千両。さすがの黄雲でも付けそうにない値段だ。しかもただ強欲なわけではなく、その強情の源は好みの男児と出会いたい乙女心。

 難敵である。暴騰した値段設定が単なる金銭欲からでない以上、どんなに卓越した値切り術もまったく歯が立たない。かつて黄雲が敗れ去ったのも、こういうわけである。

 

「どーすんのよ。買うの? 買わないの?」

「うーむ……」


 急かすオカマ、構わず熟考に入る火眼。どうしたものかと炎の少年は悩むのだが、この難題に対する解はなかなか思い浮かばないし、なんだか眠たくなってきた。

 うつらうつら。

 

「お、おい寝坊助! お前考え込んだまま寝るなよ!」

「起きろー! 起きろばかー!」


 子ども達はふらふらと足元が覚束なくなってきた火眼を、ポカポカ叩いて起こしにかかる。火眼はいまにも眠りの淵へ落ちるところ。

 

「くー……」

「させるかくらえ渾身の一撃!」

「はぐっ」

 

 遊がすんでのところで彼の股間に蹴りをぶちかまし、事態はことなきを得た。

 

「もー、やーねー。女の子がはしたない……」


 青ヒゲはそんな光景を呆れながら見ていたが。

 

「……ん?」


 ふと、ある一点に目を留めた。

 

「ちょっと、ちょっとあなた!」

「え、おれ……?」


 唐突にオカマが手招きして呼び寄せたのは、次男格の遥で。

 

「な、なんだよ……なんか用かよオカマ!」

「うーん、ふむふむ。大丈夫だいじょーぶ。何にもしないから寄っといで」

「……?」


 遥はおそるおそる青ヒゲへ近づいた。そんな彼へ、青ヒゲは様々な角度からジロジロと値踏みするような視線を投げかける。

 遥、落ち着かないし気味が悪い。「うへぇ」と人生最大の辟易顔をしていると。

 

「いいわねっ! あなたなかなか見込みがあるわよ!」

「は……はぁ!?」


 オカマから告げられるは、合格の宣告。嬉しくはない。

 

「合格だって! よかったな、遥!」

「やったね遥!」

「全然よくないんだけど……」

「うーむ、ごうかく……」


 遥は意気消沈しているが、火眼にとっては突破口が開けたようなもの。

 

「つまり、ガキそのにが合格ということでまちがいないんだな」

「ええ、なかなかいい骨格してると思うわ」

「うへぇ……」


 遥はオカマに肩だの背筋だのをペタペタさわさわ触られて、青い顔で総毛立っている。ともかく合格ということは。

 

「じゃあ話はかんたんだ。この鞠をおれではなく、ガキそのにへ売ってくれ」


 そう。合格基準を満たす遥ならば、鞠を適正な市場価格で購入できるということだ。遥が鞠を買うということにすれば、何の問題もない。

 何の問題もない……はずだった。

 

「……それは、どうかしらね」


 遥から手を離し、オカマはふらりと立ち上がる。かなりの巨躯ゆえ、こちらを見下ろす様はなかなかの圧迫感。

 

「アタシね、ここ最近ずっと思ってたの」

「おもってた?」

「うん、そう……アタシだけの公子さまを待ち続けることに、もう疲れちゃったの」

「……?」


 オカマ、乙女の表情でなにごとか語り出す。ただならぬ様子に、火眼、逍、遥、遊に嫌な予感が駆け巡る。

 

「長年この店を構えていて、アタシ好みの偉丈夫になりそうなコは、それはもう星の数ほどいたわ。実際みんなイイ男に育った……でもね」


 青ヒゲの瞳に、狂気の色が滲む。

 

「誰一人アタシを迎えに来なかったわ……! そう、誰一人!」

「あたりまえだとおもう」

「お黙り! ともかくね! アタシ思ったの! 待ってるだけじゃダメだって!」


 黒い感情むき出しでそう叫ぶなり、青ヒゲは遥を指で指し示した。そして一同へ告げる。

 

「鞠を格安で買いたい? いいでしょう売ってあげるわ! その代わり、この男のコはこれからアタシが育てます!」

「な、なんだってー!?」


 突然の里親宣言。四人は驚くしかない。

 青ヒゲは続ける。

 

「アタシもう待ちくたびれたわ! 待つだけ無駄だったんだわ今まで! だったら、アタシ自身でアタシ好みの男を育てるしかないじゃない! どうよこの完璧な計画!」

「どうよといわれても……」

「いやだ! おれ絶対やだ!」


 はてさて、突然突きつけられたとんでもない交換条件。

 遥の運命は、そして鞠は買えるのか。続く。

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