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6 だまくらかして少年神

 用意していた百人分が売り切れた。

 天界拉麺『清源』は本日二度目の小休止。黄雲が再びの仕入れを終えてしばらくして。

 乙女の波が引いた店内へ、からりと戸を開いて入ってくるのは二名様。

 

「ただいまー。巽さんを退治してきたわっ!」

「退治されてきたぜっ!」


 用心棒と痴漢の二人連れ。雪蓮と巽である。

 厨房にいた二郎真君は二人へ視線を向けると、見計らっていたように。

 

「お二人とも、ご苦労。これは礼の拉麺だ」


 ドン、と丼を二人前、卓へ差し出した。

 

「わあっ! これが噂の拉麺ね! いただきまーす!」

「ねえ、なんで俺のめっちゃ赤いの?」


 さて、それぞれ絶品拉麺を堪能する二人の脇で、黄雲は眉間にしわ寄せ思案顔だ。

 激辛に悶絶している覆面の横で、雪蓮はそんな黄雲の様子に目をとめる。

 

「どうしたの、黄雲くん?」

「うーん……ちょっと困りごとがあって……」

「困りごと?」


 雪蓮は黄雲へその言葉の先を促すが、少年は目を閉じ、黙したまま考え込んでいる。


「ひええ、辛ぇえ……おい神将のあんちゃん、水」

「貴殿はよくその覆面を外さずに食事ができるな」


 巽と二郎神が激辛拉麺を挟んでやりとりする中。黄雲はぶつぶつと策を巡らした。

 

「むむぅ……老若男女……女性客以外……」

「ねえねえ、黄雲くんってばー」


 雪蓮、相手にされないので面白くない。拉麺そっちのけで不機嫌な眼差しを黄雲へ向けている。

 

「女性客以外となると、当然男性客を呼び込まねば……うーん」

「むぅ……」


 雪蓮が諦めて拉麺を食べようとしたときだった。

 

「そうだ!」


 妙案降臨。黄雲はぽんと手を打ち、二郎真君へ自信満々に語り掛けた。

 

「二郎殿! 妙計が浮かびましたよ!」

「おお、待ちかねたぞ黄雲少年! して妙計とは!」

「なんだなんだ?」


 にわかに盛り上がる拉麺店経営の二人組へ、部外者の巽と雪蓮は怪訝な表情。彼らに構わず、黄雲続ける。

 

「女性客ばかりでなく、老若男女すべてへ訴求できる拉麺屋。そう、あなたの望みは幅広い客層だ」

「別にいいじゃねえか、女性客ばっかで」


 本音をはさむ巽。気にせず黄雲の弁は饒舌に。

 

「現状この店は拉麺の味よりも、二郎殿、あなたの秀麗な容貌によって集客が成り立っている状態だ! しかし裏を返してみれば、あなたには女性客向けの訴求力しかないということ!」

「なんと」

「しからば、男性客向けの魅力に満ちた存在にお出まし頂くまで!」

「というと?」

「すなわち! 看板娘!」

「!!」


 看板娘。その魅惑の単語へドキリと反応を示したのは、箱入り娘の雪蓮で。

 

「かかか、看板娘!?」

「そう、看板娘!」


 なぜかたじろぐ雪蓮をまっすぐ見据えて、黄雲はこっくりうなずいた。

 

「ほう、看板娘か!」

「いいねいいね、看板娘!」


 二郎真君に、巽まで乗り気である。確かに男性客を望むならば妙案だ。

 定食屋に一人、可憐な娘。きっと見目麗しい女子(おなご)をエサにすれば、羊肉に群がる狼のように男連中が寄ってくるであろう。

 かくて邪な考えのもと、看板娘作戦は賛成多数にて実行決定。しかし。

 

「だが、あてはあるのか。黄雲少年」


 そう、一体誰を看板娘にするかだ。

 なぜかこの話の成り行きに、ドキドキが止まらない雪蓮。

 そして黄雲、そんな彼女へじっと視線を注ぎつつ口を開く。

 

「ええ、候補者ならば考えております」

「黄雲くん、それって……!?」

「もちろん純情可憐、愛らしくも容貌美麗なる女子(おなご)をば!」

「こここ黄雲くん!!」


 純情可憐! 容貌美麗!

 こちらを見つめながら吐露する黄雲の言葉の数々に、雪蓮ときめき最高潮。入店前に九字を切っておいて良かったと、心の片隅で思う箱入り娘。超絶単純な精神構造の彼女には、九字のまじないはきわめて効果てきめんで。いやそれよりも。

 

 これはもしや。もしかしてこれは。


(どうしよう! 看板娘なんて雪蓮困っちゃう!)


 はたして看板娘の座は……。

 

 

 

「ええっ! オレ!?」


 清流堂、本堂にて。ご指名に驚き満面で答えるのは、神将・那吒。

 囲碁勝負に興じていた彼を無理やり呼び出し、黄雲たちは少年神を拉麺道へ巻き込もうとしていた。

 そう、もちろん看板娘として。

 

「ですから那吒殿。看板娘役をお願い致します」

「ばっかふざけんな! 誰がやるかんなもん!」

「頼む那吒。後生だ」

「兄いも兄いで何言ってやがる! 二人まとめて脳漿ぶちまけんぞ!」


 純情可憐、容貌美麗。黄雲が看板娘として白羽の矢を立てたのは、那吒だった。


「…………」

「やべえぐらいせっちゃんの目が死んでる!」


 巽の言葉通り。

 あの思わせぶりな展開からのこの仕打ち。雪蓮、死んだ魚の目を体現している。

 さてここからが厄介だ。那吒は女子と見まごう可憐な容貌ながら、本人はそう思われることがひどく不愉快な性分で。

 

「さあさあさっさとどっか行きやがれ! オレは断じて看板娘なんかしねーぞ!」

「そこをなんとか! 那吒ちゃん!」

「那吒ちゃん言うな! ぶっ殺されてえのか!」


 黄雲と二郎神の説得の言葉も、那吒の神経を逆なでするだけである。

 しかし拉麺道を往く者たちはめげない。なおも雑な説得は続く。

 

「お願いしますよ那吒殿。今なら時給二銭! 奮発です!」

「なーにが奮発だ! オレ知ってっからな! 二銭がはした金だってことくらい!」

「チッ!」

「那吒、お前の力が必要だ。この私に免じて、どうか!」

「いやなもんはいーやーだー! 師匠ならまだしも、兄い如きの頼みなんて聞けるかい!」

「おいコイツいま『兄い如き』とか言ったぞ。見下されてるぞ神将のあんちゃん」

「むぅ……」

 

 何を言おうと那吒の意思は頑なで。

 

「致し方ない。そこまで言うなら諦めよう」

「おおっと?」


 二郎真君、先ほどはあんなに黄雲へ駄々をこねたのに、やたらあっさりと諦めた。くるりと踵を返し、さっさと店へと戻っていく。

 

「意外や意外、あんなにあっさりと……」

「フン! さっさと諦めてくれてせーせーすらあ!」

「あ、あの、那吒さまがお嫌なら、もし良ければ私が……」


 那吒が望み薄と悟るやおずおずと、雪蓮が手を挙げかけた時だった。

 唐突に皆の背後から。

 

 カッ!

 

「うおっ、まぶしっ!」

「なんだなんだ!?」

「那吒よ!」


 突然のまばゆい光。

 そしてその中で響く、しわがれてはいるが威厳に満ちた低い声。

 一同が振り返れば。仰々しく後光を背負い、堂々たる威風の老人がいつの間にやらそこにいる。

 真っ白な長髯(ちょうぜん)をたなびかせ、細められた目は厳粛さを湛え。立ち昇る仙氣に衣ははためいている。

 そんな老人を一目見るなり、那吒は目を丸くして。


「お師匠さま……!?」

「お、お師匠さま!?」


 那吒、まろび出て拝師の礼。「お久しゅうございますお師匠さま!」と少年神の声は震えている。

 とはいっても、畏怖の感情からくる震えではない。その口調は、喜び一色だ。

 

「ああっ、お師匠さま! 下界へお見えになるならば、一言おっしゃっていただけましたら歓待の準備を致しましたものを! でもボクは嬉しゅうございますっ! ふふっ!」

「ボク……!?」


 普段の上から目線の尊大な態度とは打って変わり、那吒は純真無垢な子どものような振る舞い。

 その様子に、黄雲たち、一様に戦慄。

 

「うむ、息災そうで何よりだ、那吒よ」


 老人──那吒の師匠は深く頷くと、広やかな袖をふわりとさせて、那吒へ告げる。

 

「しかし那吒、事の顛末を密かに見届けていたが……お前は自分の嫌なことから逃げてなんとする」

「え……?」


 師匠の口から出てきた思わぬ言葉に、那吒はきょとんと呆けた様子。

 

「いいか、那吒よ。万事は修行。己の意に添わぬことでも、とにかく挑戦してみることが肝要だ。良いではないか、看板娘」

「なんと! お師匠さま!」


 那吒の驚愕ぶりたるや。敬愛する師匠から看板娘役を勧められて、彼の胸中はいかに。

 

「し、しかし! ボクは男の身! 女人の真似事などできませぬ!」

「大丈夫、きっと似合う」

「…………」


 後押しする師匠の言に、少年神、しばし逡巡。そして。


「お、お師匠さまがそうおっしゃるなら……」


 ちょろい。

 あんなに頑なだった那吒も、師匠の鶴の一声にあっさり陥落である。

 

「よく決心した、那吒よ。見事看板娘という大役を果たし、今後も精進せよ……」

「はいっ、お師匠さまっ!」


 那吒の決心もついたところで、師弟の脇から黒ずくめがひょいと割り込んだ。

 

「んじゃ、これ着替えな。俺が色街のゴミ捨て場で拾ってきた逸品だ。汚すなよ」

「へんっ! いいぜ、務め上げてやろうじゃねえか看板娘!」


 巽から折りたたまれた衣服をひったくり、那吒は師匠へ恭しく一礼を捧げ、「では!」と上機嫌に本堂へ駆け込んでいった。

 後に残される、少年少女に変態と、崇高冷厳なる仙氣を振りまく大仙人。

 威厳に満ちすぎた大物神仙とともにぽつねんと立ち尽くし、黄雲や雪蓮は非常に気まずい。すると。

 

「ふぅ」


 ドロン。仙人がため息をつくや否や、その身体が煙に巻かれ。

 ふわりと煙が晴れて姿を現したのは、よくよく見知った三つ目の神将。

 

「うまくいったな」

「二郎殿!」


 先ほど店へ戻ったはずの二郎真君だ。やはり涼しげな面持ち、ながらもどこか満足げに本堂を見遣っている。

 

「二郎殿、今のは……?」

「ああ、変化の術で、那吒の師匠・太乙真人(たいいつしんじん)さまへ化けたまでのこと」

「変化の術!」


 そう、何を隠そうこの二郎真君、変化の術の使い手で。七十二の種々多様なものへ化けることができるのだ。


「あの那吒は師匠にはひどく素直でな。その忠実なる弟子心を利用させてもらった」

「うわぁ……」


 悪びれずいけしゃあしゃあと言ってのける二郎神に、我が身省みずドン引きの黄雲である。

 

「さて、無事看板娘の用意も整った。いくぞ少年、天下万民に我らの味を知らしめよう!」

「お、おぉー……」


 こうして少年神をだまくらかし。うまいこと看板娘を手に入れて、拉麺道、悪逆非道に再発進。

 

「あの……私は……」

「せっちゃんは用無しだってさ!」


 箱入り娘を傷つけつつ、天界拉麺『清源』、装いも新たにいざ開店である。

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