5 満員御礼
【このお話の通貨について】
「銭」の下の通貨として「毫」が流通しています。
貨幣の価値は一銭=十毫。現代の価格にして、一銭=百円くらいだと思ってくださいませ。
ラーメン一杯千五百円とか高いわボケ!
「ふぁ~……」
清流道人は目を覚ました。なんとなく部屋の外が騒がしい。
酔いでだるくなった身体を起こし、ふと横を見てみれば。
「またか……」
隣では変態黒ずくめが血を吹いて死んでいる。いつものことなので気に留めず部屋を出てみれば。
「あいやぁ?」
清流堂の庭から延々続く、乙女乙女の大行列。庭にはいつの間にか一軒小屋が建っていて。
ふわんと香るは、良いにおい。
「なんだ、一体……?」
突然のことに混乱しているのは、なにも彼女ばかりではない。
「なんだこりゃ!?」
本堂で囲碁の勝負に熱中していた那吒と土地神の二人も、いつの間にか現れた長蛇の列に目を丸くしている。
そして敷地内に満ちるは、食欲そそる香ばしい空気。その香りに那吒、はたと心当たりを刺激されて。
「ま、まさか兄い……マジで……!」
脳裏をよぎるは、昨日拉麺の道に目覚めた同僚で。
さて、外野の視線をこれでもかと集める一軒の拉麺屋。
繁盛記はまだまだ始まったばかり。はてさて。
「いらっしゃいませーっ! 何名さまでございましょう、はいお会計は先払いにて!」
はつらつと声を響かせて、守銭奴黄雲、乙女の列をさばきにさばく。美男と拉麺ダシにして、いざいざ稼がん銭また銭を。
「へいお待ち! 拉麺一丁!」
天帝の甥にして、天兵の将たる三つ眼の神仙・顕聖二郎真君もまた、華麗な湯切りにて次から次へと麺を煽り、乙女へ差し出す至高の一杯。
「きゃあああっ!」
「店主さまーっ!」
「もう一回並ばなきゃ!」
乙女たち、至福の表情で拉麺を食し美丈夫を拝し、胃袋と目を愉しませては悦に入っている。
はっきり言って大繁盛。
満員御礼売り切れ御免。
「すまない皆々様! 食材が切れてしまったゆえ、いったん休憩とさせて頂く!」
仕込んでいた湯も麺もすっかり切らしてしまい、苦渋の思いで真君は乙女連へそう告げる。
「ええ~!?」
「うーん、でも仕方ないわ。また来ましょう!」
乙女たち、惜しむ声もそこそこに素直に退店。天界拉麺『清源』、ここにいったん小休止である。
「いや~、儲かる儲かる! へっへっへ!」
客の引いた店内で、黄雲は卓上に売上金を並べてご満悦だ。あの姉妹の来訪からたったの一刻で、数十人の客入り。一杯十五銭ということは、客一人につき一銭五毫の儲けが黄雲の懐へ入ってくるということだ。
当然ながら、売れれば売れるほどこの守銭奴は得をするわけで。黄雲は売上金をしっかりしまい込み、食卓から身を乗り出し、厨房の二郎真君へ鼓舞激励。
「さあ二郎殿、僕は市場へ食材の買い付けに行って参ります! なるはやで仕込みを完了させて、第二陣に備えましょう!」
「そうだな少年! 我が味を天下へ知らしめるため、いっそう邁進しようではないか!」
やる気満々。二人とも見ている方向は違うが、熱意は同等だ。
「なればいざっ!」
黄雲はわざわざ神行符まで使い、市場まで神速の買い付け。強欲少年、市場にて「この白菜ここに虫食いが!」「もっと原価すれすれで!」などと怒涛の値切りを展開し、背負子に戦利品をこんもり積んでスタコラ店へ一直線。
「さあさあ、食材の用意ができましたよ二郎殿!」
「ああ、恩に着るぞ少年! さっそく仕込みだ!」
山と積まれた食材を前に二郎神、満足そうに頷いて包丁を振るう。
その調理、電光石火。白菜はあっという間に一口大、もやしも目にもとまらぬ鮮やかな手さばきにてヒゲを取られ、ともに鉄鍋で炒! と炒められ。
湯の用意はどどんと思い切って百人分。麺も同じく百人分。先ほどの客入りであれば、きっと今日中には売りさばけるはずだ。
そんなこんなで準備を終え。
「んじゃ、これ食べ終わったら店開けましょう!」
「むぐっ!」
まかない拉麺をかっこんでいる時だった。
「たのもうたのもう!」
突然店の外から響く、やたらに熱い女性の声。拉麺屋へ呼びかける言葉としては間違っている。
しかし呼ばわれて答えないわけにもいかない。黄雲、しぶしぶ丼を置き、「営業時間外なんですけど」と文句とともに店の外へ顔を出す。すると。
「あ……」
店の外にいた客の顔を一瞥するなり、黄雲の表情はさっと青ざめた。
彼の前に立ちはだかるは、青龍偃月刀を携えた黒髪の武者が一騎。赤毛の馬にまたがり、背筋をピンと伸ばし、キッと柳眉を吊り上げたその人は。
「しゅ、秀蓮殿……!?」
「乙女の間で面妖な拉麺屋が流行っていると聞き、馳せ参じたわっ!」
そう。楼安関の女夜叉、おてんばじゃじゃうま汗血馬。亮州が生みし爆裂強烈武芸狂い娘・崔秀蓮その人である。
さらに。
「あ、姉上……! 馬で先に行ってしまう上それを追えなどと、鬼畜の所業ですぞ……!」
後からヘロヘロになってこちらへ追いついてきたのは、崔家のもやし長男・崔子堅だ。姉弟そろって現れたこの二人。目的は。
「なんでも目と舌を同時に愉しませるとかいう、とんでもない拉麺だそうじゃないっ! 我が網膜と味蕾にて、その真価確かめてくれるっ!」
「なるほど、ただ拉麺食べに来ただけなんですね」
つまりはそういうこと。単に拉麺食べにやってきた客二人、知り合いの誼だからと黄雲は彼らを店内へ招き入れた。
「二郎殿。ちょっと早いですが来店二名です」
「ほう?」
いち早くまかないを食べ終わった二郎真君が、こちらを振り返る。その彼に、秀蓮と疲労困憊の子堅はそろって目を丸くした。
「あら、あなたはいつぞやの美丈夫!」
「ま、まさか神将が拉麺作ってるのか……?」
「ご名答!」
驚く二人へ、真君はさっそく席を勧めて。
「さあお客人。ご注文を伺おう!」
意気揚々と注文を取る。そんな彼の言葉を補足するように、黄雲は客二人へ釘をさす。
「言っときますけど、ちゃんとお代は貰いますよ」
「わ、分かってる!」
子堅は懐から二人分の食事代を取り出し、黄雲へ叩きつけるように手渡した。
さて、支払いが済んだところで調理開始。
「なるほど、美丈夫が作るから眼福……『目』を愉しませるというわけね」
「男の私にはさっぱり何の得にもならんな!」
湯切りする真君を目の前に、姉弟はそれぞれ違った感想をつぶやいている。
そして「お待たせいたした」と差し出される丼、二人分。
「へえ、野菜を盛りすぎてるきらいはあるけれど、なかなか美味しそうじゃない!」
「わ、私はさっき姉上に思いっきり走らされたから、正直食欲が……」
「黙って食べなさい、この色白もやしの青びょうたん!」
「うぶっ」
姉にどつかれ、子堅は丼に頭を突っ込み顔面いっぱいで拉麺を味わい。下手人の秀蓮は優雅に箸を取り、上品に一口。
「まあっ、とっても美味しいわ!」
「あつ……うま……」
「ご好評でなによりだ」
「子堅殿は死にかけておりますが」
片やご満悦、片や半死半生で拉麺を食べる姉弟だが。
ふと、秀蓮の箸が止まる。まだ半分も食べていないのに。
「どうなされた、秀蓮殿?」
もしや口に合わなかったのか。一抹の不安が、二郎真君の表情に影を落とす。
秀蓮は静かに目を閉じ、唇を僅かに動かしてそっとつぶやいた。
「足りないわ……」
「足りない?」
「そうっ、足りないのよっ!!」
やにわに大声を出し、秀蓮、どこに持っていたのか突如卓の上に一抱えもある壺をドンと置いた。
なにやら不穏な気配とにおいを漂わせるその壺。秀蓮が封を開けると。
「うわっ! 赤っ! 辛っ!」
ツンと刺激臭。壺に入っていたのは、真っ赤に燃える豆板醤。いや、通常の豆板醤を凌駕する辛いにおいに、あまりにも赤い色。
「足りない足りないっ、辛さが足りないわ! そう、この楼安関特製・激辛豆板醤がっ!」
言うなり秀蓮、レンゲを真君に要求し、壺から醬をすくっては丼にぶち込み、すくっては丼にぶち込み。
「なんと豪快な!」
「あああ、そんなに入れたら……!」
慄然とする神将と守銭奴の目前で、秀蓮の丼の中身が真っ赤に燃える、燃え上がる。
やがて原型を留めぬ激辛拉麺、ここに完成。
「うふふ! やっぱりこれよこれ!」
「うわあ……見てるだけで辛い……」
一同のドン引きの視線を受けながら、秀蓮はほっこり嬉しそうに麺を口に運んだ。
「ハムッ、ハフハフッ、ハフッ!」
そして一心不乱に麺を食み。
額に玉の汗を浮かべ、頬を朱に染めて、これでもかという程おいしそうに。
「はーっ、完食!」
丼の底までなめるように食い尽くした。
「…………」
黄雲と二郎真君、目が点。
激辛嗜好の姉に、実弟子堅は呆れのため息を吐く。
「姉上は西方へ嫁ぎ、味覚が変わってしまわれた……」
太華の西方には、比較的辛い味付けを好む地域がある。楼安関にもその激辛文化が流入していたらしく、崔秀蓮、いまや唐辛子の虜となっていた。
しかしこの姉、傍若無人にし超絶迷惑極まりない性質で。
「子堅さん、箸が止まってるわよ! さあ豆板醤かけてつるっとつるっと!」
「ああっ、姉上また私の食事に豆板醤を!」
秀蓮は容赦なく子堅の丼にも豆板醤をぶち込んだ。ところがこの暴挙も崔家の食卓では日常茶飯事の模様。
「うわーん! 明日朝一番の厠が辛うございます姉上ーっ!」
「その性根! 消化器官と括約筋から叩き直してくれるっ!」
姉弟のほのぼのとしたふれあいに、心和まされるひととき。
そんな中、二郎真君の眼差しは熱く、あの壺へ注がれている。
「秀蓮殿……その豆板醤とやらはそんなにも美味なのか」
美丈夫、興味津々である。
黄雲が「あっ、バカ!」と引き留めるのも気にせずに、神将は子堅の食べかけた丼を少々拝借し、つるりと激辛を味わった。
「むむむっ!」
ピキーン!
二郎神の舌に、味蕾に、脳細胞に。激震走る。
「こ、これは! 至極辛いな!」
あまりにも当然の感想を述べながら、二郎真君の箸は、レンゲは止まらない。
「辛い! 辛いのにうまい! なんだこれは!」
「あら、お気に召したようね美丈夫さん!」
新感覚の味わいに、二郎真君、少々拝借のつもりが子堅の食べかけをすっかり完食。
涼しい面持ちにじわりと汗を浮かべ、真君は水をぐいっと飲み干し、やっとひと心地ついた様子。
「秀蓮殿……」
舌の上に残る、辛味の残滓。ひりひり痺れる唇をなんとか動かし、二郎真君はカッと気合を込めて申し出る。
「この豆板醤、私に分けてくれまいかっ!」
「えええ!?」
驚いたのは黄雲だ。まさか二郎真君、豆板醤を拉麺に使う気では。
「いいわよっ!」
そして秀蓮の返答も快諾そのもので。
「この豆板醤、楼安関から大量に送ってもらう手筈になっているの! ちょっとくらいおすそ分けしても大丈夫よ!」
「なれば良し! 秀蓮殿、業務提携感謝いたす!」
「こちらこそ、美味なる拉麺馳走になった! 見よ、西方は激辛に燃えているっ!」
「うわああ、わけわかんないことに……!」
かくして天界拉麺『清源』、昼休みの間に菜単が一品増えた。普通の拉麺に、激辛拉麺。
「よかった、あの激辛麺を食べずに済んだ……」
二郎真君に丼を奪われ、かえって良かったと思っていた子堅だが。
「すまぬ子堅殿、貴殿の拉麺をすっかり食べてしまった。これは詫びにもう一杯」
子堅の目の前に差し出される、もう一杯。
「ああ、これはかたじけな……」
「うむ、そして豆板醤」
べちゃり。当然のように子堅の拉麺へ、大量の豆板醤がかけられる。
「…………」
無言で目の前の丼へ見入る子堅に。
「明日の厠、お気張りくだされ子堅殿」
「き、きさま! クソ道士! 他人事だと思いやがって……!」
「こら子堅さん、さっさと食べる」
「んぶっ!!」
黄雲が棒読みで語り掛け、秀蓮がしかりつけつつ後頭部をしばき。
とぷんと激辛と化した湯へ沈み込む子堅の顔。
「ぎゃあああっ、目がーっ、目がーっ!」
なんて大騒ぎに興じたところで。
「さて黄雲少年。また店を開くとしよう!」
「ったく、激辛なんて売れるんですかね……?」
店は再び開店、千客万来期待して。
そして開店の看板を出したなら、乙女たちは噂を聞きつけ再び群れを成し現れる。その様、砂糖菓子に群がる蟻の如し。
しかも行列の長さは、先ほどよりも大幅に伸びていて。
「ねえ、そんなに素晴らしい美丈夫って本当?」
「本当も本当! この世のものとは思えない美貌よっ!」
「まるで神仙のようなお方なのっ! 拉麺も天下一品なのっ!」
乙女連合はさらに知り合いの乙女も連れて再集結。きゃいきゃいと、清流堂のある南路街には華やいだ行列ができるのだった。
美丈夫あるところに乙女あり。そして、乙女あるところに……。
「きゃあっ!」
行列の先頭あたりから、急に悲鳴が上がる。若干野太いその悲鳴の主は。
「大丈夫!? 胖ちゃん!」
「やだぁ、衣が急に裂けちゃった……!」
本日二度目のご来店の胖ちゃんだ。無意識に危機を察知したのか、すんでのところで身をかわし、袖口がちょっと切れたくらいで助かった。彼女の背後には、地面に突き刺さるお箸の如き暗器が一本。
そう、乙女の衣を切り裂きにかかる、変態無比の悪鬼の所業。すなわち。
「居並ぶ姑娘目の前にして、どうして病に臥せっていられよう! さっきはうっかり巨乳に触れて満身創痍、なれどもスケベの気配に俺、参上! さあさあ女性客の皆様方ーっ、素っ裸のお時間ですよーっと!」
性欲の権化にして破廉恥の化身・木ノ枝巽。血痕鮮やかな姿で、屋根の上から再び現る。
かつて……というか現在進行形で街中に破廉恥を振りまく黒ずくめの登場に。
「きゃあーっ! いつもの変態だわ!」
「よく見るスケベな黒ずくめよ!」
「死すべし死すべし!」
乙女の列も若干乱れる。そんな時。
「陰陽五行、はじけてまざれーっ!」
蒼天を貫く凛々しい一声。続いて。
「可憐に華麗に! アルパチカブトーっ!」
「ひでぶっ」
決めの台詞に合わせ、黒ずくめの顔面へ一直線に襲い来る狼牙棍。
巽をぶっ飛ばし、可憐に華麗にその場へ舞い降りるのは。
「街にはびこるブタ野郎! 一気呵成に即殲滅! 亮州の平和を守るため、今日も見参! 白虎娘娘!」
白虎の面に白い武闘着。街の平和を守る仮面の用心棒・白虎娘娘である。
彼女の雄姿に、乙女の行列はやんややんやの大歓声。
「素晴らしい武勇っ! さすがは白虎娘娘さま!」
「相変わらずのご活躍なのっ!」
「えへへ……」
白虎娘娘こと崔雪蓮、仮面の奥で照れ笑い。だが。
「おんのれーっ! 俺様の楽しみを奪うとは、たとえせっちゃんでも許さん! いざいざせっちゃんからすっぽんぽーん!」
この変態もただでは倒れない。顔面血まみれで雪蓮へ急襲する巽だが。このクソニンジャ忘れている。己にかけられた忌まわしき呪いを。
果たして空からどんがら、青天の霹靂。そしてピシャリと稲妻。
「ぎゃああああっ!」
雷の直撃に、さしもの変態もこれにて沈黙。
「あら、巽さん……死んじゃった?」
ツンツンと雪蓮は狼牙棍で巽をつついてみるが、返事はない。ただの屍のようだ。
さて、そんな一連の騒動を店の内から見ていた黄雲。
「あのクソニンジャめ……。ったく、こんなこともあろうかとお嬢さんを配置しといて良かった!」
先手を打っておいて何よりである。
そんな一幕がありつつも、店は異常な大繁盛。客層は乙女一色で。
「私は普通!」
「激辛!」
「激辛!」
心配していた激辛拉麺の売れ行きも好調だ。この様子だと百食分もすぐに切らしてしまうかもしれない。
(やれやれ、また買い出しに行かなきゃだな! ゲッヘッヘ!)
客から銭を受け取りながら、黄雲がそんな算段をしていた時だった。
「……これでは駄目だ」
突然拉麺作りの手を止めて、二郎真君がぼやいた。
「なんですか突然。いい感じに売れてるじゃないですか」
「いいや、これでは駄目だ。客層が納得いかない!」
「客層?」
黄雲、厨房の二郎神へ怪訝な視線を向ける。
客と言っても、今店に押し寄せているのは乙女の大群。むさい男よかよっぽどマシだが。
「いいか、黄雲少年! 私はこの拉麺を、老若男女すべてに届けたいのだ!」
「ええ……?」
拉麺の神、また面倒くさいことを言い出した。つまりこの並みいる乙女では不満ということで。
「ななな、なんですか! 客層に文句つけるとか贅沢な! いいからあなたは黙って拉麺を……!」
「いいや、幅広い客層を私は求めているっ! なんとかしてくれ黄雲少年!」
「ひいい、クソめんどくせえ!」
思わず本音をポロリとこぼしながら、黄雲思案する。
このままでは二郎真君のやる気に関わる。やる気を損なえば味を損なう可能性もある。元々常軌を逸した味覚の持ち主、ちょっとした気分の下降でゲロマズ拉麺に戻られては困りもの。となれば。
「し、仕方ありません! この僕が起死回生の策を弄して差し上げましょう!」
致し方なしに黄雲、知恵を絞って考え始めるのであった。




