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4 乙女連合現る

 さて、そんなこんなで翌日正午。

 

「どうです、こんなもんで」

「うむ、上出来」


 清流堂の敷地内には忽然と、小屋が一軒増えていた。

 庭の中に突如出現したその家屋。黄雲が道術で庭の土を練り、即席でこしらえた店である。

 

「やれやれまったく……売り上げの一割とは別に、手間賃をいただきますからね!」

「うむ、何度見ても良い(くりや)だ」

「ちょっと聞いてます!?」

 

 念願の店舗。二郎真君の興奮は最高潮で、守銭奴の要求なんて馬耳東風もいいところ。

 そんな二人に割って入るは、うざい声。

 

「なあ、その手間賃とかいうのは俺にも入ってくるか?」


 そう尋ねるのは、黄雲の横で店を眺めている黒ずくめだ。

 さすがに土だけで家は建てられぬ。というわけで木材調達のため、急遽招集されたクソニンジャ。

 得意の木氣で屋根や柱を作らされた巽であったが。

 そんな彼へ、黄雲振り返る。「しまった」とでも言いたげな顔で。

 

「…………」

「おい守銭奴この野郎! その顔は俺に無料奉仕させる気だったな!」


 まさしく巽の言う通り。彼へ報酬を用意するなんて考え、黄雲にはいささかもない。

 しかし相手は春夏秋冬常時発情変態ニンジャ。言いくるめるなんて至極容易い。


「あーその、あれだ。師匠を好きにしていいぞ」


 ためらいなく師を売る黄雲に。


「よしきたイヤッホーウ!!」


 巽、奇声を上げて狂喜乱舞。そしてすぐさま清流のもとへ、彼女の部屋へ一直線。

 まったくもってスケベ単純な思考回路、黄雲としては大助かりだ。

 果たして酒仙の部屋にはこの後血の雨が降るのだが、それはまあ置いといて。

 巽が去り。後には黄雲と二郎真君が残された。

 目前には土壁まっさらな店。店内には桜材の大きな食台が置かれ、その奥に厨房が設えられていた。

 清潔感のある、こざっぱりした内装。壁には二郎真君直筆の、拉麺を謳った五言絶句が書きつけられている。

 この店、一度に収容できる客数は五、六人程度といったところか。亮州の拉麺屋としては、小規模である。

 ここが彼らの拉麺道の出発点。その名も。

 

天界拉麺(てんかいらーめん)清源(せいげん)』……!」


 二郎真君が一晩通して、考えに考えた名前である。由来も長々と解説してくれたのだが、黄雲、興味がないので覚えていない。

 店名は軒先へ掛けられた額に、物々しい篆書(てんしょ)で記されていた。


「さて二郎殿」


 店に出たり入ったりしている真君へ、黄雲はこほんと咳払い。

 すでに材料や食器の準備は整っている。黄雲が弁舌の限りを尽くし、市場にて格安で揃えてきた商売道具だ。

 さらに仕込みももう終わっている。

 店よし、食材よし、全てよし。

 というわけで、後は営業するだけで。


「いかがなされます? もう開店でよろしいか」

「無論だ!」


 拉麺神、厨でしっかりと頷いて見せる。衣装もこのために夜なべして縫い上げた職人風。

 そんなこんなで新規開店、天界拉麺『清源』。

 さて客入りのほどは。

 

「……来ないな」


 一刻ほど経過したところで。一人も客が来ない。

 本堂に参拝に来る者もなく、ただいつものように火眼が石段で寝ているだけである。

 子ども達は外に遊びに出ていて、清流は部屋で呑んだくれているし、巽はきっと今頃血を吐いて死んでいる。

 那吒は土地神との囲碁に夢中。雪蓮は読んでいる最中の恋愛小説が佳境だとかで、嬉々として部屋にこもっていた。

 知り合いですら寄り付かないのに、どうして通りすがりの客が来るというのか。

 

「ひまだな」

「ひまっすねー……」


 二郎真君は厨で腕組み仁王立ち、黄雲は客用の椅子に行儀悪く片膝立てて座っている。

 まったくもって閑古鳥。

 かといって黄雲に呼び込みをする気は一切ない。銭を提示されない以上、そこまでする義理はないのだ。


(ま、このボケ神将がしびれを切らしたら好機……呼び込みしてやる代わりに、持ち金ありったけふんだくってやる!)


 ゲヘヘと守銭奴が良からぬ企みをしている時だった。

 

「ごめんくださーい」

「ごめんくださいなのーっ!」


 店ののれんをくぐり、まさかの来店二名様。

 入店したのは娘二人。最近たまに清流堂へやってくる、白虎娘娘(びゃっこにゃんにゃん)の一件の、あの依頼人姉妹だ。

 

「おもしろーい! 拉麺屋さんなんて始めたんですね〜」

「けっこう立派なのー!」


 どうやら姉妹は興味本位でやってきたらしい。そりゃ普段見慣れたボロ道廟に忽然と拉麺屋が出現したなら、興味を引かれるのももっともかもしれない。

 そんな姉妹に。

 

「いらっしゃいませ!」


 二郎真君、満を辞してのご挨拶。

 やっと言えたその一言。真君、相変わらず表情に起伏は無いが、ちょっとだけ嬉しそうだ。

 二郎神に続いて黄雲も「らっしゃーせー」とやる気のない声をかけるが。

 姉妹、ちんちくりんの声なんて耳に入っていない。

 二人の眼差しは、目の前、店の主に釘付けで。

 店主、虎体狼腰(こたいろうよう)黒髪白皙(くろかみはくせき)。眉目秀麗にして輝かんばかりの美丈夫なれば。

 

「きゃあああああっ!!」


 当然のように上がる黄色い声。


「姉さま姉さま、事件よ事件!」

「大変大変一大事!」


 姉妹、その場でワタワタきゃっきゃとはしゃいだかと思うと。

 

「例によって眼福のお裾分けよっ!」

「お裾分けなのーっ!」


 ばびゅん。

 依頼人姉妹は注文せずに、店から疾風の如く姿を消す。

 

「……注文は……」


 せっかくの来店第一号と第二号が、拉麺食わずに出て行った。

 真君の声は寂しげで、心痛のほどがうかがわれる。

 が。姉妹の様子に、ひとりほくそ笑む極悪強欲クソ道士。

 

「大丈夫ですよ、二郎殿」

「黄雲少年……」


 神将へ呼びかける声に、彼を励ます気配なんてさらさらなく。ただただ大儲けの予感に黄雲、悪どい笑みを止められない。

 守銭奴の脳裏をよぎるのは、火眼を本尊に祀り上げたあの一件のこと。

 

「すぐに戻ってきますよ、すぐに」


 そう、すぐに。きっと乙女連合を連れて。

 果たしてクソ野郎の思惑通り。

 

「美丈夫っ!」

「美丈夫の拉麺屋!」

「いかな美形か拝見つかまつるっ」


 寸刻して店の前は黒山の人だかり。それも全て妙齢の乙女達。

 

「戻ってきたわ!」

「戻ってきたの!」

「再度のご光臨、まことに祝着!」


 姉妹はやはり火眼の一件と同様に、女友達を連れて戻ってきた。なぜかこの娘達、美男がいると見れば友人一同と情報を共有するという習性を持っているらしい。

 ともかくも彼女達のおかげで、店内の椅子は全て埋まり、扉の外には大行列。

 店内の乙女達はうっとりと店主を眺めながら、さっそくの注文だ。

 

「あの、拉麺を……」

「承知つかまつった!」


 拉麺屋にしては改まった言葉遣いで、二郎真君は念願の調理にかかる。

 相変わらず表情はクソ真面目一辺倒。しかし一挙手一投足には、やる気がみなぎっている様子。

 もちろんいまから作る一杯は、昨日火眼が手本を示した、あの上品拉麺だ。真君は火眼の動きをなぞりながらも、野菜はあの須弥山拉麺のように高く盛り付け。

 乙女達から突き刺さる恍惚と陶酔の視線の中、「へいお待ち」と二郎真君は卓へ丼を並べる。

 

 その拉麺。(タン)は琥珀に透き通り、麺はつやつや、盛られた野菜は山のよう。

 豪傑拉麺と火眼拉麺。二者の特徴を複合させたその一杯。

「やだーちょっと量多いかも」なんて乙女達は、頰を赤らめながら箸を手に取り、同時に口元へ麺を運んだ。


「…………」


 無言の中、咀嚼の音だけが店内へ響く。

 ごくん。嚥下も同時で。

 

好吃(ハオチー)……」


 誰かがぽつりとつぶやいた。その一言が引き金のように。

 

「好吃! 非常好吃(フェイチャンハオチー)!」

「あああ神さま美味しゅうございます!」

「眼福だし真好吃(ジェンハオチー)だし、とっても幸せなのっ!」

「味の易姓革命や!」


 などと各々感動に満ち溢れた感想を並べ立てる。

 巻き起こる好吃の連呼に。

 

「おお……!」


 二郎真君、望んでいた物を掴んだ手応え。

 苦節二日。昨日は排泄物だの地獄だの散々な言われようだったが、嗚呼この瞬間の、なんと尊いことか。

 ちなみに黄雲はといえば。

 

「はいはいお代は先払いです! 一杯十五銭、開店記念価格にてご注文お受け致しまーす! はいお会計お二人さまで三十五銭……おっといえいえ冗談冗談、おっしゃる通り三十銭! なっはっはっは!」


 相場よりも二割増しくらいの値段で注文を取り、やたらめったらイキイキしている。それでも誰も疑問を呈さずバンバン注文が入るので、この守銭奴、やっぱり悪どい笑みが止まらないのであった。

 ところがどっこい。あの姉妹の友人連合ということは、やはり彼女もいるわけで。

 

「おかわり」


 食台のど真ん中。一番二郎真君がよく見える位置に陣取って二杯目を要求するのは、とってもふくよかぽっちゃり系。

 (パン)ちゃんである。

 

「ちょっとちょっと!!」


 おかわり所望の胖女史に、黄雲は脇から待ったをかけた。

 

「ダメですよおかわりなんて! 後ろ見てくださいよ、どんだけ並んでると思うんです!」


 黄雲、回転率を気にしての発言。なるべくなら全員に来店してもらって、食べられなかったと苦情が入るのを予防したいところ。だったのだが。


「なによ! またあんたねちんちくりん!」


 胖ちゃんのっそりと立ち上がる。そしてその巨躯からは想像もできない素早い身のこなしで。

 

「あたしが食べたいっつってんだからいいでしょおーっ!」

「なっ! 今日も早いっ!」

「食らいなさい! お客様は神さま腕ひしぎ逆さ固め!」

「ぎゃあーっ!」


 黄雲を襲う、やっぱりな展開。関節技で腕をギリギリ締め上げられる哀れな少年だったが。

 

「すまない、店内で関節技はご遠慮願いたい」


 そこへ割って入る、まさに救いの神。二郎真君は悠然と厨から出てくると、黄雲を締める胖ちゃんの手を彼から引き剥がし、そっと握る。

 

「きみが私の拉麺を愛してくれる気持ち、大変嬉しく思う。しかし、私の拉麺を待つ乙女達がまだこんなにもいる。私は皆に等しく我が渾身の一杯を味わってもらいたいのだ……!」

「店主さま……!」

「ぐえっ」

 

 手を取り見つめ合う、拉麺神とぽっちゃり系。その脇にべちゃりと投げ出されるクソ守銭奴。

 二郎真君は押しの一声。

 

「私の思い、分かってくれまいか。ぽっちゃりの君よ……!」

「ぽっちゃりの……君……!?」


 ぶわっ。胖ちゃんの胸に、恋の風が吹き荒れる。

 真剣な目でじっと見つめる二郎神に。

 

「は、はいっ……拉麺の君……!」


 胖ちゃん陥落。

 あの普段のふてぶてしさが嘘のような乙女の面持ちで、「ごきげんよう」と胖ちゃん、店を出て列の最後尾へ並び直す。

 

「わかってくれたか、ぽっちゃりの君よ……!」


 分かり合えたことに微笑を漏らす神将に。

 

「……美男は得だな……」


 いてて、と身体を起こしながらしみじみ実感する黄雲だ。

 美男と唯の守銭奴。世の中はこんなにも不平等。

 

「いやいやそんなことよりも!」


 不平等なんて知ったことではない。今は一世一代の稼ぎどき。

 

「さあっ、二郎殿! もっともっと拉麺を売りまくりますよ!」

「ああ、黄雲少年! ともに駆け上がるぞ、拉麺道!」


 二郎神は拉麺を通じて己が世界を皆へ見せるため。

 黄雲はただただ金儲けのために。

 さあ進め! 邁進せよ拉麺道!

 続く!

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