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5 いざ古きを知りて、崔氏家譜!

「ご覧ください素敵な方! 私がしたためた書にございます!」

「あのさー、お前なんでオレばっかに話しかけるんだよー?」


 宮中だ太子だなんだと小難しい話がいったん途切れた後。

 黙して考え込む一同の中、子堅は那吒へ自筆の書を自慢していた。しかし那吒、先程からずっとつきまとってくるこの崔家長男が、いい加減本格的に鬱陶しい。

 那吒は不機嫌な面持ちで彼からこっそり距離を取る。しかし子堅は自身の書に魅入りつつ「これはいま流行りの痩金体(そうきんたい)で」などと解説中、那吒が離れたことには気づかない。そこへ。


「おい、おい、那吒!」

「んあ?」


 小声で那吒を呼ぶ声。那吒が振り返ると、こそこそと隣に寄ってきたのは変態黒ずくめだ。

 巽、子堅に気付かれないよう、困惑の少年神へひそひそ耳打ち。


「ちょっと聞け那吒。あのあんちゃんがしつこいのはだな、きっと──」

「な、なんだと……!」


 さて、そんな三人は置いておく。

 比較的真面目に考え事に勤しんでいた黄雲らの面々は。


「ああ、そうだわそうだわっ!」

「?」


 何かを思い出したらしい秀蓮の声に、一斉に顔を上げた。

 先ほどまで偃月刀を振りかざし「口外無用!」と威嚇していたとは思えぬのんきな口調。秀蓮は床の上に置いていた旅の荷物から、ごそごそと何かを取り出した。


「父上にお土産があるの! きっとお喜びになると思って……!」


 そう言って彼女が父へ差し出したのは、三冊の書物だった。


「秀蓮、これは……」

「楼安崔家の秘蔵書。我が一族の事績と家系図を記した、崔家の崔家による崔家のための歴史書よっ!」

「はぁ……?」


 また突拍子もないものが出てきた。その書物の表紙にはそれぞれ、『崔氏家譜(さいしかふ)』と簡素な題名が、豪快な筆跡で記されている。知府は受け取った書物を、パラパラとめくった。


「ほら、父上は崔家の歴史を誇りに思っておいででしょう?」


 書をめくる父へ、秀蓮は童女のような笑顔を向ける。


「楼安の崔のおじさまおばさまから原本をお借りして、いつか父上にお渡しするためにずっと写本していたの。良かったわ、この機にお渡しできるなんて!」

「秀蓮、お前……!」


 知府、思わず声をつまらせた。

 いくら猪突猛進で武芸狂いで、女と思えぬはちゃめちゃ破天荒とはいえ。

 父のために三冊も歴史書を筆写するとは、なんといじらしいことか。親心ここに感極まる。


「うぅ、お前は自慢の娘だよ秀蓮……!」

「ほんとう、父上!? ならば楼安関へ戻った暁には、首級を狩って狩って狩りまくらなくちゃ!」

「すまん、前言撤回だ」


 感極まった親心、殺伐たる娘の発言に感動もすっと醒める。

 そんな親子の様子をちらりと伺いながら、黄雲は隣にいる雪蓮へ問いかけた。それは先の会話を聞いていての、ふとした疑問。


「お嬢さん、楼安の崔家というのは?」

「ああ、あのね……」


 雪蓮が言うには。


「私たち崔家の本貫(ほんがん)(本籍地)は、楼安関なの」


 それは崔家が武門だった頃のこと。

 崔氏がいつから興ったか、正史には定かでない。史書に彼らの祖先の名が初めて登場するのは、今から一千年前のこと。

 その時の当主は崔飛(さいひ)。この時崔家はすでに尚武の一門だったらしく、彼は当時の王朝に将軍として仕えていた。弓の名手としても有名だったらしい。

 そんな彼の名を一躍世に知らしめたのが、西域への侵攻だ。

 当時、西域の道はまだ開拓されたばかり。しかしながら、その道からもたらされる異邦からの奇貨珍品の数々は当時の王朝へ、実りと西方への羨望の念をもたらした。

 また、西域は異民族が暮らす地でもある。馬を駆り羊を追って生活する彼らは、実に自由で御し難く、度々太華へ打って出ては略奪を働いた。

 憧れと、憎しみの同居する西域。当時の皇帝は太華に仇なす異民族の討伐を大義名分に、崔飛ら諸将へ西方への侵攻を命じた。

 将軍崔飛は得意の弓に軍略を活かし、風と砂の地を西へ西への快進撃。軍隊は西域の敵対部族を次々平定し、自らの領地を誇示するかのように城壁を築いた。

 その城壁の最西端に作られたのが、楼安関。

 戦いが終わり。崔飛将軍は皇帝に命により、この地の守りに任じられた。以降の余生は、関所の上から異民族たちを監視することに捧げられたという。

 楼安関以西へ領土が広がることはなく。以降、この関所は太華の最西端として機能し続けることとなる。

 さて、楼安関の守りに任じられた崔将軍。その子孫達も楼安関に住み続けた。彼と同じく、武官として君主に仕えながら。氏族の本貫は楼安と定められた。

 さて、この一族は妙に世渡り上手で、歴史の動乱をうまく乗り越え、正史の合間合間にひょっこり顔を出したりしている。

 そんな世渡り上手の一族にも、転機があった。


「太華の北部が北方民に奪われたときのことなのだけれど……」


 それは四百年ほど前のこと。太華は北からやってきた北方騎馬民族に侵略され、北部地域を彼らに奪われる。当時の太華の王朝は南に逃れて、からがら国家の体裁を維持していた。

 そんな中にあっても、崔氏の世渡り上手は伊達ではなかった。

 楼安関は西と北に国境を接する要地。ゆえに西、北それぞれの異民族とは戦以外の交流も度々あったので、崔の家系は長い時をかけて、彼らの言語や風習、猛々しい気質に習熟していった。

 そして北方民の打ち立てた新王朝へ、彼らは文官として仕官を願い出る。楼安関での生活から得たあらゆる知識と経験を縦横に使い尽くし、崔氏は異民族王朝の中にあって躍進を遂げた。

 かつては西域にて異民族を打ち破った彼らが、この時勢下、北の蛮族に膝を屈したと侮る声もあった。しかしながら彼らの有能さ、働きぶりは、敵味方ともにしかと重んじられるものであったという。

 その後、再び太華の地は戦火に呑まれる。崔氏は戦乱により気勢を削がれ、かつての栄耀栄華からは少々落ちぶれてしまった。しかし。

 やがて乱世を治め、再び統一王朝が現れて科挙の制度を発足させると。崔一族の末裔は以降代々勉学に励み、及第し、虎傍(こぼう)(科挙の合格者名簿)に名を刻み続け。

 今度は士大夫として、その足跡を青史(せいし)に残し始めるのであった。

 そしてその血脈は、現在の亮州崔家に至る。


「それで、文官になる過程で一族の大半は楼安関から太華の北へ移っちゃったんだけど、中には楼安関に残った人もいてね」


 珍しく整然とした説明を披露しながら、雪蓮は続ける。


「お姉さまの言う『楼安の崔家』っていうのは、その人たちの末裔のことなの」

「ふーん……」

「そう、我が妹の言う通り!」


 黄雲と雪蓮の会話に突如割って入る、熱風のような声。ぎょっとする黄雲に構わず、秀蓮は燃える瞳でぐっと拳を握りしめた。


「楼安関にいらっしゃるおじさま方は、我らと熱き血潮を同じくする同胞(はらから)! 私がかの地へ輿入れを決意したのは、楼安関が我が父祖の地でもあるからよ!」

「そんな理由?」


 秀蓮の言いっぷりに、黄雲、不遜にも正直な呆れ顔。

 そんな彼へ「まあそれだけじゃないけれど」と秀蓮は得意顔を浮かべて、さらに言葉を重ねる。


「まあまずは、楼安関が我が先祖ゆかりの地ってことだけれど! 現在かの地を守るは、二十年前の戦いでご活躍なされた郭広永将軍。そのご子息とあらば、勇猛果敢な豪傑であることは折り紙つき。我が夫となる者は、私よりも強くたくましく、剛毅でなければならないわ!」

「うわあ……」


 黄雲、先ほどから反応が正直すぎる。しかし秀蓮、彼のドン引きに気付かないし、まずもって相手の顔色を伺う気すらさらさらない。

 そんな暑苦しい長女に、崔知府は歴史書を手に持ったまま、ため息を吐いた。


「まったく……この娘は、二年前から全然変わっちゃいないな……」

「左様ですな父上。姉上のお輿入れのいきさつ、今思い出すだけでも頭が痛い」


 子堅が突然口を挟む。那吒に構われなくて暇なのだ。

 このむっつり長男、今度は清流へ視線を向けた。そしてさも呆れたような口調で。


「まったく姉上ときたら……勝手に嫁ぎ先を決められたのですよ? 信じられます?」

「ほう?」


 気のいい清流は片眉を上げて興味を示してやる。そんな彼女へ、子堅は肩をすくめながら続けた。


「二年前。姉はその傍若無人の武芸狂いが四方に知れ渡り、行き遅れを危ぶまれておりました……」


 そう、二年前。子堅の語る通り、秀蓮は名士の娘でありながら、縁談に恵まれなかった。

 そんな秀蓮の噂を知ってか知らずか。ある日、崔知府の古い知人である郭広永が、息子の嫁にどうかという打診の手紙を送ってきたのだ。

 崔知府は迷った。確かに楼安関は父祖の地で、一族にはゆかりのある土地。おそらく崔家の先祖に西域で活躍した崔飛将軍もいることから、彼はこの縁談を持ちかけてきたのだろう。

 しかしいかに男勝りのじゃじゃ馬娘とはいえ、遠く離れた西域へ嫁にやるのはいかがなものか。だがこのままでは行き遅れ。

 煩悶する父の心いざ知らず。秀蓮は勝手に手紙を読み勝手に返事を書き、家族が気付けばいつの間にか縁談は成立していた。

 こんないきさつを経て、秀蓮は意気揚々と遠く西の地へ嫁いでいったのである。

 当時の崔知府。旅立つ秀蓮を唖然と見送りつつも、これで娘とは今生の別れとばかりに涙を流したものだが。

 まさか馬にまたがり三日で帰ってくるとは。

 以上が子堅の語る顛末。話を聞くだけで疲れてくる。

 そんな在りし日の思い出に思いを馳せたところで。


「それにしても、この書物は……ふむ……」


 崔知府、娘からの贈り物を改めて開いてみる。最初の数行を読み、一言。


「秀蓮や。この書物は神代(じんだい)から始まるのか?」


 神代とは、神話の時代のこと。書物の冒頭にはいきなり、神山より空飛ぶ熊にまたがって現れた聖人が崔氏の祖先であると、眉唾物の出自が記されている。

 父の問いに秀蓮は「そうよ」とこともなげに答えた。

 

「崔の氏族については、崔飛将軍以前のことがよく分かってないでしょう。でも楼安崔家には、それ以前のことが伝わっていたみたいで」

 

 知府も「ふむ」と頷き、軽く目を通し始める。その背後から子堅、そして二郎真君が書物を覗き込んだ。


「ぷっ、噴飯ものですな」


 子堅は同じく冒頭を読むなり、バカにしたような笑いを姉へ向ける。科挙に向けて日々勉学に励むこの書生、どうやら細かい部分が気になるようで。


「書いてある事柄の仔細が、正式な史書と食い違っております。こんなもの所詮は野史(やし)ですよ、野史」

「しっ、子堅さん!」

「おーこわ!」


 野史とは、民間で編纂された歴史書のことだ。対して国の史官が正式に編纂した歴史書を、正史という。書生の子堅は当然野史を見下し、正史をありがたがっている。

 激昂する姉に、子堅は嫌味ったらしく肩をすくめて。


「そもそも神代などと、どうとでも捏造できる時代から始まること自体が怪しい。こりゃだいぶふかしこいてると見ましたな」

「おっ、おのれ子堅! 我らが崔家の歴史を愚弄するかっ!」

「違いますよ! 私が疑っているのはその書物のみ、正史にある我が家の歴史は当然尊ぶべきもの」

「これだって、楼安の崔一族が口伝によって代々伝えてきた歴史をまとめたものよ!」

「口伝!」


 子堅は姉の反論を一笑に付す。実はこの姉弟、以前から折り合いが悪い。武を尊ぶ姉に、文を重んじる弟。まあ至極当然の反目ぶりである。

 

「どうせ語り継いでいくうちに、楼安崔家に都合の良い改竄があったことでしょうよ。ははっ、やはり歴史は正史より学ばなければっ!」

「こ、この……! 色白もやしの青びょうたんめ!」

「あのっ! お兄さまもお姉さまも、落ち着いて……!」


 荒れる空気に雪蓮、思わず二人の間へ割って入るが。

 

「雪蓮は黙っていなさいっ!」

「うぅ……」


 立場の弱い末っ子である。

 そんな三人の子どもたちへ、崔知府やれやれと呆れていて。彼の背後の二郎真君は、なおも三つの眼で崔知府の持つ書物を見つめている。

 

「……崔知府。この書、読ませていただいても?」

「え? あ、ああ……」


 神将の突然の申し出に、崔知府は少々驚いた様子で書物を差し出した。真君は書を受け取り、ぱらぱらとめくる。そしてその手は、とある頁にてぴたりと止まった。

 そしてじっと紙面に視線を落とす彼に、興味をそそられた黄雲が近づいて問う。

 

「どうしました二郎殿。なにか気になることでも?」

「うむ……后氏(こうし)……」


 頷きながら、真君が読んでいる項目。

 崔氏の血統に関する、とりとめのない記述の中。三つの眼の視線はただ一文、「后氏を娶り」という箇所に集中しているようだ。

 ほとんど神代に近いような、真実かどうかも分からない時代の事柄。

 黄雲は書物と二郎真君をきょときょと見比べてみる。書物の記事はほんとうに些細な一文で。二郎真君の顔色も、いつもと同じ真面目色。

 ふと、真君は顔を上げた。そして崔知府へ問いを投げかける。

 

「知府、お伺いいたす。貴殿らの一族は、みな弓に秀でているのだろうか」

「弓?」


 脈絡もない質問だった。歴史書、后氏、弓。脇で聞いている黄雲、訳が分からない。

 問われて。知府は少々面食らったような顔色だったが、その表情はやや誇らしげなものへ変わる。

 

「ええ……。崔飛将軍の血のせいか、我ら一族、どのような時代でもなぜか弓術は得意中の得意でしてな」

「そういえば、さっきも……」


 知府と真君の問答に、黄雲は先ほどの調練場での一件を思い出す。以外にも弩が得意な子堅に、見事な弓術を披露した崔伯世。


「私も! 私も弓は得意よっ! もちろん雪蓮も!」


 武芸の話題に、秀蓮も食いついた。胸倉掴まれて青くなっている子堅は、口を挟むどころではない。


「ふむ」


 二郎真君は親子の返答に頷き、しばしの思案を挟んで。

 

「崔家のご一同。もし宜しければ今一度、各々方の弓術の腕前を拝見させて頂きたい」

【すぺしゃるさんくす!】


 今回崔氏の経歴を述べるにあたり、ツイッターにていつもお世話になっている、冴吹稔さま(http://mypage.syosetu.com/314106/)のお言葉を参考にさせて頂きました。

 この作品において、ヒロイン、およびその一族は「崔姓」を名乗っていますが、冴吹さまより、「崔という氏族は六朝から唐代にかけて、名家として名を馳せた一族」というお話を伺いまして。

 恥ずかしながら寡聞にして、そのような貴族が実在していたことを私は知りませんでした。

 そこで「どれどれどんな一族だい」と調べてみた結果、清河崔氏及び博陵崔氏というのですが、これがなんともとんでもない名家!

 異民族王朝である北魏で栄達を遂げ(この出世した人物は後に誅殺されてしまいますが……)、唐代に入って以降も高位の貴族として重んじられていたようです。

 唐初に『貞観氏族志』という書物が作られた時はその初稿にて、皇族である李氏を差し置いて名族ランキング第一位に輝いたとのこと。さすがに太宗がブチ切れて皇族李氏が第一となったようですが。

 しかも先祖はかの太公望だとかいう話もあるみたいで……はわわ!

 

 そんな現実の崔氏。本作中の崔氏についても、フレーバー程度にですが、彼らの足跡をなぞらせてみました。五胡十六国っぽいあたりですね。

 

 大変貴重な知識を得る機会をお与えくださった冴吹さま。

 改めて、御礼申し上げます。

 

 そんな冴吹稔さまの作品をご紹介!

 

「軌道砲兵ガンフリント」(http://ncode.syosetu.com/n4102do/)


 現在、私も読ませて頂いている作品です。といっても最近読み始めたばかり、エピソード1の途中なのですが……。、

 SF作品は少々苦手で若干食わず嫌い気味の私。それがですよ。

 精緻な文章、分かりやすい表現。そして作品の背景に広がる膨大すぎ、豊富すぎの知識の数々。不思議と「ほうほうなるほど!」と頷きつつ読めちゃうのです。

 主人公のクルべさんが、なんだか妙なキャラクターなんですよ。もちろん妙とはいっても、絶妙の妙。

 冒頭の冷静なシーンで「真面目くんかな?」と思わせておいて、エピソード1しょっぱなで結構なはっちゃけぶりを見せてくれる彼。なんて面白い夢を……(笑)

 そんなわけで、宇宙空間は門外漢な私も楽しく拝読しております!

 ここをお読みの皆さまも、ぜひご一読を!

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