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4 風雲! 楼安関!

「わっ! 私の方が少ないわっ!」


 再び崔家邸宅、応接間。一同が屋敷へ戻りひと段落するなり、秀蓮が嬉しげな声を上げた。

 得意げに父へ見せつけるのは、先ほどまで着ていた黒い武闘着だ。

 

「見て、私が着ていた衣の方が白点が少ないの! 私の勝ちでしょう父上!」

「ばっかもん! お前の反則負けだばかたれ!」

「えー?」


 秀蓮、一転不満げな声。当たり前だ。決められた得物を使わず白刃戦を勝手に仕掛け、あまつさえ人質まで取ったのだ。

 不服そうに秀蓮は頬を膨らませている。その仕草はどこか、妹の雪蓮と少し似通っていて。

 

「はぁ……」


 崔知府はため息を吐いた。吐くしかなかった。

 さて、そんな父と娘の背後には。ぐったりくたびれた様子の雪蓮に、これまた疲労の色濃い黄雲、ひと試合観戦してなんとなく充実した面持ちのその他諸々がそれぞれ過ごしている。

 結局あの模擬試合を行ったところで、雪蓮に宿った霊薬(エリキサ)はびくともせず。まったく不毛な戦いだった。

 ちなみに秀蓮の妊娠が発覚したため、士卒達の訓練は中止。

 秀蓮、士卒たちから大いに慕われてはいるものの、やはりその厳しさは辛く苦しくめんどくさいもので。

 士卒たちは彼女が調練場から立ち去るなり、一斉に安堵感からへなへなとくずおれるのだった。兵たちの話についてはこれまでとする。

 

「秀蓮、ひとつ聞きたい」


 崔知府は娘へ気になる質問をひとつ。

 

「お前、子どもができたというのは、婿殿はご存じなのかね?」


 その問いに、黄雲や清流、二郎真君も聞き耳を立てる。なぜならば気になるからだ。この汗血馬娘、妊娠していることを夫に告げていないのではないだろうか。いや、知っていればこんな危険な旅はさせなかったはずだ。

 一同の耳目を集めながら、秀蓮はこともなげに言う。

 

「もちろんご存じよ!」

「知った上で送り出したというのか!」


 父仰天。秀蓮はけろりとした表情で続けた。

 

「我が良人(おっと)は快く送り出してくれたわ! そう、私を信じて……」


 そう言いつつ、秀蓮の表情はうっとりと夫を思う妻の顔。

 姉(いわ)く。

 故郷から雪蓮窮地の知らせを持ってきた張三に、秀蓮はまず夫へ伺いを立てた。

 

『あなた、どうしましょう! 妹が妙な妖怪に……!』

『うむ秀蓮、義妹の危機だ。私はここの守りがあるから出向くことはできないが、きみの武芸の腕ならば問題なかろう。行って差し上げなさい』

『でもどうしましょう、私どうも妊娠したみたいなの!』

『な、なんだってー!?』


 彼女の夫・郭広遠(かくこうえん)は、妻の告白にたいそうな驚きようだったそうだ。しかし。

 この若い武将、よく日に焼けた顔をニカッと輝かせて、妻に言う。

 

『なんとめでたい! 秀蓮、構わないから故郷へ行っておいで!』

『えっ、いいの!?』

『もちろん! いや、生まれる前からかような苦難に巡り合えるとは! きみが物の怪を倒した暁には、お腹の子もきっとたくましく育つことだろうよ! ついでに里帰り出産だ!』

『あなたっ、大好きっ!』

『はっはっは!』


 そんな調子で秀蓮は意気揚々、名馬紅箭(こうせん)にまたがり亮州まで襲来したのであった。


「………………」


 娘の嫁ぎ先の反応を聞いた崔伯世。さすがに口をあんぐりである。

 以前からこの娘の嫁ぎ先・郭家とは親交があり、豪放磊落な家風であると知ってはいるものの。

 いやいやと知府はかぶりを振る。さすがに彼女の舅であり、楼安関総司令官・郭広永はもっと厳格な対応であったはずだ。

 

「秀蓮、さすがに広永殿は引き止められたであろう?」

「え?」


 秀蓮は父の問いに意外そうな顔。彼女が言うには。

 

『なんとっ、伯世殿の末娘が危機とな!』

『ええ、だから今から亮州へ参りますわお義父様!』

『ま、待ちなさい秀蓮!』


 騎乗する秀蓮を引き止め、舅の広永は老将然とした面立ちを厳めしくしながら言う。

 

『これはわしのとっときの干し肉だ。道中食べなさい。それからこれは路銀』

『まあっ、お義父様!』

『いいか秀蓮! お前が物の怪を倒した暁には、お腹の子もきっとたくましく……』


 以下省略。

 知府、ここに至ってもはや顎も外れんばかりのあんぐりっぷり。

 楼安関の郭一族。豪放磊落、豪快無比な家風で知られた彼らだが。この成り行きを聞くに。

 

(ただのバカなのかな……)


 そんな疑念を抱かざるを得ない崔知府である。

 知府、いろいろ言いたいことはあったが。

 

「秀蓮、お前が婚家になじんでいるようで何よりだ……」


 とりあえず、郭家と秀蓮を最大限慮った、当たり障りのない言葉に留めておく。

 そんなやりとりを聞きながら、小声で囁く者が一人。

 

「ったく、嫁も嫁なら嫁ぎ先も……」

「こ、黄雲くん!」


 人質に取られた恨みなのか。ぽつりつぶやく黄雲に、慌ててそれを遮る雪蓮である。

 

「さあっ、また茶をお持ちしましたぞ! さあさあ素敵なお方!」

「ん、んあ……」


 どうでもいいことに、子堅はまた茶を那吒(なた)へ振る舞っている。受け取る那吒はさすがにそろそろ鬱陶しげだ。

 ちなみに知府夫人はいまだに気絶中。秀蓮が帰ってきたので侍女達が起こそうとしたのだが、知府がそれを引き止めた。妊娠中の秀蓮が白刃戦に臨んだなどと知れば、また気を失うだけだ。

 

「ああっ、そうだわ!」


 秀蓮が突然、思い出したように声を上げる。

 

「火眼金睛の一件が片付いているなら、それはそれでいいの! 私、別件もあって来たのよ!」

「別件?」


 問い返す父に、秀蓮、気の強そうな瞳へにわかに真剣な色を浮かべ。

 

「都の二人の太子さまと……伯父上のことよ」




 秀蓮の別件。彼女の襲来前に話題となっていた太子二人に劉仲孝絡みとあって、応接間には再び緊張感が満ちていた。

 卓につき、子堅の淹れた茶を飲んで一服。秀蓮は先ほどまでのじゃじゃ馬ぶりが嘘のような、真剣な口調で語りだす。

 

「半月前、楼安関へ定例の使者が来たわ」


 西の要衝・楼安関。

 砂と風ばかりが吹きすさび、関所の外は草原と砂地がまだらに入り混じるこの地。

 栄国の領土を囲うように築かれた、長大な城壁。その西端に突き出ているのが楼安関だ。

 そして現在、この楼安関の先を支配しているのが、西域をさすらう放牧民・沈砂(しんしゃ)族の王国『(しょう)』。

 古来より、太華の諸王朝はこの西域の諸部族と時に戦い、時に融和し、時に服従させてきた。この昭国とて例外ではなく、二十年ほど前に戦火を交えたばかり。

 楼安関総司令官・郭広永はこの戦いで活躍し、その功を認められ、以後この地の守りを先代の皇帝より任されている。

 通常、各州県に配属された司令官を数年おきに配置換えする軍制を敷くこの国では、異例のことであった。

 さて。

 太華西端の国防を担うとあって、都の宮城からは定期的に使者がやってくる決まりとなっている。

 もちろん、国境を挟んで向かい側、昭国の情報を得ることが大きな目的ではあるが。使者を送る理由はもう一つ。

 関所を守る将軍の査定である。要は、国への忠義を確かめ、叛意の有無を見極めるためだ。

 先帝の頃には全幅の信頼を置かれていた郭将軍だったが、現皇帝はそうではない。先帝の遺言に従って彼を西方の守りに任じ続けていたが、内心には若干の憂慮があった。

 異民族領と国境を接する土地柄ゆえ、万が一にも将軍が彼らと手を組んで、王都を脅かすことがあってはならない。それゆえ現皇帝は定期的に西へ使者を送っている。

 楼安関守護である郭広永には、常に厳しい目が向けられていたのだ。

 また、将軍を査問する使者にもそれなりの人物が要求される。それゆえに、使者には皇帝の信の篤い人物が就くことが多かった。だから楼安関を訪れる使者は、初老のくせ者ばかり。

 ところが半月前。楼安関に現れた定例の使者は、まだ二十歳になるかどうかの若い青年だった。訝しみながら迎え入れた郭親子へ、供の者が使者の印綬を示し、彼をこう紹介した。

 

『こちらは今回の御使者。皇太子殿下にあらせられます』


「こっ、皇太子!?」


 秀蓮の語る話に、一同の間に驚きが走った。

 当然だ。皇太子とは次代の皇帝。王宮にて厳重に守られるべき身分の御方(おんかた)だ。楼安関くんだりまで使者として寄越されるような人物ではない。

 それがこの皇太子。供も二、三人しか連れず、腰に一振りだけ剣を提げ、身なりも使者や皇太子と思えぬほどの気楽な軽装だった。

 しかし彼が持ってきた王城からの書状は間違いなく、しっかりと公用の印が押された公式文書で。しかもその書状の中に、しっかりとこの若い使者の身分について書き記してある。

 此度の使者は、皇太子殿下ご本人であると。

 皇太子は口を開き、二人へ言う。

 

『郭将軍にご子息。お二人の驚愕至極もっともだ。先触れの使者も立てず、無礼を致した。今回の件は、私が陛下へご無理を申し上げ、叶えていただいた次第』


 普段はちょいバカ豪快で通った郭広永に広遠親子。しかしさすがに皇太子を前にしては、かしこまらざるを得ず。

 関所の城壁の上にて。平服する郭親子へ、優しく顔を上げるように促しながら、皇太子は続ける。

 

『私は一度、この西域の地を見てみたかった。皇太子という気楽な身分のうちにな』


 下々から見ればまったく気楽でもなんでもないやんごとなさを振りまきながら、太子は関所の上から景色を見回した。

 

『なぜだろうな。この風と砂ばかりの土地を眺めていると、なぜか故郷へ帰ってきたような心地がする』


 そして皇太子は通常の使者と同じく、郭広永と広遠親子へ査問を行なった。

 この十八歳の青年は、他の使者と同じく忠義を確かめる問いを郭将軍へ投げかける。それは、いつもの老獪な使者たちがふるまう社交辞令的なおもねりの一切ない、歯に絹着せぬ厳しい審問だった。

 殿下直々の査問が終わり。げっそりする郭親子へはははと、皇太子はいずれ龍顔と呼ばれることになるその顔を、爽やかにほころばせる。

 

『すまぬすまぬ。国のことを思えばつい我が舌鋒も鋭くなるというもの。しかしながら貴殿らの尽忠報国の忠義、よくよく胸にしみいった。これからもこの要衝の防衛、よろしく頼む』

『ははっ……!』

『ところで、郭将軍』


 話題を切り替えながら、皇太子は少し声を落とす。

 

『我らが去った後。おそらく都からもうひと組使者が現れるはずだ』

『使者?』

『うむ。使者を立てたのは、貴殿の子息が妻の縁者、劉仲孝だが……まあ実態は、我が弟からのようなものだ』

『第二太子殿下が?』


 問う親子へ首肯して、皇太子は薄く笑って見せる。


『さすがに私とて、詳しい要件までは分からぬが。荷の多さを見るに、何か貴殿らに贈り物があるようだ。遠慮はいらん、受け取ってやりなさい』

『は、はぁ……』

『しかしながら将軍。なにか思うことがあれば、忌憚なく教えてくれ。また文を待っている』

『はっ!』

郭延(かくえん)、そしてその子郭遼(かくりょう)


 最後に皇太子は、親子をそれぞれ(あざな)ではなく、(いみな)で呼んだ。大の男を諱で呼ぶことができるのは、親か君主だけ。

 

『今後もいっそうの忠勤を期待している。その忠義、信じているぞ』


 主上として振る舞って、皇太子は供を連れ馬に乗り、風のように去っていった。


「……っという感じ」

「はぁ……」


 秀蓮が締めくくると、崔知府の口からは思わずため息が漏れた。

 皇太子の噂は、以前からこの亮州にも届いている。なんでも若年にして知勇兼備、高材疾足(こうざいしっそく)の傑物だとか。当然皇族は敬うべき対象であるから、この噂も皇太子の実情を鑑みず、ただ持ち上げるだけのものと皆思っていた。

 しかし。秀蓮の語った一部始終。使者として立候補し、西の果てまで向かう行動力に胆力。そして。

 

「いまの話の通りだと、第二太子殿下が義兄上を通して使者を送ったことを、把握していたということだな」


 現在、皇太子と第二太子は若干の対立傾向にある。対立する相手の動向を知っていたということだ。それにそのことを、郭親子へほのめかしている。つまり、親子が第二太子へ過度の肩入れをしないよう、牽制をかけたようなものだ。

 秀蓮の口から伝え聞く皇太子の言動からは、噂通りの有能さが垣間見える。


「ねえねえ、お姉さま」


 雪蓮は話が途切れたのを見計らい、姉へ問いかけた。

 

「お姉さまは、皇太子殿下にお会いになられたの?」

「それがね、雪蓮……」


 少し声に悔しげなものをにじませながら、秀蓮は言う。

 

「畏れ多すぎてもう、お靴を拝するくらいしか……!」

「えっ、お姉さまが!」

「姉上が!」


 あの怖いもの知らずの姉が。子堅と雪蓮の兄妹は驚愕に打ちのめされる。虎をも恐れぬ剛力無双、はちゃめちゃ破天荒汗血馬娘の、あの姉が。

 それほどまでに、皇太子の放つ威光は凄まじかったということだ。

 

「お茶をお出ししたのだけれどね……もう茶器を持つ手が震えて震えて……」

「えええ……」

「私、太子さまの衣にお茶ひっかけちゃって!」

「えええええ!?」


 畏れを抱くだけでは飽き足らずこの姉、お約束なドジを踏んでいた。そんな彼女に、皇太子は笑いながらも優しく声をかけてくれたそうだ。

 この時、皇太子は召し替えのために上着を脱いだ。そのとき一瞬、露わになった彼の右腕に、青黒い痣があるのを秀蓮は見た。見たが、すぐに忘れてしまった。「剣を提げていらっしゃるし、きっとお稽古で怪我されたのね!」と勝手に解釈した上で。

 

「本当、威風堂々とされていて、まさに王者の風格をお持ちの方だったわ! かと思えば粗相をした私にあの優しさ……我が夫の次にいい男だわっ! ご尊顔は全然拝めなかったけれど!」

「へぇ……」


 秀蓮の言い様に、一同もう適当な相槌しか打てない。知府に至っては娘が皇太子に茶を引っ掛けたと聞いてから、顔面が真っ青になっている。

 この姉、心臓に悪い。

 

「そうだ、秀蓮。義兄上からの使者はどうなったのだ?」


 不意に知府が声を上げる。皇太子も気にはなるが、霊薬(エリキサ)をめぐる企みの渦中にある……と思われる劉仲孝。彼の動向を確かめねばならない。

 

「伯父上からの使者なら、皇太子殿下がお帰りになられた翌日にいらっしゃったわ」


 皇太子が去った次の日。若き英傑が伝えた通り、大荷物を載せた馬を何頭も走らせて、劉仲孝からの使者がやってきた。公的な用ではなく、私用でと使者は用向きを語る。

 

「で、これがそのとき使者が持ってきた書状の写し」


 秀蓮は懐から手紙を取り出すと、卓の上へ広げて見せる。

 そこにはやはり、劉仲孝直筆と思われる、流麗な書体が踊っていた。書かれている内容は。

 

「誕生祝い……それから……これは、第二太子の」


 そう、崔知府宛に届いた書状と大体似たような、第二太子を喧伝する文章だ。

 しかしその末尾。

 

『有事の際には、何卒宜しくお願い申し上げる』


「有事?」


 文章に目を通し、崔知府は娘へ胡乱げな目を向けた。しかし秀蓮も「さあ?」と言いたげに肩をすくめるのみ。

 書状を読んでも、郭将軍の誕生祝いと太子についての美辞麗句が並んでいるだけで、何をもって『有事』とするのか、まったく意味が分からない。ただその最後の一文にだけ、剣呑な雰囲気が漂っている。

 昭国との戦いを指しているのならば、言わずもがなだ。郭将軍の使命は国を守ること。今さら文に書かれなくとも十分承知している。

 

「で、この書状と一緒に贈られてきたのが、大量の祝いの品よ」


 使者が馬に積み運んできたのは、郭広永への誕生祝いの品だった。金や銀の食器に、色とりどりの反物、その他諸々。

 ただそれらを受け取った郭将軍がまず戸惑ったのは、自分の誕生日がまだ先だということで。

 

『わし、誕生日半年も先なんだがな……』

『ご存知なかったのでしょう、父上!』

『だろうな! はっはっは!』


 しかし、戸惑いの理由はもう一つあった。郭広永は劉仲孝と秀蓮を通じた縁戚関係とはいえ、普段まったく親交が無い。そこへ突然の誕生祝い。いったいなぜ。

 ともかくも。まだ早い誕生祝いを快く受け取って、郭親子は使者を見送るのだった。

 だが、親子はちょいバカながらも若干の怪しさを感じていた。だから祝いの品に封をして、一切手をつけず蔵へしまい込んだ。もしもの時には、すぐにつき返せるように。

 ここで郭将軍一家の話はいったん終わる。


 秀蓮の話を聞き終えて。

 皆難しい顔で考え込んでいる。

 皇太子。劉仲孝。第二太子。

 宮中に渦巻く権謀術数が、どうやら楼安関という僻地で表出したようなこのいきさつ。現状、秀蓮が持ってきた情報からは霊薬(エリキサ)のにおいはしない。しかし、どうにもきな臭い話だ。

 

「私としては、物の怪退治に来たのが一番の目的だけれど……お義父様が父上に、ぜひこの話を伝えてほしいと言っていたわ」


 秀蓮はじっと父親を見つめながら言う。


「もしかしたら、宮中で近々何か起きるかもしれない。そのとき何も兆しを知らないより、少しでも情報を持っていた方が後々のためになるだろうと」

「そうか、広永殿が……」


 娘の言葉を聞きながら、崔知府は感じ入ったような口調。

 秀蓮の輿入れ以前から親交を持つ、遠い友人同士。バカはバカでもバカ正直な郭将軍は、ありのままを伝えてくれたわけだ。

 

「うーん、太子二人が何やら反目しあっているのは分かるけど……」


 聞き終えて、黄雲はぶつぶつと眉をしかめて考え込んでいる。彼の役割は霊薬(エリキサ)を雪蓮から祓うこと。ゆえに霊薬(エリキサ)につながる情報がほしいところだが。


「師匠、どう思います?」


 宮中の事情からどう霊薬(エリキサ)につなげたものかさっぱり分からなくて、黄雲は清流道人の方を向いた。

 

「うーむ……」


 師匠も難しい顔をして、ただひたすらうなっている。

 

(考えても答えは出ないな、こりゃ)


 とにかく、宮中……特に第二太子勢力がなんとなく怪しい。

 黄雲はそんなふわっとした感想に至るのだった。

 

「ところで」


 不意に秀蓮が、少々低い声を出す。じろり、と彼女が睨みつけるのは、清流堂の面々で。

 

「あなたたち! さっきからしれっと居座って聞いてるけど、これ極秘の話だからねっ!」


 そして秀蓮、実は室内に持ち込んでいた偃月刀を手に取り、バビュンと振りかざして威嚇する。

 

「そこの美丈夫も不思議ちゃんも、変態もおっぱいもちんちくりんも! ひとたび口外してみなさい、この崔秀蓮の刃が地の果てまで追いかけて! 斬り刻んでその肉を塩漬けにしちゃうんだから!」

「…………」


 もちろん皆、口外する気など無いが。

 牙を剥く楼安関の女夜叉に、一同再びぐったりするのであった。

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