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3 惨劇(※挿絵あり)

「ぜっんっら! そーれぜっんっら!」


 イキイキと囃したてるクソニンジャの、鬱陶しい声が部屋に響く。

 雪蓮はわなわなと震えていた。突きつけらた要求は、全裸。

 黄雲との秘密をバラされたくなければ全裸。ニンジャの前で全裸。

 

(できるわけないわっ!)


 蒼白な顔面で令嬢、頭を抱える。

 このままでは全裸。

 

(だめだわ雪蓮! お嫁に行けなくなっちゃうわっ!)


 良家の子女たる者、他人の目の前で易々と裸体を晒すものではない。別に良家関係なく常識的に一般的に、裸体は人前に晒すようなものではないが。

 しかし困惑極まる雪蓮をニヤケ面で愉しみつつ、巽は一気呵成とばかりに急かしたてる。

 

「はいっ、悩んでるヒマがあったらさっさと脱ぐ! みっつ数えてさあ全裸! あそーれ、いー! あーる! さーん!」

「ひええええ、待って待ってー!」


 わたわたと両手をバタつかせて雪蓮は全力で待ったをかけるが。極悪変態クソニンジャ、「はーい待ってはもう聞きませーん」と小憎たらしいことこの上ない。

 裸形を要求されて、急かされて。

 焦りに焦る雪蓮の脳裏にふと、とある過日の出来事がよぎった。

 

 

 それは黄雲と市場へ買い物へ行った時のこと。

 雪蓮の目の前で、屋台のおやじを泣かさんばかりのえげつない値切り術を披露した黄雲が、こう教えてくれたのだ。

 

『いいですかお嬢さん。先方の言うままを鵜呑みにするなど愚の骨頂。少しでも得をするためにはとにかくどんどん切り込んで、相手と自分との落としどころを探るんです』

『落としどころ……』


 このとき雪蓮は呆れながら、彼の高説を聞いていた。黄雲に落としどころのはるか先まで押し切られ、スズメの涙以下にまで値切られた儲けにトホホ泣きしている店主(おやじ)の前で。

 

 

 しかし。


(そうよ、落としどころを探らなきゃっ!)


 今はあの高説が、違った意味で活きてくる。


──大丈夫、きっと活路は開けるはず!


 雪蓮は顔を上げた。絶望の状況に光明を見出した気がして、自然表情は凛と引き締まる。

 五里霧中、全ての袋小路で全裸が待ち受ける迷路から、いま脱出のとき!

 

「巽さんっ!」

「お、おう!?」


 急に面構えの変わった雪蓮に、巽は少々驚いた表情。そんなニンジャへ、雪蓮きっぱりはっきり。

 

「申し訳ありませんが、全裸だけはぜったいイヤですっ!」

「ええ~……?」


 昂ぶった期待を裏切られ、巽は明らかにがっかりした声。飲まれなかった要求に、ニンジャはこう言うしかない。

 

「んー、じゃああいつをぶちのめしてみんなに言いふらすけど? んじゃさっそく……」

「巽さん、まだ私の話は終わっていないわっ!」


 巽の言葉を遮って、雪蓮はなおも続ける。

 

「いいですか。全裸になるのだけは絶対にイヤですけど! 他のことで私にできそうなことであれば! 喜んでその提案を飲みましょう!」

「……なんか黄雲の野郎みてえな口上だなぁ」


 雪蓮の抗弁に、巽はなんだか複雑な表情だ。純真無垢だった少女は着実に、かの守銭奴に毒されている様子。

 それはさておき。巽はうーんと唸る。全裸拒否は残念だが、このスケベ、女子にやってほしいことなど他にいくらでもある。

 

「そうだ!」


 思いついた様子の巽。ポンと手を打ち得意顔のニンジャへ、雪蓮は「どうします?」と先を促す。

 さすがに全裸以上にひどい提案はないだろう、と少女は甘く見積もっていたが。

 

「じゃあ俺が木氣を送り込んだ植物に、全身をいやらしくさわさわされるなんてどう?」

「えっ……」


 考えが甘かった。それはそれで嫁に行けない。

 

「ちっ、ちがうのでお願いしますっ!」

「ちぇっ、わがままなんだから。じゃあ……」


 ニンジャ、暫時思考。そして。

 

「全裸がイヤなら一部だけ晒すのはどう? おっぱい? しり? それとも……」

「むむむ無理ですっ!」

「なら俺秘蔵のスケベな官能小説を音読、そりゃもう情感たっぷりに」

「むりむりむりっ!」

「じゃあ俺のふぐりを踏んでくれ!!」

「いやあああああっ!」


 並べ立てられる性欲に満ちた要求。あんまりにもあんまりなその内容に、雪蓮は極限の赤面を披露しながら精一杯の拒絶を示した。

 最終的には息を荒げてぜーはーと、もうなんとも疲労困憊の様相である。

 

「なんなのせっちゃん。全部ダメじゃん」

「ええ……?」


 まるでこちらが悪いような言いっぷり。もはや言葉もない雪蓮に、「それじゃあ……」と巽はさらに己の願望を探っている様子。

 

「おっ、そうだ!」


 思いつき、巽は明るい表情で言う。

 

「んじゃ、俺の尻をぶっ叩いてくれ!」

「…………」


 平時ならばこの要求、頭おかしいんじゃないかと思ったに違いない。

 しかし雪蓮。山と積まれたスケベ事項に頭はクラクラ、判断力はすっかり摩耗して、鈍りに鈍っていた。

 

「じゃあ、それで……」


 尻をぶつくらい、今までのに比べたらわけはない。雪蓮は憔悴の面持ちで条件を飲むのだった。ともかくここが『落としどころ』。

 しかし試練は終わらない。話がまとまるやいなやこのクソニンジャ。

 

「よっし、決まりな! じゃあ武器なんだけどさあ」

「武器?」


 突然武器などと穏やかではない単語をつぶやいて、ひょいと天井裏へ飛び上がる。天井裏への滞在は一瞬で。

 シュタッと戻ってきた彼のその手には。

 

「これで俺のケツをぶっ叩いてほしいんだ!」

「こ……これは、狼牙棍(ろうがこん)!」


 あまりにも禍々しい形状のその武器。狼牙棍という武器で、長い柄の先端に鉄の重りを付け、さらにその重りを鋭い鉄の棘がびっしり覆っているというものだ。

 こんなものをどこから調達し、どうして雪蓮の部屋の屋根裏に隠し持っていたのか。巽はその理由を語らず、期待の眼差しで狼牙棍を差し出すのみ。

 確実に敵を屠るために作り上げられた、殺意に満ちた武器。クソニンジャはそれで尻を叩けという。

 

「いや、せっちゃんに直接尻をぶってもらうのもやぶさかではないんだけどさぁ……ほら俺、女の子に触られたら死んじゃうから」


 てへへ、となぜか照れながら巽は続ける。

 

「だからこいつを使ってぶん殴ってほしい! 俺の尻を!」

「狼牙棍で……巽さんのおしりを……!」


 雪蓮の頬を、困惑の気持ちが生み出した汗が伝っていく。

 

(おかしい……おかしいわこんなのっ!)


 全裸の危機を乗り越えたはずなのに。自分になるべく害のない、無難な要求を飲んだはずなのに。

 凶悪武器で自分の尻を叩けと、嬉々として四つん這いになっている目の前の男。

 叩くしかないのか。叩かねばならないのか。

 逡巡して雪蓮、狼牙棍を手に取った。

 

「さあ、バッチコイ!」


 少女が意を決した気配をさとって、巽はパーンッ! と尻を叩く。

 戸惑いと戦慄と、少々の恥じらいと。

 全てを胸に押し込めて、ええいままよと雪蓮は狼牙棍を振り上げた。

 

「え、えいっ!」


 ちょん。

 さすがに思い切りは無理で。雪蓮は無難に鉄の棘の先で尻をつついただけである。

 もちろん変態、この程度ではお気に召さない。

 

「こらせっちゃん! 手加減不要、殺す気でこいっ!」

「だ、だって……!」

「あともっとなんかこう! 蔑んで!」

「えええっ?」


 巽は力加減だけではなく、演技にもいちゃもんをつける。この変態が言うには。

 

「いいかい、尻への一撃が重ければ重い方がいいのは言うに及ばず! さらにぶっ叩きながら俺のことを罵倒してくれればなお良し!」

「え、ええ!?」


 そう、罵詈雑言をご希望とのこと。

 と言われても、雪蓮生まれてこの方、人を罵倒したことなどまったく無い。一生懸命頑張って考えて、やっと一言二言ひねりだす。

 

「ば、ばーかっ!」

「ぬるいわっ!」

「あ、あほーっ!」

「ガキの遊びじゃねえんだぜせっちゃんよ!」

「ひーんっ!」


 箱入り娘は半泣きである。巽はご立腹だが、雪蓮の罵倒に関する語彙は早くも尽きてしまった。

 

「ったく、しょーがねえなぁ……」


 呆れ果てた巽は、仕方なく罵り言葉の指南を始める。


「せっちゃん。いいか、尻に一撃加えながら『ブタ野郎!』、はい復唱」

「ぶっ、ぶたっ!?」

「復唱ってば!」

「ブ、ブタヤロー……」


 あまりにも下品極まりない言葉。雪蓮は恥ずかしさのあまり、目をそらして棒読みだが。

 もちろん巽先生が及第点をくれるはずもない。

 

「ちゃんと感情がこもってない! やり直し!」

「ひえええっ! ぶっ、ぶたやろおっ!」

「ぜんっぜんだめっ! ほれもう一回!」

「ぶたやろーっ!」


 あわれにも雪蓮は、『ブタ野郎』なる言葉を何度も何度も繰り返し復唱させられた。目の前の、四つん這いの黒ずくめ男に。

 嫌な言葉を何度も繰り返し要求され。雪蓮の心には次第にふつふつと怒りが湧いてきた。

 そして。

 

「このッ……ブタ野郎ッ!!」


挿絵(By みてみん)


 四十八回目にして、ついに台詞は迫真の境地。

 

「イイネ!」


 グッと親指を突き立てて、ニンジャご満悦。

 そして本番、(いー)(ある)(さん)


「このブタ野郎ッ!」

「ぉおうっ!」


 覚えたての罵り言葉とともに加える一撃。腰を落とし捻りを入れて、黒ずくめの尻に深々食い込む狼牙棍。


「こんのブタブタブタ野郎ッ!」

「いいぞいいぞ! 次はこれも言ってみて!」


 巽は叩かれながら恍惚の表情、ながらもどこか余裕で、懐からペラリと紙を取り出して雪蓮へ見せる。

 罵倒と責めに必死の雪蓮、特段疑問を感じることなく紙の台詞を読み上げる。もちろん迫真の演技で。

 

「虐げられて嬉しいのねっ、このブタがっ!」

「はいおっしゃる通り!」

「お望み通りガンガン責めに責めて! その尻すり潰してくれるわヘンタイ男っ!」

「あソーレ、いっとあはれ! いっとをかし!」


 巽が加える謎の掛け声の中。

 雪蓮は狼牙棍を振るい続けた。そこそこに重量のある武器だが。

 少女、華奢な体に纏うしなやかな筋肉で効率良く膂力(りょりょく)を生み出し、遠心力で加速もつけつつ軽々と狼牙棍を扱っている。

 武芸の技と知識を活かし。最小限の筋肉の活動でもってして、最大限の攻撃をにっくき尻へ。そして口から次々飛び出す罵詈雑言。なぜだかちょっと気持ちいい。

 そんなわけで、雪蓮は巽の要求に応えようと必死だった。必死過ぎた。

 だから、「ちょっと失礼します!」と部屋の扉の外から呼ばう黄雲の声にも、気付かなかった。

 

「何やってるんですか騒がしい! 巽もここで何を……」


 言いながら黄雲が扉を開く。


「ここがいいのかいブタ野郎! 尻をぶたれて気持ちがいいのねブタ野郎!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 黄雲が開いてしまったのは、新世界への扉だった。

 

「ほんとどうしようもないブタやろ……」

「お、黄雲」


 新境地を開拓していた二人も気付く。呆然自失の、黄雲の視線に。

 

「…………」

「…………」


 宇宙の深遠よりも静かな、無音の寸刻。

 

「なっ、なっ……」


 あんまりにもあんまりな光景に、やっとのことで我を取り戻した黄雲が震える手で二人を指差そうとする。

 

「な、なにしてんですかお嬢さん! もしやそういうご趣味が……!」

「!」


 まずい。誤解されている。

 そう思った瞬間。

 少女の行動は素早く、かつ冷静だった。

 

「ふっ」


 巽の尻に向けていた狼牙棍、狙いを今度は黄雲へ定め、雪蓮は投擲の構え。予備動作は一瞬で。そして投げられる凶器。

 黄雲が反応するいとまはなく、狼牙棍、部屋を貫くように標的めがけて一直線。

 

「ごふっ」


 かくて狼牙棍は黄雲の額へガツンと一撃必中。この間一瞬の出来事。

 あわれ黄雲は鮮血をまき散らしながら昏倒した。倒れるついでに、背後の壁に盛大に頭をぶつけてくずおれるという不憫さ加減。

 床に落ちた狼牙棍が、ガゴンと重い音を響かせる。

 

「よしっ!」


 標的の沈黙を確認して、雪蓮は頷くが。

 

「……よくないっ!!」


 どう考えても、鈍器を投げつけて男子を気絶させしめるという所業を乙女がしていいはずもなく。

 

「ひえええっ! ごめんなさい黄雲くん!」


 先ほどまでの冷静さはどこへやら、雪蓮は慌てて黄雲へ駆け寄った。黄雲、再び白目をむき、今度は額からどくどくと血を流している。

 

「うわーん! ごめんね黄雲くん!」

「ああこんなところに、金銀真珠の(たまわ)りもの……」


 やはり黄雲、何やら幸せそうなうわごと。今にも冥府へ旅立ちそうだが。

 

「加減したからっ! 死なない程度に加減したからっ!」


 だから死なないでお願いとばかりに、雪蓮は半泣きで焦る焦る。そんな彼女の背後から。

 

「あーあ、せっちゃんついに殺したか!」

「こっ、殺してないっ!!」


 心無いひと声をかける巽である。言い返す雪蓮に「ヘイヘイ」と適当な相槌を打ち、ニンジャ、意外にも。

 

「ともかく止血してやらにゃならんな。せっちゃん手伝ってくれ」


 懐から止血用の包帯を取りだし、てきぱきと処置を施し始める。

 

「巽さん……」


 彼の指示に従って手伝いつつ、雪蓮は意外な一面を見たように思う。

 巽がこういう応急処置の術を知っているのは、ひとえに彼が忍者であるがため。潜入先で頼れるものは己の身一つ。ゆえにある程度の手傷の処置はお手の物というわけだ。

 しかしその能力を、普段反目してばかりの黄雲へ奮ってくれるとは。

 

(ただのヘンタイさんじゃないのね……)


 雪蓮、ニンジャの手際の良さに感心しながら少しあたたかいものを感じるが。


「あっ、俺もケツ血まみれだわ。ちょっと脱ぐから包帯巻いてくれるせっちゃん?」


 血濡れの尻を向けられて、あわや生ケツ御開帳。

「脱がないでくださいっ!」と涙目で拒絶するほかない雪蓮であった。

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