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4 守銭奴の長広舌

 亮州城内、西の街筋。

 

「ねえねえ、先生聞いてるー?」

「さっきの探し物さ! おれ一番がんばったよな!」

「お、おれも!」

「はいはい、みんなよく頑張ってくれたな」


 ひと仕事終えて、清流道人は三人の子どもたちとともに路地を歩いていた。

 失せ物は無事、見つかった。箪笥の裏から。

 胸がつっかえて取れない清流に代わり、子どもたちが入れ代わり立ち代わり隙間に手を伸ばし、見事依頼を達することができたのだった。

 

「お陰さまで、お布施もたんまりいただけたよ。ありがとう」


 報酬の入った布袋をじゃらじゃらさせながら清流が礼を言えば。


「じゃあなんかおごってよ、先生ー」

「そうだそうだー」

「はっはっは、兄貴分に似てゲンキンな奴らめ」


 一筋縄ではいかないたくましい子どもたちに、清流は(まなじり)を下げて笑っている。アクの強い弟子に比べれば、まだまだあどけなく可愛いものだ。

 のほほんとした、日常の一幕。

 そんな中突然だった。

 

「!」


 突如街中に噴出した氣の奔流。量も密度も恐ろしく濃厚なその氣は、街の南方、ちょうど清流堂がある辺りから立ち昇っている。

 

「こ、これは……!」


 道人は顔を強張らせ、慄然(りつぜん)としつつ南方へ視線を向けた。

 

「先生ー?」

「どうしたのー? 更年期?」

「おいババア! 五百年モノババア!」


 ここぞとばかりに子どもたちがとんでもない暴言を吐くが、清流それどころではない。

 

「い、いかん! この氣は!」


 言いつつ盛大に焦った調子で、清流は銭の入った布袋を子どもたちへ突き付ける。

 

「お前たち! これをやるから、市場で好きなものを買って食べてなさい! ただし、しばらく清流堂へ近づいてはならん!」

「分かったよ先生!」

「よっしゃ儲けた!」

「豪遊ね豪遊!」


 いやっほう! と子どもたちをはしゃがせて清流、堂の方へ向かおうとするが。

 向かいかけたその足を、背後から響く声が制止させる。

 

「もし、そこの女性(にょしょう)


 朗々と響く、男の声。

 思わず振り返った清流と子どもたちの視線の先には。

 足元に黒い犬を連れ。虎体狼腰(こたいろうよう)黒髪白皙(くろかみはくせき)、容貌秀麗なる美丈夫がひとり。

 しかと拱手して頭を下げ、美丈夫は怜悧な瞳をこちらへ向けつつ言葉を紡ぐ。

 

「……清流堂の、清流道人とお見受けいたす」

「いかにも、そうだが」


 清流は訝しみながら答えた。住まいの道廟より立ち昇る仙氣もさることながら、この男からも並々ならぬものを感じる。

 この美丈夫。あまりに堂々たる男っぷりに、普段は「男は中身」と主張してやまない女の子の遊も思わず、「まあ……」と頬を染めていて、逍と遥は少々面白くなさげな気配。犬はハッハッと元気そうに尻尾を振っている。

 

「貴殿は?」


 問う清流に男は。

 

「先に名乗っては、おそらく信じてもらえますまい。まずは」


 男の涼やかな目元が、微笑を浮かべたと見えた時。

 ふわり、と風が舞い、あたりに銀光が閃いた。

 まぶしさに一同が目をふさぎ、少ししてようやく見開くと。

 

「なっ……!」


 目の前に立つ男の衣装は、一瞬のうちに鎧武者へと変貌を遂げていた。

 銀色の甲冑の上に壮麗な模様の入った戦袍(せんぽう)を重ね、左袒(さたん)して左肩の豪華な肩当てを日の下に晒している。その手には、尖端が三つ又に分かれた大刀が握られていた。

 そして何よりも。

 男の額の真ん中へ、縦に現れる線。

 ぎょろり。

 

「わっ!」

「三つ目だ!」

「三つ目男だ!」


 ぎょっとしながら子どもたちが騒ぐ。

 額の縦線が左右に開き、現れたのはみっつ目の眼球。そしてあたりにほとばしる、清流堂から湧く奔流と同様の氣。

 

「三つ目の、神将……!」


 清流道人は知っている。神犬を連れ三つ目を持ち、三尖両刃の宝刀を携えた美丈夫の天仙の伝承を。

 

「お初にお目にかかる」


 美丈夫は湧き出でる氣の奔流に戦袍をはためかせ、涼しい表情で告げる。

 

「私はしがない天仙。顕聖二郎真君けんせいじろうしんくんと、皆からは呼ばれております」

「二郎真君だと……!?」


 予想はしていたが、実際そう名乗られると目を見開かずにはいられない。

 美丈夫――二郎真君は、清流道人の驚愕の眼差しを受けつつ、言葉を続ける。

 少々、弱ったような声音で。

 

「実は、道に迷いまして」

「……は?」


------------------


「お断りします」


 本堂の祭壇前。

 黄雲は那吒(なた)へ、きっぱりとそう告げた。

 

「……え?」


 その言葉に耳を疑ったのは、他ならぬ雪蓮だ。

 金か雪蓮か。その選択肢で、黄雲が選んだのは雪蓮。

 少女は思わず飛びつくように問いただす。


「なっ、なんで!?」

「なんでって、あなたがそれを聞きますか?」

「オレにも聞かせてほしいね、理由をさ」


 ぷかぷかと宙に浮きながら面白くなさそうな態度で、那吒も問う。

 

「お前はさっき、金と銭以外の目的などないと言っていただろう。そんな奴がこの金の山を選ばないとは……矛盾だな」

「そうですか? 僕の中では一切矛盾などしていないのですがね」


 そう応じつつ、黄雲はにやりと笑う。その笑みに「ほう」と興味を動かされたのか、那吒は黄雲に続きを促した。

 

「一応聞いといてやろう。詳しく語ってみるがいい」

「ならばお言葉に甘えまして」


 おほん、と黄雲は咳払い。

 那吒と雪蓮が耳を傾ける中、強欲守銭奴は語り出す。

 

「那吒殿。あなたは清浄な仙宮にてお住まいゆえ、俗世の些事に疎いものとお見受けいたします」

「いきなり無礼だなてめえ」

「まあまあ。して、下界で商売を行う上で、一番大事なものは何だと思います?」


 黄雲の問いに、那吒はしばし思案顔。ふと思いついたのか、得意顔で口を開く。

 

「そりゃ当然、元手だな」

「まあそれも重要ではありますが」

「なんだ、違うのかよ」

「ええ。正解は、信用ですよ」


 言いながら黄雲は、雪蓮を指し示す。

 

「いま僕は、こちらのお嬢さんの父君であらせられる崔伯世知府よりご依頼いただいて、彼女をお守りしています。そう、報酬を頂いて」


 清流堂の師弟は、雪蓮の中にある怪異を祓い、かつ守護することを崔知府より依頼されている。報酬は一部前払い、以降は月ごとに必要経費など諸々込みの額を受け取っている。

 

「報酬を頂くということは、すなわち信用を得たということ。崔知府は僕らを信頼してくれたからこそ、毎月それなりの報酬を我らへお与えくださるのです」

「毎月……そうだったの……」


 自分のことなのに知らなかった雪蓮はさて置いて。


「このように信を得ておりますゆえ、それを裏切ることはできかねます。もし信を失えばどうなるか」


 信用を失えば。

 此度の依頼主は亮州知府。もし娘である雪蓮を売り飛ばすような真似をすれば、即刻処刑は免れない。

 しかし、例え依頼主が知府でなくとも。処刑されなくとも。

 

「信用を失った者に、どうしてその後、依頼をする者がありましょうや。あなたは途中で物事を投げ出すような者に、頼みごとができますか?」

「…………」


 問いかけに、那吒は無言だ。じっと見つめて、黄雲に弁舌の続きを促す。

 

「ゆえに。この金塊を受け取れば、僕は信を失います。信を失えば、このさき商売ができなくなる」

「ならば、商売をしなくても将来安寧な程の大金をくれてやる……と言えば?」


 那吒は急に黄雲の弁に口を挟んだ。言いながら、腰の小物入れから取り出すさらなる金塊。その顔には、意地の悪そうな笑顔。

 対する黄雲、挑むような瞳で応じた。

 

「見くびらないで頂きたいものですね! 僕はいっときの大金に満足し、その後一銭も稼がなくなるような凡愚ではない。例え一度に得る銭は少なくとも、一生涯かけてせこせこ稼ぎ続けるのが、この黄雲!」

「え、えーと、つまり……」


 少々理解が追いつかなくて、那吒と雪蓮は心中彼の言葉を反芻(はんすう)し。

 やっとその言葉を飲み込んだ那吒が、呆れたようにこうつぶやく。

 

「なるほど、黄雲よ……お前はつまり、金稼ぎにあくせくする一生を望んでいると。そういうことだな?」

「そう、その通りですよ! 他者から信を得つつ、こつこつ地道に稼いで一財成すが我が大望!」


 我が意を得たりとばかりに、黄雲はにやっと笑って見せる。

 対する那吒、ますますもって訳が分からない。

 

「意味わかんねぇ……同じ金を得るなら、手っ取り早く大金を手にする方が断然いいじゃねえか」

「全然よくありません。信を棄てて得る金など、僕はいりません」


 きっぱり。

 断じる黄雲へ、雪蓮は熱く視線を注いでいる。

 

(黄雲くん……!)


 雪蓮は今まで誤解していた。

 この少年、ただの拝金主義のクソ野郎ではない。


(だいぶこじらせた守銭奴だったのね……)


 視線には少々、困惑が混じる。今まではなりふり構わず金儲けに走っているものと思っていたが、実は彼なりの思想信条があったとは。

 しかしこの守銭奴が、彼なりの思想信条に従った上で。

 金よりも、雪蓮を選んだ。

 

(私を……)


 きゅんとしているところ不躾だが、黄雲が選んだのは知府からの信用である。

 

「ま、たまには誇大広告を打ったりしますけど」


 黄雲は悪びれぬ顔で続ける。

 

「基本的に僕は、頂いた銭に見合った働きはしますし、金を払ってくれた方の信用は裏切らぬつもりです。なぜなら」


 太めの眉を、きりっとさせて。

 

「僕のすることに、価値を認めてくれたからです」


 腕を組み、誇らしげに少年は言い切った。

 

「なるほどな」


 言葉とは裏腹に、「全然分からん」と言いたげな呆れ顔で那吒は相槌を打つ。

 

「よーく分かった。お前がオレのせっかくの提案を無下にした、ってことはな」

「まあ……そういうことになりますね」

「よしっ、ならば!」


 パチン、と那吒が指を鳴らす。

 すると、地面へ無造作に投げられた金塊は金色の光へ変わり、那吒の小物入れへ吸い込まれて消えた。

 

「ああっ、金塊が!」

「いらねえんじゃなかったのかよ! ともかくだ! 交渉決裂ってことで!」


 那吒は身構える黄雲へ、金環——乾坤圏(けんこんけん)をかざす。

 

「お前の商売の道ももはやこれまで! その女の目前で、貴様の脳漿ぶちまけてくれるっ!」

「の……望むところ!」

「待って!」


 途端に緊張感を帯びる空気の中。雪蓮は黄雲と那吒の間に割って入る。

 

「下がってくださいよ、お嬢さん!」

「いやよっ!」


 黄雲をかばいながら、雪蓮は叫ぶ。脳裏に蘇るは数日前、目の前で腕を焼かれた黄雲の姿。思わず目尻にこみ上げる涙。

 

「もうあんなの絶対いやっ! また黄雲くんが怪我したら、私、私……!」

「いや、そこにいたら邪魔なんで、どいてくれます?」

「おう、ほんと邪魔」

「うぅっ……」

 

 健気な彼女を、敵同士のはずの二人は息を合わせて邪険に扱う。

 立ちはだかる雪蓮に、那吒、盛大にため息。

 

「そこにいられちゃ、間違ってお前の脳天を割っちまいそうだ。女に関しちゃ、はらわたはさいても脳天を割るつもりはないんだがな……」

「どっちも同じく死んでしまいますが」

「殺さぬ程度にっつってんだろ!」


 黄雲の冷静な指摘へ短気に反応して、那吒は二人に対する方針を決める。

 

「よし、分かった。乾坤圏でまず女の足の骨を砕き、それから貴様の脳天をかち割ってやろう、そうしよう!」


 言うなり那吒、乾坤圏を振り上げる。

 振り下ろされる、その前に。

 

「お嬢さん!」

「わっ!」


 黄雲は後ろから雪蓮を抱きすくめるようにして、地面へ伏せた。その直後。

 

「さあさあ脳漿っ!」


 もはや「ぶちまけろ」を省略して、那吒は乾坤圏を投げつける。

 ところがそこへ、一声。

 

「とってこい!」


 不意に割って入る、朗々とした男の声。

 地に伏せる黄雲と雪蓮の前に、黒い影が飛び込んで。

 

「ワン!」


 影は飛来する金環を、見事に咥えて着地。

 それは犬。黒い毛並みの、大きな犬だ。

 

「あ、あれっ? お前……」


 突然のことに、那吒はすっとんきょうに驚いていて。

 

「な、なにが……?」

「重たい……」


 黄雲を上に二重に重なっている二人は、いつまでも脳天を襲ってこない乾坤圏に、やっと目を開く。

 そこへ、朗々たる声がもう一度。

 

哮天犬(こうてんけん)、こちらへ」

「ワン!」


 黒犬は金環を咥えたまま器用に吠えて、声の方へ走っていく。

 その先に。

 清流道人や三人の子どもたちを従えるようにして、門から一人の男が近付いてくる。

 つややかな黒髪に白い肌、涼しい顔立ちに白銀の甲冑、三尖刀。そして。

 那吒同様、一帯を圧倒する仙氣に、額から周囲を睥睨(へいげい)する第三の目。

 美しくも異様な出で立ちに。

 

「まあ……」


 黄雲の下の雪蓮が見惚れている。

 

「よくやったぞ、哮天犬」

「ハッハッハッ!」


 黒犬から金環を受け取りその頭を撫で、美丈夫は三人のいる本堂へと上がり込む。

 

「天仙……新手……?」


 黄雲はどんよりとした声でつぶやくが、この美丈夫、どうもそういう雰囲気ではない。

 美丈夫は受け取った乾坤圏を振り上げて。

 那吒の頭をぽかり。

 

「いってぇーー!!」

「那吒、この粗忽者(そこつもの)め」


 涼やかな声で那吒を叱り、美丈夫は黄雲と雪蓮へ、丁寧に拱手してこう名乗った。

 

「お初にお目にかかる。私は二郎真君」


 美丈夫——二郎真君は、続ける。


「この那吒が勘違いを起こし、ご迷惑をお掛け致した。この者の非礼、私が代わってお詫びしよう」

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