表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/147

4 有料道案内

「ほう、道が分からないと」


 頭を抱えてうずくまる雪蓮へ、少年の声が降ってくる。彼の目線は品定めでもするかのように、じろりと少女を見回した。

 

「どうしましょう……お母さまに怒られてしまう……」

「何なら道案内しましょうか、僕が」


 焦りに満ちていた雪蓮だったが、地獄に仏渡りに船、少年の申し出に顔色は薔薇色にほころんだ。

 

「ええっ、いいの!?」

「ええ、ええ。よござんしょ」


 快諾する少年。雪蓮は「やったー!」と喜色満面、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。しかしうまい話には必ず裏があるもので。

 

「じゃ、案内料」

「案内料?」


 彼の差し出した手のひらと言葉の意味が分からなくて、雪蓮は首をかしげた。

 少年はさらにずいっと手のひらを突きつける。

 

「案内料ですよ、決まってるじゃないですか。まさかタダで案内するとでも?」

「え、え、あの……」


 少女にとっては思わぬ事態だった。世間知らずなこの身、まさか道案内に料金が必要などとはつゆ知らず。そうなのね、街ってそうなのね。何にでもお金がかかるものなのね。

 しかし残念なことに。

 

「わ、私……今、お金持ってなくて……」

「へぇ? それは妙ですね。そんな高そうな服を着て、やんごとなさそうな身なりのくせに」


 じろり。少年は再び品定めの視線をこちらへ向けた。雪蓮の着ているものは、なるほど、しっかりとした生地に上品な刺繍の、いかにも典雅な仕立ての逸品である。きらびやかな帯には、チャラチャラと帯飾りが揺れている。


「いやはや、そんなご立派な身なりで、文無しとは片腹痛い」


 相も変わらずこちらを見つめる視線は無遠慮で、居心地悪い。雪蓮は謝る必要もないのに、「ごめんなさい」となぜかつぶやいてしまった。

 

「あ、あの。私これで……」


 とにもかくにも、少女は文無し、少年にも利益は無く。ふたりの会話もこれまでと、雪蓮が踵を返した時だった。

 

「ま、別にお金が無くてもいいですよ」

「えっ!?」


 再びの渡りに船。嬉しげに振り返る雪蓮へ、少年は人差し指を突きつける。

 指の先が向けられているのは、雪蓮の腰のあたり。チャラチャラ揺れている、白玉の帯飾りだ。

 

「その帯飾りで手を打ちましょう」


-------------------------------------


 黄昏時の街中を、「こちらです」と先を行く少年に続き、雪蓮は左手側に日の入りを感じつつ早足に歩いていた。前を歩く少年の長い後ろ髪は、うなじのあたりで一つにまとめられていて、夕焼けの中をゆらゆら揺れている。

 帯飾りを惜しいと思う気持ちは、ほとんど無かった。

 同じような帯飾りを、雪蓮はいくつも持っている。両親が買い集めてくれたものだ。彼女は知らなかったが、それらは西方産の貴重な玉であった。

 少年がその価値を知っていたのかどうか。彼は先ほどから戦利品を握りしめて、どことなくホクホクと機嫌良さそうである。

 それにしても。

 雪蓮は周囲を見渡した。先ほど歩いていた市場のあたりとは打って変わり、人数少なく物寂しい界隈である。少年によると、こちらの道の方が早く目的地へ着くそうだ。

 市場があった場所は広く開けていたが、ここはやたらと建物でひしめいている。その建物も平屋が多い。それぞれの家屋の間には水路が引かれ、その上をいくつも橋が通っていた。

 入り組んだ道筋を、少年は慣れた足取りでスタスタと歩いて行く。

 

「……ちょっと聞いてもいいです?」


 歩きながら声だけが雪蓮へ問いかけた。

 

「さっきの話、本当なんです?」

「えっと……」

「あなたが知府の娘だという話」


 今度は胡乱げな目がこちらを向く。明らかに疑っている様子である。

 


「ほんとうです!」


 言い張る雪蓮。少年はなおも疑惑の視線だ。

 

「その割には(とも)も連れず」

「うっ!」

「金も持たず」

「うぅっ!」

「挙げ句の果てに迷子ときた」

「うううっ!」


 ずけずけと痛いところを突いてくる。そしてひとしきり疑念をぶつけてきたわりに。

 

「まあ、何だっていいですけどね」


 手に持った帯飾りをチャラリとかざして、今度はあっさり満足顔。「先を急ぎますよ」と何事も無かったかのように、歩を進める。何とも自分勝手な少年である。

 

「あ、あの。私も聞いてもいいかしら?」


 隣に並びつつ問いかける雪蓮に、「なんです?」と少年は前を見たまま先を促す。

 

「あなた、お名前なんとおっしゃるの?」


 自分勝手ながら、なんのかんのと案内をしてくれる少年に、雪蓮はいっそう興味がわいていた。道服を着て、しっかり世間を知っている彼に、なんとなく頼もしさを覚えたのかもしれない。

 

「あ、そろそろ知府邸ですよ」


 しかし質問ははぐらかされた。少年が名乗りたくなかったのか、それとも単なる間の悪さか。知府邸は確かに、前方の建物と建物の隙間に見えている。

 

 しかし。

 

「うわ、すごい警備」

「ほんとうだ……」


 少年が物陰に隠れながら、思わず声を上げた。

 往時にはいなかった、おびただしい数の兵。戦でもすんのかい、とつぶやく少年の隣で、少女はその理由が分かってしまった。

 

「さ、探してるんだ……」

「探してるって……まさか」

「私を!」


 たらり。冷や汗をかくふたりの目の前、屋敷の前には雪蓮も見覚えのある人物が門から現れた。

 

「良いか皆の者!」


 声を張り上げるその人は、亮州知府・崔伯世(さいはくせい)その人だ。


「我が娘・雪蓮が突如として我が屋敷から姿を消した! 十三年間、屋敷から出たことのない我が娘がだ!」


 すぅ、と一呼吸おき、知府はさらに声を張り上げる。

 

「さあ、我が娘をかどわかした不届き者を引っ捕らえよ! 雪蓮をいち早く保護し、下手人を八つ裂きにするのだ!」

「おおー!」


 鬨の声が上がる。

 一部始終を眺め、少年は少女を振り返った。

 

「えーと。なんでしたっけ。あなた知府の娘さんとかおっしゃいましたよね?」

「そ、そうですが!」

「思うに、僕このままあなたを連れてあそこに行ったら、八つ裂きにされてしまう気がするんです」


 ぽつりと少年はつぶやく。そんな彼に雪蓮は。

 

「そ、そんなことしないよ! 優しいお父さまだもの!」

「ふぅーん……」


 雪蓮は力説するが。

 

「あー、あんなところに空飛ぶ饅頭が」

「えーっ!? どこどこ!」


 少年のつく見え透いた嘘に、見事引っかかる雪蓮。そしてしばし夕焼け空に饅頭を探し……

 

「どこにもないじゃない」


 振り返った先に、少年はいない。

 彼は忽然と消えていた。少し湿った地面には、足跡すらない。

 一切の痕跡を残さず消えた少年。名も告げなかった彼を呼ぶこともできず。

 

「いたぞー!」

「雪蓮お嬢様だー!」


 わっ! と押し寄せる、崔家の手勢。「お怪我は!?」「ご無事で!」と手荒い歓迎の中で、雪蓮は呆然と、通ってきた路地裏の薄暗闇をみつめるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ