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14 遅参

「せっちゃん!」


 やっと追いすがってきた巽は、目の前の光景に目を見張った。

 地面へ倒れている黄雲、立ちはだかる火眼金睛。

 そして。

 火眼の眼前、宝剣を手に彼を睨みつける崔雪蓮。

 

「……どういうことだ?」


 まったく状況が分からない。

 巽は火眼を避けるように回り込んで、とりあえず手傷を負ってそうな黄雲の元へ駆け寄った。

 

「おい黄雲どうした! うへっ、なんじゃそりゃあ!?」

「巽……」


 手傷どころではなかった。黄雲、右腕が無い。

 

「おいおいおい! よく生きてんなその怪我で! いっそ死ねばよかったのに!」

「てめえなぁ……!」


 悪態をつく巽へ、黄雲は息も絶え絶えだ。しかしこの黒ずくめ、半死半生の彼へ容赦もクソもない。

 

「うわくっさ! なにお前ゲロ吐いた? 口くっさ!」

「るっせえなぁ……傷に響くだろうが……!」

「それよりあれ、どういうことだよ!」


 巽は覆面の上から鼻をつまみながら問う。

 そうは言われても。黄雲にもこの状況が何なのか、まったく分からない。

 目の前。暗雲を引き連れてはためく、鋭利な波動の中心。

 雪蓮は宝剣を構えて、火眼と相対している。

 

「剣……」


 つぶやいて、黄雲ははたと血相を変えた。

 

「鉄剣! いけない、師匠はこれを……!」

「なに? どーした急に?」

「止めないと……!」


 相も変わらず状況は分からない。雪蓮に一体何が起こっているのか、まったく見当もつかないが。黄雲の脳裏に去来したのは、師の言いつけだ。

 

——雪蓮に、鉄剣を持たせてはならない。

 

 何故かは分からない。しかし目の前の光景、感じる氣。彼女が宝剣を手にして以降、金氣は少女の身の内で渦巻いて、刻々と濃度を増している。

 この金氣を強めてはならないと、黄雲はどうしてかそう強く感じる。この氣が強くなればなるほど、雪蓮は雪蓮から離れていく。

 

「うっ……!」


 気は急くが、右腕を失った身体、そううまくは動かない。黄雲は左手を使って這うように進もうとするが、肩口から響く激痛がそれを阻む。

 

「く、くそっ……!」

「お、おいやめとけよ! マジで死んじまうぞ!」


 巽の制止も聞かず、黄雲は気力を振り絞って雪蓮の方へと這いずる。

 その先で。

 

霊薬(エリキサ)。待ちかねたぞ」


 棍を構えつつ、火眼がわずかに口角を上げた。しかしそれとは裏腹に、炎の瞳に宿るは憎しみの色。

 

「いまこそ我が血肉となれ!」


 言いつつ火眼が距離を詰める。超高熱の棍が少女めがけて振り下ろされた。

 

「っ!」


 雪蓮は宝剣を差し伸べて、棍の軌道を剣身の上で軽く滑らせ、風のように火眼の背後へ。

 銀色にきらめく切っ先を火眼の首筋目がけて突き出すが。炎の化身もとっさに身を翻し、刃から間一髪逃れた。

 炎の眼差しと、静かな怒気をはらんだ雪蓮の視線が交差する。

 

「覚悟!」


 互いに歩を踏み出し、命の奪い合いが始まった。棍と宝剣が幾度も重なり合い、火花を散らして二人は闘う。

 数合。十数合。数十合。

 狙うはいずれも相手の急所ばかり。

 打ち合いは続く。拮抗した勝負は止む気配を見せない。

 

「く……」

「おい、やめろよ黄雲」


 黄雲はなおも這いずり、雪蓮へ向かい続けていた。

 見かねた巽が声を掛けるが。

 

「クソニンジャ……! 見てないで手伝えよ……!」

「冗談言うなよ!」


 巽も血相を変えて言い返す。荒野の中心で火花を散らす赤と銀の戦いは、あまりにもめまぐるしく、あまりにも激しく。他者の介入を許さぬほどだ。

 

「あんなところに割って入ったら、死んじまうぞ!」

「それでもだな……!」


 それでも止めねばと、黄雲はなおも芋虫のような動きで這う。

 その目の前、勝負にはついに、道術が持ち込まれていた。

 

「火氣よ!」


 打ち合いでは決着がつかぬと見た火眼、手のひらを雪蓮へ向ける。すかさず放たれる炎の波濤。しかし。

 

「かような児戯!」


 宝剣を構えた雪蓮からも、金氣がいっそうほとばしる。迫る炎の波を。

 

「たたっ切ってくれる!」


 宝剣の一振りで薙ぎ払い、巻き起こる剣風に炎は雲散霧消。

 雪蓮は距離を詰めつつ、さらに金氣を練り上げる。鋭い金氣があたりを吹き荒れ、大地にはあちこちを巨大な剣で斬りつけられたかのような裂け目が生じる。

 

「なっ……」


 鋭利な氣の奔流が火眼へ襲い掛かる。その頬が、体が切り裂かれ、ばたばたと赤い液体がこぼれた。

 しかし。

 

「…………ちっ」


 火眼の傷は流れた血を吸い込んで、見る間に閉じていく。

 それを見つめる雪蓮の瞳は、冷めていた。

 

「……次は修復のいとまなど与えん」


 重々しい口調で少女は告げる。

 

「切り刻まれて、骨と血水になって死ぬがいい」


 雪蓮、いや、雪蓮の身体を借りたモノは。暗雲の下、とどめとばかりに氣を練り上げる。

 

「お嬢さん!」


 しかし、そこへ割って入るのは。

 

「何してるんですか! 鉄剣を持つなと言ったでしょうが僕は!」

「おいあれ、話通じるか?」


 黄雲と、彼の左腕を首に引っ掛けて支えてやっている、巽だ。

 黄雲はあくまでも、平時の雪蓮へ接するときの態度で呼びかけた。

 

「危ないですから、さっさとこっちに来てください! もう充分ですから、お嬢さん!」

「…………」


 雪蓮の眼差しがこちらへ向く。茫然と、感情の宿らないような瞳。

 刹那。雪蓮は宝剣を構えて、黄雲たち目がけて猛然と走り始めた。

 

「ちょっ、ちょっとお嬢さん!?」

「やばいやばいやばいやられるやられる!!」


 正気に戻るならばともかくも。少女は冷たい眼差しのままで駆けてくる。しかも宝剣を上段に構えて。

 まさかあの鋭い刃で叩き斬られはしないだろうか。黄雲と巽は「ひぃっ!」と思わず目をつむるが。

 

「黄雲くん」


 黄雲の耳元をよぎったのは、普段通りの柔らかい口調。

 続いて、焼けた右の肩口に冷たい感触。

 目を開くと。

 

「お嬢さん……?」


 雪蓮は宝剣の刃が身体を傷つけぬよう、剣身を黄雲の肩口へ当てている。しばしそうしたかと思うと、彼女はどさりと地面へ倒れ込んだ。

 

「お嬢さん!」

「せっちゃん!」


 倒れた雪蓮の傍らで、宝剣は溶けるように、水銀状の銀の液体へ。そして崩れるように、砂鉄の山へと分解された。

 しかし、異変はそれだけでは無かった。

 

「うぅっ!」

「お前までどうした!?」


 雪蓮に続き、黄雲までもがうめき声を上げる。思わず振り返った巽は、見た。

 黄雲の黒く焦げた肩口から、白い棒状の何かが生えつつある。

 

「お、おい! 黄雲それ……!」

「な、なんじゃこりゃあ!?」


 己の右半身を見た黄雲も目を見開いた。肩口から生えてくるのは、まぎれもない。骨だ。

 骨だけでは無かった。血管が、神経が。肩口から骨を中心にまとわりつくように巻きついて、さらに傷口から肉が盛り上がる。


「う、うへぇっ……」


 再生された神経から駆け上ってくるのは、痛みとも快感ともつかない、ぞくぞくとした感覚。

 腱や筋肉まで形作られたところで表面を皮膚が覆い、黄雲の右腕は完全な再生を遂げた。

 

「な、治った……?」


 黄雲はおそるおそる、手のひらを握ってみる。

 感触は普段となんら、変わりない。

 

「こ、これは一体……」

「ひ、ひええ……よく分からんけど、えんがちょ……」


 あまりにも不可解な顛末に、黄雲も巽も茫然自失。しかし。

 

「……霊薬(エリキサ)……!」


 事態は何の解決もしていない。雪蓮が不思議な覚醒を遂げたからといって、黄雲の右腕が奇跡の復活を果たしたからといって、火眼を打ち倒したわけではなく。

 炎の化身はいまだ健在。むしろ先ほどよりも恨みがましい視線で、こちらを睨みつつ歩み寄ってくる。

 

「い、いけない! お嬢さん……!」


 黄雲は慌てて、蘇った右腕をさっそく使い、雪蓮を抱え上げる。巽も「やべえやべえ」と警戒を始めた。

 そんなときだった。

 ぴり、と冷気が黄雲の頰を刺す。

 

「! 巽! 水際だ!」

「は? え、なんで?」


 突如叫び、黄雲は背後に流れる亮水へ一目散。雪蓮を横抱きにして必死で走る彼の後に、巽も続く。

 

「逃すか!」


 火眼も棍を振りかざし後を追った。

 水際までたどり着いたものの、黄雲達の背後にはすでに火眼が迫る。同時に周囲に火氣が満ち。

 

「くるぞ!」

「また火炎放射か!?」

「いや、環状攻撃だ!」


 巽の予想に黄雲が異を唱えたところで、充満した火眼の氣が弾けた。

 一瞬にして一帯は炎の海。

 かと思われたが。

 

「うわっぷ!」

「水が!」


 炎に飲み込まれる直前。亮水の流れが突然、荒れ狂いのたうち。瞬時に黄雲達三人を飲み込んだ。

 上流からさらに莫大な水量が押し寄せて、川はまるで氾濫したかのよう。茶色い水の流れは勢いを上げて、まるで一匹の水龍が暴れているかのようだ。

 そしてあたりに満ちる水の氣。冬の川のようにビリビリと冷え切った、その氣の主は。

 

「ぷはっ」

「なんだなんだ?」


 火眼から離され、少し離れた下流に打ち上げられた三人。黄雲と巽は西の方向へ視線を向ける。

 状況をよく分かっていない巽の横で、黄雲はやっと顔をほころばせた。

 

「ったく、遅いっつーの……!」


 氾濫する水流は、器用に黄雲達だけを避けて辺りを飲み込んでいる。

 

「くっ……!」

 

 纏った炎で身辺の河水を蒸発させていた火眼だが、徐々にその氣も削がれているようだ。彼の周囲だけ水が干上がり、水氣の侵入を拒んでいたが。その範囲も少しずつ狭まっていく。


「火眼金睛!」

「!」


 彼の目前、水蒸気の中から白い腕が伸び、火眼の首元を強く掴んだ。

 

「久しぶりだな、紅火山の(あやかし)よ!」

「くっ……!」


 掴んだ腕から直接水氣を火眼へ送り、彼女は言う。

 縮む炎の氣。徐々に引いていく川の水。

 かさの減った亮水から姿を現したのは、清流道人。

 

「師匠!」


 黄雲の声に安堵の色が混じる。

 弟子の声を受けながら、清流は掴み上げた火眼の喉元を握りしめた。

 

「さあ。すみやかに安楽に、死ぬがいい……!」

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