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9 道中作戦会議

「でさでさでさ、クソガキよ」

「んだよクソニンジャ」


 亮州城外。

 田園風景を通り過ぎ、三人は亮水の川沿いを進んでいた。

 整備された街道から離れた場所だ。整備もされておらず、川の恵みを受けてぼうぼうと茂った草むらが、足元を覆っている。

 川の流れとは逆方向へ進みながら、巽は黄雲へ問いかけた。

 

「せっちゃんに取り憑いたっていう例のアレさ」

「ああ、はいはい」


 巽には昨晩、大体の経緯を話してある。というか、雪蓮が巽に聞かれるまま勝手にしゃべったようなものだ。

 

「霊薬だっけ?」

「そうだな」


 覆面から覗く三白眼は、ぎらりと鋭い光を帯びる。

 

「ほうほう、なるほど。いやびっくりだね! こんなところで俺の目的が達せられるなんてさ」

「そういやお前、不老不死の霊薬を欲しがってたんだったな」

「おうともよ」


 この異国の覆面変態クソニンジャ、何を隠そう望みは不老不死の体を得ること。

 女性に対して妄執に囚われるあまり、女体に触れると死に至る特殊体質の彼。目指せ不死の肉体、そして夢の女体さわり放題。それが彼、木ノ枝(きのえ)(たつみ)の悲願である。

 

「ってわけだからさ。無事せっちゃんの身体から霊薬サマを追い出したなら、俺にくれ! 不死身の肉体で女体さわりまくりのまぐわい放題だぜ!」

「金次第だな」


 黄雲は盛り上がる巽の台詞を適当にかわす。

 と、先を行く清流。二人の会話を聞いていたのか、彼女はふと足を止めた。

 そして振り返った眼差しは。ふざけたやりとりへ向けるには、少々厳しい色を帯びている。

 

「巽。やめておきなさい」


 声からも、普段の人を食ったような調子が消えている。

 真剣に諭す口調だ。

 

「えっ……なんで」

「女人にさわりたいのなら、別の方法があるだろうよ。そちらを探しなさい」


 清流道人は瓢箪(ひょうたん)の酒を煽りながら、再び前を向いて歩き出した。

 街から離れるにつれ、顔色に血の気が戻り、歩みも徐々に軽々としたものへ変じていたが。

 何かを考え込んでいるような、そんな表情はずっと保たれたままだ。

 

「師匠」


 黄雲は声を掛けた。彼女の考え事には、心当たりがある。

 

「師匠はこれから、どうするおつもりなんです?」

「…………」


 黄雲が聞いているのは、これから退治する火の化け物のことではない。それを倒した先の、今後のことだ。

 

「もしその火眼金睛とかいうのを撃退したとして。そんな調子で、どうやってお嬢さんから霊薬(エリキサ)を祓うんです?」

「うむ……」


 弟子の問いに、清流は心底困ったような、難しい顔だ。

「清流先生ならちょちょいのちょいだろ?」と茶々を入れる巽は、詳しい事情を知らない。師匠の事情を察しているのは、今の所黄雲だけだ。

 清流道人。火眼金睛の同類にして、霊薬の贋作。心中ではきっと、真正の霊薬たる雪蓮のことを……。


「そうだなぁ……最初のうちは金氣も小さく、なんとかなる気がしたんだがなぁ……」


 師匠は気弱な声音と仕草で、肩を落とした。

 

「正直、予想だにしていなかったよ。あれが本物の霊薬だとは」

「つまり、見誤っていたわけですね」

「ああ。最初は私と同じ、贋作だとばかり思っていたさ。過ちを認めざるを得ないようだ……」


 清流はどうやら本音で話しているようだ。長い付き合い……というより、物心ついてからずっと共にある黄雲には分かる。師匠がこんなに落ち込んだ姿を晒すのは、どれくらいぶりだろうか。

 だからといって、弟子は手心を加えない。一見不遜かつクソ生意気な態度で、ここぞとばかりに師匠をなじるのだ。

 

「まったく……あなたは顔ばかり得意げで、ほんといい加減なんだから。よく崔知府へ『娘御は必ず助けます』なんて言えたものですね」

「ははぁ……返す言葉もない」

「こんのクソアマは……」


 ひとしきり清流の非を断じて、黄雲は話をその先へ進める。巽が会話に入れず寂しげだが、それはどうでもいい。大事なのは、今後どうするかだ。

 

「で。本当にこれからどうするんです。師匠はお嬢さんが食べたくてたまらないんでしょう?」

「なにそれ性的って意味で?」

「お前は黙ってろ変態クソ野郎」


 巽を冷たくいなして、黄雲は清流をじっと見つめた。彼女の返答は。

 

「……そうだな。まずは私の師匠を頼ろう」

「昨日言っていた話ですね」

「ああ。此度の火眼金睛の件もそうだが、雪蓮に宿るものや、私の欲を抑える方法も、おそらくなにかご存知だ」

「ふぅん……」


 昨日聞いた話通りであれば、清流道人はおそらく齢五百歳を超えるはずだ。その師匠となれば、いったいどのくらい長い時を生きたのだろう。

 

「黄雲。さしあたっては火眼金睛をどうするかだ。巽も、今から言うことをよく聞いてくれ」

「はいっ! はいはい清流先生、俺一言一句聞き逃さず貪るようにお聞きします!」

「うるせえよ」

 

 では、と清流は語り出す。滔々と流れる川の音にかぶせて、彼女の低い声が響いた。

 

「まず。私は今からこの川の流れに乗じ、この太華北端の天究山へ参じ、我が師と(まみ)える」

「えっ、どっか行っちゃうんすか!」

「その間、黄雲と巽は会戦予定地に(るい)を築き、少しでも奴が街へ近づかぬよう足止めをしてくれ」

「はい」


 火眼金睛を待ち構える地点は、ここからまだ先だ。街道を通るよりも、道は荒いがこの川沿いを通る方が、亮州へ最短でたどり着ける。

 師匠が指定したその地点は、街道や人里からほど遠く、大規模破壊をしかねないその物の怪を引きつけるには最適な場所だった。

 そこへ土塁を高く長く築き、また木々で補強するならば、そこそこの障壁にはなるだろう。

 なるほど、と黄雲は得心する。そのために自分と巽は連れてこられたのだ。

 

「私は師匠と見え次第、すみやかにお前たちのもとへ戻る。火眼金睛の襲来までには間に合わせよう」

「万が一間に合わなかったら?」

「適当に足止めしといてくれ」

「またくっそいい加減ですね……」


 穴があり過ぎる作戦だ。清流が間に合わなかったら、黄雲と巽は一瞬で焼け死ぬかもしれない。

 

「で、黄雲。その万が一に備えてだ」

「なんです?」


 清流は物憂げだった顔を、少しにやりと意地悪に歪める。

 

「修行だ。巽もまだ氣の使い方が十分では無い。お前が指導してやりつつ、自身も己を鍛えるがいい」

「えーー!?」


 師匠の提案に、非難の声が二人分。

 

「えー、やだやだやだ! 清流先生が教えてくださいよぉ、手取り足取り!」

「僕だっていやですよ! なんでこいつに稽古つけなくちゃいけないんですっ!」

「そうは言っても、私も天究山へ行かねばならんしなぁ」


 互いに軽蔑の眼差しをぶつけ合う弟子と忍びに、清流も思わず苦笑気味だ。

 

「ははは。まあ、あれだ。仲良くやりなさい」

「絶対いやだ!」


 息ぴったりの拒否。

 互いに「けっ!」と敵意剥き出しの二人だったが、まあ成り行き上仕方無い。迫る強敵のためには、手を取り合うこともまた必要。

 苦々しげに「仕方ありませんね」と吐き捨てる弟子へ、清流はこっそり耳打ちした。

 

「いいか黄雲。お前は道術に関しては巽より年長者だ」

「……それが?」


 清流は弟子の耳元に唇を寄せ、低い声をさらに落として続ける。

 

「いいか、お前は巽より強くあらねばならん。絶対に負けることは許さん」


 (てん)、と(いみな)で呼ばわれそうなほど、強い口調だった。

 そりゃあのクソアホには負けませんけど、と黄雲はつぶやき返す。

 

「それと、これは火眼金睛と私が一戦交える時の話だが」

 

 清流はさらに、懐から何かを取り出し、黄雲の手のひらへ押し付けた。彼の手に収まったのは、『起』と朱書された黄色い札だ。

 

「なんです、これ?」

「秘密だ。私と火眼金睛との戦いで、お前が『ここぞ』と思った時に氣をこめなさい。頼んだよ」


 黄雲は札に込められた氣をたぐってみたが、一体何を『起こす』札なのか、皆目見当もつかない。「うさんくさ」と怪訝な表情で感想を漏らし、彼はそれを自分の懐へ突っ込んだ。

 それを見届けた清流。さて、と亮水の流れへ目を遣りながら、二人へ語りかけた。

 

「では、私はそろそろ別行動だ。二人仲良くやりなさい」

「えーー!! やだやだ先生行かないでーー!!」


 清流は川の流れへと向きを変え、躊躇なく水の中へと足を進めた。追いすがる巽と、その首根っこを掴んでうっとおしそうにしている黄雲の目の前で。

 

「じゃあな」


 ぶっきらぼうに別れを告げて、清流の身体はパシャリと水と化して弾け、川の流れへ溶けていった。

 目前でそれを見てしまった巽、三白眼をおっ広げて驚愕この上ないようだ。

 

「お、おおおい! 消えちゃったんだけど! 大丈夫なの清流先生!?」

「大丈夫に決まってんだろ。あの人水術が一番得意なんだから」


 冷静に巽を宥める黄雲の目の前で、亮水は普段と変わらず、静かに、穏やかに東へと流れている。

 この水の中、川を伝い地下水脈を伝い、流れに逆らって清流は凄まじい勢いで向かっているはずだ。彼女の師がいるという、天究山へ。

 

「んじゃ、僕らも行くぞー」

「えー? 野郎二人で……?」


 黄雲もげんなり気味の巽を連れて、川の流れの逆へ歩み始める。

 西へ。

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