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2 護符売りの少年

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


 客引きの決まり文句が朗々と響くここは、とある道廟(どうびょう)の門前。

 門には『清流堂(せいりゅうどう)』と、三文字を書きつけた額がかかっている。

 その下で少年は売り物の護符を掲げ、往来を行き交う人々の注目を集めていた。

 ある程度人だかりができたところで、彼は売り文句へ切り替える。

 

「霊験あらたかな燕陽(えんよう)土地神(とちしん)の護符はいかがかな!」


 燕陽(えんよう)、というのは、ここ亮州の古い呼び名だ。黄色い短冊に(まじな)いの文言が朱書してあるものこそが、彼の売り物。

 

「ご自宅の門扉に貼れば家内安全、無病息災! 燃やして灰を畑に混ぜれば、どんな作物であろうとも抜群に実ること通常の三倍ときた! さらに家畜小屋に貼れば豚だろうが鶏だろうが牛だろうが虎だろうが、少ない餌で肥えるし()える! さあ買いだよー!」


 威勢の良い売り文句に、群衆は耳目を傾けている。

 そんな中、「うさんくさ……」とつぶやいて立ち去ろうとする者がひとり。

 少年はそんな一言を聞き逃さなかった。


「いま、何と仰った!?」

「うわ!」


 去ろうとする男の前に立ちはだかり、少年は「さあさあ、いま何と!?」と先を促す。

 

「う、うさんくさいって……」

「なるほど、うさんくさいと! なるほど!」


 正直者の通行人に、少年は気を悪くするでもなくひたすら頷いた。

 確かに仰る通り! と少年、通行人に同意するとパチンと指を鳴らす。すると道廟の門の奥から、二人の幼児が机を抱えて現れた。

 

哥哥(ガーガ)(兄ちゃん)、持ってきたよ」

「ご苦労」


 少年のそばに机を置くと、三人目の幼児が現れ、机の上に何かを置いた。それは布で覆われていて、一体何なのか判然としない。

 

「言葉のみでは信用に足りぬことは承知の上。皆様にもご納得頂けるよう、こちらをご用意いたしました! さあご覧あれ!」


 少年がパツと覆いを取ると、現れたのは二種類の野菜。いや、品種は同じ、両方とも白菜だ。しかしその生育具合には、歴然とした差があった。

 

「こちらが護符なしのもの」


 ほとんどひからびているそれを指し示す。

 

「そしてこちらが護符を使用したもの」


 もう片方はバツンバツンに膨らんでいた。白菜らしい円筒に近い輪郭は、空気を吹き込んで膨らませたかのように、真ん丸に近くなっている。過剰なほどに良い発育具合だった。

 

「さあいかがかな!? あなたの畑にも、ぜひお試しを!」

「おぉ……!」


 聴衆から軽い歓声が上がった。しめた、と少年の口角に笑いが立ちのぼる。ところが。

 

「インチキだ!」

「そっちの白菜は質のいい肥料でも使ったんだろ!!」


 人間、そう簡単に信じないもの。亮州の人々は純朴で疑ってかかることをあまりしないが、そうではない人間だって少なくない。この聴衆の中にそんな疑り深い人々がいてもなんら不思議はないし、疑念が伝播(でんぱ)したとしても当然の成り行きだ。しかし。

 

「そんなことはねえぞぉ」


 間延びした口調の反論が、聴衆の中から上がった。

 亮州城外で畑を営む、張爺さんだ。

 

「オラんとこはいつもここのお堂のお札さ使ってるけんど、いっつもあんくれえの白菜さ取れっどぉ」


 コッテコテの訛りを駆使しながら、張爺さんは「ほんれ」と背負った野菜を指し示す。

 爺さんの背中、背負子(しょいこ)に結わえられている白菜は、なるほど確かにバツンバツンの大物ばかりである。

 

「す、すっげぇ……」

「爺さん、ほんとにいつもこんな白菜取れてんの?」

「んだ」

「ま、待て!爺さん自体が仕込みかもしれねえだろ!?」


 今日の聴衆は疑り深く、先ほどから疑念を呈している一派は食い下がらない。張爺さんサクラ説が持ち上がりはじめるが。

 

「いやぁ、この爺さん市場じゃかなり有名だよ。バツンバツンの張爺さんっつって」


 市場で働いているという若者が口を出す。そのほかにも二、三人、張爺さんを知っているという者から証言が上がった。

 疑念の伝播はここに終焉。

 もしや……本当に……? という期待の眼差しが護符に集中したところで、少年は再び口を開いた。

 

「さて、燕陽土地神万能護符。通常定価一枚五十銭のところ……」


 もったいつけて言葉を切り、意を決したように彼は声を張り上げた。

 

「今なら特別価格、一枚三十銭! さあさお買い得価格は今日限定だよ! さあ買った買った!」


 とくべつかかく。その言葉に、この亮州の人々は弱い。

 あっという間に聴衆は、「買います!」「俺も!」「わたしも!」「わしも!」と護符を求める集団と化した。

 押しつ押されつの大混乱を目前に、少年はほくそ笑む。

 

「まいどありー!」


 千客万来、満員御礼。あっという間に護符は売り切れた。

 

 

「ありがとな、張爺さん」

「んにゃ、礼には及ばん。おっしょさんによろしくなぁ」


 張爺さんに最後の護符を売り、少年は白菜まみれの背中を見送った。

 爺さん呼んでて良かったな。ちょっとだけ安心する少年である。

 

「ねえ哥哥」


 一部始終を見守っていた三人の子どもたちが、彼に呼びかける。

 

「ほんとにあんな白菜できるの?」

「できるに決まってるさ」


 商売中のもったいぶった口調から年相応の話し言葉に戻り、少年は続ける。

 

「張爺さんに売った護符ならな」

「ほかの人のは?」

「これの二割くらいの効果かな」


 ポンポンとバツンバツンの見本白菜を叩きながらのたまう。え、と子どもたちから胡乱(うろん)げな視線。

 

「それでいいの?」

「ま、いいじゃん。まったく効果がないよかマシだよ」

「なんで張爺さんにはいいやつ売ってるの?」

「昔からのお得意さんだから」


 こともなげに言う少年。師匠の若いときからの付き合いだし、ああやって商売の手伝いをしてくれたり、宣伝してくれたりする。他の客より優遇してもバチは当たるまい。

 

「じゃ、でかけてくる」

「また何か売るの?」


 懐から別種の護符を取り出してパラパラめくる少年に、子どもたちはもはや呆れ顔だ。

 

「当然。こんなにいい天気、商売しなけりゃもったいない! ってわけだから、いってきます!」


 護符を懐にしまい直すと、彼はさっさと街へ繰り出して行く。

 

「あれ、病気だよね」

「うん、病気……」


 子どもたちは道廟の門から、呆れと憐れみに満ちた視線で少年を見送った。


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