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5 正義の味方

 日が暮れて。雪蓮と黄雲の二人は、清流の部屋へ呼び出されていた。

 

「待たせたな雪蓮。さあ、これを授けてしんぜよう」

「これは……?」


 清流から手渡されたのは、白い手のひら大の小物だ。

 白い虎の顔を、愛らしく戯画化したようなそれ。全体の輪郭はふっくらと丸みを帯びていて、漆で塗ったようにつやつやと光っている。


「開いてみるがいい」

「開く……?」


 どういうことか分からなかったが、あちこち触ってみて判然とする。この小物、二枚貝のように上下に開くようになっている。開いてみれば、内側の上部に小さな鏡が嵌め込まれ、下部には呪文が朱書されていた。

 言うなれば、携帯用の鏡。なぜだろう、この小物を手にして雪蓮は、言いようもない高揚を覚えている。

 

「なぜかしら、すごくドキドキわくわくする……!」

「お気に召したなら何よりだ」

「で?」


 女同士のやりとりを遮って、黄雲の冷たい声が清流へ刺さる。少年は明らかにいらだっていた。師匠が少女へおもちゃを渡す現場に、なぜ居合わせなくてはならないのか。

 

「まあまあ弟子よ、少し待ってなさい。お前への用件も後で説明するから」

「へいへい」

「いいかい雪蓮」


 弟子をなだめて、清流は再び雪蓮へ話を振った。

 

「私なりに色々考えてみたのだ。キミにどんな仕事が似つかわしいか」

「は、はいっ」

「結論から言おう。用心棒なんていかがかな?」

「はぁっ!?」


 清流の提案にひときわ狼狽したのは、黄雲だ。

 

「なっ、何を言うかこの濁流!」


 つかつかと歩み寄り、弟子は師を睨む。

 

「馬鹿なことを言わないでください! お嬢さんの身に何かあったらどうするんです!」

「あいやぁ。まあ人の話を聞かんかこのバカ弟子」

「聞くまでもありません! 絶対反対ですからねっ!」

「わあ、面白そう!」

「お嬢さん!?」


 口角泡を飛ばす黄雲だったが、当の本人はのほほんとお気楽に瞳を輝かせている。


「用心棒って、なんだかかっこいいし。私、やってみたいです!」

「そ、そんなふわっとした理由で乗り気にならないでください! 分かってるんですか、そんな危険なことをさせるなんて知府へ知れたら、一体僕らがどうなるか……」

「黄雲」


 清流は懐から一枚黄色い短冊を取り出し、瞬時にかしましい弟子の口へパシンと貼り付けた。

 もちろんそれは『箝口符』。

 

「ん、んむ……」

「少し黙っていなさい。じゃ、説明しよう」

「はいっ!」


 無理矢理少年を黙らせて、清流は少女へ問いを投げかける。

 

「雪蓮。この街は平和だと思うかい?」

「とっても平和だと思います!」

「ふっ……」


 即答する雪蓮へ、清流、薄く笑って見せたかと思えば。

 

「なまぬるいっ!」

「ええっ!?」


 ずびしっ! と道人は勢い良く人差し指を雪蓮へ向ける。

 

「な、なまぬるい……?」

「そうともそうとも。キミは数回しか街へ出たことがないから知らないだろうが、昼にはスリに空き巣、夜は野盗に不審者が跳梁跋扈する、この街はまさに冥府魔道」

「め、冥府魔道……」


 雪蓮にとっては信じがたい話だった。街とは気のいい人と美味しいもので溢れていて、悪人がいるなんて全く思ったこともなかったから。

 清流の言いようはまるで、亮州が盗人天国のような言いっぷりだ。まあ実際そんなことはない。栄王朝の主要都市の中でも、治安の良さは上位の方である。

 冥府魔道は言い過ぎだろ、と黄雲が目で訴えかける中、清流の独壇場は続く。

 

「いいかい、この街の人々が皆全て清廉潔白だとは思わぬことだ。光あるところに闇はあり、善あるところに悪はあり。そして悪あるところに被害者あり」

「は、はい!」

「この清流堂の在る南路街(なんろがい)にも様々な犯罪が横行している。我が堂に(ほう)じられた燕陽土地神へ犯罪の被害を訴え、世にはびこる悪の壊滅を願う者も少なくない」

「は、はい……!」

「被害に遭った者で、傷付かぬ者はいない。中には大事な物を奪われて、泣き寝入りに泣き濡れている者もいるだろう」


 僕も常々ヘソクリ奪われてるんですけどね、と黄雲は醒めた目で成り行きを見守っている。

 

「そんな哀れな人々を救う者……それが」

「それが!?」

「キミだ!!」

「なんと!!」


 清流、再び雪蓮へずびしっ。

 自身へ白羽の矢が刺さったような展開に、雪蓮顔をいっそう紅潮させる。

 つまりそれって正義の味方。ドキドキわくわくはより高まっていた。

 

「そう、キミが用心棒として、この街の人々を救うのだ。やれるな、雪蓮!」

「はいっ! 粉骨砕身で!」

「いい返事だ!」


 珍しく熱が入った口調の清流である。雪蓮もこのノリに乗りに乗っている。黄雲が口を塞がれた今、彼女らを止めるものは何もない。

 黄雲、思う。街の治安維持は都頭(とどう)の役目、お上に任せてほっときゃいいのにと。

 

「だが雪蓮。キミが用心棒稼業を行う上で、重大な問題がある」

「それは一体!」

「キミを用心棒として働かせていると知府に知れたら、我らの首が落とされる!」


 そう、先ほど黄雲が懸念していたのはこれである。

 愛娘を用心棒に。それを知府が知ったなら。首切り役人の仕事が増えるだけである。

 お父さまはそんなこと、と雪蓮が反論しかけるが、その彼女に手のひらを向けて遮り、清流は続ける。

 

「キミが言いたいことも分かる。雪蓮にとっては優しいお父さま、しかし我らにとっては怖〜いお上。なるべくならキミが悪人退治をすることは隠しておきたい」


 そこで……、と清流はまだまだ続ける。次にずびしっ! と指先が向かったのは、雪蓮が持っている虎の小物だ。

 

「そう、キミの正体を隠すための、まさに虎の子……。それは『白虎鏡(びゃっこきょう)』という摩訶不思議な鏡だ」

「白虎鏡……」


 その小物の名を口にしながら、雪蓮は鏡を開けたり閉めたりしてみた。確かに初めて見る形状だからか、なんとなく不思議な感じがする。

 

「いいかい雪蓮。用心棒の仕事をする前に、必ずこの鏡を開き、呪文を唱えるのだ」

「呪文」

「おほん、今から教えてしんぜよう」


 ん、ん、と声の調子を整え、清流は高らかに唱えた。

 

「陰陽五行はじけてまざれ! 可憐に華麗にアルパチカブト〜☆」


 静寂が訪れた。

 派手に振り付きで呪文を披露した清流道人は、満足気な表情を浮かべたまま停止している。

 黄雲は遠い目をしている。その瞳は清流を見ているようで、見ていない。

 雪蓮は。

 

「…………すごい」


 その双眸に宿るは、生き生きとした驚喜の光。

 

「すごいすごいすごーい! で、その呪文を唱えると!?」

「ふふふ、聞いて驚くことなかれ!」


 清流、たっぷりもったいぶって言う。

 

「可憐に華麗に変身! あっという間にキミは月下を舞う正義の戦士、誰も崔雪蓮とは気付くまい!」

「へ、変身……呪文で変身……正義の戦士……」


 雪蓮は喜びにわなわなと身を震わせる。

 ひみつの白虎鏡、ないしょの呪文、正義の味方へ大変身。

 

 なぜなの、なぜかしら。なぜこんなに胸が高鳴るのかしら!

 

 どうしてかときめく乙女心。その理由は分からないが、とにかく雪蓮、無上の高揚感にドキドキわくわく最高潮である。

 

「清流先生! 私、頑張ります!」


 白虎鏡を胸に抱きしめながら、雪蓮は清流を見上げた。

 うむ、と清流もそれに応える。

 

「先ほど、本堂の手前に立て札を立てておいた。用心棒を必要とする者を募る文章を書きつけてある。キミはその者達の依頼をこなし、報酬を得るのだ!」

「はい! 清流先生!」


 少女にとって、これ以上ない素晴らしい稼業だった。

 良い行いをして、対価を受け取る。それに変身できる。なんか色々満たされる。

 頑張らなきゃ、と心中意を決する雪蓮である。

 一方黄雲は、終始醒めた目で成り行きを見守っていた。

 いまだに何故自分がこの場に呼ばれたのか分からない。清流と雪蓮の盛り上がりが理解できず、彼はなんとなく上を見上げてみた。

 梁の上の暗闇に、薄ぼんやりと黒ずくめの輪郭が浮かんでいる気がする。太い梁の上でごろり寝た体勢。おそらく巽だろう。

 

「ねえ、見て見て巽さーん! もらっちゃったー!」


 浮かれた調子の雪蓮が、巽へ白虎鏡をかざして見せる。

 しかしニンジャは無反応。

 

「あれー……?」


 寝てるんじゃないんですか?

 黄雲は視線だけで雪蓮へ訴える。

 

「さあ、そんなわけで用件は終わりだ」

「はーい!」

「!」


 清流の締めの言葉。ほくほくの雪蓮はともかくとして、黄雲は呼ばれてただ閉口させられただけだ。呼ばれ損である。

 道人は少年と少女を廊下まで下がらせると、戸口に寄りかかる。

 

「あーそうそう、黄雲」


 思い出したのか、とってつけたのか。清流はやっと弟子の方を振り向いた。

 

「こういうわけだから、彼女のお守りを頼む」


 ピシャリ。

 言うだけ言って清流道人、戸を閉め弟子たちを追い出した。

 その瞬間、はらりと弟子の顔から落ちる箝口符。

 

「け……っ」


 自由を取り戻した黄雲の口が、閉まった扉へ怒号を叩きつける。

 

「結局面倒ごとじゃないですかーー!!」


 このクソ濁流、クソ外道! と扉を蹴るが、すでに師匠の部屋からは高いびき。

 

「よーし、明日から頑張らなくちゃ!」


 えいえい、おー!

 星空に向かってやる気全開の雪蓮。

 そして。

 

「クッソ師匠ーー!! せめて、せめて金を!!」


 金をくれーーーー!!

 

 黄雲渾身の叫びを、星辰は冷ややかに見下ろすのだった。

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