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7 身の上話と後しまつ

「俺の名前は木ノ枝(きのえ)(たつみ)。カッコいい名前だろ? いま考えたんだぜ!」

「いや本名を名乗れよ」


 やっと名乗った覆面男だが、どうやらその名は偽名らしい。どこまでも人を食った男である。

 言いにくい名前だなと二人が内心思っている中、巽は続ける。

 

「さてそのイケてる巽さんだがな。出身は東の海を越えた先、八洲(やしま)の国だ」

「ヤシマ……」


 黄雲も雪蓮も、聞いたことがある国の名だった。

 この大陸から東へ海を渡った先、いくつもの島からなる列島だ。古来から太華の歴代王朝と関わりのある国で、この栄王朝の時代になっても交易を続けている。

 ああそれで、と黄雲はひとり腑に落ちる。巽が武器としていた、桜の木でできた棒手裏剣。八洲の春は桜が咲き乱れることで有名だ。

 巽はその八洲の国の、とある山村に生を受けた。十七年前のことである。

 

「俺は昔から悪童だった」


 巽はふっ、と空を仰ぐ。

 (わらべ)の頃から、彼は女子(おなご)への執着が強い性分だった。暇さえあれば老若問わず、母親以外の村の女の着物のすそをめくることに全精力を傾けていた。

 そんなある日。

 

「おっかあ」

「なんだい息子や」

「俺はいつになったら女人とまぐわえるんだい?」

「あらまあこの子ったら」


 母とそんな会話を交わした、次の日のこと。彼は寺へ入れられた。

 ただでさえ村の女性に迷惑をかけまくる我が子。大事をしでかす前に仏門へ叩き入れれば、きっと更生するだろうとの親心。つまりは厄介払いである。

 そうしてやって来た山奥の寺は男ばかり。年寄りの和尚に、巽のように寺へやられた小僧達。日がな一日ポクポク木魚を叩く毎日の中で、巽少年の行き場のないスケベ心は鬱屈していった。

 

「俺は毎日が辛かった。来る日も来る日も坊主頭を拝む日々、いや螺髪(らほつ)頭も拝んだわ。二、三回くらい」

「なー、これいつまで続くんだよ?」

「そんな俺にも転機がやってきた」


 飽きて来た黄雲を無視して、まだまだ続く自分語り。

 転機は巽が八つの時に訪れた。

 人里に降りて法要を済ませてきた和尚が、チラシを持って帰ってきたのだ。わら半紙に角ばった文字で書かれたその文句に、巽少年は心奪われる。

 

『忍者大募集! キミも戦場を忍んでみないか!?』


 忍者とは、各種忍術や変装技術といった特殊技能を駆使し、雇い主のために諜報活動に従事する傭兵のことである。

 八洲の国、時は戦国。各地で大名が立ち、列島は群雄割拠の様相を呈していた。自然、間諜が重宝される世の中である。人材はいくらあっても足りず、忍びの里は時折求人広告を出していた。

 和尚は皆にそれを示しながら「人の世のなんと愚かなことよ」と嘆息しきりだったが、その夜巽少年はビラを盗み出し、さっさと寺を去ってしまった。

 

——忍者になりたい!

 

 熱い思いを胸に、巽は忍びの里へ駆け込んだのだ。

 

「そう、忍者になりたい……」

「うんうん!」


 げんなりしている黄雲の横で、雪蓮はいつの間にか覆面の与太話へ夢中になっている。

 

「ふふふ、お嬢さん。忍者の何が魅力か分かるかな?」

「全然!」

「いいか、忍者の魅力とは!」


 ひとつ! 女湯に忍び込んで覗き放題!

 ひとつ! 手裏剣で女人を裸にし放題!

 ひとつ! 忍術でスケベし放題!

 

「つまりはスケベし放題ということなのだ! これぞ我が天職!」

「へ、へぇ……」


 往来で恥ずかしいことを恥ずかしげもなく叫ぶ。雪蓮も返答に困っている。

 

「俺は忍びの里に入門し、来る日も来る日も修行に励んだ」


 若木を庭に植えて毎日樹上を跳び越え、やがてそれが大樹に成長した頃。

 忍びの里にはくのいちがおらず、相も変わらずむさ苦しい日々だった。しかし巽には目標があった。いつか一人前になってスケベ放題。夢あらば男所帯も耐えられる。

 大樹を飛び越え大名を暗殺し、平原に並み居る武士相手に一撃必殺を決められるようになったある日。


「免許皆伝じゃ。里の外への外出を許可する」

「ありがたき幸せ!」


 頭領に一人前と認められた巽は、さっそく里へ降りた。

 

「あの時俺は、これでスケベし放題が叶うと思っていたんだ……」

「おじさん、これちょっと高すぎるって。もうちょっとまけてくれよ」


 おそらく佳境とおぼしき場面で、黄雲は通りの露店で夕飯の買い物だ。

 巽は少年が焼餅(シャオビン)を買うまで続きを待ち、彼が戻ってきたところで再び話し始める。ありがた迷惑な気遣いである。

 

「でだ。俺は喜び勇んで町に出たわけよ……」

「ほんとよくしゃべるなお前」


 免許皆伝となり、町へ出た巽少年。目の前には艶やかな装いの女人がわんさか。目にしただけで堪え切れなくなった巽は、誰彼構わず、さっそく大胆に抱きついた。

 

「わーーい! 女体だ女体だーー!」

「きゃあああ!」


 市井の女性が忍者に敵うはずもなく、無事に押し倒すことに成功はしたものの。

 後に巽は、悲しい真実を知ることになる。

 

「ぐぶぉおっ!」

「ぎゃああ! 変質者が吐血よ!」


 襲われた女人の台詞の通りである。憧れの女体に着物の上から触れた瞬間、巽は血を噴き昏倒した。

 

「さっきみたいに?」

「そう、さっきみたいに」


 雪蓮が話に割り込んで問う。さっき、というのは、雪蓮の掌底を喰らった後の話だ。

 

「血を吐き倒れた俺は、お上の沙汰(さた)が下る前に医者へ運ばれた。で、そこの医者が言うには……」


 長年強いスケベ心を抱きつつも、女人に縁の無い生活をずっと送ってきたためだろうか。

 巽の体は、女人に触れると異常興奮の上に過剰反応して、最悪死に至る体質へと変容していたのだ。医者はこともなげに言うだった。

 この時巽の命が助かったのは、女人の素肌に触れなかったから。先ほど雪蓮の掌底を喰らった時も、顎を覆う覆面によって直接の接触を避け、危うく吐血と痙攣で事なきを得たのだ。

 

「俺は泣いたよ。長年夢見ていた女体に触れない、触ったら死んじまうなんてさ……」

「逆に社会のためには良かったんじゃないか? ねえお嬢さん」

「ええ」


 医者から事実上の死刑宣告を告げられたその夜。

 巽は町の罪人小屋から抜け出し、民家に忍び込んでは女人の服を裂いて回った。腹いせである。

 以降彼は町という町の女性を物陰から狙い、裸にしては眼を愉しませるという日々を送る。忍者の里にもこの噂が知れ渡り、彼は頭領から破門を言い渡された。

 

「破門された後だったかな。俺はある噂を聞いたんだよ」

「噂?」

「不老不死の霊薬(れいやく)さ」


 不思議そうな雪蓮の瞳に、三白眼が頷いて見せる。


「どうもこっちの大陸の方じゃあ、不老不死の霊薬なんてもんがあるそうじゃないか。不死というからには、その霊薬を飲めば、俺だって女人に触れても死なないかもしれない」

「ふーん……」

「俺はその噂を頼りに、八洲から密航して太華へとやってきたのさ。そう、乳尻太ももを触りたいがために」


 覆面はそこで言葉を終え、真正面を見据える。瞳は希望の炎に燃えていた。動機はどうしようもないが。

 

「言っとくけど、不死の霊薬なんかあるわけないからな」

「はぁ!?」


 出し抜けに黄雲は一言放った。巽の希望を打ち砕く一言である。

 

「そんなものがあったら、昔の皇帝とか偉いさんがわんさか生きてるはずだろ? そうじゃないってことは、そんなもの無いってことだ」


 大体そんなものあったら大儲け間違いなしだっつの、と個人的な願望も添えて、黄雲は巽を一刀両断した。しかし覆面男はめげない。

 

「ばーか、わっかんないだろ! もしかしたらまだ見つかってないだけで、どっかにあるかもしれないじゃん!」

「はいはい」


 黄雲はあしらうが。

 

「じゃあじゃあ、俺の武勇伝が終わったところでだ! 次は今後の展望いってみよー!」


 このおしゃべり忍者、まだまだ話す気満々である。

 

「まずはだな、華麗な活躍により見事に霊薬を手に入れてだな……」

「こいつです、指名手配の変質者」

「……うん?」


 気付けば三人が立っているのは役所の前。いい気持ちで語っていた巽も止まる。

 かくして。

 門前にいた役人に黒ずくめを引き渡し、亮州を騒がせた桃色通り魔大事件は一件落着。

 

「金一封は後日ですって」

「残念だわ、屋敷の近くまで来たのに、お父さまもお母さまもお留守だなんて……」


 暮れかけた日差しの中、家路につく黄雲と雪蓮。

 

「え、ちょっと! 帰んの!? マジで!?」

「おらキリキリ歩け」


 二人の背中を見送りながら、ゴツい都頭(とどう)に引っ立てられていく巽であった。

 

------------------


 後日。

 破廉恥通り魔に、亮州知府の沙汰が下った。

 巽は晴天の下、処刑場も兼ねている広場へ引き出されていた。

 広場をぐるりと囲っているのは、険しい表情の女性たち。下は十一歳、上は八十五歳まで。

 

「これより、罪人……キ、キノ……イ? タ、ター……」

「木ノ枝巽!」


 罪状を読み上げる崔知府、八洲の言葉が発音しづらい。

 巽の怒りの声をおほんと咳払いで誤魔化して、知府は女性たちに告げた。

 

「刑は投石! 被害に遭った者は3個ずつ石を投げるが良い!」


 言うなり知府はさっと避難する。瞬間、広場の中心へ向けて、石の雨が降り注いだ。

 

「い、いだっ、あっ、ちょっ」


 石つぶての中悶える黒ずくめを、黄雲は神妙な面持ちで清流とともに眺めている。

 

「この変態野郎!」


 石礫(せきれき)を投げる女性の中には、あの時清流堂の門前で泣いていた乙女の姿もある。

 

「このクソ野郎が! 死んで償え変態野郎!」


 あの楚々とした乙女が、今や修羅の表情でつぶてを投げつけている。元気そうで何よりだ。

 

「女って怖いんですね」


 黄雲はつくづく思う。隣に立つ師は言わずもがな、虫も殺せないような柔和な雪蓮お嬢さんですら、武芸十八般の使い手だ。

「私に言うなよ」なんてすまし顔で答える清流の隣。黄雲は先日戦った好敵手の最後を見届けるのだった。

 それにしても。

 

「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」


 巽は石が直撃する度に、そう叫んでいる。

 

「あいつなんで感謝してるんだ?」


 頭のおかしい奴なのは十分承知だが、それにしても不可解だ。そんな弟子へ師、(のたま)わく。

 

「弟子よ……世界は広い。世の中にはいたぶられて喜ぶ性癖もあるのだ」

「へぇ……」


 なぜ師匠はそんな事を知っているのか。師に後ろ暗いものを感じつつ、黄雲は投石刑を見守る。金一封のおかげで、懐は暖かい。


「あああ、ありがとうございますううう!」


 なんとなく気持ち良さそうな声が、亮州の空にこだまするのだった。

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