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4 木氣凛々

「金のためでも何でもいいけどさ」


 覆面男の三白眼は、いかにも迷惑でたまらないとでも言いたげな色を浮かべている。

 

「つまりお前は俺の敵ってことで間違いないわけだ」


 懐からぞろりと箸……ではなく、棒手裏剣を取りだし、男は言う。手に持つ武器は、十本ほどになるだろうか。

 

「はいっ!」

「うわっと!」


 容赦なく投げつけられる一発目。すんでのところで(かわ)した黄雲だが、木切れは道服を切り裂き地面へ刺さる。しかしぼんやりしている隙もなく。

 

「ははははいっ!」

「ちょっ、おまっ!」


 覆面男は再び屋根へ飛び上がり、黄雲めがけて棒手裏剣をひたすら乱撃。一振りで一度に十数本もの木片が、獲物を追うように地面へ打ちつけられていく。弓兵の群れが放つ矢の雨が如く、無尽蔵の棒手裏剣が放たれた。


「なっ! どこにあんなに仕込んでやがる!」

「うわわっ!」


 次々地に刺さる棒手裏剣の軌道のわずか先を、黄雲は雪蓮の手を引いて走る。『神行符』の力を借りているにも関わらず、攻撃を避けるので精一杯だ。

 黄雲は舌を巻いた。暗器を放つ腕もさることながら、棒手裏剣とやらの物量のなんと膨大なことか。あの紺色の黒ずくめのどこに、こんなに隠し持っていたのやら。


「ちょっとここに隠れててください!」

「きゃっ!」


 雪蓮を母屋の裏口に突っ込んで、黄雲は矢の如き木切れの雨の中へ飛び出した。

 

「黄雲くん!」

「いいですか! そこから出ないでくださいよ!」


 振り返らずに指示し、少年は木剣を振りかざす。斜め上から刀身へ、次々と手裏剣が刺さる。

 

「そこか!」


 暗器の発射元を見定めて、黄雲は壁を蹴りあがり、屋根へ飛びついた。

 必死によじ登った屋根の上では、覆面男が懐からさらなる棒手裏剣を取り出すところ。

 黄雲は足に張り付けた『神行符』にいっそうの氣を込め、暗器が放たれる前に男の懐に入った。

 

「あっ、しまっ……」

「落ちろ変態!」


 黄雲は紺色の衣装を掴むと、男を地面目がけて引きずり下ろす。油断したらしい覆面は、あわれ重力のなすがまま。

 どしゃり。

 もろともに地面へ落ちた敵同士。しかしこのくらいの落下なら耐えられるのか、覆面男はすぐに身を起こした。

 

「いっつ……この野郎……!」


 男は地に伏したままの黄雲を狙うが、しかし。

 突然男の足元、むき出しの土が盛り上がる。

 

「なっ! なんだ!?」


 隆起した土塊は、男を飲み込むようにして全身にまとわりつく。そして地面へ引き込み……

 

「はっはっはー。捕まえたぞ、金一封!」

「な、なんじゃこりゃあ!」


 立ち上がり、急に余裕綽々の黄雲。そしてその眼下には、首から下をすっかり地に埋められた覆面男の姿。

 唯一地上に生えている首は、突然のことに驚愕している。

 

「いやぁ、最初からこうしとけば良かったな」

「黄雲くん! 大丈夫!?」


 一仕事終えたように首をコキコキ。そんな黄雲に駆け寄ってくるのは、母屋に隠れていた雪蓮だ。


「うわぁ……」


 周囲の様相を見渡して、雪蓮はなんとも言えない声を上げる。

 そこらに刺さっている大量の箸。そんな中、地面から首だけ出している覆面男。

 趣味の悪い墓地でも見ているような気分である。

 

「参ったなぁ……お前、土使いかよ」


 生首は悔しそうにぼやく。覆面男の有様に、黄雲はご満悦だ。

 

「まったく手間取らせやがって。じゃ、今からお役所に引っ立てていくから、後はお(かみ)にたっぷり絞ってもらいな」

「なあ、あのさぁ……」


 上機嫌の黄雲を、男の三白眼は鋭く見上げている。先ほどまで見せていた悔しげな表情は既に消え、獲物を狙う猛禽のような光が瞳に宿っていた。

 

「あんまり気ぃ抜かない方がいいと思うぜ?」

「その状態で何を……」

 

 どうせ負け惜しみ、と黄雲は侮るが。

 

「! これは……!」


 次の瞬間に感じたのは、土の下を這うように流れる『氣』だった。陽多く陰少ないこの氣は……

 

「お嬢さん、離れて!」

「えっ?」


 黄雲が叫ぶのとほぼ同時。地に刺さっていた無数の棒手裏剣が、一斉に膨張を始める。

 土へ根を伸ばし、天に向かって枝を広げ上に上に育っていくさまは、まさに樹の成長だ。樹木が育っていくさまを、早回しで見ているかのような異変。

 あっという間に清流堂の裏庭は木々で埋め尽くされ、黄雲と雪蓮は木立の間に呆然と立ち尽くす。

 そして黒っぽく育った幹からふわふわと、季節外れな薄桃色の花が咲き始めた。

 桜だ。

 

「いやいや助かったぜ。盛大に油断してくれてさ」


 地面に埋められていた男は、悠々と土を崩しながら這い上がる。大量の樹木が急激に成長を遂げたため、土が痩せて脆くなったのだ。

 黄雲は眉根を寄せる。

 予想だにしていなかった。男がしてみせた芸当は、道術にほかならない。


「お前……木氣(もっき)を……!」

「さーてと……」


 もはや満開となった桜の下。覆面男は一歩、二歩と二人へ近づき……

 

「じゃあ俺は逃げるっ!」

「はぁっ!?」


 襲いかかると見せかけて、男は華麗に身をひるがえした。男は再び宙返りして屋根の上、どうやら高いところが好きらしい。

 

「これ覚えたてですっげえ疲れるんだわ! んじゃっ!」

「ちょっ、待て! 待ちやがれ!」


 黄雲の叫びもむなしく、男は屋根から隣家の塀へ飛び移り、付近の瓦屋根を伝うように消えて行った。

 あっという間の逃走劇。

 

「金一封が……」

「でもすごく綺麗……」


 落ち込む黄雲。雪蓮はのんきに桜に見とれている。

 

「お嬢さん、留守番を頼みます」


 出し抜けに少年が発した一言に、夢見心地の雪蓮も目が覚める。

 振り返ってみれば、黄雲は先ほど取り落したらしい木剣を拾うところだ。木剣に刺さっていた棒手裏剣は成長せず、そのままの状態のようだった。

 邪魔そうに木剣に刺さった箸を引き抜き、黄雲は雪蓮を振り返る。

 

「僕はあいつをとっ捕まえてきます」

「え、ええ!? でもあんな遠くに逃げちゃったよ!?」

「大丈夫、追えます。あいつまだ氣の扱いに慣れちゃいないらしい」

「う、うん?」


 雪蓮、黄雲の言葉の意味がよく分からない。彼も彼女にいちいち説明する気はないようで。

 

「じゃ、行ってきます! ちゃんと留守番しといてくださいよ!」

「ま、待って黄雲くん! ひとりじゃ危ないよ、私も……」


 雪蓮の言葉を待たず、黄雲は目の前の地面に飛び込んだ。とぷん、とまるで水に潜るかのように、少年の姿は土の中に消える。

 

「えっ、えええ!?」


 少女は黄雲が消えた地点へ駆け寄った。いくら触ってみても、そこは普通の地面。ざらざらと砂利が雪蓮の手のひらを撫でている。

 

「消えちゃった……」


 ひとりごちる雪蓮。

 塀の外からは、いまだ気持ちよさそうな清流道人のいびきが響くのであった。

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