3 覆面野郎はやり手の変態
「よっと」
覆面男は軽く運動でもするかのような気安さで、屋根から身を翻し黄雲たちの前へ飛び降りた。
瞬間、肉薄。黄雲の目の前には既に覆面から覗く三白眼。
「まず野郎にはご退場願おうか!」
「!」
言うなり、少年の鳩尾めがけて繰り出される掌底。明らかな急所狙いに、黄雲は、
「なんのっ!」
こちらへ突き込む腕を体側から横に薙ぎ、覆面男の背後を取る。間髪入れずに繰り出す上段蹴り、しかし。
「おっと!」
覆面男もさるもので、腰を落とし、すんでのところで黄雲の蹴りを避けた。
「やるじゃん」
息切れひとつ起こさずに立ち上がり、覆面男は黄雲を見下ろしている。目の前にしてみて分かったが、この男、黄雲よりもおそらく年かさだが、まだ若い。露出している目元の肌の調子から見て、十代後半か。
「…………」
黄雲は無言で木剣を腰から抜き取る。
今の組み打ちで分かったが、この男、中々の体術の使い手だ。ただの変態ではないらしい。
「えー、なに? 武器使っちゃう? 使っちゃうのねえねえ?」
「るっさいな、黙ってらんないのあんた?」
それにしてもよく喋るやつだ。木剣を構えながら、黄雲は嫌になる。しかしこやつを捕まえなければ、金一封は得られない。
「よーし、じゃあこっちも使っちまうか」
と、言いつつ覆面男は特段武器を構える仕草もせず、ただ突っ立っている。ふざけてんのか、と黄雲は内心毒づきながら、じり、と距離を詰めた。
と、それは突如黄雲の頬を軽く切り裂きながら掠めていった。
「黄雲くん!」
後ろでハラハラしている雪蓮が叫ぶ。
今更感じてきた痛み、見えなかった攻撃。目の前の男は、いつのまにか体勢を変えている。
いかにも、今なにかを投げました、とでも言うような体勢に。
(暗器か?)
おそらく目の前の男は、衣服の中に隠し武器のようなものでも持っているのだろう。例えば団牌の裏に隠し持つ飛刀のように。
でも、一体何を投げた?
「おっと、ぼやぼやしてる場合かな?」
覆面は懐に手を入れ、隠し持つ暗器が見えぬ程の速度で腕を振り抜いた。風切り音、それも二つ。
「! お嬢さん!」
音が向かった先には、固唾を飲んで見守っている雪蓮の姿。
脚絆に仕込んだ『神行符』が唸りを上げ、黄雲は反射的に雪蓮の目前へ立ちはだかる。
そしてとっさに左右の手にて、はっしと掴みしその暗器。
「お箸!?」
二本一対のその暗器、見まごう事なきまさに箸。
「ちがう!」
……違うらしい。
「手裏剣! 棒手裏剣!」
「しゅ、しゅりけん……?」
聞いたことのない武器だった。見た目はまったく箸である。どこにでもありふれた、木製の箸だ。
「つかさー! なに邪魔してくれちゃってんの!?」
マジむかつくんですけどー! と、覆面男は緊張感のかけらもない口調で文句を垂れる。
「あーあ、せっかく後ろの子も裸にひんむいてあげようと思ったのに! いいじゃんお前も男なら見たいだろ?」
「だまらっしゃい!」
覆面男はどうやら、先ほどの暗器で雪蓮の服を裂こうとしたようで。黄雲は内心得心した。なるほど、しゅりけんなるお箸の如き暗器を使い、街の婦女子に恥をかかせていたということだ
「は、はだか……」
雪蓮は雪蓮で、あやうく裸にされるところとあって顔を真っ赤にさせている。
そんな彼女は黄雲の背後。少年はさっと片腕を広げ少女をかばい、眉をいからせてはっきり告げる。
「この恥知らずのド変態め! お嬢さんには指一本触れさせません!」
「黄雲くん……!」
指一本触れさせないは、乙女ならば誰もが言われて見たい台詞であるが。
「なんだお前、そっちの女の子のコレかい?」
小指を突き立てて問う覆面に、
「バカ言うんじゃない、銭のためだ!」
やはり黄雲は黄雲である。相も変わらず、乙女心の分からん拝金主義のクソ野郎なのだった。
「だよね……」
つぶやいた雪蓮の表情は、どこか諦めを含んでいた。