4 道中にて弟子をこらしめる話
古くからこの大地は、太華と呼ばれてきた。
北と南にそれぞれ大河が流れて肥沃な土地を作り、人間は数千年の昔からその恵みに寄り添って生きてきた。
太華の歴史は治水から始まる。二筋の大河は大いなる恵みももたらしたが、度々氾濫し、数えきれない命を飲み込んだ。
そんな大河の治水に功を挙げた者が最初の王となり、以降様々な王朝が生まれるきっかけとなる。
ある時は暴政によって起こった反乱により国が亡び、ある時は群雄割拠、そして統一王朝が生まれ、倒れ。
再び統一されたり三つに分裂したり、また統一されたり。すったもんだの王朝交代劇の果ての果てに、現在は王氏治める栄王朝の御世に落ち着いていた。
太華東部にあるここ亮州は、二千年ほど前、亮国という独立した国であった。首都・燕陽城は北側を天嶮・燕山に抱かれ、東側を通月湖という広大な湖に守られていた。そして南西には堅牢な城壁を施し、当時は難攻不落の城として名を馳せていた。その後太華全土を統一する国家が現れた際、内通によってあっけなく陥落してしまうが。
その後は地方都市として歴史を歩むことになる燕陽の街は、西方から通月湖に注いでいた河川・亮水の流れを街に引き込み、水路として利用を始める。街中にはあちこちに水路が巡り、舟歌高らかに船頭が舟を漕ぐ姿があちこちで見られた。自然石橋も多く作られ、燕陽は風光明媚な城市として再び名を馳せる。
栄王朝の時代に入ってからは、名を亮州と改められ、周辺七県を管轄する要所となった。
そんな歴史ある街を、黄雲は満面の笑みで歩いている。
手には銀子の詰まった布袋。ほくほくと上機嫌でそれを抱えていた。
「はぁ……この重み……さすが知府殿……」
父を褒められても、なぜかさっぱり嬉しくない雪蓮である。隣を歩く彼の横顔、まるで白昼夢でも見ているかのよう。
清流道人は後ろの二人に構うことなく、くぁっと大あくびを放っている。
「さてお嬢さん」
清流がこちらを振り向いた。知府邸にいた時よりも、幾分か砕けた言葉づかいになっている。
「申し訳ないが、我が清流堂は少々遠い。しばらく歩くが、よろしいかな?」
「ええ、大丈夫ですわ」
雪蓮の返事に、清流はニコリと笑って見せる。と、その視線は隣を歩く弟子へ。
「こら、黄雲!」
「いって!」
突如師匠の鉄槌が、弟子の脳天を襲った。いきなり殴りつけられた黄雲は、涙目で清流を睨みつけた。
「いったぁ……いきなり何するんですか!」
「聞いたぞ黄雲。お前昨晩、お嬢さんを背に負ったまま物の怪と相対したそうだな?」
清流の言葉に、「それが?」とでも言いたげな眼差しを送る少年。
弟子の反応に深いため息を吐き、清流は続ける。
「馬鹿者! 依頼人のご息女を危険な目に遭わせるとは、何事だ!」
「だ、だって……」
師の指摘に少し申し訳なく思う所があるのか、黄雲は口ごもりながら、一瞬雪蓮を見る。
「あの時は、あの方法しか思いつかなかったのです。猪はお嬢さんを狙っているようでしたし……」
「つまり、囮にしたというわけだな」
「うぐっ!」
図星である。本人の前でそういうこと言うなと、少年は師に対し、内心ほぞを噛む。
黄雲は途端に居心地が悪くなった。隣に立っている少女からの視線が痛い。
「私、囮だったの?」
「え、えっと……それは……」
雪蓮の瞳には、責めるような色は無く。少し悲しげにこちらをただ見つめていた。一応良心が爪の先くらいある黄雲、さすがに胸が痛む。
「でも、ちゃんと助けてくれたよね!」
少女はかぶりを振って悲しげな表情を追っ払い、屈託のない笑みを浮かべた。
「ありがとう」
雪蓮は少年の手を取って、頭を下げる。
「…………」
彼女の一連の行動に、黄雲、心を動かされ――
「ほらほらほら師匠~、お嬢さんもこう言ってることですしさぁ、いいじゃないですか! 無事終わったことだし水に流しましょうそうしましょう!」
なかった。
調子よくへらへらと笑って済ませようとする弟子に、「お前なぁ……」と師匠は二発目の鉄拳の用意。
頭蓋を打つ音高らかに。
亮州の空に、拳骨の音が響いた。