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9 しのぶ、急襲

 まだ幼い頃だった。

 (わらべ)とはいえ、周囲からは一介の忍びとして見なされていた。


──人を殺せと命じられた。


 必死の思いで体得した術を駆使し、やっとのことで忍び込んだ屋根裏。標的が梁の下にいるのを見て、震えが止まらなくなった。

 そんなときに、ひそひそ声で励ましてくれたのが同行していた兄弟子だった。


「怖がるこたねえさ。いい(まじな)いを教えてやる」


 普段はどうしようもなくスケベで、どうしようもないうつけ者の兄弟子が、優しく教えてくれたのが九字だった。

 

 臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん


 手指の仕草とともに、小さく呪文を繰り返せば気持ちが少し落ち着く気がする。


「よし、できるか?」


 意を決し。こくりとうなずいて、しのぶは梁の上から飛び降りた。

 着地点は標的の肩、そして狙うはその(くび)もと。刃を突き立てたけれど、急所からは少し外れてしまって。

 結局、血しぶきの中で始末をつけたのは兄弟子だった。しのぶが仕損じた男の喉をただ一刀でかっさばき、一言、「次は頑張れよ」。

 そのときの兄弟子の横顔を、しのぶはずっと覚えている。

 三白眼に浮かんでいたのは、悔いと迷いの色だった──。


 そして今。しのぶは闇の中、静かに時を待っている。


「臨、兵、闘、者……」


 あのときから、大事の前には必ず九字を切っている。ひとつの字、ひとつの印を、大切に大切に、噛みしめるように。


(兄上……)


 血のつながりはなかったけれど、しのぶは勝手に兄と呼んで慕っていた。

 すべてはその、兄のために。


(兄上は、必ず私が……)


 皆、陣、列、在、前。


----------------------------------------------


「くっそー、あんのアホ真君め! ひとりで行っちまいやがって~!」


 煌びやかな後宮の廊下にて。

 ひとりギリギリ奥歯を噛みしめ地団駄踏んでいるのは誰あろう、那吒(なた)ちゃんである。

 少年神、現在その装束は宮廷女官。もはやただの美少女である。


「まったく! 後宮がどうにも怪しいって噂が立ってるからさ! 二人で潜入しようって話だったのに……!」


 周囲に誰もいないのをいいことに、那吒、述懐。というか愚痴。


「なーにが『私は少々皇太子の方を探ってくる』だっつの! ったく、人を一人でこんなとんでもねえところに置いていきやがってよ!」


 先日の神将墜落事件から。

 人知れず垙京に忍び込んだ神将たちは、こっそり禁城へ潜入を果たし、霊薬(エリキサ)に関わる情報集めに奔走していた。そんな中、後宮へ出入りする宦官(かんがん)連中から盗み聞いたのが「皇后が仙丹を煉ろうとしている」という噂であった。

 ならば後宮に潜り込みさらなる情報を、ということで。

 那吒は女官に扮し。

 二郎真君はネズミのまんま潜入捜査。というか二郎神、化けたまま戻れない。

 さて、数日前。嫌々女官の装いとなった那吒へ。


『いいか那吒。我々は鴻鈞道人の結界によりいま、力を失っている。しかし力を取り戻す好機があるとすれば、冬至……すなわち大礼(たいれい)の日だ。皇帝が地を祀り、この地の氣脈に活力が満ちるときこそ絶好の機会』


 などと二郎真君は至極真面目な声で告げた。もちろんネズミの姿のまま。

 そういうわけで、冬至が来るまで神将たちはただの美少女とネズミというわけだ。そしてその日を迎えるまで、後宮で二人そろって諜報活動に勤しむはず……であったのだが。

 情報を集めるうち、二人は皇后と皇太子が反目し合っていることを知る。そして何を思ったのやら、先の那吒の言葉通り、二郎真君はさっさと太子殿へと走り去ってしまった。別れ際、


『なに、心配するな。しばらくすればまたこちらに戻ってくる。それまで無事でいるのだぞ、那吒。ちう』


……と言い残して。

 那吒、思い出すにつけ腹立たしさがみなぎってくる。


(無事でいろ、ったってさぁ……!)


 那吒はこそこそと廊下を歩み、曲がり角に出くわすと壁際に身を潜ませた。

 角の先から聞こえてくるのは、笑いさざめく女の声と、聞き覚えのある男の声。


鴻鈞道人(こうきんどうじん)……!)


 ここは後宮の中でも、皇后の住まう房近く。そっと角から顔を覗かせてうかがい見れば、華麗な衣装の佳人と談笑している金髪碧眼の男の姿が目に留まる。

 那吒は天界で少しだけ、鴻鈞道人とまみえたことがある。そのときからなんとなく、いけ好かない美男だとは思っていたが。その彼と話している女──おそらく皇后は、どこか(とろ)けた表情をしている。

 最古の天仙、一体何を企むか。話し声をよく聞こうと、那吒が聞き耳を立てていると。

 ふと、鴻鈞道人の背後。天井から床へ、音もなく着地する黒い影。

 その姿を見るなり、那吒は「あいつ!」と声を上げそうになった。

 全身を覆う深い紺色の装束。覆面、三白眼。


(あの野郎……クソニンジャめ!)


 思わず全身に怒気をたぎらせたのが、いけなかった。


「おや……」


 鴻鈞道人の碧の瞳がこちらを捉える。しかもにっこり笑う。


(やばっ!)


 那吒、思わず顔を引っ込めて口をつぐむけれど。


「鴻鈞殿、どうなさいまして?」

「…………?」


 たおやかな口調で問う皇后に、こちらを訝しんでいる気配の巽。心臓バクバクの那吒。


「いえ……気のせいのようです。四郎、下がれ」


 しかしなぜか、鴻鈞道人はいまの一瞬をなかったことにした。明らかに、こちらへ気付いていただろうに。

 鴻鈞は忍びを脇へ控えさせると、皇后へ辞去の挨拶。皇后も鴻鈞道人に対する用はもう終わったのか、「ごきげんよう」と品良く返し、ついでに巽へ侮蔑の視線を投げつけて奥の方へ去って行く。

 そして鴻鈞道人と巽が、廊下をこちらへ向かって歩いてくる気配。


「やべっ、やべっ!」


 那吒ちゃん、女官服の裾をたくし上げ、ガニ股でわたわた大慌て。しかしながら出くわす寸前、咄嗟に見つけた小部屋に飛び込んで事なきを得た。部屋の扉越しに、天仙と忍びが通り過ぎていくのが分かる。


「……ネズミめ」


 通りすがりざま、鴻鈞道人が巽に聞こえぬよう一言吐き捨てた。那吒、生きた心地がしない。


(くっそ! 泳がされてんなこりゃ!)


 暗がりで那吒は頭を抱える。二郎真君は「無事でいろ」なんてさらりと言ってくれたが。

 那吒には分からない。鴻鈞道人が何を考えているのか、その企みを暴くにはいったいどうすればいいのか。明日の我が身は無事なのか。


(クソ兄い! はやく帰ってこい!)


 いつも肝心なときにいないんだからと、那吒はひとりぷんすかと腹を立てるのであった。




 さて、鴻鈞道人と巽。那吒の耳目の届かない場所まで歩き着くと、鴻鈞はおもむろに口を開いた。


「しのぶはどうしてる」

「太子殿へ」


 短いやりとり。優男は「ふむ」と満足げな声。しかし背後に控える巽の目は、(うたぐ)るように鴻鈞道人を射貫いていた。


「なあ、鴻鈞道人さんよ」

「なんだ」

「しのぶは……あいつは一体どうなってる」


 三白眼を鋭く細め。巽は絞り出すような、低い声。


「あいつは、前は……」

「四郎」


 宥めるように名を呼んで、鴻鈞道人は後ろを振り返った。巽を見るその顔は、あくまで柔和に微笑んでいて。


「しのぶのことなら心配するな。あの通り、体は問題ない」

「確かに体はよくなったかもしれねえけど!」

「四郎」


 今度は有無を言わせぬ、圧のこもった呼び声。表情はやはり柔和だが。


「命が助かっただけ良かったじゃないか。あのとき施術が間に合わなかったら、どうなっていたか」

「…………」


 碧の瞳はやはり、底知れないものを湛えて忍びを見下ろしている。


「少しの副作用ぐらい、飲み込んでくれ。これからもお前達の働きに期待しているよ。功あればお前のそのふざけた体質も、そのうちなんとかしてやろう」


 そう告げて、踵を返し。

 鴻鈞道人はカツカツと靴音を立てて、ひとり廊下を歩んでいく。その背を見送る忍びの目には。


「…………けっ」


 悔いと、迷いの色。


------------------------------------------------------


 (てん)という(いみな)はその字義の如く、事あるごと彼の生い立ちに纏わりついてきた。

 赤子の頃から育ててくれた師は、あくまで師として振る舞った。親代わりではあったけれど、親以上の愛情をかけてはくれたけれど。それでもいつもどこかで、一線を引かれていた。

 纏と呼ばれるとき、少年はどうしてか自分を遠く感じたものだった。師が自身を諱で呼ぶときは、自分の知らぬ自分を呼んでいるような。そんな感覚をどうしても覚えてしまう。

 しかしこんな帰着点だとは、黄雲は当然思っていなかった。長年秘匿してきた諱と生年月日。それらによって導かれたここは、国都・垙京(こうけい)の禁城。この国の皇帝──そして遙か西方の異邦の王の血を引く自分。

 結局、昨晩黄雲はまんじりともしなかった。一晩中、様々な懊悩が巡った。そして己が何をすべきなのか、結論は見えぬまま。

 朝日を重苦しい気分で迎えた黄雲だったけれど。

 そんな彼を待ち構えていたのは、朝いきなりの驚愕であった。


「え……?」

「意外と早く起きたな。さあ席に着け」


 下仕えの者に導かれて食卓へ赴いた黄雲が見たものは、甲斐甲斐しく朝食を配膳する皇太子の姿であった。

 他の使用人といえば、壁際に立って控えているだけ。食事の準備をしているのは皇太子だけである。


「……?」

「早く席に着け。冷めるぞ」


 理解が追いつかない弟にぶっきらぼうな声をかけ、兄は悠然と着席。食卓に並ぶ食器はすべて銀。温かい(タン)や肉餡の包子(バオズ)、それに煮魚がほこほこと湯気を立てている。すももに梨といった果物も並べられていた。

 そんなところへ。


「ふぁ~、今朝もお早いですな殿下」


 のんきにあくびをしながら、潘天師(はんてんし)も現れた。

 そんなこんなで始まる食事。

 さも当然、というように食べ始める二人を、黄雲は食べるのも忘れてただぼんやり見ている。気になることは、まず。


「あの……配膳は皇太子殿下がされるので……?」


 そう問えば、皇太子は品の良い箸使いをいったん止めてけろりと答えた。


「毎食そうだ。どこで誰に何を入れられるか分からんから、調理も私自身でしている」

「はぁ……!?」


 ということは、いま目の前にあるこの三人分の食事は、皇太子御自らによる手作りということになる。手をつけるのがあまりにも恐れ多い。が、隣席の潘天師は気にせずがつがつ飲み食いしている。


「太子の暮らしは、上げ膳据え膳のぬるま湯生活とでも思っていたか?」


 唖然としている黄雲に一瞥を送り、皇太子は再び箸を動かし始める。

 黄雲は視線を卓の上へ落とす。銀の椀にたゆたう透き通った(タン)。銀の器は贅沢の産物ではなく、要するに毒を盛られることを警戒してのことだろう。

 しかし。

 (タン)の中に浮かぶ具材をしばし見つめ、黄雲は困ったように皇太子を見た。幾ばくかの野菜とともに、肉が入っている。


「どうした、食べないのか?」


 こちらの様子に気付いた皇太子に尋ねられ。黄雲はおずおずと口を開く。


「僕は……肉は、その……」

「道士の身の上を気にしているのか?」


 きつく、咎めるような声だった。兄はそのままの口調で続ける。


「そんなものは気にするな。たったいま還俗したということにするといい」

「んな無茶苦茶な……! というか!」


 あまりにも乱暴な言いっぷりだったので、黄雲は思わず抗弁に走る。少年の矛先は、傍らで食事をむさぼっている潘天師へ向かった。


「潘殿はなんなんですか! この人太廟の偉いさんなんでしょ、道士なんでしょう! それがこの肉入りのなまぐさ飯をさっきからかっこむかっこむ!」


 しかし槍玉に上げられても潘天師、なぜか余裕の表情。それもそのはず。


「ふふふ、残念だったな少年……これは吾輩専用の精進仕様、肉は一切入っておらんのだよ!」

「なっ、ずるい!」


 よく見れば天師の食事には確かに、肉やその他、道士が禁止されている食材は入っていないようだ。ひとりだけ特別製。えこひいきなのかなんなのか。


「ああ、潘天師の食事だけ出前だ」

「出前!」

「さすがに天師の分まで食材を分けて作るのは面倒くさい」


 ただ手抜きをされているだけであった。やんごとなき手抜き。

 それはともかく。


「食べながら聞いてくれ」


 皇太子は人払いの合図。使用人が全員退室したところで、至極真面目に話を切り出す。


(てん)のことは、大礼(たいれい)の日に陛下へお伝えしようと思う」


 その一言にブッと粥を吹き出して()せ込んだのは、潘天師だった。


「ちょ、ちょっと殿下……! その日吾輩は!」

「そうだな。潘天師は太廟(たいびょう)の長として、儀式を取り仕切らねばならない」


 大礼。冬至の日、皇帝によって行われる、地を祀る儀式。代々皇族の祖先を祀っている太廟の道士も、大事な役割を負っている。

 そんなことは百も承知、といった顔で皇太子。


「儀式が一段落したところで、纏を陛下に会わせる。それならお前もその場にいるだろう」

「しかし……儀式が終わるまでの間はどうなされます」


 皇太子の淡々とした言いっぷりに、潘天師、渋い顔で反論。


「吾輩は三日前から大慶殿に控え、物忌みなさる皇帝陛下を補佐せねばなりません。吾輩がいない間、お二人の守りが手薄になりますが」

「そこはなんとかしろ」

「む、無茶ぶりすぎやしませんか殿下!」

「ともかく」


 四の五の言っている潘天師をさらっとかわして、皇太子は続けた。


「大礼の儀式の直後なら、周囲に大半の朝臣が控えているはずだ。かの者たちの面前で、纏……お前の存在を陛下に認めて頂く」


 じ、と皇太子は怜悧な瞳で弟を見る。つまりそれは、黄雲の存在を皇帝の第二子として、大々的に天下へ知らしめることと同義だ。


「親子の証なら、これで十分だろう」


 言いつつ皇太子は右の袖をまくる。露わになる青黒い痣。黄雲の背中にあるものと、同じ色と形。


「我々一族には不思議なことに、男子の身体のどこかに必ずこのような痣が現れるのだ。無論、我が父にも、弟にも」


 まるで龍がのたくるような痣をひとしきり見せつけて、皇太子は袖を元に戻した。「このことは皇族と一部の者しか知らんがな」と、再び食事を続ける。


「それに、お前は陛下のお顔立ちによく似ている」


 煮魚の身を綺麗にほぐしながら、皇太子は言った。黄雲とよく似た目鼻立ちは、相変わらず沈着の面持ちを続けている。


「誰も疑う者はいないだろう。安心して事に臨め」

「ぼ、僕は……!」


 しかし黄雲はすんなり了承などできるはずもなかった。

 まだ少年は、己が血筋と素性を受け入れられずにいる。黄雲はあくまで道士として育ち、これまでもこれからも、そうあるつもりだった。

 だから彼の前に置かれた食事の中、減っているのは肉の入っていない粥だけで。


「食事が進んでいないようだな」


 それを見咎めて、皇太子。わざわざ席を立ち、取り皿に魚や肉餡の包子を盛って黄雲の方へドンと置いた。


「さあ食べろ。今日からお前には帝王たる教育を施してやる。朝餉くらいしっかり摂れ」

「…………」


 ずい、と皿を寄せられる。しかし黄雲はかたくなに手を付けない。


「……僕は道士です」


 頑固に告げる言葉。膝の上で黄雲はぎゅっと拳を握る。いままでの生涯、精進物ばかりを食べて過ごしてきた。これに口をつけたら、黄雲は黄雲でなくなってしまう。


「そうか」


 強情な少年へ、皇太子は無感情に頷いた。

 かと思えば直後、冷淡な仕草で皿を床へ払い落とす。


「なっ!」


 カランカランと床を転げ回る銀の皿に、無残にもあちこちに散らばる包子や魚の残骸。

 驚き振り仰ぐ弟へ、兄は淡々と語る。


「この食材は、民から集めた税で購ったものだ」


 その言葉に、黄雲の胸がちくりと痛んだ。


「お前が食べぬと言うなら、どのみち捨てる羽目になる。……無駄になったな」

「そんな……」


 足下でゴミと化してしまった料理を見つめながら、黄雲はいたたまれない気持ちになる。食べなかったのは、決してそんなつもりではなかったのに。


「殿下……」

「フン」


 潘天師の呆れた視線に構うことなく、皇太子は再び自席に戻り食事を再開。

 結局黄雲は、それ以上食べることができなかった。無駄と言われても、それでも。




 後味の悪い朝餉を終え。

 太子殿の廊下を二人に連れられて歩きながら、黄雲は考えていた。

 自分はここにいるべきではない、と。


(皇帝の隠し子だとか、昭王だとか、冗談じゃない!)


 黄雲は己の運命を押しつけてくる皇太子に、いい加減不満を覚えていた。さっきの朝餉の件もそうだ。


(僕は道士だっつの、道士!)


 心の中にいらいらを滾らせて、黄雲がたどり着いた結論は。


──僕はあくまで清流堂の道士。知府から霊薬(エリキサ)祓いを依頼されたからには、筋を通さねば。


「そういえば殿下、昨日の刺客の件ですが……結局皇后との繋がりが判明しなかったと吟味役人が……」

「ふむ……」


 皇太子と潘天師は黄雲の前を歩きつつ、前日の暗殺未遂事件を云々している。二人の目がこちらを向いていないことを悟ると。

 黄雲は脇にあった通路へ、物音を潜めてさっと飛び込んだ。そして足早にその場を後にする。


(ったく、付き合ってられるかっての!)


 黄雲はこのまま太子殿を脱して、付近に来ているはずの師と合流するつもりだった。

 雪蓮のことがものすごく気にかかるけれど、いまこの近辺に彼女の氣は感じられない。あのとき巽らに連れ去られてしまったのか。一体どこにいるのか。


(まずは禁城から出なくては……)


 出口を求めて、少年は複雑な造りの宮殿を彷徨った。あの二人はまだ気付いていないのか、廊下はしんと静まりかえったまま。

 好機とみて、黄雲が歩みを早めようとしたときだった。


「!」


 気配。それも、天井から。間髪入れず。

 天井板をぶち破って落ちてくる人影。


「んなっ!」


 黄雲は慌てて避けるが、間断なくその喉元へ刃物が突きつけられる。

 瞬時に間合いを詰め、黄雲の喉笛へ苦無の切っ先をピタリと宛がうその人物。

 黒い装束、濡れ羽色の髪、顔の下半分を覆う覆面。

 まだあどけないその顔には、生気が一切無く。

 その少女に、黄雲は見覚えがあった。


「お前は……!」

「声を上げるな」


 忘れるはずもない。巽とともに、雪蓮を拐かした八洲(やしま)の少女。


「私とともに来てもらおう、隠匿されし第二子・王纏(おうてん)

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