4 道中それぞれ
「えっ、哥哥生きてんの!?」
「うん」
真実はあっさり告げられた。
亮州城外、人気のない広野。火眼は黄雲がどうやら生きているらしいことを、逍、遥、遊の三人に伝えるのだった。
子ども達の喜びようときたら。
「まあ生きてると思ってたよ、おれは!」
「殺しても死なない憎まれっ子だし?」
「あー心配して損した!」
……などとへらず口も絶好調。とはいえ上がってしまう口角は抑えきれないようで、とことん素直ではない。
『…………』
瓢箪の中の清流は何も口を挟まない。すべて火眼に委ねている。
さて子ども達、黄雲の無事を知っても旅をやめる気なんてさらさらない様子。
「よーし、じゃあせっちゃんを助けるついでに、哥哥も迎えにいってやろうぜ!」
「ついでに垙京観光だ!」
「もちろん哥哥のおごりね!」
ぃやっほう! と歓声、もはや行楽気分。そんな浮かれた雰囲気へ、水を差すように。
「まったく! 遊びに行くんじゃないんだぞ! これから都の官僚やら皇族やら天仙やらとやりあおうというのに、子ども連れなんてとんでもない!」
ぐちぐちと苦言を呈しながら近づいてくるのは、旅姿の崔子堅だ。その後ろには秀蓮の愛馬・紅箭が、背に荷物を乗せ、大人しくパカポコと付き従っている。さらにそのそばで、馬の脚に踏まれないようちまちま歩いているのは三尾。
子堅は出立早々渋面を浮かべながら、子ども達を見下ろして嫌味たっぷりに突っかかった。
「お前たち、別にいま帰ったっていいんだぞ? というか足手まといだ! 帰れ!」
「確かに足手まといかもしれないけど」
「もやしほどじゃないよ!」
幼子三人、ニッコリ笑顔で不遜極まりない。
「クソッ、なんて腹立たしいガキどもだ! 黄雲の弟妹分とあって、さすがにしつけがなっとらん!」
年端もいかない子どもからバカにされ、子堅、おかんむりである。そして怒りの矛先は、眠そうにぼうっと突っ立っている彼へ向かう。
「おい火眼金睛! お前が連れてくって言ったんだからな! きちんと面倒見ろよ!」
「ねむ……」
「責任持てやコラー!」
さて。
亮州を出発した一同は、この広野で玄智真人と落ち合う予定である。到着して幾ばくか、不毛なやりとりに興じていると。
「おおい、待たせたな!」
空の彼方からしわがれ声。
いの一番に気付いた三尾が、三つの尻尾を振りふり、北の空を見上げた。皆もそろってそちらの方を仰いでみれば、青空の中にふよふよとひとつだけ、不自然な動きで近づいてくる小さな雲が目に入る。風でちぎれることもなく、滑らかかつ素早い動きで、雲は地上へふわりと着陸。
地上の仙道の中では習得する者の稀な、雲を起こし空を行く術だ。雲に乗っていた一匹の白猿が、ゆったりとした動きで地上へ降り立った。
「……馬に子どもに、どうしてこんな大所帯に……」
白猿──玄智真人は到着するなり目を丸くした。先刻の話では、火眼と清流と子堅の三人が同行するはずだったのに。
いつのまにか子ども三人に馬まで加わっているなんて、聞いていない。
「お、お前たち。馬と子どもは見送りだろう、そうであろうな!?」
「お猿じーちゃんだ!」
「なになに!? 雲に乗ってくの? すっげー!」
「お、おい清流! どういうことだ清流!」
『師匠……』
このわちゃくちゃな空気。助けと説明と弁解を同時に求めてくる師に、清流、なんと声をかけてよいやら。そうは言っても事の次第は伝えねばならぬ。
かくして、瓢箪はこの状況についてかくかくしかじか。
『……というわけなのです』
「正気かおぬしら……馬はともかく、子ども連れ……」
「心中お察しします玄智殿。まったく、常識的に考えろよお前ら!」
呆れる玄智に、まだぐちぐち言ってる関節大納言。
しかし子ども達のやる気は萎えない。萎えるどころか、わくわくはみなぎるばかり。なにせ目の前にあるのは乗用可能なふしぎな雲、好奇心は止まらない。
「乗せろー! はやく乗せろー!」
「さる! はやくしろさる!」
「こらこら、年配には言葉を慎まんかね!」
ぴょんぴょん飛び跳ね大興奮。雲と玄智を囲んで、回るわ騒ぐわてんやわんや。
たえかねた玄智が「ええい静粛に静粛に! 騒ぐと乗せんぞ!」としわがれ声を張り上げると、さすがに効いた様子。子ども達は「はーい」としぶしぶ、口を閉じた。
やっとこさ黙らせて、玄智はため息まじりに言う。
「まったく……さすがにこの大人数、全員は雲に乗せられん。私のほか、あと三人は乗せてやろう。他の者はそこの馬に乗って行きなさい」
「えー?」
玄智の提示に、子ども達はおろか子堅あたりからも渋い声。
なにせ空飛ぶ雲。みんな乗ってみたいし楽をしたい。雲に乗れば楽しい気持ちのまま青い空をすいすい走り、きっとあっという間に垙京だ。
だから。
「はい! 乗りたいです!」
「あたしも!」
「おれも!」
「待て! 適任は私だ! 私が乗る!」
「ゆっくり寝れるならおれも」
我も我もと口々に、見苦しく騒ぐ御一同。さらには。
「きゅぅん!」
「ヒヒン!」
三尾に馬までもが乗りたがる。そんなわけで勃発、争奪戦。
「私だ!」
「あたしたち! あ、遊だけでもいいよ!」
「のーりーたーいー!」
「ねむ……」
「ひゃん!」
「ヒヒーーン!!」
『ふ、踏まないでくれ紅箭!』
阿鼻叫喚。あさましく醜い奪い合いに、玄智。
「付き合っておられん。みな垙京まで徒歩で行くがよい」
スーッ。
さっさと雲を浮上させ、自分だけ北西の空へ行ってしまうのだった。
「え……」
置き去りにされた御一行。ぽかんと口を開けてそれを見送るしかない。
果たして、前途多難。
『師匠……』
皆が一様に立ちすくむ中。どさくさ紛れに瓢箪ごと馬に踏まれそうになっていた清流は、師が去って行った方向へ意識を向ける。
北西。垙京の方角。自然、そちらにいるはずの、馴染みの氣が微かに薫ってくる。
(黄雲……)
感じられるのは、弟子の氣ばかりではない。弟子とともに、おそらく馬車で移動中の氣が他に二、三人分。
そのうちの一人が放つ氣に、清流は覚えがあった。この氣の持ち主と最後に会ったのは、忘れもしない十四年前。
(潘殿……)
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がたごと。
揺れる馬車の荷台に、黄雲は縛られて転がされていた。
(くっそぉ……)
先刻。青年──王暻の言葉や顔立ちに動揺したのも束の間。一緒にいた観相士により、すかさず縛られてしまったのだ。お陰で術を解かれたいまでも、身動きできない。
百歩譲って、なんらかの血縁があるのは認めるとして。
(なぜ僕をこんな……誘拐まがいの手口で……?)
状況は生き別れた兄弟の感動の再会、なんてお涙頂戴の展開などではなく。
黄雲をふんじばった後は、何事も無かったかのように。観相士は御者台に戻り、王暻は無言で黄雲の斜向かいに座り、俯いている。
一度彼らの目的を聞き出そうと口を開いてみたが、
「いまここで話す気はない。垙京に着いたら教えてやる」
と王暻は一蹴。その後はだんまりである。
そんなわけで黄雲、腹が立つわ気まずいわ居心地悪いわ。道術が使えたなら、早々に脱出を図りたいところだが。
(亮州からかなり離れてしまったようだな……。土行の術は使えないか……)
黄雲お得意の土の道術は、燕陽土地神の庇護下にある地域……つまり、亮州一帯でしか使うことができない。そして馬車の荷台から見える景色の中に、燕山の姿はない。亮州北にそびえるあの高山が見えないとなると、どうやらだいぶ離れた土地まで運ばれてきているようだ。
とはいえ、道術がまったく使えなくなったわけではない。術符を用いる類のもの──たとえば、神行法などであれば使えるはずだが。
(チッ、さすがに取り上げられてるか)
脚絆の中に仕込んでおいた神行符の気配がない。その他、用意していた術符すべてもだ。服を換えられている間に全部回収されたのだろう。内心ほぞを噛みつつ、黄雲はふと意識を研ぎ澄ませる。
遥か後方となってしまった亮州方面に、よくよく知っている氣が二人分感じられる。火眼と、清流道人だ。
生きていたのかと、一瞬ほっと安堵の息を吐く。だがしかし素直ではないもので。
(ったく……生きてんならさっさと助けにこいや!)
内心ついつい悪態をついてしまう黄雲であった。
と、彼がひとりやきもきしている中。
「はぁ……ちょっと、ちょっと殿下! 殿下ってば!」
御者台から疲れ切った声が飛ぶ。黄雲の斜向かいでは、王暻が「なんだ潘天師、騒々しい」と目を擦り擦り、顔を上げるところ。寝てたんかい、と黄雲、なんとなく腹が立つ。また呼び名が「殿下」というのも非常に腹が立つ。皇太子などという戯言は、まだ信じる気になれない。
さて、馬を停め、御者台からこちらへ顔を出した観相士。声も疲れていれば、顔も疲れていて八字ヒゲまでくたびれている。というのも。
「あのですね……! 吾輩の本業は道士でしてね! 御者じゃないんですよ!」
「それが?」
「それがじゃなくて! んもう……吾輩疲れました。馬も言うこと聞いてくれないし」
慣れない御者役だったのか、観相士はへとへとと座り込んだ。そして懐から地図を取り出し、バサバサと広げて。
「いいですか殿下。いままではなだらかな道で、素人の吾輩にも運転できましたが……これから先は山道です。慣れた者を探して、御者を務めてもらわねば」
と、王暻へ現在地と目的地の間を示しながら説明する。王暻、それを見ながら観相士へ。
「お前ではなんとかできぬのか?」
「なんともできません。吾輩はもうこれまでです」
「仕方ないな……」
もはややる気のない観相士。王暻もそれ以上は無理強いすることなく、懐に手を突っ込んだ。
そして躊躇なく差し出される、ゴロンとでっかい金の塊。
「これを持っていけ。この近所の者をあたって、垙京まで馬を御せる者を探すといい」
「へいへい御意……」
「ちょ、ちょっと待てーーーー!」
あまりにも由々しき事態だったので黄雲は口を挟んだ。
「ちょ……ちょっと! それ! その金! それって御者仕事の報酬ってことですよね!? そうですよね!?」
「無論だ」
対して王暻の返答はあっけらかん。隣の観相士も、あれはなんら疑問に思ってない顔だ。しかし、王暻の手に握られている金の塊。あの量の金、うまいこと使えば屋敷が一軒建つ。
いやいやいや冗談キツイ、と黄雲は悪夢を見ているかのような心地だ。自身がこの青年の立場であったなら、切り詰めに切り詰めているところ。
「ありえないでしょう! たかだか御者をするだけですよ!? 垙京まで行って帰る手間賃だとて、小粒銀幾ばくかあれば十分なところ……そんなデカさの金の塊! 役目と報酬が釣り合わなさすぎます!」
猫に小判、豚に真珠、御者に金塊。というかなぜその大きさの金塊を懐に忍ばせているのか。黄雲の知り合いでそんな贅沢な懐を持っているのは、神将の二人組くらいなものである。
「いけないのか?」
そして王暻は黄雲の言い分がよく分かっていない様子。怪訝に眉をひそめつつ、隣の観相士を振り返る。
「潘天師、そうなのか?」
「さあ……吾輩もこういうのはとんと疎くて……」
「はーっ、どいつもこいつも……!」
縛られてるくせにクソデカため息。黄雲、あつかましい態度で高説を続ける。
「普通こういうの、交渉する前にどんだけ出費を減らせるか吟味するもんでしょうよ。それを大の大人二人がよくよく考えもせず、はなっから大金を用意するだなどと……あきれて開いた口がふさがらないとゆーか!」
「なら、お前ならいくら払うのだ?」
「一貫もあれば十分でしょう。それでも多いくらいだ」
「……一貫とはなんだ潘天師」
「さあ……」
「そこから!?」
黄雲、開いた口がふさがらないどころか、あごが外れかける始末。
一貫とはおよそ千銭のことで、庶民にとってはそこそこの大金だ。黄雲にとっては馴染み深い単位だったが、この二人は雲上人なのか何なのか、存じ上げないらしい。
「い……いったいどういう育ちをしてきたらそうなるんですか! 非常識な!」
「その言葉そっくりお前に返すぞ。やたらケチくさく育ちおって」
互いに驚きと侮蔑の視線を送り合い、黄雲と王暻は肩をすくめて同時にため息。それぞれ、ほぼ対極の環境で育ってきたようで。
「……まあ、吝嗇なのはいいことかもしれんな。我が父にも見習ってもらいたいものだ」
王暻は思い直したように、そうつぶやいた。父、という言葉に、黄雲の眉毛がひくりと反応を示す。
そんな少年の様子を気に留めることなく、王暻は持っていた金塊をひょいと観相士へと投げ渡した。それを「おっとっと」と男が受け取ったのを見て、王暻は命じる。
「潘天師。やはりその金を持って、この近辺の者をあたってきてくれ」
「だ、だから……!」
「さえずるな纏。その金はもともと国費で得たもの、民草の血税で得たものだ。それを臣民へ返すのみ。御者役には分不相応な報酬だとても、その金がこの地の経済を潤すならば、それこそ私の望むところだ」
その言い分に、黄雲は納得できない。物言いたげな彼へ、王暻。
「国の金は国のために遣わねばならぬ」
十代後半であろう青年の口から出るには、重い言葉。
黄雲とよく似た双眸は、少年とはまた別の、怜悧な光を宿している。
そういえば。彼の名は王暻。姓が『王』、ということは。
(……皇族と同じ姓……)
いやいやいや、と黄雲は心中で頭を振る。王なんて姓、世の中に腐るほどいる。
ともかくこの青年の弟だとすると、黄雲の姓は王ということだろうか。清流道人は、姓すら教えてくれなかったが。
(王纏……)
それが黄雲の本当の名。なのかもしれない。
「さて、後は任せるぞ潘天師。私はもう一眠りする」
「なっ! 殿下!」
言うだけ言って、青年は荷台に座り込み目を閉じた。観相士のすがるような声なんてお構いなしに、寝息が上がり始める。
この鷹揚さ。懐に金塊を忍ばせているとんでもなさ。なんとなく大志を抱いているような感じ。
少しだけ、この青年が皇太子であるような気がしなくもない黄雲である。
しかしもし、万が一。彼が本当に皇太子本人だとすると。
目の前の青年が、先般雪蓮へ婚姻を申し込んだことになる。
「…………」
自分とよく似た寝顔を、黄雲は複雑な気持ちで眺めていた。婚姻云々だけでも相当に胸中をかき乱されかねない事態なのだが、厄介なのは彼が霊薬のことを知っているということだ。
いまのところ、彼らが雪蓮や霊薬のことを黄雲に打ち明ける様子はない。それも、垙京に到着すれば話してくれるのだろうか。
「ふ~む」
考えにふけっている黄雲を、そばから無遠慮に眺め回す視線。
「……なんです?」
思考を邪魔されて不機嫌に視線を返せば、黄雲を観察していた観相士──潘天師は、あごのひげをさすりつつ、残念そうなため息を吐いた。
「やれやれ……残念。どこからどう見ても父親似だな」
「それはどういう……!?」
潘天師のつぶやいた一言に、黄雲は眉をひそめた。まるで、彼の父や母を知っているかのような口ぶりだ。
「あんた、僕の両親を知っているのか!?」
「だから、殿下と兄弟なんだから父親はわかるでしょう」
皇太子が兄。となればその父親は皇帝ということになる。
まったくもってとんでもない話だ。庶民育ちの黄雲にとっては。
「ば、馬鹿を言うんじゃない! まだお前たちのことを信じたわけじゃないからな!」
「まあまあ。お前さんがどう思おうと我々には関係ない。……というか、あの女道士め。賢妃の御子をこんなドケチのクソ生意気に育ておって……!」
「ま、待ってくれあんた……うちの師匠を知っているのか!?」
吐き捨てるような言葉に、聞き捨てならない事柄が二つ。師匠、そして、賢妃とは。
息せき切って問う黄雲へ、男は「あっ、まずい」という顔をして、こほんと咳払い。
「あー、えーと。すまん。いまのは忘れてくれ」
「わ、忘れてくれって……!」
「ま、そのうち殿下から許可が出れば昔語ってしんぜよう! さーて吾輩は御者を探さねば!」
結構な失言だったようで。男は血相を変えながら荷台をおりて行った。ドタドタと、慌てた足音が遠ざかっている。
「……ったく、いったいぜんたいどういうことなんだ」
もうなにがなんだか。黄雲は思考を放棄しそうになる。
せっかく見張り役がいなくなったのに、戒めはあまりにも固すぎてほどけそうにないし。
チュンチュン。
ひとの気も知らないで。その辺の茂みでは、スズメが元気に騒いでいた。
やがて、本当に金塊を渡してきたのだろうか。潘天師が適当に農夫を見繕い、帰ってきた。農夫のおじさんは、うはうはホクホクの人のよい笑顔で馬を御してくれる。縛られている黄雲についても、触れないでいてくれた。なるほど、口止め料としても十分だったわけだ。
かくして、再開のがたごと。
「そうだ、纏。この馬車も亮州近くの農家から金銀緞子と引き換えに譲ってもらったのだが、それも分不相応だろうか?」
「クソッ、このっ……このっ……!」
言葉が見つからない黄雲であった。




