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3 欺かれる知覚メカニズム

「認識を妨げる術?」

「うむ」


 この遺跡を外界から秘匿してきた術に関して。

 島や遺跡に残る術の残滓を辿りつつ解析し、その概要をざっくり話す二郎真君。彼が発した言葉に、黄雲は疑問の目を向けた。

 真っ暗い通路を照らし進みながら、二郎真君は続ける。

 

「人間、獣、鳥、魚、虫、その他諸々。ほぼ全ての生物は、それぞれ肉体にとある重要な器官を備えてこの世界を生きている」


 重要な器官、それすなわち。

 

「感覚器」

「感覚……?」


 言いつつ、二郎真君は懐から何かを取り出した。そしてそれを黄雲へ放ってみせる。

 

「少年、これは一体なんだと思う?」

「わ、とと!」

 

 パシン。暗闇の中で受け取った黄雲が、手のひらを開いてそれを見てみると。

 真君の放つ明かりの中で、てらてらとぬるつくような光沢が揺れ動く。そして硬い手触り、(まばゆ)い銀色。

 

「銀だ!」


 黄雲が垂涎の面持ちで叫んだ通り。彼の手の上に乗るは、小石大の銀塊だ。

 守銭奴、突然投げ渡された銀の塊を目の前にかざして見たり、爪をコツコツと打ち付けて音を確かめたりしてだらしない顔である。

 

「しかもこれは純度の高い、質の良い銀と見ましたよ……! で、二郎殿。これ頂けるんで!?」

「おい黄雲……」


 清流は弟子の態度に呆れているが、二郎神は少年のがめつさなど微塵も気にしたような気配なく、続ける。

 

「黄雲少年。ならばさらに問おう。きみはどうして、それを銀だと思ったのだ?」

「どうしてって……」


 真君の問いに、黄雲は一瞬戸惑ったような色を浮かべ。

 

「……見た目と手触り、あとは音なんかも判断材料ですが……」


 ともかく正直に申告する。その答えに、真君は「そうだな」と深く頷いた。

 

「きみは今、視覚、触覚……それから補助的に聴覚を使って、その物質を『銀である』と判断したわけだ」

「…………」


 ここで話を感覚器に戻し、神将は前を向いたまま歩く。

 

「人間を例に取ろう。人間は眼、耳、皮膚、舌、鼻を有し、それぞれの器官に視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚が割り振られている」


 総称して五感と呼ばれているものだ。周知の事実に、清流はあごに手を当てたまま黙し、黄雲は。

 

「つまるところ、僕たち人間はその五感を通じ、外界を認識している……と。そういうことでしょう?」


 なにを当たり前のことを、とでも言いたげな口調で、銀塊を撫でながら口を挟んだ。指の皮膚から伝わる硬さは凛とした冷たさを伴って、それが銀であるということを疑う余地なく黄雲へ伝えている。

 

「しかし、二郎殿が言いたいのは」


 さらに清流が口を開く。漆黒の双眸から注がれる視線は、弟子の手の中の銀塊へ。

 

「この遺跡にかかっていた術が、その認識を阻害するということでしょう? この石のように」

「石?」


 銀塊を見つめながらの師匠の一言に、黄雲は疑問の声を漏らす。

 そんな彼に「このバカ弟子は……」と呆れのため息を吐いて、清流は氣を籠めた指先を黄雲の持つ銀塊へ触れさせた。

 とたんに黄雲の指先から、金属の滑らかな感触が失せる。代わりに(あらわ)になるゴツゴツとした手触り。

 

「えっ、ちょ、ちょっと師匠……!?」

 

 術を解かれた銀塊は、同じ形のただの石ころと化していた。

 光沢も滑らかな手触りも、見る影もなく消え失せている。いま手の上に載っているのは、ただの小石だ。

 守銭奴、ただただ失意の表情。

 

「えぇ……?」

「お見事、清流殿」


 がっくり肩を落とす黄雲をよそに、二郎真君は静かな賞賛を道人へ送る。

 

「清流殿が看破された通り、その石には術を仕掛けておいた。表面は光の屈折率を変え光沢を発し、手触りも金属同様のものへ、かつ叩いた時の音も銀のそれを再現するように。ちなみに味やにおいも変えておいた。きみは嗅いだり食べたりはしなかったがな」

「はぁ……!?」


 実はとんでもなく高度な術がかかっていた小石に、黄雲はただただ目が点だ。石を銀と思わされていた腹立たしさよりも、呆れの方が勝っている。

 要は、ただの石を銀塊と思わせる道術がかかっていたということだ。

 黄雲を騙すだけの他愛のない術のように思えるが、その内訳は人体を欺くもの。認識を阻害するということは、このことか。

 しかし。

 

「でも、どうして師匠には分かったんです?」


 清流はこの術をいとも簡単に見破ってしまった。そのことに疑問を呈しながら、黄雲ははたと思い当たる。

 

「そういや、師匠はいま、金の氣が知覚できないんですっけ」


 そう。贋作者である清流には、霊薬(エリキサ)へ向かう欲求を抑えるため、金行の氣への知覚を封じる術式がかけられている。石ころを金属に見せかける術ならば、それとなく金の氣を使っていそうではある。金氣の視えぬ清流には、最初から石ころに見えていたのではないか。

 その推測を否定したのは、二郎真君だ。

 

「いや、少年。私はいまのまやかしに、金行の氣は使っていない。彼女に金氣が視えぬこと、先刻承知。ゆえに先の術は、金以外の氣を絶妙に配合して行使している。対策済みなのだよ、少年」

「じゃあ、どうして……」


 そのわけを問えば、師匠。

 

「視えたのさ。氣のゆらぎが」

「ゆらぎ?」

「術がかけられていれば、そこはかとなく違和感を覚えるものさ。ちゃんと修行を積んだ道士ならな」

「あてっ」


 こつん、と未熟な弟子の脳天を小突き、清流は眼差しを二郎真君へ向ける。

 

「二郎殿。いま貴殿が石くれにかけられた術は、物体そのものに作用し、それを観測する者の認識を誤らせる術だ。しかし、我ら道士は氣に対する感覚も養っている。特に私は生い立ち故、その感覚が他の者より幾分か鋭敏だ」


 道人、ひと呼吸おき。

 

「以前、私もこの島を訪れたことがある。その際には、いま貴殿がかけた術のような違和感を覚えることはなかった」


 五百年の生涯。ここ数世紀は亮州を中心に過ごしてきた清流道人は、当然この通月湖、および月亮島へ足を運んだこともある。何度も。

 その際に、奇異を感じなかったということは。

 

「この遺跡には、さきほどの術を上回る巧妙な術がかけられていたということか? それとも……」

「根本的に原理の違う術がかけられていた、ということだ」


 答えつつ、ぴたりと二郎真君が足を止める。

 そして振り返る。いつも通り涼しげな、しかし真面目な顔がこちらを向く。

 少しばかり、真剣な色を湛えて。

 

「術の目的自体は、他者の認識を妨げ遺跡の存在を秘匿する──その点に間違いはない。術は確かにこの島の領域に作用するよう施されてはいるが、ただし術の対象はこの遺跡ではない」

「遺跡ではない? どういう……」

「術の対象となるのは、この島を訪れる、人、獣、魚、鳥……目鼻や耳といった、感覚器を備えたすべての生命体だ」


 二郎真君の言うことは、突拍子もない。黄雲は「はぁ?」と眉をしかめ、清流道人は静かにその先の言葉を待っている。


「聴覚、視覚……外界からのあらゆる刺激は、神経を伝い、脳へ信号として送られる。信号は脳の中の様々な仕組みを経てやっと、事象として認識されるわけだ」

「へ、へぇ……」

「黄雲、分からないならきちんと質問しなさい。分かった風に頷くのではなく」

「わっ、分かりますよこれくらい!」


 例えば、ヒトが赤い色を見たとき。すなわち可視光の中でも比較的波長の長い光の刺激をヒトが『赤色』と認識するまでには、まず光を瞳から取り入れ、像を網膜に映し、視神経を通して脳へ伝える必要がある。光の情報は網膜の明暗や色彩を感知する細胞により細分化され電気信号となり、視神経から脳へ送られ、さらに視覚野において視覚情報として統合されることでやっと、『赤』として認識される。

 概ねこういったことを、二郎真君はざっくり説明してみせた。

 あくまで黄雲と清流道人、下界に住む彼らの持つ、医学・解剖学の基準に基づいた範囲で。細胞だの電気信号などといった、天界でしか持ち得ない情報は、巧妙に解説から排除される。

 

「ふぅん……」


 医学は門外漢の守銭奴。分かったような分からんような、気の抜けた相槌。

 例は赤い色を認識する際の視覚についてであったが、他の感覚についても同様だ。脳が全ての感覚の要となり、神経伝達物質と電気信号のやりとりによって外界を認識している。

 

「そして、この術というのは、我々の認識を騙すものだ。表の石扉へ目を向けた時、この石扉の像は確かに目に入るものの、その視覚情報を処理する脳の認識の仕組みを、この場所にかけられた術は勝手に書き換えてしまう。石扉など無かったことにしてしまう」


 つまりそれは、頭の中を勝手にいじくっているようなもので。

 結果、見ているのに、触っているのに。石扉は『無いもの』として認識されてしまう。脳細胞に流れる、偽りの電気信号によって。

 

「ひえぇ、なんとも気味の悪い術ですね……!」


 ぞぞ、と総毛立ちながら黄雲は正直な感想。

 二郎真君はなおも続ける。

 

「あの石扉をさわってもただの岩の(ひだ)としか考えられず、見ても岩山の一部としか捉えられない。蝙蝠(こうもり)のように、可聴域を超えた音波を発してその反響を利用し、周囲を認識する動物も、脳を操作されてはこの遺跡に気付くこともない。ゆえに、どこかの穴から入り込んで、ここをねぐらにすることもないだろう」


 そして、と二郎真君は険しく眉根を寄せる。

 

「認識の要たる脳を操作するわけだ。氣や道術に通じた者であったとしても、脳そのものへ作用をもたらされては、ここに術がかかっているとは到底勘付けぬはずだ」

「それは、つまり……」


 清流道人もいささか目を細め、鋭い視線で真君を見つめる。

 

「あなた方天仙にも、認識できなかったということか……?」

「…………」


 二郎神はしばし、間を置いて。

 

「正直に言えば、そうだ」


 素直にそう認めた。この天地を管理し、恢恢(かいかい)たる天網で地上の一切をつぶさに観察しているはずの天仙が、遺跡(ここ)を知らない。

 

「我々天仙は、地上のあなた方とは身体・認識の仕組みを少々(こと)にしている。しかしこの術を施した者は、天仙の知覚についても熟知していたようだ。天界の情報網には、この遺跡の形跡を示すような知見は微塵もなかった」

「まあここが最初から分かっていたら、二郎殿も今日僕らと一緒に来ませんからね。調査に」


 張り詰めた雰囲気に水を差すような黄雲の言だが、彼の言うことも確かに一理ある。つまり、二郎神──ひいては天界の神仙達はいままで、この遺跡に繋がるような情報を持っておらず、また特別注意を払ってこなかったということだ。

 

「それで、結局重要なのは」


 黄雲、腕を組んでじっと二郎神を見上げる。第三眼からの光が、さっきから鬱陶しく眩しい。

 

「誰がこんなややこしい術をかけて、遺跡を作ったかってことですよ! んで、その目的だとか、霊薬(エリキサ)に関係するかとか!」


 言いつつ、黄雲にはひとつ憶測があった。誰が、ここを造ったか。

 

「で、僕思うんですけど……例の鴻鈞道人(こうきんどうじん)! あの人、天仙の中でも筋金入りの古株なんでしょう?」

「そうだが……」


 黄雲の言いたいことを察して、真君は「ふむ」と頷いて見せる。

 

「なるほど、あの方がここの主であると。まあ有り得ぬ話ではない」

「でしょう!」

「…………」


 そして弟子と神将のやり取りを眺めつつ、清流は無言だ。

 二郎神はクソ真面目な顔で、黄雲の考察に対してさらに論を呈する。

 

「しかし、あの方が関わっているという証拠は、今のところ無い。天界でも此度の騒動を受けて、天地開闢以降の膨大な記録のうち、彼にまつわるものを洗い出してはいるが、五百年前の贋作騒動以外にこれといった動きはない」

「むぅ……」

「ただ、太源とほぼ同時期に存在が始まった神格だ。蔵する知識や術は天界屈指、ゆえに記録に残らぬよう形跡を秘しつつ、この遺跡に何らかの関わりを持っていた可能性はある」

「むむぅ……」


 あくまで、可能性がある、というだけだ。この遺跡の施工主が彼と決まったわけではない。

 

「ともかく、この遺跡は封印を解かれた。あらゆる知覚を欺く封印から。霊薬(エリキサ)を宿した雪蓮殿の到来によって」


 二郎真君は遺跡の壁をなぞりつつ、術の残滓を、残された氣を辿りながらつぶやくように言う。

 

「黄雲少年。昨日きみたちは、昼過ぎ頃にこの島を訪れたのであったな?」

「そうですが」

「術の痕跡が語っている。ちょうどきみたちの到来と同時刻に、術は役目を終えたようだ」


 神将ならば、術が終焉した詳細な時刻まで分かるらしい。

 その異能に舌を巻きつつも、黄雲は眉間にしわを寄せる。


「……それはおかしいんじゃないですか?」


 昨日、雪蓮の訪れとともに封印が解かれたとすると、つじつまが合わない。同じことを思ったらしい師匠と視線がかち合い、ついでに目配せして。

 発言を、清流が受け継ぐ。

 

「二郎殿。弟子たちは昨日、奇妙な老人からこの遺跡の情報を聞き及んだと申している。雪蓮の到来とともに認識阻害の術が解けたとすれば、老人はどこから遺跡の情報を持ってきたのだ?」

「自称・占術師の老人か……」


 黄雲が道中、二人へ語っておいた謎の老人。

 白い道服を着た彼は、どうして天地の誰も知り得ない遺跡の情報を知っていたのか。

 

「もしや、あの老人!」


 思いついたように黄雲が声を上げる。

 

「実は正体が鴻鈞道人だったとしたら、どうでしょう? なにかしら目的があって、僕とお嬢さんにこの遺跡を手引きしたとして。それで、鴻鈞道人がこの遺跡の造り主だとすればつじつまも合いませんか。ここを造った本人ならば、ここのことを知っていて当然です」

「ふむ。それなら筋が通るな。しかし」


 二郎真君、真面目な面持ちで。

 

「遺跡の情報を伝えるだけならば、別に当人でなくとも良い。配下の誰かに遺跡の存在をことづけて、雪蓮殿を月亮島へ誘導すれば事足りるのだからな」


 ともかく、と付け加え、真君は言葉をまとめる。

 

「今のところ、この遺跡に鴻鈞道人が関係しているかは未知数だ。だが可能性は高い。そして、占術師の老人がこの遺跡の造り主と関係が深いことはまず間違いない」


 で、一番大事なこと。

 

「現時点では、この遺跡の目的についてはさっぱりだ」

「さっぱりなんかい!」


 結局のところ、遺跡を包む術式のからくりが解けたところで謎はてんこもり。鴻鈞道人の関与を示す物的証拠は、現在のところこの遺跡からは見出せず、憶測ばかりが縦横に巡る。

 霊薬(エリキサ)との関わりや龍吟の正体などはまだ、読み解けない。

 

「ともかく、龍吟さえ回収できれば何か分かるかもしれぬ。先へ進もう」


 二郎神はさっさと踵を返す。眩しかった光源もくるりと後ろを向き、やっと通路の先を照らし始めた。

 

「ったく……」


 結局何も分からんままじゃないか。

 黄雲はやきもきするような気持ちを抱えながら、その後に続く。

 そんな彼へ、後ろから。

 

「黄雲……」


 清流が呼びかける。弟子の背後を歩きながら、清流は重々しく口を開いた。

 

「占術師の老人とやら。以前にもお前たちと会ったことがあると言っていたな」

「……そうですが」


 その時のことを思い出しながら、黄雲は後ろの師を少し振り返る。

 確か夏、スケベ忍軍騒動の頃だ。件の老人に初めて出会ったのは。

 あの時はただの浮浪者のジジイくらいに思っていたが、まさかこうも怪しい人物に成り上がるとは。黄雲、妙に感慨深い。

 

「そういえばあの時も、彼奴はお嬢さんに接触していましたよ。なにやら、占いの割引だとか何とかで」

「…………」


 話しながら見上げる師の顔は、薄暗闇の中、真剣な色に満たされている。指をあごに当てる仕草は、なおも継続中だ。

 

「黄雲。その時、お前たちとその老人は、どういったやりとりをした? 思い出せる範囲でいい。教えてくれ」

「ええと……」


 問われて、弟子はあれこれと師匠へ申告する。他愛ないやりとりを、必死に思い出しながら。

 

「そうだ。最初確か、お嬢さんがあのジジイに引っかかって、占い商売のカモになるところだったんです。突然彼女に生年月日を尋ねられて、一体何かと……」

「生年月日?」


 師匠の表情が、声音が。とたんに険しさの度合いを増す。眼差しは氷のように冷たい。

 咎めるような問い返しに、黄雲。

 

「も、もちろん答えてはいませんよ! 商売敵にそんな、道士の大事な情報を!」

「………………」


 しどろもどろの返答だが、師匠の剣呑な雰囲気は晴れない。

 ピリピリと緊張をまとう師に、己が叱られているわけではないと悟りつつも、弟子は居心地が悪い。何よりも。

 

──(てん)


 この雰囲気は、あの時のものだ。彼女が少年を(いみな)で呼ぶときの。

 清流は口も動かしていないし、声も発していない。氣を操って術を発したわけでもない。しかし、纏、という呼び声がこの胸を戒める気配は、確かに感じた。

 先を行く二郎真君は、このやりとりに一切口を挟まない。黙々と先を歩くのみ。

 

(何なんだよ……)


 前へ向き直り、黄雲は歩き出す。師の態度に少しばかり苛立ちを覚えつつも、これ以上の仔細を二郎真君へ聞かせるわけにはいかない。言い返したい気持ちをぐっとこらえる。

 

(纏、か)


 この名前で呼ばれることが、黄雲は嫌いだった。

 生母の残したこの名で呼ばれるとき。所詮清流とは赤の他人の間柄であることを、否がおうにも思い知らされてしまうから。

 ずっと黄雲でいいのにと、少年はぼんやり思いながら二郎真君の背に続く。


(そういえば……)


 ふと、黄雲は思い出した。というか、他のことを考えたかっただけなのだが。


(あの占いジジイ、あいつは……)


 占術師の老人のことが、なんとなく引っかかる。彼の白く濁った瞳は。


(確か、どこかで……)

 

------------------------------------------------


「さーてと。どうすっかなぁ~」

「うーん……」


 黄雲一行が例の遺跡で侃々諤々(かんかんがくがく)に興じている頃。

 巽と雪蓮は、黄雲の部屋で頭を捻っている。

 かの守銭奴が隠しているだろう銭の山。はたまた、出納帳に秘伝の道術書。

 一体どこにあるのかしらと、庭を片っ端からほじくりかえしてみたはいいが、思わせぶりな空箱空壺の連続に徒労感もひとしお。

 それでも諦め切れぬと、二人は銭ゲバの根城に戻って指針の立て直しを図っていた。

 

「そういえばさぁ……」


 あぐらに腕組み。巽は首を傾げながら口を開く。

 

「こいつの部屋、なんつーかちょっと不自然なんだよなぁ」

「不自然?」

「例えばさ」


 言いつつ立ち上がり、巽はこの部屋に二つある長持ちの、一つへと歩み寄る。そして無遠慮に蓋を開き、雪蓮へ中を示して見せた。

 

「見てみ、これ。長持ちっつったら、普通着替えだとか下着だとか入ってんじゃん?」

「し、したぎ……」

「九字はいいから見る!」


 おそるおそる雪蓮が長持ちを覗き込んで見れば。

 

「え……からっぽ……?」


 長持ちの中には、ほとんど物が入っていない。読み飽きたらしい本が一冊二冊、無作法に放り込んである。

 その本も、巽が求めているような色っぽいものではなく。生薬(しょうやく)に関する書物のようで、開いて少し読んでみれば、「身長を伸ばすに効能のある生薬」なんて項目に(しおり)が挟んであったりした。

 

「気にしてたんだな、あいつ……」

「まあ……」


 いささか哀れではあるが、それよりも。

 

「で、こっちの長持ちはほとんど空っぽ。せっちゃん、そっちの長持ちも開いてみてくれるか?」

「ええ!」


 巽の指示に従って、雪蓮はもう一方の長持ちも開けてみる。

 果たして、こちらの長持ちも空である。

 

「ご覧の通りだ、せっちゃん。こいつの部屋、着替えがないんだわ!」

「ええ……!?」


 くらり。雪蓮はめまいがする思いだ。

 殿方の生活事情はよく知らないけれど、それでもきっと、寝間着くらいはあったっていいもので。

 少女は二つの長持ちを見比べてみた。当然双方空っぽ、寝間着なんてどこにも見当たらない。

 

「でも、黄雲くん寝間着は持っていたはずよ」


 以前、夜中に黄雲が厠に行く姿を見たことがある。確か寝間着を着ていたはずだ。

 雪蓮の証言に「ふむ」と頷き、巽の眉間はぐっと険しくなる。

 

「どういうことだ? あいつ、財産や卑猥な道術書以外に着替えまで隠してるってことか……?」

「ひわいな?」

「あ、ごめんそれこっちの話」


 巽、雑にごまかして。


「ともかく、生活空間に着替えを置いてないのは滅法不自然だ。洗濯してる気配もねえし……」


 先ほど庭に出ているとき、特に黄雲の衣類が干されている様子はなかった。

 しかし、何故着替えや寝間着まで隠す必要がある?

 ニンジャが色々と考えを巡らしている最中だった。

 

「ねえ、巽さん」


 何かに気付いた雪蓮が、じっと長持ちを見つめながら巽を呼ぶ。

 彼女の視線は、長持ちの下部、床と接しているあたりへ注がれている。

 

「見て、こっちの長持ち。動かしたような跡があるわ!」

「なんだって? どれどれ!」


 でかした! とばかりに巽は雪蓮の隣にしゃがみこんだ。確かに彼女の言う通り、床には長持ちを引きずったような跡が……土で汚れたような跡がある。

 巽、目視で確認し。

 

「土だな、こりゃ……」

「土ね……」


 雪蓮と意見を合わせ、確信する。

 

「こりゃ、この長持ちの下に何かあるな……! よっし、んじゃさっそく」


 クソニンジャは少女と目配せして、二人で長持ちの両端を持ち。

 

「よっこらせっと!」


 持ち上げて長持ちを移動させた。すると、長持ちの下に隠されていたものは。

 

「これは……地面!?」


 板張りの部屋。長持ちの下の部分だけ板が外され、地面が顔を出している。ちょうど、人ひとりが立てるくらいの面積だ。

 怪しい。とんでもなく怪しい。

 

「あるな……この下に!」

「ええ! 巽さん!」


 捜索隊二人は顔を見合わせた。巽はニヤリ、雪蓮はにっこり。

 そしてそれぞれ、手に苦無(くない)を握り。

 

「よーっし! やってやんぞせっちゃん!」

「おーっ!」


 さっそくの掘削。さくさく掘り進めること少々。

 突然、ほろりと地面が崩れて、穴が開き。

 

「こ、これは……!」


 その穴を覗き込めば、暗くて不明瞭ながらも、奥にはそこそこ広い空間があることが分かる。地下室だ。

 予想以上に大きな空間の出現に、巽と雪蓮はしばし呆然。しかし納得。あのクソ守銭奴のことだから集めた銭はきっとおびただしいはずで、それを収納するために広い地下室が必要だったということだ。

 とにもかくにも。

 

「銭ゲバの、お宝発見! 埋蔵金!」


 一句詠み。クソニンジャ、確かなお宝の気配にニヤリと三白眼を歪めるのだった。

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