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1 捜索開始!

「ふぁ〜……」


 あくびまじりに髪を結べば、朝の身支度は完了だ。

 月亮島での冒険は昨日のこと。

 今しがた自室で目覚めたばかりの黄雲は、着替えを終え、眠気をぬぐうようにごしごしとまぶたを擦っていた。

 日は、もう高く昇っている。閉め切っていた窓の帳を開ければ。

 

「おーい、黄雲! まだかー?」

「はいはい、ただいまー!」


 部屋の外、廊下の先から響く師の声。黄雲は横柄に返事をして。

 少年は気の急くまま、少々乱暴に目前の長持ちを蹴とばした。少し前にせり出していた長持ちは、壁に当たってバタンと蓋を閉じる。

 

「ったく! こっちはまだ疲れてるってのに……!」


 あんのクソアマは! などとボヤきながら、黄雲は部屋を後にする。

 かくて部屋は無人となった。

 先ほどの長持ちは、一見普段通りの位置に鎮座しているが。

 その前方。先ほど蹴とばされたときに床を擦った跡に……わずかながら残るは、土の粒──。

 

---------------------------------------

 

「準備できたようだな」

「おはよう、黄雲少年。今日はよろしく頼む」


 廊下。庭への出入り口で待っていたのは、師匠の清流道人と、居候神将の二郎真君だ。

 昨日の疲労残る黄雲は、巨乳と美丈夫をげんなり見上げている。できることならばまだ眠っていたい。

 しかし、彼にはこれ以上の安らぎは許されなかった。なぜならば。

 

「さあ、さっそく案内願おう。月亮島の遺跡とやらへ」

「うへぇ……」


 意気揚々と案内を請う二郎真君の言葉に、黄雲は青息吐息だ。

 黄雲、今朝は二人から月亮島の遺跡への案内を請われていた。

 なにせ、かの遺跡に眠っていたのは宝剣龍吟(りゅうぎん)。それに、いかにも霊薬(エリキサ)と関わり深そうなその場所を、清流道人と二郎真君が捨て置くはずもない。

 しかし。昨日あれだけ脱出に苦労した件の遺跡へ、どうしてまた黄雲までもが赴かねばならないのか。

 

「ねえ師匠。やっぱり僕行かなきゃならないんです? 大体の場所はお教えするんで、お二人で勝手に行けばいいじゃないですか」


 僕疲れてるんで、と横着な弟子の台詞に、清流。

 

「そうもいかん。なんでも様々な仕掛けがあったのだろう? 内部の構造を知るお前がいれば、そういうものからの難を避けられるではないか。なんとなく二郎殿が率先して引っかかりそうだし」

「引っかかるぞ私は」

「えー……めんどくさ」


 黄雲、やる気がない。道中の道案内も、なぜか得意げな二郎神のお守りも何もかもが面倒臭い。

 しかしここで放たれるは、師匠からの殺し文句。

 

「仕方がない。案内料をやろう」

「仰せのままに! お師匠さま!」


 案内料。その一言で黄雲は犬に変わる。拝金主義の犬に。

 

「ワンワンワン!」

「はっはっは、バカ弟子め。何も言わぬうちから三回まわってワンと鳴くとは、こやつめハハハ」


 微笑ましい師弟のやりとり。そんな会話へ、二郎真君も微笑ましげに少し頬を緩めている。

 そこへ。

 

「おーい。兄い達、もう行くのか?」


 庭からひょいと顔を出したのは、那吒(なた)だ。どことなく、面白くなさそうな表情が顔に浮かんでいる。

 

「ああ、そろそろ出発するところだ」

「すまないが那吒殿。留守居を頼む」

「ちぇー……」


 清流から留守番役を押し付けられて、那吒は不服そうな声を上げた。

 そんな彼へ、二郎真君。


「どうした那吒。お前も行きたいのか?」


 真君の問いに、「ったりめーだろ!」と那吒。

 

「ワケ分かんない遺跡だろ!? よく分かんねーけど、全部ぶっ壊せばいいんだろ!」

「だめだな。やはりお前は連れて行けぬ」

「なんでだよ!」


 そんな風にして少年神は留守番を押し付けられる。誰か一人、雪蓮の警護のために残らなくてはならないのだ。なんだかんだ有能な神将である那吒ならば、その役目にうってつけだった。那吒自身は遺跡が気になるのか、同行したそうな雰囲気であったが。

 さて、一行が母屋から庭へ出ると。

 

「あれ、先生に哥哥(がーが)に二郎さま!」

「どこかおでかけするの?」


 本堂の方からこちらへパタパタ駆け寄ってきたのは、逍、遥、遊の三人の子ども達だ。さらにその後ろには。

 

「あら、みなさんおでかけかしら?」

「雪蓮」


 彼らと一緒になって遊んでいたらしい雪蓮だ。少女の問いに答えるは、清流道人。

 

「ああ。昨日、キミと黄雲が赴いたという遺跡に、改めて調査をだな」

「あ、あの……黄雲くんも?」


 少女の眼差しが、心配そうな雰囲気を帯びて少年へ向かう。そんな視線の先で、黄雲はぷいと顔を逸らした。

 

「当然ですよ。案内料を頂きますし」

「でも……あんなに危ない目に遭ったのに……!」

「大丈夫でしょう。今度は二郎殿もいることですしね」


 いつも通りの、素っ気ない態度。雪蓮は「むぅ」となんとなく不服そうな面持ち。昨晩の和らいだ雰囲気はどこへやら、少年道士と箱入り娘の間の空気感は、いつもの通りに戻っていた。

 

「それより」


 そんな青春模様へ割り込んで。二郎真君は子ども達と雪蓮の手元を、順繰りに見回した。三つの瞳に浮かぶ、好奇心。

 彼の眼下、子ども達の手に一様に掴まれているものは……白い紙で折られた、鳥のようなものだ。

 

「皆が手に持っているものは、一体なにかな? 見慣れないものだが……」


 問う神将に、遊が瞳を輝かせて言う。


「あのね、二郎さま! 折り紙っていうんだよ!」

「おりがみ?」


 首をかしげる美丈夫へ、子ども達はそれぞれ手にした紙の鳥を差し出して見せた。

 

「紙を折って、色んなものを作る遊びなんだって! これね、鶴!」

「ほう、鶴」


 言われてみれば。大きく広がった翼、長い首。紙の鳥の特徴は、鶴のそれをなぞっている。

 

「面白い遊びだな。折り紙か」

「うん、クソニンジャに教えてもらった!」

「ほう、黒ずくめ殿が……」


 異国情緒漂う手遊びの出どころは、意外にも性欲無比の変態ニンジャであった。興味深そうな二郎神の背後では、「あいつも稀にいいことするんですね」と、黄雲が肩をすくめている。本当にごく稀なことである。

 

「それにしても、お嬢さんのそれは鶴なんですか? 絶対飛べないでしょう、それ」

「飛べるもん! 飛べるんだから!」

「はいはい。……まったく、昨日あれだけ大変だったのに。今朝は元気なものですね」


 黄雲、雪蓮の不格好な鶴に茶々を入れついでに、彼女の頑健さへ感嘆とも嘆息ともつかぬため息を送る。少女は今朝、誰よりも早くに起きていたというが。

 

「そうなの! 昨日挫いた足もすっかり治ったし、なんだかとっても気分がいいわ!」


 つい今しがたまで自作の鶴をけなされていたのに、雪蓮はニコニコと話し始める。

 

「あ、でも。寝ぼけてたのかしら。今朝起きた時、気が付いたらなんでか庭にいたの、私。あんまりよく覚えていないのだけれど……」

「どういう寝相?」

 

 それはさておき。

 

「そういえば、巽はどうした? 昨日から姿を見かけていないが……」


 不意に疑問の声を上げたのは清流道人だ。そんな彼女へ、逍が答えを返す。

 

「クソニンジャなら、さっき厠に行ってたよ先生! なんか焦げてた!」

「また街で狼藉をしてきたか、あいつは……」


 そういえば早朝、雷鳴を聞いたっけと清流道人、げんなりため息を吐く。近隣住民からの苦情がまた増える。

 さて、クソニンジャが姿をくらますことは日常茶飯事。一同はそれ以上このクソに興味を引かれることもなく、遺跡調査の三人は門へと歩を進めた。

 

「それじゃあ皆。行ってくる」

「那吒殿。昼飯は適当に小吃(しゃおちー)を皆に買ってきてください。食事代は後ほど師匠にご請求を」

「お前さあ……オレ神なんだけど? 神にお使い行かせて代金立て替えさせる気か?」

「さあ出発!」


 かくして出発。

 行ってらっしゃい、という子ども達の元気な声と、雪蓮の少し心配そうな眼差し、那吒の恨みがましい視線に見送られ。

 三人は意気揚々と、通月湖までの道のりを歩み始めるのであった。

 

 

 

 さて、三人が清流堂を後にしてしばらく。

 

「はー、スッキリスッキリ!」


 厠から爽快の面持ちで現れたのは、誰あろうクソニンジャである。

 巽、手も洗わずにスタスタと廊下を行く。そして何気なく歩きつつ、周囲の気配を窺う。

 前方、目的の部屋からは物音一つせず、また周囲には人っ子一人いない様子。庭の方からは、子ども達と雪蓮、那吒が、何やら会話に興じているらしい声音が響いていた。ともかくこちらへやってくる気配はない。

 好機であった。

 

「おっしゃー! 鬼のいぬ間に家探しじゃーっ!」


 クソニンジャ、すたたたスパーンと部屋の扉を開く。

 開かれたそこは、黄雲の部屋で。

 

「へっへっへー! あのクソ守銭奴め! 普段なかなか立ち入る隙が無いんだよな~。さーて、いくら貯め込んでやがるかなー!」


 最低最悪の目的を達するため、巽、三白眼で隈なく部屋を見回した。

 

「あれだけ金カネ言うくらいだもんなー。んで使ってるとこも見たことねえし? 絶対アホみたいに貯め込んでやがるぜあのクソガキャ!」


 完全なる窃盗目的。守銭奴の根城は、クソニンジャの独壇場と化した。

 

「へへへ、許せよ黄雲! 近所に金を恵んだら脱いでくれる妓女のおねーちゃんがいるんだわ! でも金がないんだわ! しょーがないよな! しょーがないよな男なんだから!」


 そう、この男。いま現在金欠で。

 ニンジャ、ぶつくさと言い訳のような独り言を吐くが、許せよなんて言いつつその口調に謝意は一切ない。

 書棚を漁り壺に手を突っ込み梁にのぼり。

 整理整頓の行き届いた部屋を手際よく荒らしつつ、クソニンジャ、銭を求めてアレコレするが。

 

「んあ? これだけ?」


 書棚の奥や梁の上、壺の下から見つかった銭は、ほんの二十銭ばかり。

 無い。あれだけ日々金儲けに奔る守銭奴が貯めているにしては、あまりにも無さすぎる。

 いや、無いものは銭だけではない。

 

「まさか……『アレ』も無いだと……!?」

 

 健全な思春期男子の部屋にあるべきものが、見当たらないのだ。

 

「あいつ、正気か……!?」


 手元のわずかな銭もだが、巽には信じられないことだった。若い男性道士の書棚にそれが無いことは、あり得べからざる異常事態である。

 

房中術(ぼうちゅうじゅつ)の指南書がないなんて、そんなバカな……!」

「あら、巽さん」


 そしてこの悪行まっただ中の部屋を覗き込む、世間知らずの箱入り娘。

 なんとなく外で遊ぶよりも、屋内で本を読みたくなった雪蓮だ。自室へ向かう途中にあるこの部屋の扉が開いているので覗き込んでみれば、この様である。

 

「よう、せっちゃん!」


 対する巽はまったく悪びれない。陽気に挨拶をして、ちょいちょいと少女を手招きした。

 雪蓮は不思議そうな面持ちで、手招きに応じ、部屋へ足を踏み入れる。

 

「巽さん、こんなところで何をしているの?」


 きょろきょろと荒らされた部屋を見回しながら問う雪蓮へ。

 

「おう、家探し!」


 巽はやっぱり悪びれない。

 クソニンジャな返答に、正義感の強い雪蓮、むむっと表情を引き締めた。

 そして少女、諭す。

 

「ダメよ、巽さん! 黄雲くんはいまお留守なんだから、無断でお部屋を荒らすなんて……!」

「いいじゃんいいじゃん! カタイこと言わない!」


 雪蓮の説教なんて何のその。巽は手のひらをブンブン振って、無理矢理話題を切り替えた。

 

「ってか聞いてくれよせっちゃん! こいつの部屋さあ、全然金が無いんだぜ!」

「えっ!?」


 巽の言葉は、雪蓮に衝撃をもたらした。正義の怒りを忘れるほどに。

 あの黄雲の。黄雲の部屋に。金が無い。

 

「あれだけ常日頃から金かね言ってるのに!?」

「そう、言ってるのに!」

「あんなにお金儲け頑張ってるのに!?」

「そう、頑張ってるのに!」

「お金が無いの!?」

「無いんだわ!!」


 呆然。

 雪蓮は目を丸くしている。

 黄雲の部屋に立ち入る機会は、今までに何度かあった。きっと書棚の裏や壺の中、梁の上に稼いだ金が隠されているのだろうなと思っていた。実際、梁の上にヘソクリが隠されているのを、以前見たことがある。

 しかし。

 

「これ、いま見つかった金」

「ひぇっ、少ない……」


 巽の手のひらに載せられた二十枚ばかしの銅銭へ、雪蓮の正直な感想がこぼれ落ちる。

 これが、この部屋にあるありったけの全財産。

 あまりにも少ない。

 

「なあ、せっちゃん」


 巽の三白眼が、やにわに真剣な色を帯びる。

 

「これの意味するところが、分かるか──?」

「つ、つまり……!」


 ごくり。雪蓮が固唾をのむ。

 クソニンジャはカッと瞳を輝かせ、自信満々にこう言い放った。

 

「隠してるんだよ! あいつは、稼いだ金を!」

「そ、そうでしょうね!」


 あまりにも当たり前の予想。雪蓮、とりあえず巽の言葉にブンブン縦に首を振る。

 クソニンジャ、続ける。

 

「あんなに日々金を稼いでいるくせに、部屋にそれがまるっきり無い。金遣いが荒いわけでもない。となれば、財産をどこぞに隠していることは必定!」

「うんうん!」

「となれば、宝探ししかないなこれは!」


 宝探し。昨日もそんな話題がきっかけで、大変な辛苦に突っ込まれたはずの雪蓮だが。

 

「たからさがし!」


 夢見がち少女。キラキラと瞳を輝かせている。

 しかし、はたと我に返り。

 

「……って、ダメよ巽さん! 黄雲くんが頑張って貯めたお金なんだから、勝手に探しちゃいけないわ!」


 雪蓮はブンブン首を振り邪念を払い。道義に基づいた正論でもって、極悪人に改心を促した。

 ところがどっこいクソニンジャ。こいつの胸中に良心の存在を期待する方が愚というもの。

 

「いいじゃん! 探そうぜ、隠し財産! そして着服!」


 馬耳東風。雪蓮の説得など、まったく意に介した様子もない。

 

「だから巽さん……!」

 

 そんな巽に、雪蓮はなおも食い下がる。稼ぎ方はともかくとして、懸命に働いて得た金の在処を突き止め、勝手に横取りするなんて非道、許せるはずがない。

 しかし。

 

「いいかいせっちゃん。まあよく聞いてくれよ」


 巽は冷静な口調で雪蓮へ語り掛ける。

 

「この部屋にはな、他にも無いものがいくつかあってだな。まず、金銭の出納帳が無い」

「出納帳?」


 そう、出納帳。日々の儲けや支出を記録する帳簿だ。

 巽が捜索した限り、この部屋にはそれに類するものが見当たらない。

 しかしあの几帳面な金の虫のこと。きっとそういう帳簿を付けているはずだ。

 

「そう、そんで隠し財産と一緒にどこかへしまい込んでるはずだぜ! 俺には分かる! 忍びの勘で!」

「へ、へぇ……」


 雪蓮は巽の言にうなずきつつも、この話の運び方がいまいちよく分からない。どうして巽は出納帳などを話に持ち出したのか。

 そんな疑問を見透かしたかのように、三白眼はニヤリ笑って続ける。

 

「で、俺思うんだけど……日々の出納を付けながらさ、余白に毎日の出来事とか書いてたりしてな。あいつ。日記みたいにさ」

「日記……」

「もしかして、せっちゃんのこと書いてあったりして」

「!!」


 せっちゃんのこと書いてあったりして。

 その一言に、雪蓮の目の色が変わる。そして乙女、瞬時にしどろもどろ。

 

「えっ、あの……! それは……!」

「まあもしかしたらだよ。もしかしたら」

「もしかしたら!」


 もしかしたらを復唱しつつ。少女は高速で九字を結んでいる。もはや条件反射のようなそのまじないを、巽は微笑ましく眺めている。

 

「まあまあ、焦りなさんな。あ、そうそう。あともう一個さ、この部屋で見つからないものがあるんだわ」

「何かしら! 巽さん!」


 乙女、止まらない。好奇心が止まらない。

 食いつくように問う少女へ、巽は余裕の語り口で答えた。

 

「ずばり、『房中術』の指南書さ!」

「ぼーちゅーじゅつ?」


 聞きなれない単語だ。首をかしげる雪蓮へ、巽は答えて曰く。

 

「知る人ぞ知る、ものすっごい道術だぜ。男女一組で健康にいい体操をするってやつだ。不老長生にいいらしいぞ!」


 巽は爽やかに言うが。この房中術、決して爽やかに語られるものではなく。


「まあ! 健康的ね!」


 箱入り娘のこの反応も、大変に間違っている。

 

「さらにだな、せっちゃん。この術を気になる相手と二人で行うと、いっそう仲が深まるらしい」

「ま、まあ! 仲が深まるなんてそんな……!」


 雪蓮は照れているが、やはりその反応は大いに間違っている。

 房中術。男女の性交を通して氣を養う健康法の一種で、あらゆる性の技法を解くものである。つまりとてもスケベな術だ。

 そんなこととはつゆ知らぬ箱入り娘。

 

「仲が……深まる……」


 夢見る表情で、ほう、とため息をつく。少女の脳裏をよぎるのは、初々しく咲く、白い胡蝶蘭のような恋模様で。

 そんな彼女へ巽は続ける。

 

「んで、その房中術関連の書物がさぁ、道士なら持っていそうなのに、こいつの部屋ときたら一冊も無いでやんの! んで俺思ったんだけどさ、多分ちょっと恥ずかしいからこっそりムッツリ隠れて読んでやがるんだぜ、あいつ!」

「そうなのかしら?」

「多分そう! きっとそう!」


 クソニンジャ、ごり押しで雪蓮を説き伏せる。

 

「そんでさ! 房中術の書物も見つけるじゃん? んでせっちゃんがあの野郎に『黄雲くん、これ私、やってみたい……!』なんて上目遣いでお願いすれば、あいつもイチコロだと思うんだ!」

「イチコロ!」

「だから探そう! あいつの隠し財産を!」


 無茶苦茶な説得だが、巽の弁は雪蓮をして熟考させしめた。

 

「………………」


 出納帳。房中術。宝探し。

 

「……がす」

「大きい声でもう一度?」

「さがす! 黄雲くんの隠し財産、さがす!」

「おっし、よく言えました!」


 ぐっと親指を突き立てて、クソニンジャ、『いいね!』の仕草。

 

「よーし、そんじゃ早速! 捜索開始といきますか!」

「い、言っとくけど巽さん! 私、出納帳もぼーちゅーじゅつも、ちょっと見るだけだから! お金を横取りするのはナシだから!」

「わぁってるって! 金はせっちゃんの見てないところでくすねるからさ!」


 そんなこんなで少女とニンジャ。えいえいおーと、隠し財産発見を誓い合う。

 折悪しく、本日快晴。かつ風は涼やかで昼寝日和。

 本堂の燕陽土地神はぐーすか午睡を貪っていて、同じく本堂の石段では火眼が言わずもがな。

 那吒はといえば。

 

「やーい、那吒ちゃんこーちらー!」

「那吒ちゃんここまでおーいでー!」

「那吒ちゃん縛ってくれ!!」

「ええい、四方八方からちゃん付けで呼びやがって、クソガキ共!」


 子どもに翻弄されるまま、「待て待て脳髄ぶちまけてやる!」と鬼ごっこに夢中。

 かくして二人の暴挙を止める者は誰もいない。

 私利私欲の大捜索が、幕を開けた。

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