3 走って跳んで戦って
「うーん、だめか!」
黄雲は扉から指を離し、どさりと地面へ座り込んだ。
扉をなす二枚の石板。その中央の狭間から、外の光がわずかに漏れ出している。先ほどまでその隙間に指を突っ込み、扉を開こうと四苦八苦していた黄雲だが。
「はぁ……ビクともしない」
「そんな……」
扉は毫ほども動かない。
この扉、先ほどは雪蓮が触れたことで開いた。だから雪蓮も試しにいまいちど扉を開こうとしてみたのだが。
「だめ……全然開かないわ」
「はぁ、百万馬力殿も無理と」
「ひゃっ、百万馬力じゃないもんっ!」
「へーへー」
結局扉は開かず、二人の試みは軽口の応酬に終わる。
「こうなったら仕方ありません」
暗がりの中。黄雲は懐に手を突っ込み、何かを取り出しつつ続ける。
「とりあえず、奥まで行ってみましょう。別の出口があるかもしれません」
黄雲は取り出した術符に氣を籠める。しゅぼっ、と光が閃いて、術符に火が灯った。
それを紙燭のように持ちながら、黄雲は坑道の奥へ歩き始める。雪蓮も「うんっ」と軽く頷いて、その後に続いた。
暗い通路を、橙色の灯りが照らし出す。
坑道の道幅は狭い。それに紙燭の照らす範囲もそう広くなく、二人は慎重に歩を進めていた。
遺跡の壁面は平らで滑らかで、質素ではあったが丁寧な造りだった。ただ、嫦娥の時代に造られたにしてはあまりに状態が良すぎる。壁にはひび割れどころかわずかな経年劣化の跡もなく、古の時代に造られたものとは到底思えない。ひと月前に造られたばかりと言われた方が、まだ信用できる出来だ。
やがて、一本道だった通路に変化が現れる。
「おや……」
「分かれ道ね」
立ち止まる二人の目の前。通路は左右に分かれている。
黄雲はそれぞれの道へ、紙燭を差し出してみる。炎の揺れ方で、風向きが分かるはずだ。外へ通じていそうな、より脱出の可能性が高い方の通路を選びたいが。
「うーん、どちらも特段反応なし……」
炎は特に反応を示さない。ただ術符の上部で、めらめらと燃えているだけだ。
後ろでその様子を見ていた雪蓮は。
「こっちだと思うわ」
「え、ちょっとお嬢さん?」
不意に黄雲を追い抜かし、さくさくと右の通路へ進み始めた。黄雲の持つ紙燭の灯りが遠くなる中、足取りに迷いはない。
「ちょっと、お嬢さんってば!」
慌てて後を追いかけて、黄雲はさっさと先へ行こうとする雪蓮の手を取った。
ふれあう肌と肌。
一瞬、双方に妙な緊張が生まれる。
確信を持って歩を進めていた雪蓮は、突然の接触にぴたりと足を止め。
黄雲は思わず彼女の手を取ってしまったことを、少々後悔していた。
「……ったく、勝手に先へ行かないでくださいよ」
ぶっきらぼうに手を離しつつ、黄雲はほの暗さの中で渋い表情をして見せる。
「もし穴か何かが足元にあったらどうするんです。僕が前を行きます。危ないですから、あなたは後ろをついてきてください」
「ご、ごめんなさい……」
前後の並びを入れ替えて。二人は再び歩き始める。
しばし無言。
「で、なんでこっちの道だと思ったんです?」
少々気まずさがあったが、黄雲は致し方なしに口を開いた。どうして右の道を選んだのか、雪蓮の意図を聞いておかねばならない。
何の判断材料も無い中で、どうして彼女はこちらの道を選んだのか。
「えーと、なんとなく……」
「なんとなく?」
返ってきた答えは、なんとも曖昧模糊としている。
なんとなくにしては、確かな足取りだったはずだが。
「なんとなくでああも自信満々だったんですか、あなたは?」
「な、なんとなくだけど! きっとこっち、そんな気がしたから……!」
「ふーん?」
じとりと疑わしげな視線で少女を振り返り、「まあいいでしょう」と黄雲は先を行く。
「どちらにせよ、右か左、どちらかへ進まなければならなかったわけですし。こちらの道が行き止まりなら、戻って左の道を探索するまでです」
「……そうだね」
黄雲の言葉を聞きながら。雪蓮はうつむき気味に歩を進めた。
彼女自身、なぜ自分が右の道を選んだのか、よく分からなかったのだ。ただ「右に行くべきだ」という直感が彼女を動かしていた。
その直感はどこから来たのか。
耳鳴りは、まだ続いている。
二人は坑道を行く。
しばらくは一本道。曲がり角は度々現れたが、先ほどのような分かれ道はあれから無い。
右へ曲がる角を通り。しばし二人はまっすぐに進んでいた。紙燭の照らす景色は、橙色の光に照らされる通路のみ。他の物が目に入ることもなく、距離と時間の感覚は段々と狂っていくようだ。
「今はまだお昼なのかしら……それとも日が沈んじゃったかしら……」
「さあ……」
「どれくらい歩いたかしら……」
「さあ…………」
「………………」
「………………」
次第に二人とも言葉少なになっていく。足音以外に音は無く。
と、そんな静寂の中。
ガタン。
「いま、なにか音がしませんでした?」
背後からの音に、黄雲は振り返り眉をしかめた。後方、かなり離れた場所から聴こえてきたようだが。なにか、硬いものが落ちるような音。
問いかけに、雪蓮もこくりと頷く。
「ええ、聴こえたわ」
「お嬢さん、僕の後ろへ……!」
異変を警戒して、黄雲は雪蓮を後ろへかばいつつ、音のした方へ耳を澄ませた。同時に、腰に差した木剣を引き抜き、構え。
そうしてしばし待ち構えていると。通路の奥からごりごりと、岩の擦れるような音が鳴り響いてきた。
「なんだ?」
「なにかしらっ!?」
後じさりつつ二人は耳を澄ます。音は段々とこちらへ近づいてくる。
黄雲が紙燭を高く掲げると、視界はやや広くなり。照明の照らす範囲に、それは猛烈な勢いで現れた。
それは岩。転がる岩。
巨大な岩が大玉のように転がりつつ、こちらへ引き寄せられるように直進しているのだ。
もちろん二人はびっくり仰天。
「な、なんじゃこりゃあっ!?」
「岩よ、黄雲くん!」
「見りゃ分かります、逃げますよお嬢さん!」
とるものとりあえず!
黄雲は雪蓮の手を引っ掴み、遮二無二走り始めた。今度は手を取り合うことに緊張感なぞ覚えている場合ではない。
「うわああああ!」
「ひえええええっ!」
ごんごろごんごろ。
岩は愉快に軽快に、猛然と二人を追う。
悲しいかな通路は一本道。他に逃げ場は一切なく。
「ど、どどど、どうしたら!」
「く、くそっ、こうなったら……!」
窮地に黄雲、体内の氣を高め、養生の術を引き締めた。
「お嬢さん、これ持ってて!」
「は、はい!?」
雪蓮に紙燭を持たせて木剣をしまうと、黄雲、脛へ氣を集めた。脚絆に仕込んでいた神行符が熱を持ち、脚の筋肉へ神氣が宿る。
「失礼を! 御免!」
「きゃっ!」
そして黄雲、恥じらいをかなぐり捨てた。走りつつ、少し屈んで雪蓮の膝の裏に片腕を差し入れ、逆側の腕で肩を支えつつ彼女の身を横抱きにかき抱き。
そのまま神行法で坑道を駆け抜ける。巨岩に追いつかれまいと、神速で。
「…………!」
雪蓮は声も出なかった。少女、この抱かれ方を知っている。確か、子どもの頃に読んだおとぎ話にあった話。可憐な公主さまは、愛しの殿方にこんな風に抱えられて……。
思い出して心音は爆音。
もちろん突然のことに九字も間に合わない。
「こっ、黄雲くん!?」
「ちょっとお嬢さん! ちゃんと前照らしてください! 死にますよ!」
「は、はひっ!」
乙女心荒ぶる雪蓮、必死の形相の黄雲。
死にそうな程の脈の昂ぶりの中、雪蓮が掲げる紙燭の灯り。それを頼りに、黄雲はひたすら走る。
やがて、幸運が二人を待ち受けていた。
「しめた! 脇道だ!」
まっすぐ続く通路の左側に、忽然と現れる脇道。
黄雲はキッと軌道を直角に描いて脇道へ逃れた。
一拍遅れで、背後、元の通路を大岩がゴロンゴロンと通過していく。
窮地は脱した。
しかしほっと一息つく前に。
「んっ!」
黄雲はどこか憤然とした仕草で、雪蓮を地面へ下ろした。憤然とではあったが、怪我をしないよう丁寧に。
そして放った第一声がこれである。
「いいですか! 銭のためですからねっ!」
「…………」
ぼうっとしている雪蓮へ、黄雲はいつもの決まり文句を叩きつける。
「あなたを守ることは僕の義務ですし! 今のは致し方ないことです! だからご両親はじめ、他の者には他言無用ですよ!」
口止め料を払ってもいいです! とクソ道士、いつも通り小憎たらしさ全開で。
「む、むぅぅうう……!」
さっきまで甘いときめきに浮かされていた箱入り娘のご機嫌が、どんどん斜めに斜めに傾いていく。
さらに。
「あとめちゃくちゃ重かったです!」
とどめの一言。
「もー! 黄雲くんのバカーーっ!」
雪蓮がキエーっ! と不機嫌爆発で叫んだときだった。
ガコン。
「ガコン?」
またしても妙な音。今度はすぐ近くで鳴ったようだが、果たして。
傾いたのは、雪蓮の機嫌ばかりではなかった。
「え、ちょ、ちょっと……」
「床が……傾いてる……?」
ぐごごごと音を立て、二人のいる脇道の床が、どういうわけだか傾いていく。脇道の奥側がどんどん低くなり、傾斜は段々ときつくなる。
「ま、待って! あっちの通路に戻っ……!」
「きゃああ無理いいい!」
二人が手を取り合って元の通路に戻ろうとするも、時すでに遅し。
傾斜はもはや恐ろしい鋭角。滑らかな床の上を、黄雲と雪蓮はつるりんと滑り落ちていく。
「ぎゃあああああ!!」
「ひーーーーん!!」
無様に叫びながら転げ落ち、やがてどしゃりと下層へ投げ出された。
「いたたた……」
幸い二人とも怪我なく無事である。雪蓮が持っていた紙燭の灯りが、あたりを映し出すが。
「ええ……」
「なにここ?」
目の前の光景に、二人は呆然とした。
通路、というにはそれは、あまりにも過酷な様相を呈している。
黄雲たちのすぐ前方の床は途中で切れていて、絶壁そのもの。紙燭を手に下を覗き込んでみれば、底のうかがい知れない奈落だ。少なくとも落ちたら死ぬことは分かる。
その奈落から点々と飛び石のように、足場となる床が生えていた。その奥、対岸にはさらなる通路。
どうやら足場を伝って向こう側までたどり着けと、そういう意図を感じる構造の空間だ。
ただ足場と足場の間隔がやたらと広い。普通の人間の跳躍力ならば、飛び移り切れずに落ちて死ぬ、そんな殺意に満ちた間隔で。
黄雲はふと、後ろを振り返った。彼らが元々いた地点……斜めに傾いた脇道の最上部は思っていたよりも高い位置で、神行法を以てしても戻れなそうだ。
となると、目の前の奈落の道を進むしかない。
「……しょーがない。お嬢さん、神行法で進みます。僕に掴まっ……」
「も、もしやさっきの横抱き……」
「あァ!?」
思春期、思春期を恫喝して黙らせて。
「行きますよ」
「はい……」
黄雲は憮然とした面持ちで雪蓮を背負い、「やれやれ」なんて義務感をかもしつつ地面を蹴った。
さすがに道術を使えば、常人には行けない道も楽々踏破できるというもの。
てん、てんと足場を蹴り、黄雲は背中の重みを感じつつ心中毒づいた。
(ったく、横抱きなんかするんじゃなかった!)
咄嗟のこととはいえ、先ほどの行動を少年は悔いていた。
抱えた体は華奢だしなんだかいい匂いはするし柔らかいし、いまも背中に感じる彼女は柔らかいし。
本来なら爆発しそうな心の臓を無理矢理氣の力で押さえつけ、黄雲は平静を保っている。
(……ったく)
無性にいまのこの状況がいらいらする。
どうせ、彼女とは。
跳躍を繰り返した挙句、黄雲と雪蓮は無事に対岸へたどり着く。
「はぁ、重っ」
「むーっ!」
黄雲、なるべく雪蓮と目を合わさないように先を急いだ。紙燭は今度は黄雲が持つ係だ。
とっとと先を急ぎたいところだが。
しかしこの遺跡、どうしてもこの二人に苦難を突き付けたいらしい。
ガション、と今度は金属同士の触れ合う音が辺りに響いた。
「はー、今度は一体……」
「こっ、黄雲くん! あれ……!」
黄雲が紙燭を掲げて、雪蓮はその灯りの中、通路の先を指さした。
彼女の示した方向。橙の光を受けて、何かがギラリと輝く。
「あれは……!」
二人、同時に瞠目する。
なにせ奥の通路から現れたのは、古い時代の甲冑を纏った武人である。それも道の左右からわらわらと数十人も。
「ひっ、人!?」
「いや……違う!」
黄雲、木剣を構えながら武人集団の氣を視る。人間に満ちているような陽の氣は感じられず、甲冑を纏っているのはどうやら陶製の傀儡だ。
「傀儡……! な、なんだこの術はっ!」
黄雲、師から学んだ知識を総動員して傀儡の氣を分析してみるが、こんな術聞いたことも見たこともない。もし傀儡を操る術者がいるならば、双方をつなぐ氣の気配があるはずだが、それもない。つまりこの傀儡達は、自ら動いているということで。しかし意思のようなものは感じられない。
鬼や怨念の類ではないことは分かる。そういう種の物の怪ではない。おそらくはこの遺跡の主が、侵入者を阻む目的か何かで道術を施し配置した、番兵のようなものだが。
「原理が分からん! 自律して動いているなんて!」
雪蓮をかばいつつ、黄雲はじりじりと後退した。
原理不明の術で動く傀儡。あまりにも正体不明過ぎる敵との衝突は、なるべくなら避けたいところだが。
「い、いったん戻りま……」
「大変! 黄雲くん後ろ!」
「え」
背後。振り返り見れば、先ほど踏破してきたあの足場が全て。
ごんごんと音を立てて、奈落へ沈んでいくところ。
「は、はあああああ!?」
「どうしよう黄雲くん! 逃げ場がなくなっちゃった!」
「うっそだろ!?」
あんまりにもあんまりな遺跡である。まるで意志を持つかのように、奥へ奥へと黄雲と雪蓮を追い詰める。
さて、逃げ場がなくなったことを驚く暇はあまりない。傀儡たちはざくざくと靴音を立て隊列を組み、こちらへ進軍を始めている。
それぞれ手には、古の遺跡にあったとは思えぬ真新しい白刃の大刀。
ざっざっ。
大刀の石突きをカツカツ打ち鳴らしつつ、ゆっくり、整然と行進していた傀儡の軍は。
不意にピタリと動きを止め、同時に大刀を構え。号令の声もなく、一斉にこちらへ走り出した。
「い、いけない! お嬢さん、下がって……」
「アルパチカブトーっ!」
「話を聞けーっ!」
一大窮地に、雪蓮、黄雲の指示も聞かずに白虎鏡を構え、白虎娘娘ここに降臨である。
「だって黄雲くん! こんなにたくさんの兵隊さん、黄雲くんひとりじゃ危ないわっ!」
狼牙棍を構え、雪蓮は白虎面に覆われた顔を黄雲へ向ける。
「でもお嬢さん……!」
「私だって! 黄雲くんに助けられてばっかりじゃいやだもの!」
そう言うなり雪蓮は駆けだした。「ちょっと!」と引き留める黄雲の目の前で、さっそく差し迫っていた一体目の傀儡へ狼牙棍を振りかぶり。
「成敗っ!」
容赦なく頭部を薙ぎ払う。パリンと音を立てて、傀儡の頭が砕け散るが。
傀儡は動きを止めない。それどころか地に落ちた頭部の破片は宙に舞い上がり、再び傀儡の頭を構成し始める。
「そ、そんなバカな!」
「うそっ!?」
バカもうそもない。二人の目の前で起きていることは現実で。
傀儡は何事もなく元通り。
「なんて術! お嬢さん下がっていてください!」
「でも、黄雲くん……!」
「不死身に見えても元は道術! 僕がなんとかします!」
無理矢理雪蓮を下がらせて紙燭を渡し、黄雲は木剣を構え。
「だああああ!」
頭部が蘇ったばかりの傀儡めがけて打ちかかった。
氣を練り上げ、木剣の刀身に籠め。
傀儡が大刀を振りかぶる。振り下ろされるそれをなんとかかわし、黄雲は木剣を数度、傀儡の甲冑へ叩きつけた。
傀儡と少年道士、互いが互いの剣と大刀をかわし続けることしばらく。傀儡の白刃が下から上へ斬り上がり、茶色い髪がはらりと数本宙を舞う。
そんな攻撃をなんとかかわしながら、黄雲の木剣の切っ先は傀儡の鳩尾を突いた。
「!」
手ごたえ。
傀儡に損傷を与えたとかそういうことではなく、この陶製の人形を自律させしめている力の源を、掴んだ感覚だ。
「甲冑の中か!」
おそらくは甲冑で守られている部分──鳩尾に、術符か何かが貼られているのだろう。それがきっと、この傀儡の軍勢の動力だ。
すうっと息を吸う。桃の木剣、すなわち破邪の剣に陽の氣を満たし。
木剣から撃ち出すようにして、黄雲は氣を放った。
陰の氣を放つ傀儡の鳩尾を、陽の氣で焼けば。まじないの源は絶たれ、傀儡に巡らされていた氣の操り糸が朽ちていく。
力を失った傀儡は横ざまに倒れ込み、バリンと派手な音を立てて砕け散った。
もう、元には戻らない。
「まずは一体!」
黄雲、気を引き締めて次にかかる。まだ数十体も残っている。
長丁場を予想して、黄雲は懐から丸薬を一粒取り出し、口へ放った。活身丹だ。
傀儡に仲間の死を解する心はなく、軍勢は冷静に一糸乱れぬ動きで黄雲を取り囲む。
「何がなんだか分からん遺跡ではあるけれど……かように厳重に守りをかためるとは……!」
すぐさまみなぎってきた体力と氣力を感じつつ、黄雲は叫ぶ。
「きっととんでもない財宝が眠っていると見た! そのお宝、この黄雲が必ずや手に入れてくれん!」
それはもう、嬉々とした声で。いつものクソ生意気な表情で。
「うおおおおお!!」
「黄雲くーん!!」
戦意充溢。少年、多勢に無勢へ、不退転の決意でもって臨む。
ところがどっこい。
少年は体術が得意ではなかった。
「わっ、ちょ、ちょっと待っ!」
こう大勢で囲まれて四方八方から攻撃されては、せっかく見つけた敵の弱点もなかなか突けない。あっという間に防戦一方。
もちろん見ている雪蓮はハラハラしている。不思議なことに、傀儡たちは彼女には目もくれない。
少女の見ている前で、黄雲は次第に後方へ追い込まれ。
「しまっ……!」
すぐ背後にはあの奈落である。
いましも数体の傀儡に取り囲まれ、そのうちの一体が少年に斬りかからんとするところ。
「させないっ!」
大刀を振りかぶる傀儡の足元から、突如上へ突き上がる狼牙棍。窮地を察し、傀儡の足元へ滑り込んだ雪蓮の一撃だ。
突然の鈍器に顎を砕かれた傀儡が、いささかよろける。その隙を見逃さず、雪蓮は狼牙棍の柄で具足を纏った足を払った。
「お嬢さん……!」
「黄雲くん、早く!」
均衡を崩した傀儡があおむけに倒れる。ガシャンといったんは砕け散るその身体、すぐさま元の武人姿へ戻ろうとするが。
「ていっ!」
すかさず黄雲は甲冑の鳩尾を木剣で突いた。例によって氣を撃ち込み、術者のいない術を打ち砕き。
「たぁっ、はーっ!」
そんなこんなで、なし崩し的に雪蓮も戦いに加わり、少年少女はいつの間にか連携を組み。
「お嬢さん!」
「黄雲くん!」
力を合わせて快進撃。雪蓮が狼牙棍を振るい活路を開き、黄雲は木剣へ氣をたぎらせて術を断つ。
右から左から襲いかかる、武人姿の傀儡達。そんな彼らをばったばったと退治して。
「……はぁ……疲れた……」
「これで全部ね……」
やがて死闘は終わった。ほとんどの傀儡が原型を残さず残骸と化している中で、黄雲と雪蓮は顔を見合わせ、安堵のため息を吐いた。
「……行きましょうか」
「ええ……」
さすがに疲労困憊。
疲れた足取りで、二人は傀儡の間を後にするのだった。
……その背後。
二人は気付かなかったが、一体だけ、難を逃れた傀儡がむくりと立ち上がる。
半割れの顔へ落ちた破片がほろほろと舞い上がり、損傷箇所の修復が始まる中。傀儡の顔はじっと黄雲たちの方向を見つめている。
二人は黄雲を先にして歩く。
傀儡の氣の感知圏内から黄雲が抜け、一瞬、雪蓮のみが検知対象となると。
傀儡は膝を折り跪き、頭を垂れる。
──まるで、主人へ拝礼するかのように。




