篝ちゃんの諸国漫遊記
篝が小鳥の工房で珍しく何かを作っていた。
小鳥にきいてみたが、結界の一部をより強力な魔物で守らせるとか。
魔物、とはいうが要は木彫りの形代だ。
それを一生懸命彫刻刀で削っている姿を遠くから見ていたが……。
近寄って背後から覗いてみる。
「…………」
わからない。
子供の造形だ。いびつすぎて、何が何やら。
しばらく見ればわかるとかそういうレベルではなかった。
思い切って聞いてみることにした。
「篝。……それは、何だ?」
篝は手元をとめずに削りながら答えた。
「見てわかりませんか?」
「わからないから聞いてるんだが」
「オリノコカイマンです」
…………。
たしか鰐科の肉食獣。
だが篝が作っているソレは、どう贔屓目に見ても、ネズミとウサギを足して割ったような。
ある意味ほのぼのとするようなものだった。
「それが強力な魔物なのか?」
「地球上では強力な動物です」
「確かにそうだがな……」
なんだってそんなマニアックな選択を……。
確かギアナ高地にしか生息していなかったような。
「獲物を捕食している姿が凶暴そのものでした。魔物としては申し分がないでしょう」
「待て待て。見たことがあるのか?」
「はい? 見ましたが」
「直接?」
「はい」
篝の様子はいつもと変わらず、また彫刻刀で削る作業に戻った。
そういえば篝は数年間、各地を放浪していた。
てっきり日本だけを巡り歩いていたのかと思っていたのだが……。
考えてみれば不可視の鍵だ。国境も海の向こうも関係ない。
その気になれば飛行機にだって船にだってタダ乗り出来る。
どこに行ってもいいわけだ。
「南米に行ったのか?」
「飛行機を乗り間違えてしまって。本当はスペインに行くつもりだったのですが」
この娘は本当に飛行機でタダ乗りを繰り返していたのか。
瑚太朗は唖然とした。
「ついでなのでベネズエラを回って、ロスジャノスまで足を運びました」
「それは本当に足でなのか? 車を使ったんだろ?」
「日本のジャーナリストの車の後ろに」
なるほど。
おそらくテレビ局の取材か何かだろう。
それならいろんな動物を見て回ることが出来たに違いない。
(まさか鍵を同伴してるとは思わんだろな……)
「じゃあアナコンダとか、カピバラとか、アリクイとか、いろいろ見てきたわけだ」
「詳しいですね、瑚太朗」
「あの辺は空軍基地が多いんでね、降下作戦とかで亜熱帯のジャングルでゲリラ戦やったり。毒蜘蛛やら蛇やら蛭やらでいろいろ悩まされた」
あまり思い出したくない過去だった。
篝は手をぽん、と打って目を輝かせた。
「なるほど。タランチュラのほうがより強力な魔物になるかもしれませんね」
「……それも見たわけか」
「ホテルの天井から落ちて来ました。日本人は慌てふためきましたが、現地の住人は慣れているようでした」
篝の観光はそれなりに楽しかったらしい。
(まあ、そうやっていろいろ言葉とか習慣とか、学んできたわけか……)
彫刻刀で木を削る篝を、瑚太朗は頬杖をついて眺めていた。
やはり形はいびつに折れ曲がっていたが。
蜘蛛の足を表現しようとしているらしいが、力が弱くてなかなか木がうまく削れない。
手伝ってやろうかとも思ったが、篝が一生懸命作業しているのを邪魔するつもりもなかった。
「瑚太朗。……なにをニヤニヤと笑っているのです」
「え?」
瑚太朗は自分が笑っていることに気づいていなかった。
いつの間にか見入っていた。
「不愉快です。馬鹿にしていませんか」
「いや、そんなつもりじゃ……。どうぞ作業を続けて下さい」
「邪魔です。あっちへ行って下さい」
「見てるだけだろ」
「そこに居られると迷惑です」
「別に何も言ってないぞ。蜘蛛じゃなくてハムスターみたいだとか」
「言ってるじゃありませんか」
「別にそれでもいいんじゃないか。小鳥だって形には特にこだわってないみたいだし」
「駄目です、あんな結界ではすぐ破られてしまいます」
「破るのは主に篝だがな」
「瑚太朗。さっきから何なのですか。うるさくてちっとも作れません」
「ほら、手元。よそ見してたら危ないぞ」
篝の手を掴んで彫刻刀を握らせる。
渋々といった感じで削りだす彼女を見ているだけで、なんだか心が満たされた。
テレビでギアナ高地の特集見て、ひょっとして篝も行ったかも……なんて妄想してみました。
ルチアルートでロンドンに鍵がいましたが、どうやって行ったのか謎です。
タダ乗りしかあり得ないですよね。