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狼の妖術師と赤毛の皇太子  作者: 佐々木野楓
帝国皇太子コーダ
13/14

危機

トルムは東の離宮のコーダの自室の近くの部屋に運ばれた。

「こんな立派な部屋は不相応です」

「俺の希望通りにすると言っただろう? 我慢しろ」

「我慢とかではないのですが」

トルムは天蓋付の寝台の上で、コーダが自らいれた薬湯を受けとり、

「殿下、セアがもう少ししたら来てくれるので、このような事は………」

「俺がしたいから、しているんだ」

コーダは、トルムの世話を侍従には任せようとはしなかった。トルムの凍傷で傷ついた足に包帯を巻き、寝たきりの体を撫で、白湯を運ぶ。その姿に、

「殿下、私がやりますから」

クロードが手を出そうとしても、

「駄目だ。俺がする」

断固としてトルムの世話をさせなかった。。

クロードはあきらめ顔で、トルムは申し訳なさそうな顔をしている所に、セアが到着した。

「トルム、大丈夫?」

「セア、来てくれてありがとう」

寝台の上から動けないトルムに、

「子供たちはエレク様たちが見てくれているから心配しないで、トルムはゆっくり休んで。殿下、僕がやりましょうか?」

コーダが持っていた、薬湯が入っていたカラの杯にセアが手を伸ばしたが、

「………セア」

コーダのすがるような目に、セアは笑って、

「殿下がお留守の時だけ、僕がいたしましょう」

コーダは妖術師見習いの気遣いに感謝し、杯を片づけた。

薬湯を飲んだあとトルムが眠ったのを確認し、セアは、

「殿下、お話があります。クロード様もよろしいでしょか」

いつになく厳しい顔のセアに、クロードは隣の部屋へセアとコーダを案内した。机を挟んで長椅子に腰を下ろす。

「私事ですが、来月早々妖術師になる事が決まりました」

「それはよかった」

「ありがとうございます、殿下。妖術師になりましたら、トルムの代わりに宮殿付き術者の師範をするようモウトーリ様から命じられました。すでに術者方はご存じでしたので、モウトーリ様と術者方に先日挨拶へ伺ったのですが、その時気になる事を耳にしました」

「気になる事?」

クロードが眉間に皺を寄せる。

「ソウトルと言う術者を覚えておいでですか?」

コーダは顔をしかめた。この前宮殿内の廊下で、皇太子である自分を、トルムについて責めてきた男だ。

「ああ、覚えている。無礼な男だった」

「そのソウトル殿が、此度殿下がトルムを投獄した事について、あちこちにふれ回り、殿下の責任を追及しようとしているそうです。彼一人が騒いでいるだけでしたら、モウトーリ様も問題視されませんが、どうもよからぬ者を引き入れ、何か画策しているようです。これは術者方から伺いました」

「よからぬ者? どういう者だ?」

「はい、クロード様。どうやらパドア人のようです」

セアは、宮殿の門前でソウトルがパドア人が接触し、その後帝都内でたびたびパドア人たちと一緒に居る所を目撃されている事を話した。

「術者方もソウトル殿を戒めようとされたようですが、ソウトル殿は聞く耳を持たず、トルムを殿下の元から救い出そう、などと…」

「俺の元から救い出すだと?!」

コーダは椅子から立ち上がり、思わず怒鳴ってしまった。

「殿下、そう思われても仕方ありませんよ、此度の件は」

「うるさい、クロード」

「ユリーナの事は公表できませんから、此度の事はトルムが殿下の不興を買い、投獄されたとしか思われていませんからね。トルムを崇拝している者たちにとっては、殿下は敵です」

「敵? 崇拝?」

クロードはコーダを座らせ、

「トルム自身はよく分かっていませんが、トルムは我が帝国の英雄であり、戦場での戦いぶりや我が身を省みない献身的な行動に、帝国内外問わず崇拝者がいます。それもかなり熱狂的です。少しでも近づきたいと思う者も多い」

「クロード様が仰る通りです。元々僕らが暮らしていた十一都は、他所から来る方が少ないのであまり影響はありませんでしたが、帝都に移り住んでからと言うもの、たびたび家に直接訪ねて来る方も増えました。クロード様の邸宅には門兵がいらっしゃるので、助かっています」

「崇拝者の中にはパドア人も多く、わざわざ亡命までする者もいます」

コーダには初耳だった。トルムの凄さを思い知らされる。

「ソウトル殿がどのような行動に出るかはわかりませんが、注意が必要だと思います」

「わかった。教えてくれてありがとう、セア」

「いえ。では、僕は厨房をお借りして、トルムの食事を作って参ります」

一礼して椅子から立ち上がったセアに、

「セア、一つ聞いてもいいか?」

「はい、殿下」

「セアはトルムより年下で、デレマードが初陣だったはずだが、どうしてそういつも落ち着いている?」

コーダは不思議だった。セアは戦死者の弔いも、躊躇なくしていたのだ。

セアは困った顔をして、笑い、

「………トルムは赤子の頃エレク様に助けられましたが、僕がエレク様に出会ったのは九年ほど前です。それまでの間、僕は戦場で生きていました。戦死者から服を剥ぎ取り物を奪い、食べ物を漁って生きていました。何を食べていたかは聞かないでください。エレク様に拾われ、トルムに出会って、人らしい感情が持てるようになりました。そのせいでしょうか」

コーダはセアの過去に言葉を無くした。

「以前殿下が、僕とトルムに、怖さや凄みを感じると仰られましたが、僕もトルムも、己の過去を力にする事で妖術師になりました。妖術師と言うのは、そういうものらしいです。だから人数が少ないのでしょう。エレク様もトルムも、それでいい、と言います。傷ついた過去を持つ者は、少なくていいのです」

セアはもう一度コーダとクロードに頭を下げ、部屋から出て行った。

「クロード」

「はい、殿下」

「妖術師は強いな」

「そうですね」

「俺も、強くならないといけないな」

クロードはコーダの頭を撫で、

「コーダはコーダの速さで進めばいい」

クロードの優しさが嬉しく、温かかった。

コーダは両手で自分の頬を叩いて気合を入れた。

「よし、まずはどうしたらいいかな」

「とりあえず、問題はあの術者でしょう」

「どうする?」

「トルムが牢から出された事は、わざわざ公言せずとも広まるでしょう。そしてこの東の離宮に居る事も」

深夜あれだけ大騒ぎをしては、関係者の口止めは無理な話だった。

「地下牢に投獄して水責めにしたかと思えば、今度は殿下自身が住む東の離宮に幽閉し、日々責めているのではないかと、あの男は思うでしょうね」

「幽閉なんてしていない!」

「殿下はそう思っていなくても、周りがどう受け取るかですよ」

「俺はどうしたらいいんだ」

「あの男、ああ見えてそこそこ力のある術者ですからね、パドア人と組んで暴れられては大事です」

「そうなのか?」

「宮殿付き術者の中では、一番戦闘能力が高いそうです」

「誰から聞いた」

「トルムです」

トルムの証言であれば本当だろう。コーダは想像以上にまずい事態である事に今さら気づいた。

「トルムは当分動けません。もしあの男が本気で術を使い仕掛けてきた場合、頼れるのはセアとエレク様になりますが、エレク様は宮殿内で大事があった場合、皇帝陛下をお守りする役目がありますから」

「そうなのか」

「殿下は何もご存じではないのですね」

「お前が教えてくれないからだろう」

「以前お教えいたしました。殿下、エレク様とトルム以外の五人の妖術師が今どこに居るかも、ご存じではないでしょう?」

「馬鹿にするな。五人の妖術師は、それぞれ国境警備の任にあたっているはずだ」

「そうです。ただ、五人とも高齢で、任地から動くのは時間がかかります」

「帝都にいる妖術師は、セアを入れて三人だけか」

「三人もいれば、通常は問題ありませんからね。エレク様やトルムであれば、妖術師一人で一個師団に匹敵する力があります。そこにセアは加われば、帝都の防衛は充分です。ですが、今回の相手はトルムも認めるほどの術者」

「できれば、穏便に済ませたいな」

「それが賢明です」

コーダはしばし考え、

「よし、決めた。あいつと話をしよう」

コーダは立ち上がり、

「でも、トルムには内緒だぞ」

クロードも立ち上がり、

「お供しましょう」

赤みが強い茶褐色の髪と目を持つ、帝国の皇太子と騎士は、揃って部屋を出た。

 


トルムが地下牢から出されて東の離宮に移された事がソウトルの耳に入った時、ソウトルは既に宮殿にパドア人を引き入れていた。北の離宮の一角にある自室に十五人のパドア人を隠れさせ、トルム救出の頃合いを見計らっていた。

「狼の妖術師様が東の離宮に移されたらしい」

パドア人たちは東の離宮が皇太子の居住区である事をソウトルから教えられていた。

「皇太子は狼の妖術師様を東の離宮の一室に幽閉して、日ごと夜ごと責めたてているらしい」

「それは本当ですか、ソウトル殿」

「本当だ。狼の妖術師様が幽閉されている部屋に、皇太子殿下は入り浸っているらしい。侍従たちからの情報だ」

「お可哀そうな…」

「一刻も早くお救い出さなければ」

「ソウトル殿、早く決行いたしましょう」

パドア人たちに向けソウトルは、

「ちょうどよく先ほど、侍従長モウトーリ卿から、宮殿付き術者全員に召集がかかった。皇太子殿下がこちらへいらっしゃるようだ」

「それはどういう理由でしょうか」

「もしかすると、我らの動きが露見したのでは」

ソウトルはパドア人たちに視線をめぐらせ、

「可能性はある。しかしこれは絶好の好機。殿下がこちらへいらっしゃると言う事は、狼の妖術師様からは離れると言う事。そこで…」

ソウトルはパドア人たちに計画を伝え、にんまりと笑った。

「狼の妖術師様、もう少しお待ちください。私が、あなた様をお救いいたします」



宮殿付き術者を集めるよう、モウトーリへ先走りの侍従を出していたコーダが北の離宮の広間へ入ると、モウトーリと、二十人からなる術者たちは青のローブ姿でコーダを出迎えた。

「急に呼び出してすまない」

コーダは手短に挨拶をすると、用意された椅子に腰かけた。すぐ左横に黒の軍服に帯刀しているクロードが立つ。

「俺がここへ来たのは、狼の妖術師の件だ」

高齢の術者が前に一歩出た。

「皇太子殿下、狼の妖術師様の事は我らの耳にも入っております」

「狼の妖術師が俺の不興を買い、地下牢に投獄され、今は東の離宮に幽閉されている、と言う話だろう」

「はい、そのように伺っております」

「それは、まことだ」

ざわめきが起きた。

「殿下、狼の妖術師様は帝国の英雄でございます。先日のデレマードの戦いでも、殿下のお力になられた方です」

「そうです、それなのに投獄するなんて………」

「どうしてですか!」

術者たちは口々にトルムを讃え、コーダを責めた。

コーダは椅子から立ち上がり、

「すまん」

その一言に、広間が静まり返る。コーダは顔を上げたまままっすぐに術者たちを見つめ、

「此度の事は、俺の不徳の致すところ。狼の妖術師には直接謝罪し、今は俺の近くで養生してもらっている。幽閉ではない」

「狼の妖術師様はご無事ですか」

高齢の術者に、

「ああ、無事だ。少し痩せてしまったが、しばらく療養すれば問題はないと医師の見立てだ」

術者たちは、

「よかった」

「ああ、本当によかった」

「狼の妖術師様はご無事なのだ」

術者たちの中に安堵が広がる。

しかしその中で、ずっと黙ったままの男がいた。ソウトルだ。コーダはソウトルを睨めつけ、

「ソウトル、どうして黙っている。お前が一番何か言いたいのではないか」

術者たちは黙り、ソウトルに視線を向ける。ソウトルは表情を変えず、何も言わない。

(何か、変だ)

コーダは直感的にそう感じ、自分の横に立つクロードを見た。その時既にクロードは動いていた。腰の剣を抜き、ソウトルに切りかかる。その速さに、皆ソウトルが切り殺されるか、もしくはソウトルが術で迎え撃つと思った。しかしソウトルは、ローブの下に隠し持っていた剣でクロードの剣を受けた。

「お前は誰だっ」

クロードの誰何に、ソウトルの顔が歪む。

「お、おれは」

顔の色が浅黒く変わった。歪んだ顔も別人になる。

「パドア人!」

コーダは叫んで、剣を合わせる二人に走り寄ろうとしたが、

「殿下、東の離宮へ戻ってくださいっ」

クロードに止められた。

「トルムが危ない!」

クロードが叫ぶ。ここにソウトルが居ないと言う事がどういう事か、コーダは悟り、

「わかったっ」

コーダは広間から飛び出た。北の離宮から東の離宮は遠い。普通に歩いて行くと半計以上かかる。コーダは走った。

「トルムっ!」

大理石の回廊にコーダの声が響き渡った。

次でラストです。明日アップします。

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