第四節 彼女が見たもの
「前々から言っていた「任務」の件ダガ______」
私の職場の「トップ」が、目の前の私に向けて音を放つ。
汚い音だ。人間味のかけらもない。
「あれから、心は揺らいデおるまいな?」
「こ…のは、枯石零時。写真もここに。失敗は、しません」
彼個人に対する恨みはない。だから、普通ならばこの任務は断るべきもの。しかし、
この遂行は、一つの望みと彼の仲間への憎しみに後押しされている。
失敗は、できないのだ
「これガ成功すれバ、約束通り彼らの遺体の捜索続行は検討しよう。…しかし、まダ直接口には出せんか。覚悟ガ足りんのデはないのか、え?」
_______人を傷つけること、人が嫌がることは、絶対にしちゃダメだ。いいね、
________マコ。
過去からの呼び声に、マコは苦悶の表情を浮かべたのち、
(彼は普通の人間ではない…彼は私の憎むべき、「テンシ」なのだから…)
そのような理屈では彼らが納得しないと分かっていながら、
「私は、枯石零時を「殺し」ます」
彼らの教えに背く決意を口にした。
「…いい覚悟ダ。目標は覚醒前デあるとの情報もある。向こうにこっちの干渉を気ヅかれんために確認を十分に行うことはデきなかったガ、先週の木曜日に確認した様子からして情報は確かダろう。お前ガ戦闘に未ダ不慣れなことを鑑みても、失敗する可能性は少ない。余裕の任務ダ、喜ベ」
殺すのが、余裕…?喜べ…だと…?
マコは沸々と沸き起こる感情を表情に出す寸前で抑えた。
「それデは、準備を続けろ。手を抜くなよ」
「…もちろんです」
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マコは、変貌していく少年を、ただ見ているしか出来なかった。
彼の感情が影響しているのかも分からなかったが、彼が圧倒的な力を手にして___いや、
「これは…」
力に、呑まれているようだった。
彼女が過去に「彼」と話したとき、「彼」はそう表現した。
そして彼はこうも言っていた。
「…それからは、まあ覚えてないんだけど」
自我を失っている、ということか。だから「彼」にはその後の記憶がなかったのだ。
そこまで考えたところで、彼女は音もなく近づく影にようやく気付いた。
だが、遅い。
(う、嘘_____)
黒いオーラを纏った少年は、彼女の眼前に現れ、彼女を思い切り殴り飛ばした。
辛うじて翼で防御したものの、彼女は壁に叩きつけられ、その衝撃と恐怖で目をつぶってしまった。
(ダメ、今の状態の彼に対して目を一瞬でも閉ざしたら…)
そう思って彼女がすぐに目を開けると______
彼の顔が目の前にあった。
「ひ_____」
言い終わる前に、彼の右手が首を掴み、更に絞め始めた。
「ぐ…ぁ…」
苦しさにもがき、涙が出る。
それを気にも留めず、彼は話し始めた。
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知らない人の声がする。
暗く低い、嗄れ声。
「…ォマエハ、オレヲ、ダマシタ。コノチカラハ、オレノモノダ」
誰が、誰に話しているんだろう。俺に話しかけているのなら、意味が分からな____
「…ぅ…」
この、声は。
金蛇マコだ。でもさっきまで俺と二人だったはずじゃなかったか。
つまり、さっきの声は…
「俺」?
「オマエハオレヲダマシテ、ナニヲシタ?コロソウトシタ。ナラバ、オレハソノトキナニヲオモッタ?ゼツボウダ。キョウフダ!ニクシミダ!!」
違う。
違うんだ。
「オマエヘノ、サツイダ!!!」
違う!!
確かに、恐怖も感じた。絶望だって。
でも、それが全てじゃない。
あのとき最後に感じた、灼熱に似た思い。それは、
決して負の感情じゃ、なかっただろ?
「オレガ、オマエヲ、コロス_____」
「俺」が、彼女の首を絞める力を強めようとしたとき、
「…そんなこと、したくないよ…」
俺は同じ口から、自分の意志を絞り出した。
「ころしたく、ない…!」
俺は泣いていた。既に体の自由は戻っていた。
俺は手を首から放し、彼女を解放した。
彼女はしばらく咳き込んだのち、何も言わずに窓を開けて飛び去って行った。
俺はそれを呆然と見届けた直後に、情けなく倒れてしまった。
意識ももう保てない。すると、
「大丈夫かい、零時!」
俺に声をかけてくる男がいた。
「こりゃあ限界みたいだなぁ…おーい、エミ!担架を持ってきてくれ!」
男が呼ぶと、大きなカニが担架を鋏で丁寧に持って近づいてきた。
そう。あの助けてくれたカニだ。
(無事…だったんだ…よかった)
彼らに運ばれる途中、窓から空中に浮くマコが見えた。
何故まだここに?と思った直後、彼女はこちらを向いて、
何かを言ったあと、微笑んだ___ような気がした。
それを視界に捉えて、俺の意識はようやく途切れた。
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己の内側から激しく湧き出る熱い何か。
これまでは一度も感じたことがない…はずだ。
完全な白に染まった視界に、見えるはずのない輝きが映る。
身体の感覚がない事から、夢か何かだというのは分かるのだが。
何だろう、あの光は。あまりにも眩しい。しかし目は逸らせない。
いや、たとえ目を逸らすことが可能でも、「光」は俺を逃がさない。
離れない。
なぜなら「光」はもう俺の全身を駆け巡り、俺の一部になっているからだ。
その「光」は___________
俺の心にも、灯を燈してくれるだろうか?
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気が付くと、俺は知らない感触のベッドに横になっていた。
「…?」
むくりと起き上がり、横を見る。
小学校低学年ぐらいの、髪を二つにまとめた(要するにツインテールだ)女の子が、こちらをじっと見つめていた。
「…うぇおっ!?」
思わず驚きたじろぐ俺をよそに、女の子は無表情のまま「たけ、れいじが起きた~」と言って部屋を去っていった。
「たけ、とは…」俺が引き続き混乱していると、今しがた女の子が去っていったドアから、今度は白衣に身を包んだ一人の男が現れた。
細身で、白髪混じり。笑顔こそ浮かべていたが、どこか疲れたような面持ちだった。
「やあ、オレは御霊院武鷹っていう、まあ…一研究者かな。武鷹とでも呼んでくれ。そんでさっきまでここにいたのがエミ。ずっと何も言わず君を見守っていたんだ、あとでお礼を言っておくといい」
「はい、そうします…ってエミ!?さっきはカニに向かってそう呼んでませんでしたか?」
「あぁ、どっちもエミだよ。変身が得意なんだ」
頭がどうにかなりそうだ。
「それで…そのエミ、さんはどういう…」
「それは難しいなぁ。助手?ペットとも言えるし、友人。相棒とも言えるが…おーいエミ、お前をどう紹介して良いか分からないんだがー!」
「とりあえず助手ってことでー。あと、さんはいらないって言っといてー」
「だそうだ」
ここの会話が聞こえていたのか…恐ろしい聴力だ。エミさ…エミには内緒話など通用しなさそうだ。
「あの、さっき僕の名前を呼びましたよね?なぜ知ってるんですか?」
「それは簡単さ、零時。オレは君の両親と知り合いなんだ」
「え、そうなんですか!?」初耳だ。普通、少しは話題にしないだろうか?
「まあ、そういうことさ。零時が襲われた、という連絡ももう済ませてある。もう夜中だからね。心配するだろうと思って」
それはありがたいが…俺はまだ肝心な事について何も聞かされていない。
「結局、僕はどうして襲われたんですか?彼女のあの翼はなんですか?それと_____」
「___なんで僕は、生きているんですか?」
ずっと抑えていた疑問をようやく口にした。
「…当然の疑問だ。だがそれらを全てはっきりさせるには、先に一つの大きな事実を君に提示しなくてはならない。覚悟はいいかい?」
「…はい」正直怖気づいたが、これを聞かなくては先に進めないならば、聞くほかないだろう。
「分かった。では伝えよう」武鷹は疲れた表情を若干引き締め、言葉を続けた。
「枯石零時くん、君は普通の人間ではない。「テンシ」だ」