第三節 おのれのやみ
高速で迫ってくる金蛇マコに、俺は目を剝いた。
(速すぎる!)
教室を出た時とは段違いのスピードだ。まず、追いつかれるのは決定的。
そもそも何なんだあれは。
学校の廊下を滑るように進むなんて、普通の人間に出来っこない。金蛇マコは、殺人願望を持ったただの狂人ではないということか?
それに、彼女の背中の辺りから流れるように形作られているのは________
「…つ…ばさ…?」
翼と呼ぶには少々禍々しい印象が強すぎるそれは、黒く、大きく、まるでそこだけ異空間から切り取ってきたかのような異質さを感じる。機械じみている部分が所々に見受けられるが、それすらも俺の恐怖を掻き立てるには充分な要素だった。
「ひ、ひぃィィィィ!!!」
アニメの小悪党が逃げるシーンでしか聞いたことのないような情けない声が、よもや己の口から出ようとは。
既に限界を超えている足に更に力を込め、あともう少しで辿り着ける玄関へと更に加速した。
間に合う。間に合うはずだ。
玄関まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2….
ドッ
「ガ、はっ…」
間に合わ、なかった。
(もう少しで外に出られたのに…チクショウ)
先程よりも断然大きな刃が、俺の背中から胸を貫いた。
血が、その刃に押し出されるようにして俺の口から零れる。
俺が咳き込むと、床に赤黒い斑点が無数に出来た。
もはや痛みは感じない。思考もまともに働かない。
だから、しょうもない考えばかりが脳裏に浮かぶ。
家族。友人。かかわりを持った人々。それらを心の奥底で常に疑い続けた自分。
そして、金蛇マコ。
(綺麗、だったな)
陽に当たり赤紫色に輝く髪。整っているが笑顔を見せない顔。同じく均整のとれていて美しい身体。黒く煌めく大きな翼。
次に、とある疑問が浮かんだ。
いったい自分は何を間違ったんだろう。何がいけなかったんだろう。
もっと人間不信になるべきだったか?それとも、
(逆…かな…)
もっと人間を信じるべきだったのだろうか。
これは天罰だ。そう考えると、何だか妙にすっきりして、それ以上は何の疑問も浮かばなくなった。
枯石零時は、最初からここにいるべきではなかったのだ。
生きているべきではなかったのだ。
俺はふと、自分の口元が緩んでいることに気が付いた。
ぼやけていく視界の中に、金蛇マコを見つける。
俺の脳が、最後の力で彼女の顔を認識したとき、
彼女は安堵したように微笑んで。
何かが、俺の心からこみ上げてきた。
全身に現れる、灼けつくような感覚。
失っていく意識とは裏腹に、その感覚は激しさを増す。
この感覚はどこから来ている?
感情か?
どんな?
感謝?哀しみ?怒り?それとも______
意識がシャットダウンする。
世界がひっくり返る。
スイッチが切れる。
風が止む。
人形を縛り、操る糸はどこかに消え、人形は自由に動き回る。
太陽が沈み、夜になる。
そして
彼の意識が途切れる瞬間、彼の頬を、
黒い涙が伝っていた。
2018/3/14追記 一部表現を修正しました。
長らくお待たせいたしました。
しかし、実はこれを最後に執筆を一旦お休みさせていただきます。
時間を見つけたら投稿するかもしれませんが、最悪の場合ずっと投稿できません。
復帰は2018年4月頃を予定しています。
この機会にプロローグ、第一節、第二節をほぼ全て書き直しておいたので、暇があればどうぞ。
では、次回「第四節 彼女が見たもの」をお楽しみに。