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余り者には福はある?

作者: 砂糖羽ペン

高校生 荻原柊磨おぎはらとうま君の班づくり



1年3組の教室の空気は普段よりも少し浮ついているように思えた。

「この三日間で皆さんには勉強のリズムを身につけてもらいます」

クラス担任が熱を込めて語っているのをボーとしながら聞いていた。黒板には学習合宿、とあまり見慣れない文字。

学習合宿、それは高校生にとっての指折りのイベントである、かは知らないがその班決めを六限目のホールムールの時間に割り当てられた。その合宿での自由行動の際、6人一班で行動することが決められている。

したがってこの班決めは非常に重要である。高校生たちの青春には学習合宿の思い出は欠かせない、この班には彼らの青春が懸かっているのだ、たぶん。知らんけど。

授業終わりまで残り僅かのとき、担任が自分たちで班を作るように指示した。

しかし今はまだ5月の末であって早すぎる。班も合宿中わずかな自由行動の時しか使われないし。この時期にしっかり勉強を習慣つけるのと、クラスのみんなと親睦を深めるのが目的である。したがって、まだそんなに時間を共有できていない俺達ではなかなか決められず、結局出席番号で決められるだろう。

と思っていたら、ガヤガヤ騒ぎながらクラスのみんなは席を移動し、みるみるうちに班が形成されていく。俺は目を白黒させながら見ていた。

お前らいつの間にそんなに仲良くなってたんだよ。え、ホントに俺と同じ時間過ごした?とりあえず周りにしたがって腰を上げたもののどこに行けばいいのやら・・・自宅でもいいのかな。

クラスメイト達の騒がしさに押し出されるように、俺はいつの間にか教室の隅に追いやられていた。脳内では積水ハウスのCMソングがリピート状態。おぉ・・・我が家に帰りたい。だが落ち着け!

俺の所属するクラス、2年3組は36人の生徒がいるのでちょうど6つの班が出来上がる。そのため正真正銘の余り者はいないはず。本当に助かった。

先生が最後まで残った俺を連れて、「誰か荻原君を入れてあげてくださーい」なんて言われずに済んだ。

だからと言って安堵はできない。目立たず、かつ迅速に行動しなければならない。

どこにでも俺みたいなやつはいるものだ。自分たちでは班を作れない余り者たち。

そいつらが集まっていそうな所を本能的に嗅ぎつけ、さりげなく近づき、あたかも最初からここにいましたよ風を装った。どうやらすでに5人集まっていたようで、俺が最後の1人だった。

何とか目立たずに溶け込むことができた。生来の影の薄さが幸いしたように思う。ミッション成功。


見渡すと大体見知った顔だった。大人しめな女子の二人組がひとつ。確か名前は黒髪でおかっぱに近いショートボブが下間。薄茶色のふんわりした髪が肩まである方が玉田だったはず。喋った事はない。

俺の他にも男子が二人いる。これまた大人しそうなやつで、身長は低く(俺とさほど変わらない)眼鏡をかけている方が押谷。あまり目立つ奴ではないが、よく見ると愛らしい整った顔をしている。喋ったことは、ある(あいさつ程度)。

そして・・・誰だっけ。ワックスでしっかり整えた髪にこれまた眼鏡。確かこのクラス委員やっていた気がする。まぁ名前は委員長でいいだろう。喋ったことはない。

そして残る一人が常和だ。派手、とにかく派手。茶髪というかもはや金髪の巻き髪が肩甲骨の下まで届きそうだ。校則という言葉知ってるのか?

いかにもクラスのボスという佇まい。そんなやつがこの余り者グループにいるのは不自然な気がする。見た目は棘というか鋭さがあるように思うが、顔は美人と言ってしまっても差し支えない。

こんなにもリア充ぽい奴がぼっちてどういうことだよ。これはリア充を突き詰めるとボッチになるということなのか。実は俺こそが真のリア充である可能性が急遽浮上した。

当然喋ったことはない。常和といえばよくない噂があったことを思い出した。

気に入ったか気に入らない奴だったか、まぁどっちでも同じだろうけど。そういう奴を一人決めていじめていると。奴隷のように扱うとも聞いたことがある。俺でも知っていることだから知らない奴はいないだろう。恐れられ過ぎて、一匹狼状態になっているのだろうか。

班も決まったことだしまたボーっとしていたが、不安そうに下間と玉田がキョロキョロしているのに気付いた。まさかとは思ったが、一応大きめの咳払いをしておいた。するとこっちを見ながら二人は、驚いたように顔を見合わせていた。

やっぱりか・・・こいつら6人目の俺の存在に気づいてなかったんだな。とあるバスケ部の黒子君じゃないですか。

不安になってきたのでほかの班員の方も確認してみた。

「放課後にさぁ、○○通りのたこ焼き食べに行こうよ」と委員長が押谷を誘っていた。

「う~ん、分かったよ」

へ~コイツら仲良いのか。それとも一緒の班になったからか?だとすれば俺が誘われないのはどうしてだろうか。やはりまだ気づいてないのか。まぁ誘われても絶対に行かないんですけどね。

常和ほうを見ると、こいつはひたすらケータイを触っていた。こいつ本当にボッチなんじゃ・・・。ケータイって結構なボッチアイテムだからな。

ちなみに俺はあえて触らないようにしている。逆に堂々とすることで、周りからはボッチに見えなくなる。または俺がそもそも見えてないだけかもしれない。

余り者で構成された班。余り物には福がある、なんていわれるがそうは見えないな。

ふと玉田と目があった。目があったまま玉田はにっこり微笑んだまま声をかけてきた。「これからよろしく~」

「よ、よろしくっ」

笑うと愛嬌のある丸顔が幼さを帯びた。ちょっとグッと来た。

とっさのことに少し慌ててしまったが、なんとか微笑を浮かべながら返事をすることができた。しかし俺なんかに話しかけてくれるとか玉田さん優しすぎる。





放課後、学校近くの本屋に来ていた。学校最寄り駅に続く通りの一角にあるこの本屋。駐車場が全くないため自転車通学の俺はわざわざ駅前に駐輪しないといけなかった。そんなに遠くもないからいいけど。

1,2冊いい感じの本を見繕ってから今日は店をあとにすることにした。

自動ドアを通って外に出たところで、ばったり下間に出会ってしまった。思わず立ち止まった。ばっちり目も合ってしまっているので無視するわけにもいかない。

ぎこちなく片手をあげながら「お、おぉ」と言った。

下間はつり目がちな目を大きく見開いて応えた。

「ん?なんて?」聞き取れなかったらしい。

うわぁーと叫びながら走って帰りたかったが、形而上の俺が「せめて家でやれ」と言ってきたのでギリギリ耐えた。凍りついた足を何とか駅へ向けて送り出した。

「下間さんは電車通学なの?」

なんとなく並んで駅に向かいながら聞いてみた。さっきのはなかったことにした。

「うん。えーと、荻原君も電車?」

名前知られててよかった!ちょっと間があったけど全然気にならない。

「いや俺は駅前に自転車止めてるだけで」

「そーなんだ」

「・・・」

「・・・なんか本買ったの?」

下間が気を使って新たに話をふってきた。

「いや見てただけで、今日は買わなかった」

「教室でもいつも読んでるね。本好きなんだねー」

すごーいと褒められたので、いやいや~と謙遜した風に答えた。実際本好きのどこがすごいのか意味が分からなかった。

この無味乾燥なやり取りに嫌気がさして、次の新たな話題さがしも放棄しボーとすることにした。最低だな俺。

そのとき少し先にあるたこ焼き屋さんから、人影が2つ出てきた。それはたこ焼きを頬張る常盤とそそくさと財布をしまいながら彼女を追いかける押谷だった。二人は店先で立ち止まり、常盤が押谷に声をかけていた。

「たこ焼きありがとな」

「あー、もう今月厳しんだけどなぁ」

「は?お前なぁ・・・」

「いや、なんでもないよ!・・・」

睨みつける常盤に、ブンブンと片手を振りながら押谷は困ったような笑みを浮かべていた。

恐い、常和さん恐いっす!この光景を見てるとあの噂のことが思い出される。めんどうだなぁ。

俺一人なら引き返すのだが、下間の手前、立ち止まるわけにもいかなかった。自然徐々に距離が詰まっていく。

すると常盤が近づいてくる俺たちに気が付いた。ちぃばれたか。

軽く会釈でもしてさっさと帰ろうと思ったが

「なんだよ、そんなに睨みつけて」と睨みつけられた。

いやいや睨んでませんよ!被害妄想強くないですか?と言ってやろうとしたが

「別にそんな・・・」と何とも歯切れ悪い言葉が出てきた。

「あ?」

こっわ!たった一文字の発音だけでこんなに相手を威圧できるものなの?

思わず形而上の俺に救いを求めたが、ただガクガク震えてた。

「カツアゲは犯罪だ!」と言ってやろうと息を吸い込んだ。すると押谷が常和の陰から助け舟を出してくれた。

「えっと、常和さん!たこ焼き冷めちゃうよ!」

その言葉で常和もフイっと俺たちに背を向け、押谷に何やら小言を言いだした。

サンキュー押谷!本当は言うつもり全くなかったからな。

そこから足早に立ち去った俺たちは、別れの挨拶もそこそこに各々帰路についた。常和がなぜあの班にいるのか分かった気がした。


いつもなら自転車で登校するところを、忌々しい雨のせいで断念せざるを得なかった。小雨程度ならまだしも、今日はいささか強すぎる。家の位置関係上、自転車でも電車でも構わないので仕方なく今日は電車通学を選択した。

電車通学のほうが楽なのではと思う人もいるかもしれないが、それは間違いである。そこで知人がいた場合なんかは危険だ。あんまり仲良くないやつどうしだと、「喋ったほうがいいのかな?いや向こうはどう思ってるんだろう(ドキドキ)」と恐ろしく非生産的な心理戦が勃発する。大体自意識過剰な奴の独り相撲で終わるのだが(俺)。

それよりも気を使われて向こうから話しかけられるのが苦痛だったりする。さすがに無視するのもそっけなくするのも悪いので応えるが、全然盛り上がらない。昨日の下間がいい例だ。というか悪い例だ。しまいにはちらっと時計を確認しだす相手。ごめん!俺なんかがこの車両乗ったばっかりに!と泣きながら土下座したくなる。

このような危険が日常に紛れている電車通学について注意喚起したい。

とどうでもいいことを考えてるうちに電車が来た。さぁ知り合いはいるかな?いても読書シールド張るけどね。

乗り込んだすぐ先に俺と同じ制服を着た人とは思えないほど、背が高く爽やかスポーツマン(イケメン)といった感じの奴が吊革を掴んでいた。名を井東という。中学から一緒のやつで、現在高校でまともに話せるのはこいつだけだ。

「よっ」と軽いあいさつに俺も片手をあげて返す。閉まったドアにもたれてカバンから文庫本を取り出し文字列の世界に没入する。

因みにこれは読書シールドではない。井東相手ならそれは不要なので、単純に読みたかっただけである。別に無理にしゃべる必要がないこいつとの距離感は楽でいい。

やがて学校の最寄り駅に到着し、改札へと歩きながら部活動について言葉を交わした。

「もう部活は決めた?」

「決めてない、というか入らんし」

「え、うちは原則全員入ることになってるだろ?」

眉をひそめながらこちらを振り返った。

確かになってる。だがあくまで原則は原則。何事にも例外は存在する。

「いいんだよ、そういうやつもいて。大体みんな部活入ったら、誰が学園祭とかで看板の色塗りするんだよ」

「いやお前はそういうの真っ先に帰るタイプだろ」

あ、ホントだ!

改札を出て、傘をさしてから学校続く通りを進む。雨は以前強いが、風はなくて助かった。

「そういや部活の先輩に、用具室から新入生歓迎用の看板取ってくるよう頼まれててさ、付いてきてくれない?」

サラッと爽やか笑顔で誘ってきた。

お前も新入生じゃないの?先輩ひどいな。それよりも

「待て、まずお前もう部活入ってんの?」確か入部するのは学習合宿終わりのはず。

「仮入部だけど、テニス部とパソコン部」

2つも・・・リアルに兼部するやつとかいるんだな。てかパソコン部って何?作るの?

「あっそ、で用具室ってどこなわけ?」

「東校舎の一階だよ」

俺たちの高校は東と西と南側に校舎が分かれており、北側には渡り廊下がついているため、上から見るとカタカナのロの字に似ている。一二年のクラスは南校舎、三年のクラスは西校舎にあるためこんな朝から東校舎に行くものはあまりいないだろう。朝のガヤガヤした教室は嫌いだし、暇つぶしになるか。

「分かった。付いてくよ」

昇降口から校舎に入り、用具室のある東校舎へ向かった。

会話の話題は部活動の必要性について、になっていた。部活をやることの有意義さを語る井東に、屁理屈を持って否定したが、やつは全然折れなかった。最後「部活動はやるべき」という結論に達し、おれ自身試に野球部に入ってみるかと思うまでなった。ちょっと青春の汗を流すのも悪くないじゃない?なんてね、やんねーよ。

突然大きな音がして立て続けに足音が聞こえた。何事ぞ?と東校舎に続く廊下を曲がると、ちょうど「用具室」と書かれたの教室のドアが開け放たれていた。

中をのぞくと俺のクラスメート押谷が制服の汚れを払いながら起き上るところだった。俺たちが中に入ると、こっちに気付いた押谷は気まずそうに目線をそらしながら、「おはよう」とあいさつしてきた。

さっきの足音の奴はどうも、この教室のドアを開け放って向かいの階段を駆け上っていったらしいな。だとするとこの教室で押谷はどこぞの誰かと床に寝転がってナニをしていたんですかねぇ。と疑惑と憎悪の目を押谷に向けようとしたら、隣の井東が指をさしながら

「看板が・・・」

目を向けると、段ボールや埃まみれの何かの衣装といったものが散乱する中に、端に角材の枠が付いた木の板があった。よく見るとその板の真ん中に穴が開いていた。誰かがちょうどそこにあるモップの柄でぶち抜いたように見える。

「あれが看板なのか?」井東に聞くと、うなずきながら答えた。

「あれに紙に書いた広告とか張るんだよ。先輩に頼まれたのがあの看板さ」

なるほど。

「ご、ごめんね。僕がうっかりというか・・・とにかく壊してごめん!」

どんなうっかりだよ。そこそこ力こめないとあんな風にぶち抜けないぞ。

となるとやはり今さっきできた穴か。

井東が一歩前に出て言った。

「それは本当なの?やらされたか、誰かの身代わりになってるんじゃないか?」

井東が何を言いたいのかは、昨日のことをふまえると容易に想像できる。俺は知らないが、押谷の名前も噂に流れてるのかもしれない

なるほど、これがいじめの実態か。悪事の片棒を担がされる、またはなすりつけられてるのか。穏やかじゃないね。ふだんは人が来ることの少ない所だから安心していたが、俺たちの話し声を聞いて慌てて逃げ出したのだろう。

「違うよ、僕に責任があるんだ。」

ちょっとこっちが面食らうほど強く押谷は言い切った。

井東がまだ何か言いかけたが(おそらく常和について追及しようとしたのだろう)、俺が遮った。

「とにかく、そろそろ教室行かないとまずいだろ」

「まぁね、看板も使えないってわけじゃなそうだし」少し不満そうであるが、井東も了承し、三人で教室のある西校舎に向かった。

もともと壊れていたことにし、特に部活のほうでも報告しないことにすると言う井東に、本当にすまなさそうに押谷は謝っていた。俺も井東の案に賛成した。

面倒事にならずにすんで安堵した。

しかしクラスの余り者で隅っこでこっそり生きている俺が、こんなことに巻き込まれることはおかしい。もっと青春に生きる者たちが巻き込まれるべきである。そして何かしらの報いを受けろ。

てか押谷も常和も学習合宿で同じ班だったな・・・行たくねぇ。

前を歩く二人は学習合宿について話していた。

「班の人たちは楽しそう?」

「そうだね・・・あっ荻原君と同じだよ」

「そっか、それは苦労しそうだね」

と井東がこっちをちら見しながら言いやがった。なんだ苦労って。班のみんなが決めたことには反対しないし、騒がず静かにしてるし、みんなの3歩後ろを大人しく付いてくし、こんな人畜無害な奴いないよ?

にしても井東のコミュ力が以上に高い。押谷は俺でもまだあんまり喋ってないほど難易度高いはずなんだが。

二年三組の教室まで来て時計を見ると、ホームルームまでの時間は充分にあった。押谷はそのまま入り、続こうとした俺はしかし井東に止められた。

何の用だと目で問うた。廊下につったまま井東が言った。

「あの噂って本当だったんだ」

やはり押谷のことは周知の事実らしい。

頷きながら、昨日のことを思い出した。

「カツアゲまがいなこともされてるらしい。」

「大丈夫かなぁ、さっきのことも先生に言うべきなんじゃ」

「言ったところで何とかなるとは思えんがな。証拠もないし」ぶっちゃけこういうことに教師が何かできるとは思えない。いじめそのものに対してではなく、今回のようなほかの生徒の目からも隠されてるんじゃ言い逃れし放題だ。まして、だ

「クラスも違うお前じゃ、なんもできねぇよ」

「・・・」

井東が押し黙っていると、委員長が教室に入ろうとやってきた。

「やぁ、御子柴」と井東のあいさつに、親しげに御子柴も返していた。そっか、名前御子柴か。

「髪の毛乱れてないか?」

「あー風だな通学のときの、最悪だ」

なんでこいつらこんなに仲いいんだよ?俺でさえ名前知らなかったのに。井東のコミュ力は感心といかむしろ気持ち悪い。御子柴が行ってから尋ねた。

「なんであいつ知ってんだよ」

「クラス委員会で知り合ったんだ」

こいつ部活2つ入りながら、クラス委員もやってんのか。気持ちわるっ。きっとこいつはみんなの輪の中に確かな立場があって、さぞ青春を謳歌しているんだろうな。


放課後、野暮用をすましに学校近くのコンビニに寄ることにした。ジャンプをパラパラとめくりながら、窓の外を見た。ここからはちょうどバス停を見ることができる。目の前の道は駅へと続く道でもある。しばらくして用をすました俺は、傘をさして駅に向かいながら思った。余り者ぐらいがちょうどいい。



学習合宿 一日目



今日は快晴だった。いよいよ学習合宿が始まる。朝学校につくと、

40人以上乗れる大型バスがスタンバイしていた。これにクラスごとに乗り込み出発する。バスのドア前で玉田さんと顔を合わせ、おはようと声をかけられた。この笑顔さえあれば憂鬱な三日間も乗り切れる!

因みに俺の隣の席には名前もろくに覚えていない奴だった。モブだから構わないけど。

バスの中は真ん中に通路がありその両側に席が2つずつ並んでいる配置だ。

俺は通路側だったので、通路に乗り出さんばかりに体を寄せていた。そんなこともお構いなしにモブ男くんが話しかけてくる。結構グイグイ来る奴だった。

「えーと1番はラピュタ、次がトトロで、もののけ姫かな」

好きなジブリベスト3を発表させられた。

いつしかモブ男くんのジブリ講演が始まっていた。

「ジブリはアンチも多いけど僕はこう思うんですよ。面白くないと言われちゃう作品は本当にこども向けに作ってるものなんじゃないかって。この「こども向け」という言葉は分かりやすく言うと「こどもにしか感じられない感覚」みたいなもので。例えば・・・」

なんというかうん、ウザい。

以外にもモブ男くんキャラ濃い。我慢できずおれは狸寝入りを始めてしまった。

通路の向こう側から下間と玉田さんの声が聞こえたのでそちらに意識を集中することに。さらばモブ男くん。

「じゃあブログとかはやってないのか!見せてよ見せてよ!」

「いや見せないから」

玉田さんの声に応えたのは以外にも常和だった。仲いいイメージはなかったが。まぁ女子のコミュ力はバカ高いからな。

「私ブログやってるよ、ツイッターも!見せるから」

玉田さんはブログ、ツイッターをやってるという情報を取得することに成功した。やったぜ!どうやったら探せるのだろうか。いやまず俺が始めなきゃならないのか。今度井東にでも聞こう!

一時間以上バスに揺られようやく到着した。ずいぶん自然豊かな場所だ。

一旦クラスごとに集められた。

たかが学習合宿と思ったが、これも貴重なイベントと捉えているのか、多くの奴らができる限り羽目を外したがっているようだ。

いつも以上に制服を着崩し、普段以上に装飾品をつけていた。皆自分を着飾り、自分の個性を押し出し目立たせようと必死である。俺から見ればやってることが全員同じで、逆に個性とか皆無なんだが。

俺の属する3組の第6班のメンバーも例外ではない。普段見ないかわいらしいポシェットを持ってきていたり、ヘアゴムを手首につけている。

主な予定としては、午前は旅館の部屋を借りて勉強、昼から休憩もかねて班で自由行動、戻ってきて勉強。食べて、風呂入って、寝る。これだけ。

大きな荷物を泊まる部屋に置いてから、さっそく勉強が始まる。

勉強道具だけ持って言われた場所に行くと、ずらーと椅子と机が並んでいた。宴会所みたいなでかい部屋で全員が入れるようだ。

授業が始まるわけではなく、合宿中に提出する課題を出される。三日目には確認テストもあるらしい。本当に勉強づけの合宿が始まる。


昼食終わり、自由時間になった。正直部屋にこもっていたい。

我が班は緑豊かな自然の中を歩き、ちょっと旅館から離れたお土産物屋さんに行くことになってる。

班行動中もちょくちょく常盤は押谷にちょっかいをかけている様子だ。なんか羨ましいな。僕も女子にちょっかいかけてほしいです。

お土産物屋さんで各々が好きなものを見て回ることになった。お土産って最終日に買うものなのでは?と思いながらも付いて行った。意見があっても決して言わず集団行動を重んじる。日本人の鑑みたいなやつだな俺は。

中は木彫りのフクロウや、竹でできたよくわからない芸術品などが多く並んでいた。そんな中オーソドックスなキーホルダーなどが並ぶ一角もあった。

冗談半分嫌がらせ半分で井東に金ぴかでミニチュアの剣を買ってあげようか真剣に考えていると、奥のほうから下間と玉田が近づいてくるところだった。下間がハンカチで手を拭いてることからするとトイレにでも行っていたのだろう。

もうお土産は一通り見終わったのだろうか。だとしたら俺はずいぶん金ぴかの剣を買うかどうか熟考していたらしい。何しに来てんだ俺。

ポシェットにハンカチをしまいながら下間が聞いてきた。

「もう見終わった?」

「あぁ、どうせ最終日に買うつもりだしな」

すると玉田さんが時計と見ながら口を開いた。

「じゃあそろそろ皆呼んで次行こうか」

「呼んでくる」と下間は残りの三人を探しに行った。

うっわ、玉田さんと二人っきりかよ!途端に緊張してきた。

「帰ったらまた勉強漬けだよ、しんどいー」肩を落とす玉田さん。

「学習合宿ってそういうもんだろうからな」

「えー、荻原君て勉強得意なの?」

「フツーだと思うけど」

「うわっ、頭いい人の応えだ!実力テスト何位だった?」

「総合で36位」

「ホントにいいじゃん!」

春休みなんて勉強する以外にやることがなさ過ぎた。という裏話は伏せておいた。

なんとなく二人して笑いあった。なんだこれ、よく分からんがとにかく楽しい!

「そういえば、押谷君と常和さんてどうなんだろうね。いじめられてるのかな?」

笑いの収まった玉田さんは下間の行った方へ体を向け切り出した。

「俺にはよく分からんけど、玉田さんはどう思うの?」というか何で気になるの?

「私より周りが結構その・・・押谷君を心配してるんだよね」玉田さんが押谷気になってるわけじゃないのか。良かったぁ。

「私は、常和さんがそんな人って信じたくないよ」玉田さんがうつむきながら言った。

周りがなんてぼかしてはいたが恐らく下間のことだと察した。あいつもたこ焼き屋でのことを目撃しているし・・・。

玉田さんの横顔を正視できず、思わず俺は目を逸らした。



盗難事件



旅館についてからは先生たちに与えられた工程を淡々とこなしていった。大人数で決められた時間に飯食って風呂入ってしていると、まるで刑務所のように思えてくる。

いや絶対こういうイベントってこんなんじゃないと思うんだが。もっと楽しいものってマンガやテレビで聞いて来たんですけど。あれは友達いるやつ限定のフィクションでしかなかったのかよ!なんてね、知ってたよ。・・・帰りたい。

就寝時間まで自由な時間が設けられているが、部屋にいても仕方がないので、風呂上がりの俺は鬱屈としながらロビーでふかふかのソファーに陣取っていた。

ロビーにはお土産物屋さんもあるせいか、まだ結構生徒たちの姿がある。その中に井東がいた。こっちに気づいて近づいてくる。

「聞いた?あの話」

不機嫌な俺は、よく聞きもせず反射的に答えた。

「あぁ、あの話な。聞いた聞いた」

「大事件だから、みんなその話してるよ。一体犯人誰だと思う?」

!?何の話か分からない。事件?

井東は俺の向かいのソファに腰を下ろした。とにかくどういう事件か探るしか無い。

「うーん、何にしろ動機があるやつだろな」

「盗む動機なら、男子全員にあるだろな」苦笑しながら伊藤は応えた。

盗難事件で、容疑者は男子全員?女子は外れるのか。

「犯行を行いやすかった者も怪しいな、最初に気付いたのはだれだっけ?」

「さぁ?盗られたコと同じ部屋の人の誰かだろうけど、被害者はまだ明かされてないから」

旅館のものとかではなく個人の所有物、おそらく生徒のものが盗られたらしい。

部屋というのは宿泊する部屋なのか。

かまをかけてみよう。

「女子部屋だっけか?」

「そうそう、じゃあ男子には難しいか。でも同じ部屋のコは動機が・・・あるコもいなくはないのかぁ?」

まとめると、場所は女子部屋。盗られたものは女子部屋にあって、男子全員が欲しいもので、欲しがる女子もいなくはない(特殊)。被害者も犯人も知られてないのにみんなが盛り上がる話題性。

候補はいろいろあるが・・・なんて推理のまねごとをしていたが結構序盤でもうあれしか思いつかなくなっていた。遠回しに確かめる。

「俺そんなに詳しく知らなくてな、・・・下着としか聞いてないんだよ」どうだ?

「あぁ俺もそこまでしか聞いてない」

まぁ簡単すぎたな。

「じゃあやっぱり一番の謎は、盗られた下着がパンツかブラジャーか、だな」こいつは難問だぜ。

井東はあきれ顔で言った。

「重要かそれ?」



二日目



翌日の朝、朝食前に井東に呼び出された。事件の詳細を教えてくれるらしい。ものすごくめんどくさいしどうでもよかったのだが、下着の正体だけは気になっていたため大人しく呼び出されてやった。人もまばらなロビーを見渡すと昨日と同じソファーに井東を見つけた。俺も昨日のソファーに座りこみながらさっそく聞いた。

「でどこまでわかったんだよ」

「まず被害者はお前と同じクラスの常和さんだよ」

絶句した。あいつから盗むとか命知らずかよ。

「大浴場に行く前に発覚したんだって。それまでに部屋に遊びに来た人もいなかったらしい」

じゃあ容疑者らしいのは同じ部屋のメンバー、恐らく6人と、部屋には鍵があるからあと・・・旅館の人?ずいぶん絞れたな。

「しかし情報伝達が早すぎだな」

「SNSがあればこんなもんだよ。ツイッター上では面白がるやつがいるから、被害者はホントは4人いるとか流れてるし」

「お前のその情報は信用できんのか?」

「いま言ったのは確実なやつだけさ。こうみえて結構顔広いからな、つてがあるんだよ」

マジか。なんか、めちゃくちゃ都合のいいキャラだなお前!


朝食の席でもあの事件で話はもちきりだった。誰もがおおっぴらに話はしないがボソボソと耳に入ってくる。どうやら常和は予備の下着を持ってきていたため、この合宿には支障ないそうだ。

井東は持ってなかった有力情報だ。パンツとブラだと・・・いやどっちも予備を用意しててもおかしくない。もしかしてこれまで考えていなかったが靴下という可能性もあるのか?靴下と下着って別物だっけ?くそっ全然分からん。


昼過ぎ、昨日と同じく自由行動の時間がきた。今日初めてまともに常和を見たが、やはりいつもより意気消沈しているようだ。全員そろったようなのでそろそろ行こうと思ったが玉田さんが止めた。

「まだ理沙がトイレに行ってるの」

理沙とはだれぞ?と首をひねっていると、おーい、と玉田が手を振った。

そっちを見やると下間がハンカチをポケットに戻しながら来るところだった。下間の名前だったか。これで全員そろい出発である。今日は昨日の金ぴかの剣を買おうとふと思った。



生贄



今日も風呂上りにロビーに来てみたらまたしても井東を見つけた。今度はこちらから近づいた。

「井東!これやるよ」

「なんかやたらご機嫌だし、こわいけど・・・ありがと」

例の金ぴかの剣だ。本当に買ってしまった。

「ださ・・・小学生でもいらないだろ」

と言いながらスマホを取出し何やら文字を打ち出した。何してんの。確かにおふざけほぼ10割とはいえお土産もらったとたんスマホ見出すとか失礼すぎませんか。

ケータイを触りながら聞いてきた。

「ツイッターに上げていいか」

「いいけど、そんなに面白いか?」

「こういうのは別に面白くなくてもちょっとしたことを載せるもんだよ」と写真まで撮った。

そいえばツイッター関係でこいつに聞いておきたいことがあった気がするが、すっかり失念した。

思わず思索にふけそうになっていたところ、井東に無理やり戻された。

吹き出しそうになっている井東がスマホの画面を向けてきた。

「なぁ、これ見ろよ。どうもツイッター上ではお前が犯人ってことになってるぞ」

・・・はぁ!!!


俺は基本噂とか言ったものを信じない。だから玉田さんが誰かと付き合ってるとか聞いても絶対に信じないつもりだ。誰が誰をいじめて遊んでる、なんてものも含めて。噂なんて誰が広めたものかなんてわからないし、騒いでるやつらもそれをネタに楽しんでるだけだと思ってる。じゃあ気にしなくてもいいじゃないか、と言われそうだが、自分が巻き込まれるとそうも言ってられないね。


井東の知り合いの知り合いに下間の連絡先を知っている人がいたらしく、大浴場わきの休憩スペースに呼んでもらった。俺はその間に押谷に会って、それから休憩スペース目指し走っていた。息も絶え絶えになりながら思った。なぜ俺がこんな目に・・・

確かにクラスどころか学校中の、というか青春そのものから余っている俺ではあるが、こんなことに巻き込まれるのはおかしい。余り者だからって何でも言っていいわけじゃねーぞ!腸を煮え返らせていた。

ようやくたどり着き、息を整えながら中を覗くと下間がいた。

「なんなの?」と困惑気味に聞いてきた。

俺は極力ポーカーフェイスを装って単刀直入に言った。

「お前が・・・常和の日記、盗ったのか?」

「!!なんで日記って知ってるの!?」

「それは今はいいだろ」

その反応を見るに間違いないようだ。鼻をかくふりで顔を隠しながら、ホッとため息をついた。とにかく俺は下間を疑ったきっかけぐらいは話したほうがよさそうだと判断した。

「お前が一日目ハンカチを使ったとき、持ってたポシェットにしまってたが、今朝は制服のポケットにしまってた。だから今日の時点からポシェットを人前では開けたくなくなったんじゃないかと思ったんだよ。たとえば見られたくないものが入っているとかな」あの場には常和もいたから余計にそういう心理が働いたのかもしれない。

下間は驚くだろうと思ったが、白い目で見られた。

「何でそんなとこ見てるの、きっ・・・」

絶対キモいって言おうとしたな。

「やっぱり持ち歩かないほうがよかったよね。でも置いとくのはなんか怖くて」

「なんで盗ったんだよ」

察しはついているもの聞いてみた。

「みんなが部屋の中見て回ってるときに、カバンの中にあるの見つけて。それ見たらなんか・・・」

「押谷のため、か?」

下間は答えず視線をそらした。

あのたこ焼き屋の外で常和に「なんだよ、そんなに睨みつけて」と言われたが、俺は会釈しようとしただけで睨んではない。俺ではないならそれは下間しかいない。

「ちょっと中身確かめて返そうとは思ってたの。あんな大事になるなんて、下着なんて嘘つくし」

俺は聞いた。

「どうしてそれほどまでに隠したかったんだろうな」当然の疑問だ。

しかし下間は自明の理だとばかりに微笑んでいる。

「中、見たんだな」

下間は口では答えず、首を縦に振った。そのままうつむいた状態で聞いてきた。

「ねぇどこまで知ってるの?」

どこまで知ってる、か。難しい質問だと思う。俺は日記を読んでもいないし、常和に直接話を聞いたわけでもない。全部状況証拠から考察しただけだ。考察は俺にとって信実と呼べるものだが、それが真実とは限らない。下間の問いが事実を知ってるかというものであったら、俺は何も知らない。何も知らない俺はしかし、いやだから嘘をつく。

「常和は押谷をいじめてなんかいなかったことは知ってる」

「あの日も本当はじゃれてただけだったんだね。全然わからなかった。常和さんの気持ちも」下間はうつたままで表情は見えない。

はて、それこそ俺には分かるべくもない。常和の気持ちなんて。どんな思いで彼女は汚名をかぶってまで押谷と一緒にいようとしたのか。考察、否。想像するしかない。

「でもよく分かんないんだけど、どうして常和さんはあんな噂否定しようとしないの?押谷君も何も言ってないっぽいし」

そうか、そこは繋がってないんだな。

「常和ではないけど押谷がいじめられてるのは本当なんだ。常和はそれを知ってるから一緒にいるんだと俺は思う。お前なら分かるんじゃねーの?」

下間がハッと顔をあげた。

その行動の本当の動機はきっと日記に綴られてるだろうから。

なんとなく気恥ずかしくなっておどけた口調で続けた

「じゃな、常和は今ロビーにいるらしいけど・・・どうするかは自分で決めろよ」

もし俺の想像通りなら二人とも根底にある思いは一緒なはず。でもどうなるかはわからない。同じ思いがあるからこそ許せないものもあると思う。しかし今回俺のすべきことはここまでだ。


俺は井東との待ち合わせ場所に向かいながら、自然口角が上がっているのを感じていた。


盗られたものが実は下着ではなく日記だったということにはなかなか気付かなかった。

下着という情報のせいでパンツかブラジャーかというとてつもない脱線をしかけたし。

気になることはあった。犯人はなぜお風呂前のタイミングで盗ったのか。お風呂行く前に下着を用意するのは当たり前だ。盗んだことに気付かれる可能性は高い。そのせいで容疑者がしぼれ過ぎたと思う。更に下間を疑ってからも下着をとる動機がずっと分からなかった。

井東と話してるときに、ツイッターとかには日記のような使い方もあると知り、そこでバスでの会話を思い出した。押谷に恐らく好意を持ってる下間と、押谷をいじめているとされる常和の日記。これでなんとなく繋がった。

どうして下着なんて大きな嘘で覆い隠そうとしたのか。それほど隠したいもの、思いがあったのだろうか。

という俺の推理とも考察とも呼べない妄想を、まず井東に簡単に話した。

「まず押谷をいじめているのは、御子柴だ」と井東に向かって切り出した。

「お前と部活の用事だとかで東校舎に行ったあの日に確信したんだ。朝教室前であいつに会ったろ?その時お前が髪が乱れてると言ったら「風だな通学のときの」て応えてた。ワックスで固めた髪型が通学中に風で崩れる。奴の言葉を正しいとするなら、御子柴は自転車通学で間違いないだろう。」

「そうだなぁ、徒歩通学でもあり得なくないけどあの日は風が強かった記憶もないし・・・そういえば雨降ってたっけ。」

話しが展開しやすくなったことに薄く笑って俺は続けた。

「ああ、雨の中自転車こいで乱れた髪をそんな言い方しないだろ。言ったとして雨のせいか、カッパを着ていたせいなんじゃないか。あいつ特に濡れてもなかったろ?」

「うん、じゃあ嘘ついたのか?」

「風の部分は本当だろう。でとっさに嘘を付け足した、通学と」

通学のときではないときに風を受けた。それはつまり

「学校についてから、校舎内を走った時に髪が乱れたんだ」

井東がはっとした。どうしてそんなことを御子柴はしたのか。それはあの日の用具室の出来事を知ってれば答えは出るだろう。

「じゃあ御子柴のあの時の言葉は全部正しかったってこと?」井東は首をひねっていた。

「用具室で聞いた声が俺たちのものとは知らなかったから、何にも考えずに答えたんじゃないか」

「そうかぁ、さすがだな」

「ちょっと考察してみただけだ」

まぁさっきの説明は不完全で、他にも2パターンあった。傘をさして走ったか、自転車に傘をさして乗ったか、である。前者は俺たちが教室についたときには時間に余裕があったことから走る理由がないため、棄却した。後者は簡単に否定できなかったため、直接確かめるしかなかった。あの日の放課後、コンビニで御子柴がバスか電車を使うのを見張っていたのだ。果たして、奴がバスに乗り込むのを目撃したので後者もなくなった。

「で、ちゃんとやってくれたか?」

「作るだけ作ったよ、架空アカウント」

「おっけ、じゃあやるな」

「待てよ、押谷君の方はどうだったんだ?」


井東に御子柴に罪をかぶせようと言ったとき猛反対された。いろいろ理由はあったろうが一番は押谷への悪影響だった。むしろ抑止力になるといっても聞かなかった。

そこで見逃す条件として、俺が押谷へ話をしに行くことと、事件の収拾をつけることになった。ちゃんと事件を終わらせないと認められないそうだ。

そういうわけでまず押谷のもとへ向かった。

「お前と御子柴ってどういう関係なんだ?ただいじめられてるだけなら、常和ももっと他にやりようがあると思うんだが」

押谷は普段見ないような真剣な表情をしていた。

「荻原君から見たらいじめられてるように見えるんだろうけど、違うんだよ。彼はそんなんじゃなくて、暴走するところがあるというか、そうやって発散しているんだと思う」

そいえばあの用具室でもこいつはこんな顔をしていた。

「それをお前は毎回止めようとしてんのか?」

「友達だからね。ほっとくわけにはいかない。だから常和さんもああいった形で助けてくてるんだと思う。できるだけ僕と彼を遠ざけようと」

聞いても俺にはよくわからん関係だ。だがどっちにも助けようという思いがあることは分かった。


「大丈夫、押谷に悪影響はない。御子柴も大人しくなるかもしれん」

「・・・分かった、信じるよ」

「あとは俺個人の問題だ。気にすんな」

すまないな、御子柴。降りかかった火の粉は払わなばならない。生贄になってくれ。



後日談



相変わらず騒がしい朝の教室。今読んでいる文庫本は物語の佳境に入り残りわずか。しかしどうにも集中できないでいた。さっきからチラチラと視線を感じるためだ。理由は分かっている。

あの後何のためらいもなく俺はがっつり御子柴に罪をなすり付けた。が、俺への疑惑はなくならず少し薄まったぐらいだった。

「ねぇ」

突然声をかけられ顔をあげえると、常和が立っていた。

「ありがとね。あんたのおかげで助かった」

驚いて見ていると、常和の頬がだんだん染まってきた。

「じゃ、それだけ!」

と言い残し、ぷいっと背を向けて行った。

突然のことで固まったまま、遠ざかっていく常和の背を見送った。なんだ今の・・・ちょっとかわいいと思ってしまった。

あれから下間とどうなったかは知らない。だが悪いようにはならなかったように見える。ふーん・・・

「え、常和さんが感謝してたよ?」

「どういうこと?」と少しざわめいている。

あぁ、だからこんな人前で言ってきたのか。うーんまぁ何というか、そんなに余り者も悪くないかな。


なんてね。

物語の最後、まさかのハッピーエンドに勢いよく本を閉じた。


楽しんでいただけたら幸いです。

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