第1章 セイザリオン
「2回さすってから口に当てる!!」
畳が敷き詰められた和風の部屋に甲高い声が響く。濃い紫色の着物を着た女性が7人の生徒たちの顔を見回す。この作法教室に入ってまだ3ヶ月目の沖田重吉は、すでに足の痺れを感じていた。もう2時間も正座をしっぱなしだ。他の人もまだ平気そうな顔はしているが、足をの裏をモゾモゾと動かしている。やっぱりみんな同じなんだなと心の中で微笑した瞬間、怒鳴り声が聞こえた。
「沖田さん!何笑ってるの!!」
どうやら顔に出てしまったようだ。自覚がないというのは一番怖い。それにしてもこの若干67歳のおばさん、なんでこんなにピリピリしてんだろうな・・・・・最初の1ヶ月はまだ優しかったが、突然人が変わったように生徒に怒鳴り散らすような性格になってしまった。教師が他の生徒を見ている隙に靴下の上から足の裏を揉む。こんなことならカッコつけてジーンズなんて履いてこなけりゃよかった。なにせ膝を曲げにくいし、ジーンズが傷む。あと30分だ。それまではジーンズの事は考えないようにしよう。薄地の茶色いベストのせいでこの部屋が暑く感じるが、汗はでてこない。時期が冬だからなのか、暑いと思うのは気のせいなのか。いや、気のせいはないだろう。この教師は老人だから暖房をガンガンかけている。噂によると設定温度は30度だとか。電気代を気にしないのは授業料で儲かっているからだろう。全く・・・なんでこんなトコ入ったんだろうな・・・・重吉は誤って湯呑みを落としてしまった。緑茶が畳の上で染みになっていく中、また怒鳴られるだろうなと考えていた重吉にはその発言は意外だった。
「沖田さん、ちょっとこっちへ・・・」
いつもとは違う対応に驚いたが、たぶん別の個室でとんでもないほど怒鳴られるのだろう。重吉は渋々と正座に慣れてしまった足を上げ、違和感を感じながらも教師の後ろに続く。ふすまを開けた先には金属で出来た扉があった。その金属はまだ風化しておらず、金属光沢が眩いほどの光を放っている。重々しい扉を開けた教師が暗闇に消え、重吉も後ろに続く。細い通路には明かりがついておらず、その通路が長いのか短いのかも分からない。正直教師の姿も見えていなかったが、反響する足音に付いて行くことで迷うことはしなかった。扉を閉めたせいで一回転ぶとどっちが前か分からなくなる。暗闇の中で自分だけ取り残されたような感じだ。そのとき、突然暗闇に光が差し込んだ。やった、出口だ・・・・・いや、出口でもなかった。眩い光の向こうには先ほどの扉よりも金属光沢が激しい銀色の金属で出来た部屋があった。中央には丸いテーブルがあり、その下には畳が敷き詰められている。そのバランスは奇妙としか言いようが無かったが、その部屋が特別だということはすぐに分かった。
「なんですか・・・これ・・・」
重吉がその部屋に入ろうとしたとき、また怒鳴り声が響いた。
「沖田さん!!お辞儀は?」
重吉の体が一瞬硬直した・・・お辞儀・・・・?ここは作法教室だが、部屋に入るときにお辞儀をするのは誰か人がいるときなんじゃ・・・・・
「まあまあ、そう言わずに、安部さんもたまにはくつろいで・・・」
その声に驚いた重吉はさっきのテーブルを見た。その奥にはいつの間にか立派な口ひげを生やし、丸眼鏡をかけたハゲらしき頭をした老人が座っていた。しかし一番驚いたのはこの教師の名前が安部さんということである。入った瞬間からさっそく授業だったから教師の名前は誰も知らないのだ。老人は軽くヨイショと呟きながら立ち上がり、重吉に手を伸ばした。
「ようこそ、オリオンセイザー」
オリオンセイザーとは重吉のことだったのだろうか。すぐに人違いだと思ったが、この老人はともかく安部おばさんまで人を間違えるとは言いがたい。じゃあ、オリオンセイザーとは・・・・
「彼はまだまだそのことを知っていません」
安部さんが敬語を使う様子は初めてだあれほど怒鳴り散らしていたおばさんが急に敬語を使うということは、この老人はよほど偉いのだろう。老人は伸ばした手を引っ込め、笑い始めた。
「おお、そうかそうか、私は左方博士だ」
作法・・?いや、左方だろう。名前を聞いた瞬間作法の研究をする博士だと思っていたが、白い研究用の服を着ているからその線はない。もっと科学的なことを研究しそうだ。
「君をここに呼んだのは、私たちと共に戦ってほしいからだ」
作法博士はニンマリと笑い、老化した歯をのぞかせた。
「戦うって・・・・・・」
「そうだ、作法を重んじる戦士、セイザリオンとして」
セイザリオン?・・・・そうか、作法を重んじるから正座リオンか。最初に言われたオリオンセイザーは、正座と星座をかけたものか。
「さきほども言ったが君はセイザリオンのリーダー、オリオンセイザーだ」
「俺が・・・リーダー・・・・・・」
重吉が言葉を詰まらすと、左方博士が機転を利かせたようにまた話し始めた。
「君にこれを渡そう」
左方博士はブカブカのズボンのポケットから赤いカプセルを取り出し、重吉に差し出した。
「これは『パヴリックマナ』と呼ばれる変身道具だ」
「変身するのか!?」
もうそこまできてしまうと本物の特撮のようだが、重吉が受け取ったパヴリックマナと言うものを見ると、遊びではないようだ。赤い楕円形の物体の中央には半透明のカプセルがあり、その中にはオリオン座のようなものが浮かんでいる。これをどう使うのだろうかと考えていると、心を読んだように左方博士が説明を始めた。
「それを天に掲げ、変身と叫ぶだけだ」
ああ、それだけなのか。結構簡単じゃないか。そのときだった。突然部屋にサイレンのような音が鳴り響き、赤い光が銀色の壁を赤く染める。
「実際にやってみるといい」
左方博士は先に部屋を出たが、安部おばさんはここで待機するようだ。重吉は流れに身を任せ、ただよく分からないまま部屋を出た。