表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠れない夜に①(短編集 2010~)

『とよとよ』とした夢

作者: 裃 左右

夢を見た。


恋をする夢だった。





その夢は現実と虚構が入り混じっていて、私はなぜかそこに違和感をまったく感じなかった。





例えば現実の私と違い、その働く職場はなんというか……多種多様なイベントに会場を貸し出したりする仕事なのだ。


それだけでなく、自分たちでイベントを企画して行ったりする。





もちろん現実の仕事とは違うのだが、私の会社の上司が当たり前のようにそこにいた。


さらに不思議なことに、旅行先で知った居酒屋の店主なんかもいたり、子供のころから知っている同級生なども一緒に働いている。


見覚えのないバイトの若者もいたが、私はその人物を顔見知りだと錯覚して、忙しい仕事を切り盛りしていた。





そこで知り合った女性がいた。


私は彼女に恋をしたらしい。





彼女のことはよく覚えていない。


現実に知り合っている女性に似ているような気もするし、そうでない気もする。


おそらく今まで付き合ってきた女性や、憧れの気持ちを抱いた人をまぜこぜにしたのではないだろうか。


ただ、くりっとした目の印象が残っている。





どこを好きになったかも覚えていない。


ただ恋焦がれていた。


純粋に好きだった。


少なくとも、夢を見ている間は私は本当に彼女に恋心をもって接していたのだ。





そばにいるだけで心が弾み。


言葉を交わせば、笑顔になり。


姿が見えなくなれば、辺りを見回す。





懐かしい気持ちだった。


恋などいったいいつ振りだろうか。





そんな時、まるで見覚えのない人物が私の目の前に現れた。


しかし、私は彼を友人だと思い、その様子が普段と違うように感じた。





「どうした? 気落ちしているようだが何かあったか?」





そう私が訊ねると、彼は言った。


例の彼女に振られたのだと。





そこで私はようやく気が付いた。


この世界にいるのは私だけではない。


彼女に恋焦がれるのは、私だけではないのだと。





そして、さらに彼は言った。


自分の後に、ある人物が彼女に告白したのだと。





振り返ってみれば、女性に人気のありそうな整った顔立ちの男性がそこにいた。


そいつはとてもお洒落な人物で、またセンスもいい。


人気のある企画を考えては活躍し、よく女性スタッフたちの話にあがるような人物だった。





夢だけは自分の思い通りになるなど、嘘だった。


もうこの恋は叶わないのかもしれなかった。


手遅れといってもいいこの場面で、私はようやく焦り始めた。





そして、夢だという自覚はなかったのだが、このことだけはわかっていた。


私はこの場所に長居は出来ない。


近いうちにここを離れる。


それは避けようのないことで、それはもう間もなくのことなのだと。





私は折を見て彼女に話しかける。


だが、この期に及んでもそのときの私は告白など思いも至らないらしい。


なごやかで満たされた時間であるものの、私はどこか寂しげな思いで彼女と過ごした。





「連絡先、伝え合っているのに一回も使ってないね。ケータイ」


「そうだな。 毎日顔を合わせるし、話す時間が欲しかったら直接言えば早いしな」


「それはそうなんだけど」


「だいいち、いつも話している相手にいまさらなんて送ればいいか、わからないんだ。 ……言葉に困る」


「……そっか」





と、そんな会話をしてしばらくした時のこと。


彼女は私と話しながら、その合間に携帯電話にメッセージを送って来た。





『とよとよ』





それはただそれだけの一文だった。





その場ですぐに気が付いた私は、それを見て『とよとよ』とは何か、と彼女に尋ねた。





「あー、ええと。 ……あれだよ。水に飛び込むときの……」





彼女はぎこちなく手を仰ぐようなしぐさを見せた。


まるで跳ね橋が上下に動くのを表現したかのようだ。





「飛び込み台ってことか?」


「そうっ、それ!」


「へえ、飛び込み台のことを『とよとよ』というのか。聞いたことなかったな」


「……そう?」


「ああ、私は『  』の人間だからな。もしかしたら、ここの方言なのかもしれないね」





そうだとしたら、私がその言葉を知らなくて当然だ。


彼女はその言葉を聞いて、笑顔で頷いた。





「うん……そうだね」





私はその笑顔を見届けてから、メッセージに返答を返すことにした。


文面を考える。


真剣に、だ。


でも、何も浮かばない。





いつも話しているから、なにを送ったらいいのかやっぱり浮かばない。





その瞬間だった。


目が覚めたのは。





起きて30分くらいは彼女のことを覚えていた。


だが、すぐに顔も思い出せなくなる。


出勤したころには、恋の気持ちはなくなってしまった。


所詮は夢の出来事だ。





しかし、ふと『とよとよ』という言葉が気になった。


何をあたったところで、もちろんその言葉に『飛び込み台』などという意味はない。


どこにも『とよとよ』などありはしなかった。





そんなこと考えても意味はないのだが。





しかし思うのだ。


あの時、彼女はどんな気持ちでそんな意味のない言葉を打ったのだろう。


どんな気持ちで私の間抜けな言葉に頷いたのだろう。


あの笑顔の意味はなんだったのだろう。





所詮は夢の出来事。


なのに、そんなことを考えてしまうのである。

読者が主人公と同じような気持ちになるように、と意識して書いてみました

なにかもやもや残るものがあれば…


『とよとよ』には私なりに意味はありますが、主人公がそう思うかは別の話

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ