居留区の毎日
毎日が大らかに過ぎていく。これといった不自由も無く、のんびりした農村でスローライフを満喫させてもらった。
俺はそのへんの家で薪割りやら力仕事やらを手伝って暮らしていた。
ここでは時がゆったりと流れていた。
退屈だが、悪くは無い。
そんな中で目を惹いた刺激は魔法だった。
魔法、そうあの魔法だ。
杖から火を出したり空を飛んだりするあのあれだ。
これもあのHALからもらったニグレド・オーヴァルのような不可思議な法則に基づいて作られたものなのだろう。
ある日、魔女が箒で空を飛んでいるのを見た。
ホットパンツに革ジャン、とんがり帽子姿だ。
体中にメタルの呪符的アクセサリをつけている。
腰には不似合いな小型マシンガンが見えた。
見ていると声をかけられた。
「やあ、そんなに魔女が珍しいのかい?外の世界にはいないんだってね」
「ああ、初めて見る。人が空を飛ぶんだな」
「飛ぶよ、魔法使いって言うのはそういうものなんだよ」
魔女の少女は降りてきて箒を手に持つと笑って握手を求めてきた。
「僕の名前は「小角杏」。いつか魔人になる魔法使いさ。
「昼神太陽だ。こっちじゃ神隠されって立場になるな」
俺は少女を見下ろしながら握手をした。
「魔法に興味があるのかい?」
「ああ、かなりな」
「じゃあある程度なら教えよう、感謝したまえよ。その代わり、外の話を聞かせておくれ」
「ああ、願っても無い」
そうして、俺は魔法と出会うことになった。
少女と俺はそのへんの岩にこしかけて話す。
「まずは魔法で何をしたいんだね?」
「そうだな……空を飛ぶ、妖怪並みの怪力を出す、あとは……攻撃魔法ってどんなのがあるんだ?」
「ふむふむ、戦いのツールとしての魔法が知りたいのか。
空を飛ぶのは難しいよ。魔法具があればできるだろうけど」
杏は箒を軽く振って魔法具であることを示す。
「これは一朝一夕に覚えられることじゃないから後回しだ」
「まあ俺も簡単に出来るとは思っていないさ」
俺は苦笑する。そう簡単に覚えられるものではないとは解っている。
ただ、三ヶ月のうちにこの貴重な機会を存分に生かしたい。
「怪力についてだけどね。これは気功法を覚えれば出来ると思うよ。
どこまで強くなれるかはその人の才能次第だけど、君みたいにガタイがよくって生命力に溢れているならそこそこは強くなれるはずじゃないかな。
町外れの道場で大江ラナって鬼が教えているから行くといい。
紹介状書こうか?」
親切から出たことならば、こいつはいい奴だ。
だが、こういう親切は罠の場合だってあるんじゃないだろうか?
「何から何まですまないな。助かる。
だが、なんでそこまでしてくれるんだ?疑うわけじゃないけどな」
杏はかすかに笑う。
「それだけ外の話は貴重なのさ。それに、神隠されには世話を焼くものさ」
「そういうものなのか?」
「ここじゃそうだね、外じゃ違うのかい?」
「まあな……事情を知らないっていうのは外じゃいいカモなんだよ」
「ここでは、人間は助け合わなきゃ生きていけないからね。
それに親切は素直に受け取っておきたまえよ」
「そうだな、すまん」
「いや、いいさ」
杏はポケットから紙片と鉛筆を取り出すと空中に紙を固定してさらっと書き始める。
「それで攻撃魔法だけどね……今じゃ主役はこれさ」
杏は腰につけた小型マシンガン、H&KMP5Kを指差す。
「銃か」
「そうだよ、弾丸に術式を刻み込んで妖怪にも効くようにしてあるんだ。
あとはせいぜい念力で引きちぎるとか、テレポートでバラバラに吹っ飛ばすか、
切断魔法で空間ごと真っ二つにするかだね」
「聞くだに難しそうだな」
「難しいよ。昔は杖から火を出したりしてたみたいだけど、そんなのは古いんだ。
あとは式神みたいな使い魔とかだけど、これは戦闘に使うよりは補助として使った方が効率が良いよ。
妖怪と殴り合いができる使い魔となると育てるのも制御するのも大変だからね」
そういうと杏は紹介状を書き終えて綺麗にたたんだ。
「さて、これを渡す前に君には語るべきことがあるね?」
「ああ、外の話か。いいとも」
それから俺は外の話をした。
べつにごく普通のことだ。スマートフォンというものが存在すること、
コンビニという販売形態、パソコンや家電という文明の利器なんかについてだ。
「外は恵まれているんだね……正直、うらやましいよ。
そういう家電製品は妖怪の街にしかないんだ」
たしかに、ここの生活レベルは発展途上国並だ。
「恵まれている自覚はある。海外もいろいろ回ったからな」
「……こんなに二つの世界は近いのに、どうして」
そこから先は言葉にならなかった。
多分どうしてこんなにもこの居留区は貧しいのだろう。とかいった言葉が続くのだろう。
杏は自分に活を入れるように自らの頬を両手で挟むようにたたく。
「いや、僕らしくない事を言ってしまったかな?
僕は魔人になる。強くなって魔人になって成り上がるんだとも!」
「その魔人ってのは何だ?」
「不老不死、不死身にして無敵。魔法使いの最高峰さ。
人を超えた魔法使いだけがなれる境地だよ。
……ここでは、人間のままじゃ認められないんだ」
俺は彼女の痛々しい笑顔に言うべき言葉が無かった。
まるでかつての黒人差別のように人間は虐げられているのだろう。
人を辞めるな、などと安易にいった所でどうにもならない現状があるようだ。
俺はまだ、ここではいずれ去る旅人に過ぎないのだ。
「そしていつかはイーストクーロンのビルの最上階に住んでやるのさ。
でっかい夢だろう?」
「ああ、そうだな」
それから彼女の話では妖怪の街は外の人間社会と変わらない大都会であり、
家電や文明レベルも21世紀レベルの極めて便利な暮らしらしいと解った。
そして妖怪の街に住むことが認められている人間は自力で妖怪と渡り合える力ある者だけだそうだ。
■
それから俺はしばらくしてから杏との話を切り上げ、町外れの道場とやらに向かった。
瓦屋根に板張りのいかにも古風な道場といった感じの建物で、杏からの紹介状を見せるとすぐに師範が出てきて応じてくれた。
「大江ラナです、紹介状は拝見しました。
当道場の教えを請いたいとの事ですが、かまいませんよ」
「昼神太陽だ。よろしく、ここじゃ挨拶してばっかりだな。
まあ、新入りってのはそういうものか」
ラナは線の細い色白な女性だった。
髪はショートで亜麻色。
道場着というのだろうか、剣道着のような服を着ていた。
ラナは華の咲いたような笑顔で笑う。
「ふふっ、そういうものですよ。すぐに皆慣れます。
あ、それから生々しい話になりますけど、講習料は神隠されの人のためにある職業訓練助成金からもらいますから心配いりませんよ。
力はあって損じゃないですしね」
「ああ、よろしくたのむ」
「それじゃあ早速稽古を始めます。いきなり皆に混じってというのは難しいでしょうから、職員を一人つけますよ。グエンさん!」
ラナが声をかけると俺よりやや低い……つまり一般的には背の高いガタイのいい褐色の男が出てきた。
筋骨隆々としており、蓬髪に口ヒゲがなんとも怪しい。
東南アジアの怪しい紳士といった感じだ。
「ハロウ、コニチワミスタ!私グエンいいます。ドゾよろしくね」
「あ、ああ。よろしく。昼神だ。しかしあんた相当鍛えてそうだな」
「HAHAHA!まあ、たしなみのうちよ。ミスタもかなりにクンフー、つんでますね?」
「まあ、喧嘩百般はそれなりにな……」
それにしても怪しく、陽気なおっさんだった。
「オーライ、グーッド。ミスタ、マネー心配いらない。存分に鍛えていくいいね。オーライ?」
「ああ、学ばせてもらう」
それから何日も何日も。俺は道場に通って過ごした。
気の使い方、気の存在を感じること、そういう神秘の力が少しづつ俺にも理解できるようになった。
「フムウ、あなた戦いの才気の塊ね。普通ここまで早く覚えられませんね?
ベリーグッドですよ」
「そうかもしれないな。確かになじむ感じがする」
一月が過ぎるころには俺は1トンはある大岩を軽々と持ち上げ、砕けるようになっていた。
そしてある日、村長の開路しえじがやってきた。
「とんでもないな、まるでイカサマだ。君がこれほどまでに成長するとは思っていなかった」
「俺自身驚いてるよ。こんな風になるなんてな。これじゃハルクだ」
「ハルク?外の世界の言葉か。まあいい。今日は君に話しがあってきた」
しえじの表情は真剣なものだ。いつもにもまして。
「兵団に入らないか。いわばここの軍隊みたいなものだ。
もっとも、堅苦しいのは想像しなくっていい。
防衛隊と狩人を合わせたようなもので、
妖怪の街に行く人間を護衛したり、妖怪から居留区を守ったり、妖獣を狩ったりするような仕事だ」
しばしの沈黙。
「……どうだろう?もちろん、危険はあるが、金払いはいい仕事だ。
君ほどの力があればすぐに慣れるさ。
その、なんだ。君も一応この町の住民としてだな……」
「皆まで言わなくって良いさ。木っ端仕事だけで世話になるのも心苦しいと思ってた所だ
いいよ、やるさ」
「ありがとう、そういってくれると助かる」
しえじの顔が明るくなる。
朝顔のようなさわやかな笑顔だった。
「美人に仏頂面させてたら男が廃るからな。
あんたはそういう顔をしてた方が良いぞ」
「なっ、そういう冗談は言うものじゃない」
「おっと不愉快だったかそれはすまん。
それじゃあ、必要事項を教えてくれ」
「ああ、兵団の場所だが……」
こうして、俺はこの街を守る衛兵になった。