百合にじゃれる猫
冬の海は厳しいかおをしている。
近くに漁港があり、海を見下ろす丘から臨む水平線には漁船が見えた。
空は陰鬱に雲が重く垂れ込み、海も暗く荒みがちだ。
海が好きな娘は、みゃーみゃー鳴く海鳥に、あー、と楽しげな声を上げる。
まだうまく喋れず、ウミネコだよ、と教えても、うー、とか、あー、とかしか言えない。
手袋に包まれた小さな手を一生懸命に伸ばしても、寒い中必死に餌を探して空を飛び交う海鳥には見向きもされない。
娘はそれでもきゃっきゃと楽しげだ。
飽きもせず、寒風にさらされながら、遠くの船や、海鳥を眺める。
腕の中から身を乗り出し、じっとしていないものだから、マフラーや帽子がズレる。
時折引っ張って帽子を深く被せ、耳当てで耳を覆い、マフラーをキチンと巻いてやる。
少し大人しくなってそろそろオネムかな、と思うと、今度は猫にハシャぎ出す。
漁港に近い為、猫も多い。海鳥と猫が餌を巡って戦ったりもするかも知れない。
この猫は百合が風でオジギするのが気に入った様で、じゃれついている。
手で恐る恐るチョイチョイと突っ付いてみて、匂いを嗅ぎ、ペコリペコリと揺れる百合を、今度はぺちぺち叩く。
此方も我が娘が手を伸ばして、あー、うー、と声を上げても見向きもしない。
夢中になって両手で百合を抑え付けた猫は、ガジガジと齧り、……味が気に入らないのか、ペッペッと吐き出す。
さもありなん。
百合が無くなると、猫はぷいと此方に背を向け、悠然と歩き去った。
さて。娘は満足したのか、腕の中でうつらうつら船をこいでいる。
まるで最前の百合の様だ。
クスリと笑い、小さな背をトン、トン、と叩きながら、家路に着く。
大分長い時間に感じる散歩だったが、疲れ切っていた妻は休めただろうか、と思いながら。