魔剣
こちらは台本を小説に書いたものです。
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*ダーインスレイヴ
ダーインスレイヴとは、北欧の伝承に登場する魔剣。
一度鞘から抜いてしまうと、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらないといわれた魔剣
冷徹で策略家。旅の男からテュールの腕と、それが隠されている死の国の情報を得る。死の国へ行くためにヨルムガンドに挑む。
魔剣は、旅の男を騙して殺し、手に入れている。
ヨルムガンド
悪神ロキと巨人族の女との間に出来た3兄妹の二番目の子
巨大な海蛇だが、戦いの時にはその身体を縮めて素早く泳ぐことがある。竜族のように、宝物に目がない。
吹きすさぶ氷雪。
横殴りに吹き付ける風に揺らされて、沖合いに浮かぶ一艘の小船が在った。
木の葉の如く波間に踊るその船に、逞しい二本の足で力強く立つ男。
その手に握る神が授けた剣。
突然、鉛色の曇天に、男は吼える。
「聞け、水底に潜む海の蛇よ!キサマの牙より唯一人生き残りしガルムが、今キサマの海に戻ったぞ!」
轟々と《ごうごう》吹き荒れる風雪に負ける事無く、響き渡る雄叫びに応えるように海原が鉛色に揺らぐ。
風に靡く右袖にその腕は無い。
海底深く沈む魔獣の耳に男の咆哮が届く。
『ガルム……ガルムだと……』
海底に砂塵を巻き上げ、巨大な影が海上を目指し、ゆっくりと螺旋を描く。
『――』
「――ふん」
ひときわ大きく海面が波打つ。
右へ左へと大きく揺れる船の上、ガルムの凝視する水面に一点の闇影が、驚く早さで大きく広がりながら上がってくる。
遂には、小船を取り巻く一帯の海面が黒く染まった。
ガルムは、左手に掴んでいた剣の鞘を、がっちりとその強靭な顎で咥えた。
そしてそのまま、逆手を戻して柄をしっかりと握りなおす。
静かに引き抜かれるその剣は、神の怒り。
ガルムは、鞘を吐き捨てると、蒼白く光る剣を天に翳す。
「剣は放たれた……魔剣よ、魔獣の血を吸い尽くせ……」
魔剣は、柄を持つ者に従う。
応えるように一瞬、蒼白い閃光を放つ、神の与えし伝説の剣ダーレンスレイヴ。
一度鞘より抜かれると、敵の血を吸い尽くすまで再び鞘に収まることの無い魔剣である。
吹き付ける吹雪が、刃に当たって瞬時に霧散する。
海中より、長く伸び上がる巨大な蛇の身体が、ガルムの船をぐるりと取り囲む。
脳髄に直接響く、地鳴りのようなヨルムガルドの低い声。
「ダーインスレイヴか……。良い手土産だ……我が宝物にふさわしい」
「浅ましく卑しい蛇め、キサマの宝物好きは先刻承知だ。伝説の魔剣、たっぷりと味わうがいい」
「大きく出たな、こわっぱが。卑小な蟲め、キサマなど、我が牙に巣食うゴミ同然。許しを請え、さすれば苦しむ事無く一呑みにしてくれようぞ」
「キサマには赦しは無い」
「ほう」
「キサマは所詮、臆病な蛇だ」
「これは面白い」
「その身を沈めて身を隠す。頭を出さぬは、オーディンの怒りを恐れてか。キサマこそが許しを請えっ」
「中々に愉快な蟲よ。我が牙にしがみ付いていたとは思えぬ物言いよの。……そうじゃ、我が黄金のゴブレットはどうした」
「ああ、あれか。あれは……友と一緒に大地に眠っている」
「盗人め」
「臆病者め、出てこぬのなら、こちらからゆくぞ」
もう一度強く剣を握り直し、船底を強く蹴ると極寒の海へ飛ぶ。
魔獣は巨大な身体を素早く縮めるが、今だその巨体は鯱三頭並べようとも、届かぬほど。
水中でガルムはその鉄のような鱗に剣を突きたてる。
『さあ、ダーインスレイヴよ、キサマの贄の血を受けろ。思う存分、屠るがいい……』
『やはり……。我が血を受け、その身を水の民が如く変化させたか。だが、魔剣とは……小賢しい。刺の如く些細な傷から、我が生命が吸い出されてゆくのを感じる……」
狂ったように泳ぎ進むヨルムガルドの背に、突き刺した剣。
片腕だけで、逞しい体躯を支え、しっかりと柄を握るガルム。
鉛色の海水と、海蛇の立てる白い泡飛沫の中で蒼白く光る魔剣。
『これが、魔剣か。魔獣に刺したその時から小さく手に伝わっていた微かな鼓動。少しずつ大きく響くと同じくして、刃が奴の銀色の血を吸って白銀に染まってゆく……。命を屠る剣……良いものを得た。俺は付いている。いや、友よ。キサマのお陰だな」
ガルムの脳裏に、ひとの良さそうな笑顔を湛えたあの旅人の面影がよぎる。
眉根を寄せて、一瞬だけガルムは目を瞑った。
どれ程の海原を突き進んだであろうか。
水中で息をするガルムであっても、たった一つの命綱、魔剣を握るその指が冷たく凍るように固くなる。
『いかん、侮りすぎたか……。このヨルムガンドが魔剣と云えど、剣一本に倒れるわけにはいかぬのお』
「ぬぉっ」
魔獣は。
悪魔の蛇は。
大きく海上に伸び上がり、そのまま再びその身をもって海面を叩いた。
――海が割れる――
二つに引き裂かれた海は、強大な壁となり何処までも続いている。
壁面に巻き上げられる海水。
「ぐはぁ!」
突然、海水の浮力を失って、ヨルムガンドによって顕になった海の底へと叩きつけられたガルム。
見上げると巨大な海水の壁に渡り、長い身体をくねらせながら、その背に刺さる魔剣を引き抜こうと足掻くヨルムガンド。
ガルムは、再び水壁に飛び込んだ.
そして、魔獣の背によじ登ると襲い来る牙と競って剣の柄を取り求める。
「おのれええ」
「うおおおお!」
柄を掴む、後一歩という所で降りかかる鋭い牙。
振り落とされまいと力強く足を踏みしめようとも、軽やかに敵を避ける。
海を分ける強大な魔獣に挑む片腕の男。
ガルムは、遂にその魔剣を再びその手に掴んだ。
「我を誰と心得るか、父よ、ロキよ!神よーーーー!」
「神は……死んだ」
一閃、魔剣が大樹の如き太首を斬り飛ばす。
飛沫を上げて崩れる水壁。
水底へ沈んでゆく悪神ロキの子、ヨルムガンドの首を追い、剣を手にガルムも落ちる。
闇となった海底へと深く深く。
水中に振動となり、響き渡る轟音は死する巨大な海蛇の頭がたてる最後の咆哮のようであった。
「剣よ、眠れ」
ガルムが静かに呟くと、水中に浮かぶように魔剣の鞘が出現する。
納めようと差し込まれるとき、魔剣はカタカタと小さく震えた。
ガルムは蛇の目を覗き、剣の鞘で突く。
ドロリと流れる水銀のような血が、海水に流れ出す。
そしてもう一度、その目の奥をガルムはじっと見つめる。
「子は全て、繋がっている……か。友よ、確かにその通りのようだ」
倒された魔獣の目の奥は、果たして死の国への扉となるのか。
だが、確かにその奥に蠢くは、使者の群れ。
闇底に広がる陰鬱とした死の世界。
最後のロキの子、ヘルが治める死の国ヘルヘイムであった。