衝撃 3
翌朝、直樹は登校しながら悩んでいる。
…昨日みたいに、集団で来られたらどうしよう。
タケシとパクのように殴るなんて犯罪だ。僕にはできない。
というより、僕では勝てない。
うーん……
そして校内に入った頃、一つ気付いた。
今日は紀子が追い抜いて行かない。
何か寂しいなぁ…。
いつもはいろんなことのシミュレーションを終えてから眠りに就く直樹。
昨日はいろんなことがありすぎて、何の準備もできていない。
直樹はそれだけで落ち込んでしまう。
階段をぼちぼちと登り、教室を目の前にした廊下に差し掛かった時、
「秋月くん!」
入口のドアから顔を出した紀子が直樹を呼んだ。
直樹は落ち込みから一瞬にして持ち直し、紀子に駆け寄る。
「え、何?何?」
紀子は神妙な顔で、
「ちょっとこっちに来て」
そう言って、直樹を理科室へと連れて行った。
「………」
「………」
紀子は喋らない。
直樹も口を開けない。
ヤベー……
きっとあの学生服のことを、ご両親に怒られたんだ。
僕だって言えなかったもんな…
今日の直樹は、元のちんちくりんの学生服姿。
「………」
「………」
俯き加減の紀子の後を、完全に俯いた直樹がとぼとぼとついて行く。
そして2人で理科室に入ったとき、まず直樹が謝ろうと、
「ごめん……」
そう言いかけたところで、紀子が口を挟んだ。
「秋月くんね、ひょっとしてイジメられてる?」
その台詞に直樹は、
久保さんにまでそう言われた……
と、更に落ち込む。
「あのね、今日私、バレー部の関係で、朝早くに来たんやんか。
ほしたらね、見てしもうたんよ」
言いながら、彼女はカバンの中から何かを取り出し、机の上に広げた。
それは直樹の体操服。
何故か刃物で切られたように、ギタギタのボロボロ。
それを見た瞬間、直樹は『井本!!!』と心の中で叫ぶ。
「教室に戻ろうと思ってね。覗いたら、菅井くんが秋月くんの机をゴソゴソやってるから、隠れて見てたんやんか。
ほしたら、その場でカッターでね、……ごめんね、何もよう言わなんだ。
私、ちゃんと証人になるから、先生に言おうよ」
その言葉を最後まで聞いた直樹、駆け出したい気持ちを抑えながら、
「久保さん、ありがとう。でも事情があって先生には言えないんだ」
……父親の顔が、頭を過ぎる。
これは、僕1人で何とかしなきゃいけないんだ。
そうだ、何とかしなきゃいけないんだ。
「久保さんにはいろいろ迷惑掛けちゃったね。本当にごめんなさい。
そしてもう一つ、お願い。今回のことは黙っておいて。絶対に先生に言わないで。
そしてもう一つ付け足すと、僕は断じてイジメられてなんかない!
…くっそー!井本め~~!
井も……井本??
……アレ?……菅井?
久保さん、今、何て言った?誰がやったって?」
「え? 井本くんじゃないよ。菅井くんがやってた」
「……菅井って誰だ?」
直樹はまだクラスメイトの名前を、紀子と井本しか覚えていないのだ。
「えー、ちょっとー。まだクラスメイトの名前、覚えてへんの!?
しゃあないね。秋月くん、冷たすぎるで、ソレ」
そう言われ、またシュンとなる直樹。
教室に戻る紀子の後を、スゴスゴとついて行く。
教室の入口まで来ると紀子は、
「秋月くん、あの人が菅井くん。
絶対ケンカしたらダメやで?」
紀子が指差した先にいたのは、直樹が『イジメられっ子』と表していた、例のカバン持ちだった。
「!?」
近頃の直樹は、見るもの見るものに衝撃を受けやすい。
今回ももれなく驚愕してしまう。
直樹は教室に入ると、ビリビリの体操服を手に、菅井くんの正面に立った。
「ねぇ君。コレ、君がやったの?」
ビクッとする菅井。
「……イヤ、僕じゃないよ」
その反応に、ここでは言いにくいだろうと思った直樹は、彼を廊下に連れ出した。
足元に視線を落とした菅井に、直樹が問う。
「そんな返事はどうだっていいんだよ。ねぇコレ、どういうこと?井本くんに命令されたの?」
言い寄る直樹に、菅井は語気を強めて
「僕じゃないって!」
「だから、そんなのはいいって言ってるじゃん。
分かった。じゃあこれは警察に持って行って、指紋を調べてもらおう。君もついて来てよ。この体操服に君の指紋、君の手にこの体操服の繊維が付いてたら、間違いないからさ。
器物破損って言ってね、これは立派な犯罪なんだよ」
「………」
やがて俯いた菅井は腹を決めたのか、ぼそぼそと喋り始めた。
「……ごめん。僕がやった……。
昨日の件で、イジメが僕から秋月くんに行けばいいと思って、やってしもうた……ごめんなさい」
それに対し、直樹は尋ねる。
「じゃあこれは、君が単独でやったことなの?」
「……うん。
昨日墨汁やったら、秋月くんがうまいこと井本くんと揉めてくれたから、このままうまいこと行くかなぁと思った……」
直樹は体操服をぎゅっと握り締めたまま、俯いている。
すると近くにいた紀子が、菅井に向かって口を開いた。
「でもそれってどうなん?イジメられっ子からイジメっ子に鞍替えするってこと?
菅井くんな、」
そこで直樹は
「久保さん、ちょっと待って!」
紀子を制し、突然教室の中へ駆け込んだ。
向かったのは、井本のところ。
そして今度は、井本の正面に仁王立ち。
今朝も、朝から直樹にビックリさせられた井本は、座っていた椅子から落ちそうなほどに体を仰け反らせる。
「な、何や!?」
そう言って直樹を睨みつけるが、そんな彼に直樹は言った。
「井本くん、ごめんなさい。
昨日の墨汁は君がやったんじゃなかった。僕が決め付けただけだった。
ちゃんと確認もせずに決め付けて、本当にごめんなさい。
謝るくらいじゃ許してくれないかな…」
そう言ったと同時に井本の両肩をワシッと掴み、さらにキッ!と睨む。
これでは許してほしいのか何なんだか分からないが、直樹はそんなことには気づかない。
相当引き気味の井本、
「イヤ……分かったんやったら、もう別にエエよ…」
直樹の迫力に負け、そう返事をした。
よし、許してもらった。
それを確認した直樹は、また菅井の元へ駆け出して行く。
そして今度は菅井の肩にバンッ!と手を置き、目を輝かせて言った。
「菅井くん!君、スゲェな!!
僕、昨夜イジメに対する打開策を少しだけ考えたんだけど、見つからなかったんだよ。
君、よくこんな方法を思いついたね!君、天才だよ!!」
言いながら、バンバン!と菅井くんの背中を勢い良く叩く直樹。
「久保さんはああ言ったけどさ、僕は君の方法、間違っているとは思わない。
僕の前の学校にもイジメはあった。
きっと世の中、競争なんだよ。
よし、今度は僕が考えなきゃいけない番なんだね!
君が見つけたように、きっと何か良い方法があるハズだよ!
君はスゴイ!スゴイよ!!」
直樹の言葉に、口を開けたままの菅井と紀子。
やがて紀子は笑い出す。
「アハハハハハッ!!秋月くん、私はスゴイのはアンタやと思うよ!
秋月くんはさ、イジメられっ子で終わらんと思うわ!
ほんま、笑わせてくれる!!」
ひとしきり笑った後、紀子は付け足した。
「秋月くん、アンタ純度100%、混じりッ気ナシの天然ボケやね!」
それに対し、
「イヤ~……アハハハハハ!」
と返す直樹。
『天然ボケ』の意味が分からず、褒められたと思っているのだ。
直樹はその場で決める。
世の中、学ぶことが多すぎる。
1人じゃ手に負えねぇ。
僕も友達を作るぞ!
まずはタケシとパクだ!
……天然ボケの直樹、そこで強く、そう誓った。
社交性
協調性
これらを学ぶ。
まず、慶也に追いつかないと。
この日の直樹は授業に集中できず、窓から校門の方ばかりを見ている。
迎えに来るって言ってたよな。
放課後だよな。
そんな事ばかり考えている。
ボーッとしたまま帰りのホームルームを終えた直樹は、終わると同時に教室を飛び出した。
早く早くと階段を駆け降りながら、しかしハッと気付く。
…何だか僕、えらくガッツいてるな。
もう少し、仰け反った感じで対応した方がいいな。
そう考え、走るのを止めて歩いて校門に向かった。
校門を出たところで周りを見渡すが、あの2人はいない。
……あれ?
確かに迎えに行くって言ったよな。
聞き間違いか?
迎えに来いって言ったのかな?
そんなことを考えていると、いつもの井本グループがそこを通りがかった。
「ねぇ井本くん。昨日帰りに会った2人いるじゃん」
それを聞いてビクッとする井本。
「あの2人ってどこの中学にいるの?何中学?」
すると井本は顔を引き攣らせながら返事をした。
「……秋月くん、昨日は悪かったよ。まさか君が○○中のヤツらとツレてるなんて思わなんだ。
だから勘弁してや」
勘弁って何だよ?
直樹がふと後ろを見ると、菅井がいつものようにたくさんのカバンを持って立っている。
「ねぇ井本くん、イジメられっ子は僕に交代だろ?何で菅井くんがこんなことやってんだ?自分で持ちなよ。
僕はこの後用事があるからさ、持ってあげられないけど」
……ド天然な直樹。
次のカバン持ちは自分だと、外れたところで張り切っている。
直樹のその言葉を聞いた井本は、
「あーもう!分かった!もう止めるよ!」
そう言いながら、菅井からカバンを取り上げた。
他の連中も次々と、それぞれのカバンを菅井から奪うようにして、さっさと帰って行く。
どうしたんだ? 急に。
直樹には彼らの行動がよく分からない。
その時、1人残った菅井が直樹に駆け寄り、
「ほんまにごめんね!ありがとう!!」
そう言って、彼は井本とは違う方向に走って行ってしまった。
「???」
よく分からないけど、最近他人からよく褒められるなぁ。
そう思ったが、思考はすぐ次に移る。
井本から聞き出した、あの2人の学校。
○○中学校……
うーん
……知るワケないな。
そう思った直樹は、今度は職員室へと向かう。
ドアから覗くと、担任の教師が座っているのが見えた。
「失礼します。先生、今からちょっと○○中学校に行きたいんですが、道を教えてもらえますか?」
驚いたのは担任。
「え!?○○中!?お前、アソコに何の用事や!?」
「あの学校に2人、トモダチがいます」
鼻息荒くそう答えた直樹。
……確信は持てないけど、まぁ、トモダチだよな。
担任は机の上に置いてあった地図を広げて指でなぞりながら、直樹に言った。
「……秋月、お前な、こっち来たばっかりやから分かってへんのかもしれんけど…、まぁ全員が全員じゃないんやけどな、この学校のヤツらは評判悪いぞー。
友達は選ばなアカンで。
俺らなんか、この学校に転勤になるってのは、左遷って意味やからな。
……ほら、ココや。この地図見て分かるか?」
地図上では、それほど離れているようには見えないその学校。
直樹がいつも行く本屋の近くにある。
「あ、ここなら分かります。ありがとうございます。
ところで先生、さっきの話ですが、友達を選べって言われましたけど、友達を選ぶって誰が選んで決めることなんですか?」
天然の直樹、他意など全くない。
しかしその問いにギクリとした担任は、
「……あー、いやー、…ま、まぁそうやな。お前の言う通りや。
スマンスマン。ただ俺は、巻き込まれて悪さするなよっていうことが言いたかったんや」
直樹にとってその答えはQに対するAではなかったが、今はとにかく急いでいる。
ここでゆっくりと論じている時間などない。
「分かりました。ありがとうございます」
それだけ言って早々に切り上げ、直樹はその足でタケシとパクのいる○○中に向かった。




