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衝撃 2

やがて直樹がふと横を見ると、パクは焼き上がったその変形パンケーキに、何かをかけ始めた。


あ、ソースだ。

これはソース。

明らかに、パンケーキとはモノが違う。


先ほどの悩みをスッ飛ばす、最近気が散りやすい直樹。


パクは焼き上がったものを皿に載せることなく、そのままダイレクトに食べ始める。

それを見て行儀が悪いと思う直樹は、しかし思い直すのだ。


でもこういう世界があることを、僕も知ってるよ。

素手で食べた方がおいしいものだってあるんだ。

知ってる、知ってる。


「ねぇ、食べていい?」

尋ねた直樹に、タケシは、

「おう、食べて食べて。俺の奢りやで」

その返事に、直樹は同じようにソースをかける。


これは薬味だな。

そう確認しながら青のりをかけ、パクと同じように鉄板の上に置かれたままのソレを1口食べてみた。

瞬間、直樹は度肝を抜かれる。


おいしい……!!


何だ、これは!?

僕はこんなおいしいものに、今まで出合ってなかったのか!!

土井さんは何でこれを避けて僕をここまで大きくしたんだ!?


大袈裟な直樹。

しかし直樹にとっては大変なニュースなのだ。


「なぁ、どうや?勉強教えてくれるか?」

タケシのその問いは耳には入ってきているのだが、直樹はそれこそそれどころじゃない。

未知との遭遇・お好み焼きに無我夢中。


するとその時、店の入口がガラッと開き、同時に大きな声がした。

「あ!やっぱりおった!!」

その声に3人は振り返る。


そこには、自分たちと同じ中学生くらいの男子が1人。

タケシと同じように、とうもろこしみたいな頭をしている。


「おーい!マイティー!ここや!やっぱりここにおった!!」

そう叫んで飛び出していく、その男子。


その様子を見て、パクとタケシは立ち上がる。

同時に、パクが言った。

「直樹、バタバタしてごめんな。俺な、お前んトコの学校におるボンボンとか、嫌いやったんやけどな。

お前、俺ら見てもビビらへんし、俺もお前気に入ったで。

さっきのタケシの話、OKでエエか?

明日っからお前んトコの学校の校門のトコで待っとるから、よろしく頼むな。

ちょっと俺ら、用事できてん。行かなアカンわ。

アイツらにお前の顔、覚えられたらかなわんからな、お前は裏口から逃げてくれるか」

「おいパクウ!早うせェ!!秋月、明日頼むで!!」

タケシが急かし、去ろうとする2人。


直樹は何が起こったのか分からない。

「いや、まだ食べ終わってないよ。途中だよ」

その台詞を聞いたタケシ、

「分かった!お前、天然ボケやろ!さっきの状況見て何も分からんのか!

エエから早ぅ裏口から逃げェ!そんなモン、いつでも奢ったる!」

「え!明日も!?」

「あ~~~、もう!明日も!だから早う逃げろ!!」

「うん、ありがとう」


直樹のその返事を聞いた2人は、店を飛び出して行く。

ただ直樹は、こんなおいしいものを残していくのは忍びない。自分の分だけでも、と黙々と食べ続けている。


そしてふと、窓から見える光景に気付いた。

少し離れた空き地でパクとタケシ、2人が大勢の学生に囲まれている。


ん?何が始まるんだ??


直樹の視線の先で、数人がパクとタケシに掴みかかった。


……何だよ、人のことをイジメられっ子呼ばわりして。

イジメられてるのは自分たちじゃないか。


直樹はお好み焼きを頬張りながら、その光景をじーっと見つめている。

しかし四角い窓の向こう、多勢に無勢の状況の中、バッタバッタと人を殴り倒していくのはパクとタケシ2人の方。


え!?どうなってんだ!?


次々と大勢いた人数を減らしていく2人。

殴り飛ばされた人たちは、地ベタに転がって悶絶している。

それを見、直樹は今日の自分の姿を思い出した。


「………」


急いでお好み焼きの最後の一口を口に入れ、2人が言ったように裏口へ向かい、店のおばちゃんに声を掛ける。

「えっと、これ、奢りって言われてるんですけど。僕、今お金持ってないんですけど…」

するとおばちゃんは笑って、

「あー、エエよエエよ。タケシのツケでな。

アンタ、良い学校行ってんねんから、あんなゴンタクレと付き合うたらアカンで、ほんま。

裏口あそこやから、早よ逃げな。

全く、あんなしてケンカしてるのなんか、いつものことなんや。

アンタみたいな頭のエエ子があんなんとツルんだからアカンのやで?分かった?」

それに対し、直樹は『はい』とは答えない。

「ありがとう」

そう言って裏口から駆け出す。


……難関に立ち向かうには、いろんな方法がある。

一つじゃない。


あの2人がやっていることも、選択肢の一つ。

僕の知らない道は、まだたくさんある。


直樹は全速力で家へと向かう。

それは決して、逃げているのではない。

早く家に帰って、今日あったことをまとめてしまいたいから。




直樹は自分の部屋で、いつもの『正道の系譜』に記している。

今日の出来事を。


集団で暴行を受けたことに対する打開策は、まだ見つかっていない。

殴られた傷は目立つものがこめかみ部分の一つだけだったので、両面テープで髪の毛と肌を貼り付け、何とか誤魔化すことができた。


……えっと、

彼の名前が、岡崎タケシ。

もう1人が、パク・ヨンジ。


…あ、彼って外国人なんだ。

そういえば、もう一つ名前があるって言ってたな。

あ、なるほど。在日の人か。

へぇ…初めて会ったなぁ。


『日本について』の話なんかしてくれるかな。

どうだろ…僕は結構右だからなぁ。

意見が違って言い合いになっちゃうかな……。


そんなことを考えながら、『集団暴行に対する打開策』が見つからないので、ワザと迷宮に入り込む。

今日の墨汁事件のせいで手元に教科書がないから、宿題をすることもできない。

明日には用意しておくと、先生が言っていた。


何となく勉強をやる気のない直樹。

先ほど食べた変型パンケーキの姿を思い浮かべ、また早く食べたいななどと思っている。


そこで彼は、ハッと気付いた。

あの2人が言ってたのは『お好み』で何かを奢ってくれるんじゃなくて、『お好み』を奢ってくれるってことだったんだ。

あの食べ物は『お好み』って言うんだ。


そう思った直樹は、そのまま自室を出て慶也の部屋へと向かう。

ノックをして中に入ると、慶也も机に向かい、宿題をしている最中だった。

「ああ、兄さん。何?」

「いや、別に…」

言いながらも、直樹には慶也に何点か確かめたいことがあった。

しかし質問という形にして問いかけると、自分の思う兄の威厳というものに触れるような気がして、慶也に対する問い方を考えている。


棚の上においてあるグローブを取り上げ、手を差し込んでパンパン!と叩いてみる。

それから、どこかで見たことのあるポーズを試してみた。


しばらくそんなことを続け、それからやっと慶也に話しかけた。

「……慶也さぁ、お前、お好みって知ってるか?」


『知らねーだろ。うめェんだぞ』


この返事を用意していた直樹に対し、

「えー、お好み?お好み焼きでしょ?知ってるよ」

慶也は宿題を進めながら、こっちを振り向きもせずに返事をした。


直樹といえば、

え!? 

『焼き』!?

『お好み焼き』!?


この時、彼は初めて『お好み』の本名を知る。


直樹の驚愕にも気付かず、慶也は続けて言う。

「こっちに来てもう何回も食べたよ? 

ほら、こないだ話したじゃん。あれから高橋くんと仲良くってさ。高橋くん家ってお好み焼き屋なんだよね。

何度も遊びに行ったから、何度かご馳走になったんだ。

おいしいよね、お好み焼き。もんじゃとは一味違うよ。僕はお好み焼き派かな」

「………」

直樹はただただ沈黙を守る。


こう来た時にはこう返す、その想定をしていなかった直樹は、先ほどの決め事を破り、慶也に質問することにした。

「……あのさ、慶也。高橋くんとは友達なのか?こっちに来て、友達できたのか?」

慶也は相変わらず振り返ることもせず、

「うん。もう何人もいるよ。

こないだも高橋くん家で人生ゲームやってさ。

暗くなっちゃって、帰ったらお母さんに怒られちゃった」

「じ、人生ゲーム!?何だソレ!?」


『人生ゲーム』

その名前を聞いて、とっても重く受け止めている直樹。


「ああ、スゴロクだよ、スゴロク。スゴロクをグレードアップした感じ。

結婚したり、子供ができたり、お金を稼いでいくゲームなんだ。面白いよ。

お母さんに言って、僕も買ってもらおうかなぁ」


双六で結婚で子供でお金儲け!?

何だ!? 

何だソレ!!


「………」

直樹はもう何にも言わずにグローブを手から外し、無言のまま棚に戻し、押し黙ったまま慶也の部屋を出る。


パタン。


ドアを閉めたと同時に、何となくグローブを嵌めていた手を匂ってみた。


臭ェ! 何だコレ!!


部屋に戻り、ドアに鍵を掛けてベッドに横になり、天井を見上げて小さな溜息。


グローブを手に着けると、こんなニオイがするのか。

……無知は罪なんだぞ?


その日、直樹はそのまま眠ってしまった。

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