衝撃 1
「お前、イジメられっ子なんか?」
眉毛のないとうもろこし頭の方が、直樹にそう話しかけてきた。
直樹はその言葉を聞いて、ハッと我に返る。
イジメられっ子に見えてんのか!?
…マズイ!!
こういうパターンの打破の仕方……
分からない。
直樹はその場で、大きな声で
「くそッ!」
と叫ぶ。
すると今度は金髪のオールバックの方が、
「お前、○○中やんなぁ?何年生?」
「……2年生」
一言言って直樹は立ち上がり、その場から立ち去ろうと一歩を踏み出した。
しかし、
「おぅ!ちょっと待てェや。
アイツら追い払うてやったんやから、俺らに何かあってもエエんとちゃうん?」
その言葉に直樹は振り返る。
お礼のことだろうと口を開き、
「あ、どうもありが……」
そこまで言いかけたところで、とうもろこし頭がそれを制した。
「イヤ!あ、ちゃう!ちょっと待てェ!!礼なんか言わんでエエ!」
「………」
……この暴走族は何を言っているんだ?
直樹には他に考えたいことがあるというのに。
しかし、もちろんそんなことには構わないとうもろこしは、
「お前、○○中ってことは頭エエよな?ほんで2年いうたら俺らと同級やねん。ちょっと頼みたいことがあんねんけど。
お好み奢るから、ちょっとついてきてくれんか?」
直樹はボーッとしながらその言葉を聞いていたが、
……お好みで何かを奢ってくれる?
その一言に反応する。
「え!それって何でもいいってこと!?
あのさ、ウチの学校のセーラー服がいるんですよ!セーラー服が欲しいんです!!」
「………」
「………」
……しばらくの沈黙。
やがて、とうもろこしが隣を向いて金髪にこそっと話しかけた。
「……おい、パクウ。コイツ、ヤバイんちゃうんか?ヘンタイやぞ?
ほんまに頭エエんか?コレ。ほんで、何か標準語喋ってるし」
「あのなぁタケシ。お前、何回言うたら分かるんや?コイツが喋ってんのはな、標準語やない。関東語いうんや。
標準語いうのはな、アナウンサーがニュース喋ってる時に使うてんのが標準語いうんや。
前も言うたやろ。ドアホ!」
「どっちでもエエやんけ!」
「良くない!1回言うたら覚えろ」
何やらケンカを始める2人。
直樹は早く先ほどの自分に対する暴力を自身の中で完結させたいのだが、取り合えずはそれを置き、2人の遣り取りが終わるのを待っている。
何しろこの2人はセーラー服を買ってくれるかもしれないのだから。
やがてひとしきり言い合った彼らは、直樹に視線を戻して言った。
「セーラー服は高いからよう買わんけど、お好みじゃアカンのか」
「だから!セーラー服!!」
……噛みあわない両者。
すると金髪が口を開いた。
「何や、もうメンドイ。結果、俺らはお前を助けてやったんや。エエから黙ってついて来い」
「………」
彼の言うように、助けてもらったのは事実だな。
そう思った直樹は、黙って彼らについて行くことにした。
どこへ行くつもりなのか、歩き出した2人の後をついて行きながら、カーブミラーや窓ガラスを覗き込む直樹。
自分の顔に傷がないか心配なのだ。
そんな直樹にとうもろこしが、
「しかしお前、コッチ来て間ァないみたいやな。この辺のモンは俺らのことを見たら、ビビッて逃げてまうんやけどな。
なぁ、パクウ?俺、コイツ気に入ったで。
背ェもデカイし、ケンカやらせたら実はめっちゃ強いんちゃうか?」
ここで、直樹はまず2人に聞かなければならないことがあったことに気付いた。
「ところで、暴走族の君たちが、僕に何の用ですか?」
すると、その台詞を聞いたとうもろこしは目を剥き、
「ンだッ、誰が暴走族や!?いつ俺らが『自分は暴走族です』言うた!?勝手に所属させんなや!全く!!」
「???」
……噛み合わない彼ら。
ワケの分からない直樹を連れ、2人はやがて細い通りにある小さな店へ入った。
その店の中には、大きな鉄板がたくさん並んでいる。
そして、とても香ばしい匂い。
うわー……
何だ、このイイ匂い。
そういえばお腹空いたな……
セーラー服よりも先に、食べ物を奢ってもらおうかなぁ。
直樹は『お好み焼き』というものを知らない。
直樹がぐるりと見回した視線の先。
客らしき人が、大きな鉄板の上で何か丸いものを焼いている。
あ、分かった!
パンケーキだ。
パンケーキをご馳走してもらえるんだ。
直樹の家はお小遣いというものがなく、必要なものを買うときだけお金を渡されるシステムになっている。
趣味も何もない彼はお金など必要ないため、持ち歩かない。
もちろん下校の際に買い食いなどをしたことも、一度もない。
2人が座った席に、遅れて直樹も腰を下ろす。
「おばちゃん!いつものヤツ、3つ!」
そう言ってとうもろこしは、近くにある冷蔵庫の中から勝手にジュースを取り出すと、直樹にも1本手渡した。
……この人、自分の家のように動いてるな。
この人の家なのか?
でもさっき『おばちゃん』って言ったよな……。
コレ、勝手に飲んじゃっていいのか?いくらなんだ?
初めての経験に戸惑う直樹。
さっき袋叩きにされたことも合わせ、知らないこの2人についてきた自分自身に翻弄されている。
「なぁお前、コッチに引っ越してきてまだ間がないんか?」
「はい。えっと……一月くらいですかね」
「お前、中2やろ?俺らと同級やから敬語なんか使わんでエエんやで?」
ふーん…そういうものなのか…。
直樹は着実に学習している。
その時、金髪が直樹の肩をぽんと叩き、
「何かゴメンな。急にこんなことになってな。
ところでお前、名前何ていうの?
俺はパク。パク・ヨンジ。日本名もあんねんけどな、今は名乗ってないねん」
「……秋月直樹」
「直樹、な。覚えた。
お前、イジメられっ子なんか?」
その問いに、ボケッとしていた直樹は我に返る。
「何で!そう見えた!?僕はイジメられっ子なんかじゃない!」
直樹が少し大きめの声で言い返すと、その声にビックリしたパクは、
「お、おう…。イヤ、お前さっきイジメられてんのか言うたら、何も言わんかったから……。
えらいツッコミ遅いな」
そんな会話をしていると、やがて3人の前に銀の器に入ったモノが運ばれてきた。
2人はそれを、スプーンのようなものでかき混ぜ始める。
直樹も見よう見真似で、同じようにぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
よく見るとその中にはエビやキャベツなどが入っており、直樹が想像するものとは様相が違っていた。
パンケーキにいろんなものが入ってる。
何なんだ、コレ……?
直樹の目の前で、2人は器を傾け、それを鉄板の上に広げた。
直樹も急いで同じ作業をする。
ジュウッと小さくいい音がした。
これから一体何が出来上がるのか、直樹は気になってしょうがない。
直樹が鉄板の上を見つめていると、またとうもろこしが話しかけてきた。
「あんな、実はな、お願いがあんねん」
「その前にお前、名前くらい言えや」
パクの声に、とうもろこしは、
「あ、そうか。俺、岡崎タケシ。転校してきて知らんやろうけどな、この辺じゃ俺ら2人で……、
何か自己紹介するのって恥ずかしいな……」
それに対し、パクはすぐに、
「それやったら、いらんことは言わんでエエ」
タケシは持っていたカバンの中から小学校の問題集を取り出し、何やら恥ずかしそうに直樹を見た。
「なぁ秋月。お前、あの学校に行ってるってことは、メッチャ頭エエんやろ?
俺に勉強の教え方を教えてくれへんか?」
直樹には、タケシの言っている意味が分からない。
「教え方を教えろって、どういう意味?」
直樹は鉄板で焼かれているモノをチラチラ見ながら、そう返す。
「イヤ、理由は聞かんでほしいねん。俺が勉強を人に教えたいんや」
「うーん……」
悩んでいるフリをする直樹。
話は半分ほどしか聞いていない。
今は鉄板の上の変型パンケーキに夢中で、それどころではないのだ。
本当は一瞬たりとも目を離したくはない。
「……要するに僕に勉強を教えてくれってこと?」
するとタケシはすぐに言い換える。
「教え方を教えてくれ言うとんや」
そこでパクが再び口を挟んだ。
「イヤ直樹、お前の言うてる通りでエエ。コイツはな、大分アホやからな、どう説明していいか分からへんのや。
おいタケシ、もう少し上手いこと説明せんかい。
今、直樹が言うたようにお前が理解せなんだら、人に教えることなんかできへんやろ」
「あ、なるほどな」
パクの言い分を聞いて、タケシは納得したようだった。
しかしそんな会話などに構わず、
「ねぇ、コレ、焦げたっぽいニオイがしてくるよ?」
鉄板の上を監視していた直樹が報告する。
「あ、ほんまやな」
そう言って、2人は大きめのスプーンのようなもので、それをくるッと引っ繰り返した。
「お前もやってみぃ」
食べるものを自分で作っている。
そんなことは生まれて初めての直樹は、同じように引っ繰り返そうとしたが、
ぐちゃッ!
直樹の引っ繰り返したものは半分に折れ、千切れてしまった。
「いや、まだ修正は効くでー」
そう言ってタケシは直樹のお好み焼きをぎゅっぎゅっと押し始める。
「ほんまは押したらアカンのやけどな」
見事に丸くなったお好み焼きを見て、直樹は
「君、スゴイねぇ。料理とかするんだね」
感心する直樹に、タケシはまた先ほどの話を始めた。
「なぁ、頼むわ。帰る時、1時間でエエんや。俺に付き合うてくれんか?」
そこで直樹はようやく考え始める。
……うーん……1時間か……
1時間か……
そんな時間、ないんだけどな。
そして過去を辿り、先日慶也にした説教を思い出した。
……協調性
お父さんは、友など必要ないと言う。
でもこれを機会に、友ではないところから協調性を学べるんじゃないか?
人の道というのは、大体決まっている。
僕の信念は、これくらいじゃ揺るがない。
たった1時間だ。
直樹はそんなことを考え、しばらく悩んでみた。