切欠 3
世の中は自分の思っているものと、何かが違うような気がする。
直樹はそんなことを考え始めた。
マンガで読んだあの、ボールを投げて打って走る野球というものを、慶也は仲間と一緒にやってるんだよな。
ひょっとして今の僕でも両手を広げて歩いているだけで、向こうから何か引っかかってくるんじゃないか?
楽しいこと。
面白いこと。
アレやコレやと考えながら登校する直樹の背を、今日もバンッ!と叩き、
「秋月くん、おはよう!今日も大きいね!」
そう言いながら駆け抜けていく、紀子。
先日まで要注意人物だった彼女は、今は直樹の注目の的だ。
ちゃんと遊んで、勉強もして、僕とたったの5点差…。
一度、勉強の仕方を聞いてみようかな。
教室に向かいながらそう考え、先日のバレー部の見学を思い出す。
何だか分からないけど、イライラしたなー…
何だよ。
朝から起伏に忙しい直樹。
教室に入り、席に着くと、今日は自分から紀子に話しかけてみた。
「あのね、僕テレビ見たよ。『オレたちひょうきん族』」
「あ、ほんま~。面白かったやろ?」
「うん、びっくりした」
こんな他愛のない会話をした経験など、今までなかった。
紀子の仕草一つひとつに直樹もつられ、頭を上下させている。
朝からとても、忙しい。
この日も何事もなく、直樹は全授業を受け、帰宅の途についた。
しばらく道を行くと、先の公園から数人が直樹のことをじっと見つめている。
それに気付かず前しか見ていない直樹に、その中の1人が、
「ちょっとー、秋月くん」
直樹が顔を向けると、そこには5~6人の集団+荷物をたくさん持たされている1人。
「ちょっとコッチへおいでやー」
その言葉を聞いた直樹は、しかし自分は彼たちに用はない、そう判断し、さっさとそこから立ち去ろうとした。
が、
「オイッ!ちょっと待てェ言うとんねん!!」
少し荒くなった声に、直樹は足を止めて振り返った。
「○○○不動産○○○建設の御曹司さん。
用事がある言うとんねん」
そう言った彼らに、直樹はピクリと反応して歩み寄る。
「……何?」
この状況がどういうものなのか、これまで人と接してきていない直樹にはイマイチよく掴めていない。
そんな直樹に、リーダー格のような男子が言った。
「あのな、秋月くん。こないだの実力テスト、1番やったんやってな。
スゴイねぇ。
僕は君が来るまで、学年でずっと2番やったんよ。
久保には勝てへんのやけどなー」
紀子の名前が出て、ニコッとする直樹。
その男子は続けて、
「何言うてるか分からへん?また2番になりたいなー言うてるんや。
君、どうしたらいいか分かるやろー?」
しかし、あまり意味が分からない直樹は思った通りを口にする。
「じゃあお互い頑張ろうよ。また3ヵ月後にテストがあるじゃん。
今度も負けないよ」
それを聞いた相手の彼は、明らかにイラッとした顔で叫んだ。
「誰がそんなこと言うてんねん!オマエ、アホか!!
ワザと点数落とせ言うてんのや!!」
「え?そんなことできないよ」
直樹が即答すると、その彼はフッと鼻で笑った。
「昨夜、君のお父さんがウチに来てたよ?」
それを聞き、顔つきの変わった直樹。
すると取り巻きが、
「井本くんのお父さんはね、○○市の○○長なんやで?地元の名士いうヤツや」
…コイツの名前、井本っていうのか。
直樹はその時、紀子以外の同級生の名前を初めて覚えた。
2人目だ。
「そうそう。僕のお父さんと銀行に勤めている叔父さんに、君のお父さんが頭を下げに来てたんや。昨夜ね。
今度計画中のショッピングモールの話、デパートの話。
あの仕事が君のお父さんの仕事にならないと、困るんちゃうかなー?」
直樹を見上げながら鼻でモノを言う彼に対し、直樹は完全にスイッチが入る。
「……ねぇ、ソレって談合だよね」
それを聞いた井本は、
「だんごう?」
すると周りの取り巻きたちが
「だんごうって何だ?」
とヒソヒソと話し始めた。
「君さぁ、そんなこと大きな声で、こんな所で話しちゃって平気なの?
ソレって犯罪だよ。
ウチの父を攻撃したら、間違いなく君のお父さんと叔父さんも捕まっちゃうよ?」
取り巻きの1人がカバンから辞書を取り出し、『談合』を調べている。
「ここには『相談する』としか書いてないぞ!?」
密かな声。
それを聞いた直樹、『さすがは中学生……』などと思っている。
「知らないのならいいよ。家に帰ってお父さんに言ってみな。今、君が僕に言ったことを。
相談に乗ってくれると思うよ?」
そして直樹は、カバンを背負わされている彼をチラリと見た。
「それと君さ。何でこんなことやってんの?アルバイト?時給いくら?
イジメられてやってるんだったら、今の君は相当なカスだよ。
僕は君のことを、とっても白い目で見てるから。
移るとヤだから、僕に話しかけないでね」
そう言い残し、直樹はその場からさっさと立ち去った。
直樹は心の中で拳を作る。
負けてたまるか!!
蹴落とされてたまるか!!
思春期の直樹。
それと同時に、紀子のことが頭を過ぎる。
彼女の顔を思い浮かべ、口角を少し上げながら何となく両手を広げて家に帰った。