再び 1
直樹はパクに、あれやこれやと質問攻めをしている。
あれから3週間。
日曜日も含め、2人は毎日顔を合わせていた。
この間パクは二度、直樹の家に遊びに来た。
「親父は転勤で東京やから、おーらーん!」
そう何度も言ったのに、2回ともパクは頭に黒いスプレーを振りかけ、ピチピチのカッターシャツと学生ズボンでやって来た。
パクにはやっぱり、笑わせられる。
直樹はずっと不思議に思っていたことを尋ねてみた。
「なぁ、お前何であんなアホ高校行ったんや?もっとエエとこ行けたんちゃうん?」
「イヤ~、俺はホラ、卒業したらすぐ親父んトコで働くし。勉強でしんどい思いする必要もないねん」
「お前の学校って、ヤ○ザ予備軍なんやろ?」
「アホウ、そんなモン噂や。そんなワケないやろ。ヤ○ザ専門学校なんて聞いたことないやろ。嘘じゃ、そんなモン」
そして、会ったら確実にしなければいけないことがあった。
中学生時分に借りていた学生服を、パクに返すこと。
その際、パクは
「えー、返してもらってエエんか?」
と言った。
とても大事なものだろうということは分かっていたし、クリーニングに出していいかすら迷った。
「当然やろ、借りとったんやから」
そう言おうとも思ったが、何かに反するようで言うのは止めておいた。
ようやく会えてから3週間。
いまだにタケシとは会えていない。
彼の勤め先は2交代制になっているらしい。
「何かなー、日曜休みっちゅーのも月に1回あるかないかくらいなんやなぁ」
パクは、相手が社会人だと気を遣うとも言っていた。
高校くらい出とかねぇと。
そんな風に考えていたが、今はそんなこと思わない。
詳しいことは聞いてないが、タケシは今や家族の柱になっているのだ。
タケシは高校に行ってないと思っていたのでずっとパクを探していたが、もちろんタケシもそれに等しい。
あと2週間しかないから、やっぱり会いに行かないとな、と考える。
正彦たちのグループに関しては……
直樹はわざと、もう解放したるよ、という言い方をした。
どういう風に回り回っているのか、直樹は何とも思ってないのに、パクはいまだに正彦たちのことをブツブツ言っている。
直樹は本当に、もう別に構わないと思っている。
☆☆工業の連中とやり合ったときの怪我は、足首の骨折と尾てい骨のヒビ。
尾てい骨に関してはどうすることもできないので、薬を塗っている。
足首は、しばらくは松葉杖だ。
この怪我を見てパクは謝りもしなかったが、別に謝ってもらわなくても良いのだ。
パクに、2週間後には俺、東京に引っ越すんや、と告げた。
彼はその日、黙ったまま家に帰り、次の日直樹にこう言った。
「○月○日土曜の夕方から旅行に行くぞ。タケシも来るからな」
「3人で行くんか?」
「当然やろ。お前もフラれとるんやろ?」
……パクも2カ月前、彼女にフラれていた。
3人で行く温泉旅行。
当然3人やと、言われた。
楽しみで楽しみで
タケシに会えるのが。
2人と旅行に行くというのが。
とにかく楽しみだ。
―――― 俺はたまに間違える。
俺は頭の中で言葉を発することを頻繁にする。
これが勘違いをして口から出てしまうことが、多々あるんだ。
確認すると、深いなぁ、という答えと、
そういえば頭の中で言葉にはせんかもなぁ、という答えが返ってくる。
自己分析なんて面倒だから、これはこれでいいと思う。
ただ、人と違うということが一周して自分に返ったとき、俺はまた、人にナニを贈呈することやら。
『コレが醜聞となりました』
……また、身の毛がよだつんだよ。
早いのはいいが、拙速では話にならず……
鍛錬しなければ。
単比例して、自分だけ置いていかれるのは怖いと見た。
……さて、どんな顔で会おう。
まだまだ下手クソな自分を見つめ、微弱ではあるが、振舞おう。
いつまでも非常数でいられると思っては、ダメなんだ。
びしょ濡れになるというよりは、浸す感じ。
並んで翩翻するのが、今の俺の好みなんだ。
久しぶりに書いているなぁ。
『お父さん』
『お母さん』
お元気でしょうか。――――
温泉なんていうのは、オッサンが行くものだろう。
直樹は今もそう思っている。
ただ、そう思っているだけで、温泉に行くなんて生まれて初めてのこと。
張り切って用意した直樹。
カバンもパンパンだ。
行き先は、あの動物園のある場所。
直樹はどうしても、と言い、以前行ったあの動物園の近くのホテルに泊まることにしてもらった。
予定していた安旅館よりもかかる費用は、自分が負担するという条件の下で。
あの動物園を、長い時間使って回りたい。
そう思ったのは俺の我侭。
でもあの2人は気にすることはないと思うよ。
足のギプスにも慣れてきて、松葉杖なしでも歩けるようになった。
……が、一応杖も持って行こう。
当然医者にはアカンと言われたが、そんなことは関係ない。
タケシが有給休暇を取ってこの土曜を休みにし、2連休にしたという話を聞いて、直樹とパクも学校を休むことにした。
朝早くの待ち合わせ。
何年か振りの、だ。
また、早く来すぎてしまった。
人気もなく、まだ真っ暗な駅の前で、揚々とすると共に、少し緊張している直樹。
……やっと、タケシに会える。
しばらくすると、駅前のロータリーに車が1台入ってきた。
その車から降りてきたのは、パク。
「何やねん。メッチャ早いやんけ!」
「おう、まぁな」
と答えると同時に、パクを乗せてきた車が小さくファンッ!とクラクションを鳴らした。
直樹の前をゆっくりと通過する車を運転しているのは、先日☆☆工業と揉めたときの連中の一人。
彼は直樹をじーっと見つめながら、通過する際にスッと直樹に向かって手を挙げた。
手を挙げ返す直樹。
パクウにはパクウの、ツレがいる。
こうやって広がるのか。
友達100人何たらかんたら~っていう歌があったな。
……こないだ俺を監禁しやがったヤツが。
手ェ挙げてしもうたやんけ。
まぁ、悪くない。
「タケシはまだか。アイツ、寝とんとちゃうやろな?一発電話しとこかー?」
「イヤ、エエやろ。家族起こしてもうたらアカンしな。ちゃんと来るって」
「そうか?アイツ、変わってもうたぞー?見たらビックリするんちゃうかなぁ。
……ああ、それとな直樹」
そう言って、パクはタケシと会う前に教えてくれた。
今から1年くらい前、タケシの母親が蒸発してしまったことを。
今はあの家を引越し、マンションを借りて妹と2人で暮らしているということを。
俺が『母ちゃんも元気か?』って言うかもしれないと思ったんだろう。
……恐らく俺は聞いていた。
挨拶がてらに。
タケシのお母さんは、男と一緒にいなくなったらしい。
でも、直樹にとってはそんなこと、どうでもいいのだ。
ただただ、すごいと思った。
自立し、自分の稼ぎで城を持っているんだ。タケシは。
すごい事実だ。
17歳の直樹はそう思う。
考え事のスイッチが入ってしまった直樹。
パクがいるにも関わらず、ボーッとしている。
ハッと我に返ったのは、パクに肩を叩かれてから。
道路の先の暗闇の中、こちらに歩いてくる人が、1人。
……おいおい。
教えてもらわなんだら、誰か分からへんやんけ。
彼はあのトウモロコシのような頭を止め、前髪を下ろしていた。
何だか少し、痩せたというよりはやつれたように見える。
ただ、顔つきが自分と同級生の人間の顔とは思えないような、締まったというか何というか……
―――― タケシ。
最初に俺から声を掛けようと決めていたんだが、
……失敗した。
彼はもう、自分の目の前にいる。
タケシは直樹の抱えているパンパンのカバンをパンッ!と叩き、
「何や、お前。コレ、何が入っとるんや?一泊でエエんやろ?俺、明後日仕事やで?
秋月、久しぶりやな」
と、言った。
久しぶりやなぁと声を掛けようと思っていたのは、俺の方なんやで?
出鼻を挫かれた。
「……お、おう」
とだけ返事をし、何かないかと模索する。
「おいタケシ、虫歯治ってるやん。その、ホラ前歯、前なかったやんか。
何や、異性の目を意識して、歯ァくらい治さな思うたんか」
「ア、アホウ!変なこと言うな!アレは虫歯やったんちゃうわ!ドツかれて折れとったんや!ハハッ!」
試してみたら、社会人といってもそんなに変わらない。
楽しくなりそうだと、確信した。
パクの「朝飯食ったか?」の問いに誰も済ませていないことが分かり、駅内の喫茶店で食事をする3人。
ああだこうだ、ああだったこうだったと朝早くから盛り上がる。
温泉はオッサンの行く所だと言った直樹に、2人が怒鳴った。
……行ってみて確認すればいいんだろ?
とにかく楽しくなりそうだ。
3人は電車に乗り、一泊二日の温泉旅行へと出発した。
○時間の電車の旅。
こんなところでどうかとも思ったが、直樹は当然タケシにも話をする。
そして、謝罪の言葉。
タケシは少し黙って、
「いつの話しとんねん。そんなのお前、1時間後には忘れとったわ。
うーん……何ちゅーか……」
タケシはそこで一旦言葉を切り、言った。
「この間、俺も済まなんだ」
彼は、怒ってたらこんなトコ一緒に来ぉへんやろー、とも言った。
直樹はやっと、ホッとできた。
あの時やってしまったことは取り返しがつかないが、話してやっとホッとできた。
そしてもう一つ、気になっていたのはタケシの妹のこと。
聞くと、病院へは通わせている。でも手術しなければならない、と。
今日は一人になるから、パクのお母さんが家へ泊まりにきてくれているらしい。
更にホッとした。
きっと楽しいだろう。
いや楽しむべきだ。
そう思っていたこの旅行。
あとは存分にソレを遂行するだけ。
3人は目的地に到着すると、まずホテルへと向かった。
部屋でゆっくりしてから出掛けよう、そう思っていたが、
「まだチェックインのお時間ではございませんので…」
と断られてしまった。
こんなとき、タケシなら必ず「エエやんけ!!」と言っていたハズだ。
しかし言わない社会人……。
見た目と正比例して行ったんだな。
と、そう思う。
しょうがないので3人は荷物だけを預け、直樹がどうしても行きたかったあの動物園へと向かう。
しかし、直樹は入場のゲートをくぐったと同時に後悔をした。
走馬灯のように、思い出す。
走馬灯のように ――――……
俺が死ぬとき、本当にこの映像を思い出すんじゃないか。
そう思えるくらい。
2人に合わせてテンションを上げながら、
以前、2人を裏切って来た場所だとは絶対に言えねぇ…
そう考える。
「直樹は一回ここに来たことあるって言うてたな」
パクのその言葉にギクッとした。
「おう、あるで。任せてくれよ」
…一体何を?
任されても困るな。
「おいタケシ、パンダやって。お前、パンダなんか見たことないやろ」
「おう、テレビでしか見たことない…っていうか、お前もないやろ!」
久しぶりのこの遣り取りだから、いろいろ考えるのは止めにしよう。
シャチのショーを見てテンションMAXの2人。
「スゲェな、オイ!!」
「おお、スゴすぎる!こんなんテレビでも見たことないわ!」
直樹は一度見ているので、違う部分に着目していた。
そしてホッとする。
……良かった。
前のときと同じお姉さんだ……。
3人は次は何を見ようかと相談しながら、構内を歩き回る。
「しかしアレやなー、パンダは可愛かったなぁ!連れて帰りたいなぁ」
そう言ったパク。
それに対し、タケシは
「パンダなぁ…俺はせやけど、見た感じの倍は可愛い思うとったよ。想像でな。
実際見てみると50%減や。
お前も見たやろ? あの竹をバキバキいわしてるあのツメ!
ほんで、何であんなにケツが汚いんや!
所詮クマやな」
……タケシと同意見、同じ感想を持った、俺……。
でもそのことは言わないでおこう。
「そうかー?」
と言うパクが、歩く足を速めた。
2人もそのパクの後をついて行く。
「……オイオイ~、フラミンゴって、コイツのこと言うんか」
そこには池のようなものが広がっており、囲いがしてある中には、たくさんのピンク色の鳥。
「へえ!フラミンゴなんかおったんやなぁ。知らなんだ」
キレイな、とても変わった鳥。
パクがそれを見ながらブツブツと言い始める。
「コイツのアレやな、ほんまに1本足で立ってんな。まったくよぅ!」
「何やお前、フラミンゴの立ち方に文句があるんか」
「アホか!お前アレ見て思い出さへんのか!王よ、王!我々の敵・巨人の王やないか!
フラミンゴ打法、1本足打法ってこっから来とんやろ!?」
「あー、ナルホドねぇ。でもよぅ、お前も俺も王貞治の活躍、知らんやろ。世代が違うやろ。
俺らが知っとる巨人に王はおらんかったやろ」
「……チビん時に見とるわ。覚えてへんけど」
「ほんなら言うなや!」
何か、違和感を覚えていた直樹。
この会話で気づいた。
「なぁ、お前ら2人な、前と立場が逆になってるんちゃうか。
前までタケシがバカ言うて、パクウが注意してたやないか。しばらく見てなかったら逆になってるんやな」
それを聞いたパク、
「直樹、お前もコッチ長いんやから、それを言うならボケとツッコミって言え。
別に前と変わってないよ。今も昔もコイツがヤッさんで俺がキー坊や」
するとタケシ、
「アホウ!何でお前がキー坊や!キー坊は俺やろ!」
2人は何故かそこで、ヤッさんのなすりつけ合いを始める。
やすしきよしの話だろう。
それくらい俺だって知ってる。
「……ちょっと待て」
争いをそう制したのは直樹。
「この中できよしさんは俺しかいねぇだろ。やすしさんはお前ら2人だよ。Wやすしや」
「「……ッ!!」」
その言葉は火に油を注いだのか、3人の小さな小さな、とても小さな口論が始まった。
……そして、口論とジャンケンの結果。
キー坊はパク
ヤッさんはタケシ
そして直樹はヘレンさんということで、話が落ち着いた……。
3人はワイワイと昼食を済ませ、
再びワイワイと回る。
ジェットコースターは直樹が断った。
この日は土曜なので、午前中ハイスピードで回り回った3人は、昼過ぎには全て見終えていた。
2人は早く温泉に入りたいと、うるさいほどに言う。
オッサン臭いなーという意見は通用しない。
この動物園の従業員に聞いてみると、この近くに何時でも入れる温泉があるらしい。
チェックインにはもう少し早いので、3人はそこへ行くことにした。
途中、地元の学生らしき連中とパクが一触即発の場面があったが、直樹は
「ほらほら、俺、足痛いんやって」
と断りを入れた。
以前なら真っ先にタケシが出ていたのに。
そのことをタケシに言うと、
「まぁな」
という答えだった。
しかしそんなことよりも。
2人があれほど言う温泉というのが、ナンボのものなのか。
教えられた場所はホテル。
温泉だけはいつでも入れるように開放されているらしい。
ホテルの従業員が3人を脱衣所へと案内してくれる。
ギプスを濡らしたらアカンよな、やっぱり…。
俺も鍛えてるからな、もう人前で裸になっても恥ずかしくないぞ。
そんなことを考え、服を脱ぎ始める。
「直樹、早よ来いよー」
2人は早々に温泉の方へ行ってしまった。
直樹も急いで服を脱ぎ、2人の後を追いかける。
引き戸を開け中を覗くと、庭にある池のような形の温泉が広がっていた。
このデカさだけでもエエかもしれんなー…。
2人はすでに湯に浸かっている。
そして何故か、直樹の一点をじ~~~~~っと見つめているのだ。
不思議に思う直樹に構わず、パクが口を開いた。
「……体積で言うたら、オトナの猫一匹分はあるんちゃうか?」
タケシも言う。
「俺はセントバーナードのしっぽを挟んどるんやと思うたぞ」
直樹は2人の言葉に、
「ハァ?何の話や?」
「何の話ややないやろ、直樹!隠せ隠せ!お前のソコから出とる熱気でガラスが全部曇ってもうとるやないか!」
そこまで聞いて、直樹は2人がナニを言っているのかようやく気づいた。
「アホッ!じっと見るな!!」
そう言って、直樹も温泉に飛び込む。
ギプスに気を遣おうと思っていたけど、飛び込んでしまった。
「「………」」
そして、何故か無口な2人……。
パクがぼそぼそと呟く。
「……しかし直樹が、あんな武器を持ち合わせてるとはな……。
秋月直樹という商品があるとしたら、アレは確実に取っ手やんなぁ。一番丈夫そうや」
「そうや、そうや」
そう答えるタケシ。
もう恥ずかしくないだろうと思っていたのに、こんな話になるとは……。
結構ハズカシイ。
でも、温泉というのはとても気持ちがいい。
パクが言っていた。
「たまには心臓を洗うとかんと」
その意味がよく分かった。
このまま寝てしまいたいと思うほど、気持ちがいい……。




